第3話 南極へ飛べ・2
前半の続き!
アーカム近郊の地球防衛軍基地に戻ったオメガは、クローネに連れられてある部屋に案内された。机や棚が並んだ作業場のようなその部屋で、クローネは1枚の紙に色々と記入をしていく。
「はい、オメガくん、出来ましたよ」
眼鏡をかけ、万年筆で紙に記入をしていたクローネは顔を上げた。
「ありがとうございます……!」
「あとはここの基地の最高責任者であるナイアーラ将軍にこの推薦書を出しに行くだけですね」
だが、オメガは紙を覗き込んで待ったをかけた。
「待ってください、クローネさん」
「なんでしょうか?」
「この……僕の年齢欄が二歳っていうのはどういうことですか!?」
「えぇ、いけませんか? だってオメガくん、確か起動されてから今の今までに流れた時間は確か二年くらいじゃあないですか……」
「で、でも……僕、誰がどう見ても二歳には……」
「そうですねぇ」
クローネはしばらく思案するような表情をしてから「2」の部分に横線を二本ばかり引き、その隣に「15」と書き入れた。
「これでいいですか?」
「うーん、本当はもう少しだけ上げて欲しかったけど……いいと思います」
クローネはいつもオメガをからかう時に見せるニコニコとした顔をしながら眼鏡を外した。
出身地欄は研究所ではなくアーカムの街だと偽装してあるのに、年齢だけはそっくりそのまま書くなんて……きっとわざとだ。オメガはそう思ってクローネから顔を背けた。
「オメガくん、一緒にこれ、出しに行かないんですか?」
クローネが尋ねてきた。
「分かりました。行きますよ」
オメガはややふくれっ面をして答えた。
アーカム基地の最高責任者、ナイアーラ・ブリストル将軍は、鼻眼鏡をかけた色の浅黒い初老の男だった。彼は、自らの執務室で、クローネとオメガから直接推薦書を受け取った。
「君のことは聞いているよ」
と、ナイアーラは言った。
「何しろあのハイペリオンオメガを一発で乗りこなし、謎の敵を撃退した民間人なのだからね」
「すみません……なんか……皆さんに迷惑を……」
「いやいや、迷惑なものか。むしろ私は君が防衛軍に入ってくれて嬉しいと思っているよ」
それからナイアーラはクローネの方を見て言った。
「……で、君から……今回の任務の報告を聞きたいのだが……」
「はい、まず、カーター教授なのですが、すでに亡くなっていました……。現場の状況から、自殺だと推測されます」
クローネは姿勢を正してそう答える。
「自殺……か。しかしなにゆえにだ? 遺書のようなものはあったのか?」
「遺書かどうかは分かりませんが……手記は残されていました」
それからクローネは、あの手記に書かれていたことを説明した。
「以上のことから、カーター教授は、その海に潜むという何者か。仮に我々は、教授や石板に書かれていた内容から邪神と呼称することにしますが……。その邪神による精神干渉のようなものを受けて、錯乱状態となり、自ら命を絶ったものかと……」
「邪神……邪なる神、か……。してクローネ中尉、我々は今後どうすればいい? 謎の敵はおそらくハイペリオンにプログラムされた『鍵』を狙っているのだろう? だが、我々は敵はおろか『鍵』についてもその邪神とやらについてもあまりにも無知なのではないか?」
「おっしゃる通りです……」
クローネは言った。と、そこでオメガが口を開く。
「あの……南極へ向かわれてはどうでしょうか?」
「南極へ?」
「はい。石板が発見された遺跡があるのは南極です。僕たちもそこへ向かえば何らかの手がかりが得られるかもしれません……」
「南極……か。分かった。すぐに君たちを含めた南極へ向かう部隊を組織しよう」
ナイアーラは言った。だが、そこでクローネが待ったをかける。
「あの、オメガくん……じゃなくて、オメガ少尉も連れていくんですか?」
「不服か?」
ナイアーラが尋ねる。
「はい、不服です! 敵は間違いなくハイペリオンオメガを狙ってくるでしょう。あの襲撃以来万全のセキュリティが整備された基地の外にハイペリオンオメガを持ち出すのは……」
「だが、南極に行って、その『鍵』とやらが我々の手元にあることないのとでは大きな違いだろう。違うか?」
「それは……」
と、クローネは口ごもった。
「まぁいい、そういう訳だ。すぐに南極へ向かう部隊は組織してやろう。中尉はそれまで……そこの新入りに防衛軍のいろはを教えてやるといい」
ふたりはナイアーラの部屋を後にして廊下に出た。すると、どこからともなく白い塊が飛んできてオメガの胸に飛び込む。
「きゅうきゅう!」
それは、モフ子さんだった。
「すっかり懐かれていますね……」
クローネがその様子を見て言った。
「きゅきゅう!」
クローネはモフ子さんの毛にそっと触れる。
「クローネさん」
オメガはそんなクローネに向き直って言った。
「僕を……子供扱いしないでください」
「オメガくん……?」
「僕は、あなたが思っているほどもう子供じゃあありません。さっきだってそうでしょう? 僕が任務に参加するのは危ないから、あんなことを言った……。僕にはハイペリオンがあります。それに本来僕は戦うために造られた人間です。だから、クローネさんなんかよりもよっぽどか、戦いに向いていると思うんです」
オメガはモフ子さんを抱えたままクローネから離れた。
