第34話 槍の在処・1
ロンギヌスの槍、その在処をついに聞き出したオメガ・グリュンタールたち。
だがその前に、ロヴェナ・ジュネーヴがまたしてもたちはだかり……!
舞踏会が終わると、オメガとクローネはアルスラーンによって彼の書斎に呼び出された。
ふたりがそこに向かうとアルスラーンはエメルと共に待っていた。壁一面が本棚になった暖炉のある部屋だ。床はえんじ色のカーペットに覆われている。
「ロンギヌスの槍についての話は、エメルから聞かせてもらった」
アルスラーンは言った。
オメガとクローネはエメルの方に目を向ける。
「では、やはり……あなたは槍の在処を知って……」
クローネは言うが、アルスラーンは首を横に振る。
「いいや、君たちの思っていた通り、私も、それにこの館の者も槍の在処は知らない。だが……はるか昔に聞きかじった情報があってな」
アルスラーンは説明を始める。
「この街で最古のモスクに、地下空間への入口がある。地下には、かつて世界を支配した者が持っているという宝物が眠っている……と」
「この街最古のモスク……」
「我が国としてはゲルマニアに世界を支配させるわけにはいかない。それはすなわち、我が国が侵略されるということだからな。よって君たちが本当は何者か知らんが、君たちに先に槍を手に入れてもらいたい……。私からは以上だ」
アルスラーンは言った。
「ありがとうございます……」
クローネは少しだけ会釈をするとオメガを伴って部屋を出ていった。
「この街最古のモスク……。当たってみる価値はありそうですね」
オメガは豪華な照明飾りが照らす廊下を歩きながら言った。
「はい、ですが今日はもう遅いので、捜索は明日にしましょう。ひとまず今日の目的は達成されましたし……」
クローネは言った。
「でも、アギリさん……元気なさそうでした……」
*
ティンダロスに戻ったアギリは、自室のベッドに仰向けになっていた。そこに、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「誰だ?」
アギリは少しうんざりした表情で壁のスイッチを押して扉を開ける。
そこにいたのはガンマだった。彼女はまだ普段の服に着替えていないようで、舞踏会にいた時と同じドレス姿だ。
「ガンマ……!」
アギリは慌てて姿勢を正して起き上がる。
「お前……いいのか? スターペンドラゴンじゃあなくて、こっちに来ちまって」
アギリは言った。
「いい……。あの戦いの時……何があったの?」
ガンマはアギリの隣に腰を下ろすと言った。
「僕には憧れの人がいたんだ。かつて、僕が過酷な戦闘訓練を受けていた時、彼女だけは僕の希望だった。そんな彼女が……僕たちの敵かもしれないんだ……」
「それは……悲しい」
ガンマは言った。
「ガンマ、僕はどうしていいのか分からない。僕たちの任務がナイアーラを止めることだということは分かってる。そして、ルルイエ神聖教団も、観測者も、それに今の防衛軍だってみんな僕たちの敵だということも……。僕たちは自らの正義を信じてルルイエ神聖教団を裏切った……。でも、今になってそれが正しい選択なのかどうか……疑問に……」
「私は……今日、本当に生まれて初めて楽しいと思えた……。前の戦いの時は分からなかった。何かを守るために戦うという気持ちに、生まれて初めてなることが出来た。それは、あなたたちの仲間として戦えて楽しかったから……だと思う。アギリは……どっちのが楽しいと思えるの……? このまま私たちと一緒にいるか、それとも神聖教団に戻るか……」
「分からない……」
アギリは首を横に振った。
「僕は分からないんだ。自分がどこに居たいのかも、それに、彼女がなんであそこにいるのかも……。どうして……」
ガンマはそっとアギリを抱き寄せた。
「ガンマ……?」
「元気出して……」
ガンマは言った。
「少なくとも、私は今日、あなたのおかげでみんなのために戦えた。だから、これはせめてものお返し」
「ったく、お前は距離感というものがまったく分かっちゃいないな……」
そう言いながらもアギリはガンマをそっと抱き返した。
「だが、ま……ありがとよ……」
*
翌日、オメガとクローネはシルフィに調べてもらい分かった街でいちばん古いモスクに向かった。ふたりは今日も私服姿である。
オメガは黒っぽい上下の服装に灰色のジャケット、赤いネックウォーマーという格好だった。クローネは、長い黒髪を黒いリボンでひとつにまとめ、薄水色のブラウスの上に白いジャケットを羽織り、下は灰色の膝上丈のスカートにタイツという出で立ちだ。靴は膝下まである長めのブーツを履いている。
ふたりは石造りのドーム型の建物の前に来ていた。
「この中のどこかに……。ここの管理人さんか何かに話を聞いてみますか?」
