第27話 反逆の日・1
イラン帝国軍、ジャムシード・アラークに捕らえられたオメガ・グリュンタールたち。
ジャムシードにはある考えがあるようで……!
一体どれほどの時間が経ったのだろうか……。と、アギリは思った。地下牢の明かりは通路に設けられた松明だけなので、正確な時間は分からない。そんなことを思っていると、アギリの腹の虫が鳴いた。
「お腹……空いたんですね」
藁のベッドに腰をかけていたオメガは言った。
「僕もです」
「ここじゃ、お前お得意の料理とやらも作れそうにないからな……」
アギリは鉄格子にもたれかかりながら言った。
「まさか、このまま食事が運ばれてこないとは思いませんが……」
「こんな牢獄の食事だ。どうせ不味いに決まってる」
アギリは吐き捨てるように言った。
「そうやって、悪い方に考えるのは良くないですよ? 物事は前向きに考えないと」
「じゃあなんだ? お前は向こうの気が変わって僕たちをここから出してくれたりでもすると思うのか?」
「意外と、そうかもしれませんよ」
オメガはアギリの方を、いや、その背後を見て言った。
アギリは彼の視線を追って振り返る。するとそこには、ジャムシード・アラークが鍵を持って立っていた。ジャムシードは躊躇う様子もなく、鉄格子の鍵穴に鍵を差し込んで回す。鉄が軋む音がして、牢獄の扉が開かれた。
「どういうつもりだ?」
アギリはジャムシードを睨みつけながら言った。
「出たくないのか?」
ジャムシードもアギリを睨みつける。
「出るも何も、訳がわならない。僕たちを捕らえたお前が今度はどうして僕たちを解放しようとする?」
「アギリと言ったな……。お前は散々相方のことを『周りが見えてない』だのなんだのと言っておきながら、お前自身だって大概なんじゃあないか?」
「周りを……?」
「まさか……!」
オメガは立ち上がりながら言った。
「僕たちを人のいない地下牢にふたりまとめて投獄したのは……!」
「正解だ。オメガ」
ジャムシードは答えた。
「ふたりだけの環境になれば自ずと本音が分かる。地下牢に誰もいなければその会話を盗み聞きすることだって容易だ」
「で、あんたは僕たちのことをどう判断した?」
アギリはまだ警戒を残した様子で尋ねた。
「気に入った」
ジャムシードは答えた。
「気に入った?」
「少なくとも、話を聞いてやるつもりにはなったということだ。ついてこい。それとも、この『美しくない』牢獄にずっと繋がれていたいか?」
ジャムシードはアギリとオメガに背を向けた。オメガはアギリの隣に立つ。
「行きましょう」
オメガは言った。
「彼は……信じてもいいと思います」
「根拠は?」
「本能です」
「ったく、お前はやっぱりいい加減な奴だな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
オメガはにこりと笑って答えた。
「貶してるんだよ、馬鹿」
アギリはそう言うとオメガよりも先に牢獄から出た。
「アギリさんに褒められても貶されても、僕の心には一切響きませんからね!」
オメガは怒ったように言った。
ったく、思いっきり響いてるじゃないか……。アギリは心の中で呟いた。
ふたりがジャムシードによって案内されたのは、地上の建物にあるバルコニーだった。そこは、食事スペースも兼ねており、丸テーブルが均等に並んでいた。見下ろせる外の景色は、軍事施設や砂漠が広がる殺風景なものだった。
オメガ、アギリ、ジャムシードを待っていたのは、ひとりの少女だった。銀色の髪をふたつ結びにした褐色肌の少女だ。瞳の色はラピスラズリのような深い青色をしている。
「やっほー、よろしくね!」
少女は立ち上がるとこちらに向けてピースサインをしてきた。オメガは見様見真似でピースサインを返す。
「こちらの方は、イラン帝国第八皇女グルド・ファランギース・へラード様だ」
ジャムシードはやや勿体ぶるような口調で言った。
「まったくもう、そんなに畏まらないでよぉ! 私とあんたの仲でしょう!?」
グルドと呼ばれた少女は言った。
「仲がいいんですね」
オメガは言った。
「ま、幼なじみというかなんというか……」
