第31話 スターペンドラゴン西へ・2
前半の続き!
オメガとクローネはスターペンドラゴン内の道場にふたりきりで向かい合っていた。
「オメガくん、それでは、いきますよ」
クローネはオメガにぐいっと近づいた。
「え、えっと……クローネさん、ちょっと近い……」
「当たり前です! これから社交ダンスの練習だというのに、恥ずかしがってどうするんですか?」
クローネは言う。
「そ、それはそうですけど……こんな姿をみんなに見られるかと思うと……」
オメガは顔を赤らめてその場にしゃがみ込んだ。
「まったく、皆さんの前でふたりで踊……。え、皆さんの前で踊るんですか?」
「当たり前じゃあないですか。他に何があるっていうんです」
クローネも顔を赤らめて1歩後ずさった。
「それは……ちょっと恥ずかしいですね……」
だが、少し考えて意を決したように言った。
「で、でも頑張りましょう! アギリくんとガンマさんのためです!」
「クローネさんらしいですね。でも、いいですよ」
オメガはにっこりと笑うと立ち上がった。
「はい!」
ふたりはお互いの手を握りあった。
*
食堂でひとりジュースを飲むガンマの前にアギリが座った。
「ガンマ……といったな。よろしく頼むぜ」
アギリはぎこちなく言った。
「よろしく……」
ガンマはそう返す。
「それから……弟が……いつもお世話に……」
あぁそうだ、こいつはあのオメガの姉とやらだったな。アギリは思った。なんでよりにもよって僕があいつなんかの血縁者と……。
「良かったら……踊ろ……」
ガンマは言った。
「え……? いや、まぁそうだな。もとより舞踏会ってそういうルールだろ?」
「やった……」
ガンマは小さくガッツポーズをした。
「お、お前……」
アギリは言う。
「なに……?」
「本当にあいつの姉か?」
なんというか……。か、可愛いっ!
ガンマはアギリの言葉にこくこくと頷いた。
「オメガは可愛い弟……」
あいつめ……。アギリは思った。何故かとても悔しい気がする。
*
ティンダロスの作戦室には、ミラとウィンダーのふたりがいた。
「ウィンダー!」
ミラがウィンダーに声をかける。
ウィンダーは無表情な赤い瞳をミラに向ける。
「よろしくね。あたしのお相手がワカメじゃあなくて本当に良かった……」
ミラは胸をなで下ろした。
「お前は……オメガじゃあなくていいのか?」
「いいの、猫さんにはかなわないから……」
ミラは少しだけ寂しそうに笑ってみせた。
「そうか……」
ウィンダーは言った。
「そんなことより、ウィンダーは誰かと踊りたいとかなかったの?」
「俺は……別に誰でもいい」
ウィンダーは関心がなさそうに言った。
「そっ、そう……フローラが心配してたよ? あんたのこと」
「フローラさんが……?」
ウィンダーは言う。
「うん、あんた……やっぱりみんなと距離を置いているように見えるって……」
「俺は……」
ウィンダーは言いかけてやめた。
俺は、お前たちみたいにみんなと仲良くできないからな……。
「まぁいいや、あたしが、あんたを絶対に笑顔にしてやるんだから」
ミラは言った。……だって、あたしがいつか笑顔にすると誓った相手はまだ戻ってこないし……。
*
イスタンブール、そこはエウロペ大陸とヴィシュヌ大陸の狭間にある街だった。東西の文化がぶつかり合う地点にあるその街は、古くから栄えており、東西、どちらから見ても異国情緒のある街並みが独特の世界観を醸し出していた。
そんなイスタンブールの街を見下ろせる大きな屋敷が、今回の舞踏会の舞台だという。西テュルキイェ王国のさる貴族の屋敷である。
オメガはクローネと共にそんな屋敷の下見に来ていた。と言っても舞踏会が開かれるのは夜なので、ふたりは門の前までしか行くことが出来ない。巨大な鉄製の門だった。門の前には衛兵と思しき格好をした男がふたりほど立っている。