オメガは言った。
「いいえ、やめておきましょう。おそらく許可は降りないでしょう。私たちの話を信じろという方が難しいですし……」
クローネはそう言うと建物の入口を抜けて、信者たちがお祈りを捧げるための広間のようなスペースに入った。教会と違い祭壇や椅子などは置かれておらずシンプルな造りになっている。広間の奥中央は少し窪んでおり、その隣には周囲と比べてやや高いステージのようなスペースがあった。お祈りの時間ではないからなのか、周囲に人の姿はない。
「この中のどこかに、地下世界への入口が……」
オメガは言った。
「そうですね……」
クローネは足先で床に敷かれたタイルを叩いて調べている。
「あの……そんなんで本当に分かるんですか?」
オメガは言った。
「い、いえ……ただ……方法が思いつかなかったので……」
クローネはそう言うが、そこで、ひとりの男がモスクに飛び込んできた。
「こら! 君たち! 何をやっている!」
「あっ、まずい……! 逃げますよ!」
オメガはクローネの手を取ると走り出した。
「あの、ちょっと、逃げるのはもっとまずいんじゃ……」
クローネは言うが、オメガはそのまま近くの柱の影に隠れた。複雑なアラベスク模様が描かれた太い柱だった。
「まったく! こんなんだから最近の若者は! 神聖なモスクを遊び場か何かだと思って……!」
男が文句を言いながら近づいてくるのが聞こえる。
「ほら、もうオメガくんが逃げるなんて言うから私たちは完全に悪者扱いじゃあないですか。逃げずにそれっぽい事情を捏造して説明すれば良かったのに……」
「意外と腹黒い……」
オメガはそう言いながら柱の陰から様子を伺う。
その時、クローネははっとして言った。
「あの、オメガくん……! これ、よく見るとパズルみたいじゃあないですか?」
「え……考えすぎじゃ……」
オメガはそう言いながらもクローネが示した紋様に目を向けた。確かに、ブロックを組み合わせて解き明かす簡単なパズルにも見える。
「そうかもしれません。でも、こうまでして思わせぶりなものがあるんです。試してみる価値は……」
「そこにいるのは分かってるんだ。すぐに出てきなさい」
男の声はすぐそこから聞こえてきた。
「クローネさん、もう時間が……」
「分かりました!」
クローネはブロックに手を当てた。すると、彼女が思った通りにブロックは動いた。
「あとはこれを組み合わせて……」
「あの……こうじゃあないですか?」
オメガは脳内に浮かび上がったイメージの通りにブロックを移動させていった。
すると、ふたりの足元のタイルが勢いよくスライドして開く。
「え?」
「あっ……」
「「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
ふたりは暗闇の中に放り出された。
ふたりが穴に落ちると、タイルに偽装された地下への入口は元通りに塞がる。
そこにモスクの管理人の男が現れた。
「おかしいな……確かこの辺に隠れたはずなんだが……」
男は首を傾げた。
*
「いったた……」
オメガは硬い床に投げ出されてそう言った。
「でも良かったです。ちゃんと床にはクッションがあったみたいで……」
「クローネさん、それはクッションじゃあありません。僕です」
「えっ、あっ、ごめんなさい! 今、どきますね」
クローネは地面に倒れたオメガの背中にちょうど座る体勢で着地していた。彼女は立ち上がってそこを退く。
「あの……立てますか?」
クローネがオメガに手を差し出した。
「それともまた怪我を……」
「大丈夫です。立てま……」
オメガはひとりで立ち上がろうとするが、痛みに顔をしかめた。
「まったく、自分の怪我を治せないっていうのは本当に不便ですね。オメガくんは特に、怪我してばっかりですから」
クローネは呆れたような、それでいてもう半分ではからかうような口調で言った。それからオメガに手を貸すと立ち上がらせる。
「とにかく、肩を貸しますよ。今回は私の責任でもあるんですから」
クローネは言った。
「そんな、クローネさんのせいだなんて……。あっ、でもちょっと重かっ……」
「嘘です。置いていきます」
クローネはオメガの手を振り払った。
「ごめんなさい! 冗談です!」
「もう……」
クローネはややふくれっ面をしながらもオメガに肩を貸した。
クローネはもう一方の手で懐中電灯を点灯し、周囲を照らした。
石の壁と床に覆われた通路のような空間だった。先はまだまだ長そうで懐中電灯の明かりでは照らしきれない。
「前のレイスみたいな奴らが出てこなければいいんですけど……」
オメガは言った。
「オメガくん、この前は本当に怖がってましたからね」
「そんなことはっ! ……いつつ……」
ムキになって言い返そうとしたオメガの胸部に痛みが走る。