グルドはジャムシードを伴って席に座り直した。そして、オメガとアギリにも前に座るように促す。ふたりは彼女に従った。
「ふたりとも、肝が据わってるんだねぇ」
グルドはしみじみと言った。
「私の身分を聞いてもちっとも気後れしなかった」
「あなたによく似た人を知ってますから……」
オメガはシェヘラザードを思い出しながら言った。
「僕は……そうだな。正直身分だとか社会階層だとか、そういうことはよく分からない」
アギリは答えた。物心ついた時にはもう、周りは敵だらけだったからな……。彼は心の中で付け加える。
「俺たちに……」
と、ジャムシードは話を繰り出した。
「お前たちの言い分を聞かせてくれないか? 何事も包み隠さずに……だ」
「分かりました」
オメガは頷いた。そして、今までの戦いについて、話し始めた。
「そうか……。お前たちは世界を裏切ったわけではない。むしろ、裏切られたと言うんだな」
オメガが話終わると、それまで黙って話を聞いていたジャムシードが言った。
「でも……こんなことを言っても、信じてもらえませんよね……」
オメガは言う。
「そうだな」
ジャムシードは言った。
「お前たちの話はいささか荒唐無稽すぎる」
オメガは沈んだようにテーブルに目を落とした。
「だが……それ故に俺は信じようと思う」
「え……?」
オメガが顔を上げ、アギリは目を見開いた。
「現実とは常に想像の上を行くものだ。嘘をつこうとする者はありきたりな話しかしない」
「それに……」
と、グルドも口を開いた。
「あんたたちのRA、ううん、オメガって言ったよね? あんたの乗ってきたRAは今、私たちに協力を申し出てきたふたりに狙われているの」
「狙われている?」
オメガの問いにグルドは頷いた。
「そう、あいつら……ハイペリオンオメガVVをよこせってしつこくて……。おまけになんか力づくで奪いそうな素振りも見せてきたから今は格納庫に護衛の兵士たちを配置してるけど……」
「そのふたりって……」
「片方の凶暴そうな男はドゥルヨーダナ・ヴァラナシィ。それからもうひとりの何考えてるか分からない機械みたいな女の子はセッテ・ガーっていったかな? 知り合い……?」
オメガは頷いた。
「はい……。あの……僕が乗っていた前のハイペリオンオメガを壊したのはドゥルヨーダナです。ルルイエ神聖教団に拾われていたんだ……。多分、ふたりはハイペリオンオメガVVの『鍵』を狙って……。残りの三つは既に持っているから……」
「やっぱり、そんなところだったんだ……」
グルドは合点がいったという表情をした。
ジャムシードはクロスの敷かれたテーブルの上にふたり分の腕輪型通信機を置いた。
「これは返そう」
「いいんですか?」
「あぁ、仲間に無事を連絡してやれ」
ジャムシードは言った。
オメガは自分の通信機を左腕に装着すると、早速、クローネの通信機に通信をかけた。
「クローネさん! 聞こえますか!?」
「オメガくん!? 無事なんですか!?」
クローネは答えた。
「きゅう! きゅう!」
近くからはモフ子さんの鳴き声も聞こえる。
「無事です。相手の軍の方は、結構理解のある人で……」
「良かったです……」
「お前たちの指揮官に繋いでくれないか?」
ジャムシードが割り込んできた。
「アリアさんですね」
クローネは言う。
「分かりました! すぐに代わります」
すぐに通信機の向こう側からどたどたと艦内を移動する音が聞こえ始めた。
「いや、移動する時くらい通信を切らないのか……?」
ジャムシードは呟いた。
やがて、通信機越しから男勝りな女の声が聞こえてきた。
「オメガ……無事だったのか。それからあたしと話したいやつがいるそうだな?」
「そうだ。俺はジャムシード・アラーク。イラン帝国軍騎士長のひとりでもある」
ジャムシードは言った。
「んで、そんな騎士長さんが何の用だ?」
アリアはやや警戒を込めた口調で言った。
「単刀直入に言おう。俺はお前たちに協力しようと思う」
「え……?」
「は……?」
「はい……?」
ジャムシードの言葉に、オメガ、アギリ、アリア、クローネらは口々に言った。