「さすがにセキュリティは万全ですね……」
オメガは呟いた。
彼は今、白い長袖のシャツに焦げ茶色のチョッキ、灰色のズボンという私服姿だ。
「そうですね、オメガくんが悪いことをしたらすぐ捕まえられちゃいそうです」
クローネがからかうように言った。
「どうしてすぐにそういうことを言うんですか……」
オメガは言う。
クローネは何も答えなかったが、その瞳はいたずらっぽく輝いていた。
彼女もまた私服姿である。薄水色の袖口の膨らんだブラウスに紺色のベスト、同じく紺色の膝上丈のスカートにタイツという格好だ。
「あの……でも変だと思いません? どうして舞踏会の報酬がRAなんでしょうか……」
オメガは素直な疑問を口にした。
「今回の舞踏会には各国の軍関係者が招かれているといいます。ですから、彼ら彼女らがもっとも欲しがりそうなものを用意したのでしょう」
クローネは答えた。
「それよりも……」
クローネは少しだけ楽しそうに続けた。
「オメガくん、この後、時間ありますか?」
「え、あ、はい……。ありますけど……」
「だったら、少しだけこの辺りの街を散策していきません? 私たち……その……お付き合いを始めてからはあまりふたりきりでお出かけとかしてませんし……」
クローネは少し顔を赤らめて言った。
「い、いいですよ!」
オメガはぱっと明るい笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございます!」
クローネも思わず笑い返した。
ふたりは観光案内所で手に入れたマップを片手に市内を散策した。
昼食は、街の中心に近いレストランのテラス席でとることになった。
「オメガくん、テュルキイェのおすすめお料理ってありますか?」
クローネはメニューを見ながら尋ねた。
「えっと……わからないです……。アーカムの街にはテュルキイェ料理のお店はありませんでしたし、うちの店長は東洋趣味だったのでそっちの方の料理は分かりますけど中東圏の料理はあんまり……」
「そうですか、じゃあこれなんてどうですか? 名前が面白いなと思って……」
クローネが示した先には「ドンドゥルマ」と書かれていた。
「そうですか、じゃあ僕もそれにします」
しばらくして出てきたのは、アイスクリームだった。
「あの……クローネさん……」
オメガは言った。
「美味しいですね」
クローネは言う。
「いや、まぁ美味しいですけど……。今、お昼ご飯ですよね?」
オメガは通りの方に目をやった。まぁいいや、後であの屋台で売っている回転肉みたいなものをクローネさんと一緒に食べよう……。
その時だった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。
オメガとクローネは顔を見合せた。
クローネがすっくと立ち上がった。
「オメガくん、私、行ってきます!」
「あの、クローネさん……僕が……」
「いいえ、私が行きます! お勘定は済ませておいてください!」
クローネはテーブルの上にお金を置くと、アイスを片手にテラス席から飛び出していった。
「ど、どうしてそんなにムキに……」
オメガは首を傾げた。
*
クローネは悲鳴が聞こえてきた方向に急いだ。
「危ないところでした……」
クローネは呟いた。
まったく、オメガくんてばすぐに困っている人がいると飛んでいきそうになるんですから……。まぁそこが彼のいいところですけど、でも、オメガくんは天然だから、また他の女の方に無自覚なままモテたりしたら……。
クローネはふるふると首を横に振った。あぁ、私ってばなんてことを考えてるんでしょう! こんな時に!