「きゅう……」
モフ子さんは悲しげな鳴き声を発する。
「行こう、モフ子さん」
オメガはモフ子さんを抱えたままクローネの先に歩いていってしまう。
「あっ、ちょっと……オメガくん!?」
クローネはオメガを呼び止めようとするが、相手はそれを無視した。
*
海底に停泊していた黒い浮遊戦艦の艦橋で、仮面の女はウィンダー、ミラ、アギリと向かい合って立っていた。
「そうか……カーター教授はすでに……」
「申し訳ありません」
ウィンダーは謝る。
「いいや、お前の落ち度ではない。それに何も得られなかったのは防衛軍のふたりも同じだろう。それでウィンダー、お前が基地で見た民間人が、四機目のハイペリオンのパイロットだったのは、本当なのか?」
「はい、間違いありません。彼でした。名前は確か……オメガ・グリュンタールとか」
「ふーん」
と、ここでミラが割り込んできた。
「その子、どんな子だった? 殺し甲斐のありそうな子だった? 血の色はいい色をしてそう?」
「そこまでは判別不能」
ウィンダーは答える。
「あぁそっか、あの時、君だけはあいつの姿を見ていないんだったな」
アギリが発言した。
「だったら言っておくけど、僕の方が数倍は美しかったね……っ!」
「うるさい、ワカメ! あんたには訊いてないんだけど?」
仮面の女は咳払いをして、またしても喧嘩を始めようとするふたりを止めた。
「さて、我々が考えるべきは過去のことではない。これから我々がどう動くかだ……。だが、それには相手の動きを予測しなくてはならない。カーター教授に会いに行ったものの何も得るものはなく、ただひとつ、南極の遺跡で発見された石板にと『鍵』なるものの存在を知った相手は、いったいこれからどう動く?」
「はいはーい!」
ミラが元気に手を挙げた。
「いいだろう。ミラ」
「キュートでプリティなこのあたしに会いに来る!」
「君に興味があるのはロリコンだけだろう? まな板ちゃん」
アギリがやれやれと言った。
「やはりここはこの美しく洗練された究極美を持つこの僕にだな……」
「はぁ? 黙れ、死ね、ワカメ!」
ミラがアギリに蹴りを入れようとするが、アギリはその足を掴んで防御した。
「あぁっ、離しやがれっ! この変態!」
「やれやれ、君は話し方、性格、そしてその胸、どれをとっても美しくない……。唯一及第点なのは顔だけか?」
アギリはミラの足を離した。直後、ミラの蹴りがその顔面に命中し、彼は後方に倒れた。
「ウィンダー、お前の意見はどうだ?」
仮面の女はいがみ合うミラとアギリを横目に尋ねた。
「おそらく……南極に向かうものかと。俺が奴らならばそうするでしょう。そして、アーカムから南極へ向かう最短ルートは、南北ローリー大陸を南下していくルート……」
「そうか……」
仮面の女は少し思案してから続けた。
「それならば奴らの守りも手薄になるな。南極に行く以上四機目のハイペリオンも同行するだろう。我々が『鍵』を手に入れるのも可能なのではないか?」
「しかし……問題がひとつだけ」
ウィンダーは言った。
「なんだ?」
「北ローリー大陸の大半はブリテン王国の、そして中央、南ローリー大陸はローマ連邦の植民地です。彼ら防衛軍が王国軍か連邦軍に援軍を要請した場合……我々は……」
「その点については問題ない。すでに我ら『ルルイエ神聖教団』の信徒たちは全世界に潜伏している。もちろん各国の軍人たちの中にも信徒はいる。彼らに連絡を取れば、少しの間だけ事務作業の滞りとでも称して軍の機能を遅らせることも出来よう。その間に我らは作戦を完了させればいいのだ」
「了解しました……」
ウィンダーはいつもの感情のない声で言った。
「それと、ウィンダー、次の作戦は総力戦だ。私の機体も出そう」
「はっ」
ウィンダーは頭を下げた。
*
翌日、オメガは上層部からの招集を受け、アーカム基地と隣接している軍港へと向かった。軍港には、巨大な浮遊戦艦が停泊していた。まるで、白い鳥が黒い翼を広げたような見た目をした浮遊戦艦がそこにある。
オメガは、支給されたばかりの真新しい地球防衛軍の制服に身を包んでいた。左腕には、クローネや神威もしていたような腕輪型の通信機をつけている。
「凄い……これが……」
「きゅうきゅう……」
オメガも、そして彼に抱えられているモフ子さんも、桟橋から戦艦を見上げて感嘆の声を上げた。
「よっ、オメガ。それにそいつは噂の白モフさんかい?」
オメガはそう声をかけられて振り返った。そこには、神威が立っていた。
「神威さん……! この子はモフ子さんっていうんです。……でも、そんなに有名なんですか?」
「あぁ、今じゃあな。なにせお前は毎回予想外の行動をし、予想外のものを持ち込んでくるからな」
それから神威は周囲を見回して言った。
「そういえば今日は、クローネは一緒じゃあないのか?」
「はい、僕はもうひとり立ちをしました」
「ひとり立ち……? なんのこっちゃ」
「僕はもう、クローネさんには頼りません」
「そ、そうか……」
「ですから神威さん、あの船を、案内してくれませんか? 僕たち、これからあの船に乗り込むんですよね?」
「あぁ、そうだが……」
神威は複雑な表情をした。え、えぇとこいつ……今さっきひとり立ちをしたって言わなかったか?