「悪い話ではないはずだ」
「で、ですが……!」
通信機の向こうからクローネが待ったをかける。
「あなたたちがその選択を取る理由がまったく理解できません! 確かに、私たちの言い分は理解してもらえたのかもしれませんが……でも、協力してしまってはあなたたちは国家の裏切り者……!」
「構わないさ。もとより俺たちはこの国を裏切るつもりでいた」
「どういう……ことだ?」
アリアが慎重に尋ねた。
「皇帝陛下は老齢だ。今この国を牛耳っているのは第1皇子を追放した第二皇子とその宰相、ザッハーク・ゴルガーン。俺とここにいるグルドはそんなザッハーク一派を国から追放したいと考えている。そんな矢先にお前たちが現れてくれたというわけだ。お前たちのRA操縦技術は先程の実戦をもって知っている。どうだ? お互いに協力し合うというのもひとつの手だろう?」
「しかし……」
アリアはまだ突然の提案に戸惑っているようでそんな声を出した。
「敵の敵は味方。お前たちが敵対するルルイエ神聖教団はザッハークたちに取り入っている。共闘する理由は充分にあるはずだ」
「分かった……」
アリアは言った。
「あたしはまだお前たちを完全に信頼したわけじゃあないが敵は少ない方がいい、協力しよう。それから……ひとつ、いいか?」
「なんだ?」
「もし、お前たちがイラン帝国にてクーデターを成功させたあかつきには、アラビア帝国との戦闘を中止してくれないか? ついでにいえば隣国の西テュルキイェ王国にも掛け合ってな」
「いいだろう」
ジャムシードは頷いた。通信は切れた。
アリアは、通信機をはめたクローネの左腕を解放した。
「ったく、姫様にも無断でこんな取り決めをさせるなよな……」
アリアは文句を言うように言った。
「でもアリアさん、ちゃっかりお仕事をしちゃいましたね。国家間の紛争を止めるのも地球防衛軍の立派なお仕事ですから」
クローネは言う。
「きゅきゅきゅう!」
彼女の右腕に抱かれたモフ子さんはそう鳴いた。
「当たり前だ。敵陣に飛び込んでいったオメガたちの心意気を無駄には出来ないからな」
「そうですね。勝手な行動ばっかりなのは許せませんけど」
クローネはその言葉とは裏腹に嬉しそうな口調で言った。
オメガ、アギリ、ジャムシード、グルドらの前に料理が盛られた皿が運ばれてきた。オメガにとっては見たこともない料理だった。おそらく、ここら辺の民族料理なのだろう。
「アギリさん、良かったですね。豪華なお料理ですよ」
オメガは言った。
「あぁ、だが美しくな……いや、なんでもない」
アギリは首を横に振った。何を言おうとしているのだ、僕は……。確かに、僕の美的基準から見てこの料理の盛り付け具合や色合いは決して美しいとは思えない……。だが、それでも……今目の前に置かれている料理はとても美味しそうに見えた。自分が思う美しさとは違う、別な美しさがそこにあった。
「どうしたんですか? しんみりしちゃって……」
オメガが少し心配するように訊いた。
「いいや、なんでもない。美味しそうっていうのはこういうもののことを言うんだろうなと思ってな」
オメガは首を傾げた。
その頃、オメガたちがいるのと同じ基地の建物にある通路を、ドゥルヨーダナとセッテが歩いていた。
「ちくしょう!」
ドゥルヨーダナは拳で通路の壁を叩いた。薄い金属板を貼られた壁のほの暗い廊下に鈍い音が響き渡る。
「ドゥルヨーダナ」
セッテは立ち止まってドゥルヨーダナに目を向けた。
「あいつら……この俺様を舐めやがって……。なにが『ハイペリオンオメガVVを捕らえたのは我々だ。お前たちが許可なく格納庫に入ることは出来ない』だ……!」
「ドゥルヨーダナ、怪我をしている」
セッテは先程壁を殴ったドゥルヨーダナの拳から血が流れ落ちるのを見て言った。
「うるせぇ! てめぇに関係あるか!」
ドゥルヨーダナは苛立ったように歩き始めた。
「どこに行く?」
セッテが訊く。
「決まってるだろう! こうなったら力づくで奪い取るんだよ! 同じ国家? 名目上は味方同士? 知ったことか! 目の前の邪魔な奴らはことごとく殺し尽くす! それが俺様のやり方だ!」
後半へ続く!