クローネが悲鳴が聞こえた路地裏に足を踏み入れると、すぐに声の主は分かった。赤みがかった髪をしたショートボブヘアの地元民と思しき少女が、黒づくめの一団に羽交い締めにされていたのだ。
その一団のリーダと思しき銀髪の少女が地元民の少女に詰め寄る。
「さぁ、さっさと吐いて楽になったらどうなの? 私たちは別にあなたを傷つけたくてこういうことをしているんじゃあないのよ。さぁ『槍』の在処を言いなさい!」
「そこまでです!」
クローネが言った。
黒づくめの一団は振り返った。
「大勢でひとりを相手に……恥ずかしくはないのですか?」
クローネは言う。
「はぁ? 何よあんた」
銀髪の少女が意地悪っぽく笑って尋ねた。
瞳の色は緑色、小柄だがかなりの美少女だった。
「私はクローネ・コペンハーゲン、地球防衛軍の中尉です」
「そう、自己紹介ありがとう。私はロヴェナ・ジュネーヴ。生憎だけどそれしか言えることはないわ」
ロヴェナは懐から拳銃を取りだした。
「すぐに、その子を離してください!」
クローネは言った。
「どうして? 知り合いかなんかなの?」
ロヴェナは尋ねる。
「違います。でも、困っている人を放っておくわけにはいきません!」
クローネは言う。
「そう、いい子ね」
ロヴェナは言った。そしてクローネの方に歩みを進める。
「だったら言わせてもらうけど、私たちも困っているのよ。こいつがさっさと私たちの求める物の場所を白状しないから」
ロヴェナはクローネの頬に左手を這わせた。
「求める物、それは……なんですか」
クローネはロヴェナに問う。
「そうねぇ……。それは死んでから考えなさい!」
路地裏に銃声が響いた。
しばらくして、後ずさったのはロヴェナの方だった。彼女の手には破壊されて使い物にならなくなった銃が握られている。
クローネが構える拳銃の銃口から煙が上がっていた。
「な、なによ……。いつの間に……!」
ロヴェナは言った。
「このクローネ・コペンハーゲンを舐めないでください。次は確実にあなたたちの脳天をぶち抜きますよ。例え人質を取ろうとも」
クローネはロヴェナの後方で地元民の少女を拘束している男たちにも向けて言った。
「わ、分かったわ……」
ロヴェナは悔しそうに言った。
「すぐにそいつを離しなさい」
それからロヴェナは後ずさる。
「覚えてなさい! クロロホルム、次こそはあなたを泣かせてやるわ!」
ロヴェナと男たちはそう言うと逃げるように去っていった。
「クローネです……」
クローネは小声で訂正した。
「あの……ありがとうございます……」
地元民の少女は言った。
「大丈夫ですか? お怪我はありません?」
クローネは尻もちをつく少女に手を差し伸べながら言った。少女はクローネの手を握る。
「だ、大丈夫です。ちょっと怖かっただけで……」
少女は答えた。
「それは良かったです」
クローネは少女を立たせた。
その時、ばたばたと慌ただしい足音がして、クローネの後ろにオメガが現れる。
「もう、クローネさん、何事ですか? 銃声、聞こえましたよ」
「この子が襲われていたんです」
クローネは言った。
「え……?」
「すっ、すみません! 巻き込んでしまって!」
少女は頭を下げた。
「いいんですよ? で、犯人に心当たりはあるんですか? もしかしてあの方たち、可愛い地元の少女に手を出す外国人変態グループとか……」
「違います……」
少女は言った。
「あの人たちはゲルマニア共和国軍直属の工作員たち。そして私から『槍』の在処を聞くために襲ってきました」
それから少女は慌てて言った。
「あっ、あの、すみません。名前も名乗らないで……私は、エメル・イズミルといいます……。この街を見下ろす屋敷を構えるイズミル家の娘で……」
オメガとクローネは顔を見合せた。
「ということは……」
オメガが言った。
「どうかされたんですか?」
エメルは尋ねる。
「あの、僕たち、そのお屋敷で開かれる舞踏会に参加することになっているんです」
「えっ、でも参加名簿に地球防衛軍さんの名前は……」
「そっ、そこはその……ちょっと裏技を使ってというか……」
クローネの目が泳いだ。
「クローネさん、僕たちが地球防衛軍だってこと、言っちゃったんですか?」
オメガが小声でクローネに言った。
「すみません、勢いあまってしまって……」
「クローネさん……」
オメガはため息をついた。
「そんなことよりも、その、『槍』っていうのはなんなんですか?」
クローネはなんとか話題を切りかえて誤魔化した。
「その槍を手にしたものは全世界を支配する力を手に入れると言われています。実際に、かつて、槍を手にした帝国はエウロペ大陸を席巻しました。ですが、東方遠征の折に槍は失われ……帝国は勢いを失ってしまった……」
エメルは説明を続ける。
「かつてある聖人を刺し貫き奇跡の力を得たといわれるその槍は、俗にこう呼ばれています。ロンギヌスの槍……と」
荘厳な館にて舞う華麗なる戦士たち。
今、舞踏会が始まった。
己が欲しいものを手に入れるため、静かなる戦いが始まる。
そして、聖なる槍は……。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『舞踏会にて』。
舞え、そして戦え。