オメガは、神威の案内で船内を見て回った。まず初めに、船員たちの部屋が並んだ区画で、自分がこれから寝泊まりすることになる部屋を見た。そこは、ベッドと机があるだけのシンプルな部屋だった。だが、別に自分が必要だと判断したものはなんでも用意していいとの事だった。
それから、オメガは自分の個人的興味のために、厨房を見た。厨房には、最新の調理機器が並んでいた。料理長はアマジグ大陸系の色黒の大男だったが、オメガが料理が得意だという話を聞くと、それなら暇な時はいつでも作りに来ていいぞと言ってくれた。
最後に、ふたりは艦橋に向かった。艦橋では、すでに艦の主要な乗員たちが艦長と思しき眼帯の女の前に整列をしていた。
「来たか。神威、それから……お前はオメガ……だったな?」
女は言う。さながら、女海賊のような風貌の艦長だ。
オメガは整列した中に並んだクローネとちらりと目があった気がした。クローネはこちらに何か言いたげな表情をしたが、彼はそれを無視して、違う方を向いた。
「初めての者もいるだろうから自己紹介をしておこう。あたしはアリア・グラスゴー、この艦、スターペンドラゴンの艦長にして、本作戦においてはお前たちの指揮官も務めることになる女だ。よろしく頼む」
一同は頭を少し下げた。
「いい、楽にしろ。それから……副艦長、何かあるか?」
アリアの隣にいたひょろりとした背の高い男が進み出る。
「い、いえ、特にはないっす。あぁ、俺っすか? 俺は副艦長のレアーノ・トリノっす。よろしくっす」
「よし、他になにかある者はいないか?」
アリアは乗員たちを見回した。一同から進み出る者はいなかった。
「いいだろう。それじゃああたしたちの目的を改めて説明する」
アリアが言うと、オペレーターのひとりが艦橋にある機器のスイッチを押し、正面の屋外の様子が映し出されているモニターに、地図を映し出した。南北ローリー大陸の描かれた地図だ。
「あたしたちは謎の石板が発見されたという南極大陸に向かうため、これより南下する。ここが主な南下ルートだ」
地図上に新たに線が浮かび上がった。それは、ほとんど南北ローリー大陸に沿って真っ直ぐに伸びていた。だが、ただ一箇所だけ、大きく迂回している部分がある。
「あの……質問なんですけど……」
オメガは片手でモフ子さんを撫でながら手を挙げた。
「どうした? お前は……オメガといったな……」
「どうしてその……えぇと、ちょうどカリナゴ海の北方辺りを迂回して……」
周囲の者たちが顔を見合せた。クローネと神威、そしてアリア以外の者たちは信じられないというような表情をする。なにか、あまりにも当たり前すぎる質問をしてしまったのだろうか……? オメガは少し不安になった。
「いいんだ、オメガ。あたしだってお前の事情は分かっている。船乗りや飛行機乗りなんかの間じゃあ常識だが。ここは魔の三角海域と呼ばれていて、海難事故が多発する地帯なんだ。だからなるべくそのリスクは避けて航行することが望ましい」
「魔の……海域ですか……」
オメガはその言葉を反芻した。
「他に……何か言いたい者はいるか?」
一同からはそれ以上の質問は出なかった。
「よし、いいだろう。あたしらはこれより南極へ向けて航行する! 総員、持ち場につけ!」
アリアは指示を出した。
戦いの火ぶたは落とされた。
鉄と鉄とがぶつかり合い、炎が吹き上がる。
大いなる海が牙をむいた。
あらゆる常識は通用せず、見えざる力が襲い来る。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『血染めの少女は恋をする』
それは、悲しき宿命を背負う戦いの魔女。