「大丈夫ですか?」
クローネは言う。
「なんなら、本当にここで待っていても……」
「え? い、いや……いいです。行きます。僕だってまだまだ戦力になれるかもしれませんし……」
オメガはどこからか風が吹き抜ける暗闇を見て言った。
「そうですね。オメガくん、ひとりになるとすぐ勝手な行動をしちゃいますし」
クローネはからかうように言った。
「むぅ、すぐにそう言って僕のことを……」
オメガはクローネから顔を背けた。
クローネはオメガの肩をぎゅっと抱き寄せた。
「なんでもひとりでやろうとするのは、悪い癖ですよ」
*
ロヴェナ・ジュネーヴは、古いモスクの前で足を止めた。そこには警官たちが集まってモスクの管理人と思しき男の話を聞いている。
「本当なんです。この建物の奥にある柱に隠れたふたりが煙のように消え失せちまったんです。ひとりは赤髪の男の子で、もうひとりは黒髪が綺麗な女の子で……どっちもいかにも弱そうな見た目で……」
ロヴェナは足を止める。
「ちょっと待って! それはどこの柱よ」
ロヴェナは男たちに声をかけた。
「いや……だからこのモスクのいちばん奥の……いちばん太い柱で……」
「わかったわ」
ロヴェナはモスクの中に向かって歩いていく。
礼拝所のいちばん奥にある柱はすぐに目に入った。
「これね……」
ロヴェナは柱に飛んでいくとその周りをつぶさに観察して言った。
「さて、映画なんかだとこのパズルみたいな紋様に……」
ロヴェナは柱に刻まれた紋様に手を当てる。すると、紋様が動くことが分かった。
「……って、絶対これじゃない! とうとう突き止めたわ! 槍の在処を!」
ロヴェナは満足気にパズルを解き始めた。
*
オメガとクローネの目の前に大きな扉が現れた。扉には取っ手もなければ何か取っ掛りになりそうな凹凸も存在しない。
「なにか……合言葉でもあるのでしょうか……」
クローネは言った。
「合言葉ですか? えっと……開け! ゴマ!」
オメガが言うと、扉は鈍い音を立てて開き始めた。
「本当に開きました……」
クローネは信じられないという顔をした。
「やっぱり、困った時は『開けゴマ』ですね」
オメガは嬉しそうに言う。
「多分ここを最初に造った人もオメガくんの同類だったんですね……」
クローネは言った。
「それ、褒めてます? 貶してます?」
扉の向こうは、通路になっていた。しかし、さっきと違うのは通路を塞ぐように定期的に鋭利な刃物が通り過ぎることだった。刃物は壁の片面から出現し、もう片面に消えていく。それがひとつではなく、等間隔に三つほども並んでいた。
「簡単には行かせないみたいですね……」
クローネは言った。
「オメガくん、走れますか?」
「はい?」
「タイミングを見計らって走り抜けるんです。そうしないと、私たち、あっという間にスライスハムにされてしまいますよ」
「じゃあ、やっぱり僕はここで待ってた方が……」
オメガは言う。
「ここから先は、僕がいては足手まといになると思います。だから、クローネさんは先に行ってください」
「ここまで来たのに……ですか?」
クローネは言った。
オメガは頷いた。
「分かりました。それでオメガくんが後悔をしないなら、私は先に行きます」
クローネは覚悟を決めてから、オメガを壁際に座らせると、続けた。
「絶対に、そこで待っていてくださいね。これは約束ですよ?」
クローネはオメガの額にそっと口付けをする。
「では、行ってきます」
クローネは刃物が通り過ぎる廊下の向こうに駆け出していった。
「クローネさん……」
オメガはそっと額に手を当ててから呟いた。
だが、彼女の姿が見えなくなったちょうどその時だった。オメガの前にひとりの少女が現れる。
「あなたは……!」
オメガはその少女を見て声を上げる。
それは、ロヴェナ・ジュネーヴだった。
「あら、あなたは確か、あのクロなんとかにいっつもくっついてる金魚のフンじゃない」
「僕はそんなんじゃ……!」
オメガは立ち上がって言い返そうとするが、痛みに顔をしかめた。
「あなた……怪我をしているの? はっはぁ、それでクロなんちゃらに捨てられたのね? あなたみたいな役立たずはいらないって。意外と賢明な判断をするじゃない。あいつも」
「クローネさんは……そんなことはしない……!」
オメガは息を切らしながら言い返す。
「さて、どうかしらねぇ」
ロヴェナは言った。
「まぁいいわ。私はあいつを追いかけて、出し抜いて、ロンギヌスの槍を手に入れてやるんだから」
ロヴェナはそう言ってオメガの前を立ち去ろうとする。
だが、そんなロヴェナの腕をオメガが掴んだ。
「待て、そんなに先に行きたいなら、僕を倒してから行け……。僕が役立たずじゃあないところを、ここでお前に証明してやる!」
オメガは言った。
後半へ続く!




