第23話 アラビア帝国にて・1
スターペンドラゴンに帰還したクローネ・コペンハーゲン。
ふたたび結束を強めた仲間たちは、アラビア帝国へと向かう……!
クローネ・コペンハーゲンは艦橋でスターペンドラゴンのメンバーを前にして頭を下げた。
「本っ当にごめんなさい!」
「あぁいや、そこまで頭を下げなくても……。幸いにしてマプトの街での死傷者はゼロ。戦闘が開始されるまでは建物の被害すらなかったんだろう?」
アリアが言った。
「そ、そうかもしれませんが……皆様にご迷惑をかけてしまって……」
「でも、功績も大きいですわよ。クローネ」
フローラがなだめるように言った。
「功績……ですか?」
クローネが少しだけ顔を上げる。
「えぇ、まず、少しだけですけど敵勢力の情報を持ち帰ってくださいました」
「しかし……あのサザームが生きていたとはな……」
ダンはシルフィの方をちらりと見て言う。
「その……サザームさんって誰なんですか?」
オメガが問う。
「二年前の戦役、すなわちミレニアム戦役の元凶のうちのひとつだ。旧帝国時代のローマ皇族の生き残りでな。革命によって一族がみな処刑されたことを恨み、連邦への復讐を企てた人間だ。その最中、オメガたちプロメテウス研究所で造られた人造人間は兵器として駆り出され、やがて連邦政府により虐殺に近い形で皆殺しにされて、戦役の最終局面では君の姉、ガンマ・プロメテウスが世界を滅ぼそうとした」
「その……サザームさんの最期を見届けたのは私なんです……」
シルフィが言った。
「あの時はまさか生きているなんて……」
「だがあのディーナですら生きていたんだ。不思議な話ではないだろう。なにせお前は、爆発を見てサザームの死を判断したから死体そのものは確認していない。違うか?」
「そう……ですね……」
シルフィは苦い思い出を思い出したという表情で言った。
「それからもうひとつの功績は……」
と、フローラは話を続けた。
「彼女を連れてきてくださったでしょう?」
オメガとクローネは顔を見合せた。
ティラエ・マラガはスターペンドラゴン内にある独房のような部屋に入れられていた。入口には戦闘服を身にまとったふたりの兵士が待機している。
ティラエは扉につけられた小窓から外の景色を見てため息をついた。
「はぁ……いっそのこと、すぐに殺してくれればいいのに……」
その時、扉の外で何やら会話をする声が聞こえ、やがて扉が開いた。
それは、クローネだった。
「クローネちゃん……」
ティラエはクローネの地球防衛軍の制服を見る。
「そっちの方が似合ってるよ」
ティラエは無理やりに笑顔を作ってみせた。
「ティラエさん……」
クローネはティラエが座るベッドのすぐ隣に腰を下ろした。
「私たちの……仲間になる気はありませんか……?」
「あんたたちの……?」
「はい、私は、いいえ、私もオメガくんもあなたたちを助けたいんです。あなたたちは決して悪い方じゃない……あなたたちは……」
「残念だけど、私の心は変わらない。私を動かす原動力は復讐だけ、それが出来なければ……あとは死ぬだけ……」
「もし……」
と、クローネは少し考えてから口を開いた。
「もし、ティラエさんの復讐が成ったら、その時はどうするつもりですか?」
「その時は……」
ティラエははるか遠くを見つめるような瞳で言った。
「その時は、やっぱり私も死ぬ。だって、全てを滅ぼしたのなら、私だってやっぱり、罪深いひとりの人間でしょ?」
「ティラエさんには、復讐以外に、夢とか……やりたかったこととか……」
「昔はあったかも……。でも、お父さんが国の裏切り者になった日からは……もう」
「聞かせてください!」
クローネは言った。
「え?」
「私に、それを聞かせてください!」
ティラエはしばらく考え込むような表情をしてから、言った。
「一度でいいから……本当の恋をしてみたかったかな……。可愛い女の子と」
「女の子……ですか?」
「うん、私、昔っからそうなの。男の子にだって、いい人はいっぱいいるけど、恋をするにはちょっと違うかなーって。だから、いつか付き合うとしたら、女の子にするって決めてて」
「だったら……復讐はそれを叶えてからでもいいんじゃあないですか? 私も、応援しますからね」
クローネはにこりと笑うと言った。
「考えておく」
ティラエは少しだけ表情を緩めて言った。
「クローネちゃん、あんた……本当にずるいよ」
「だって私は、ティラエさんを、お友達だと思ってますから……」
クローネはそう言うと部屋を出ていった。
オメガは、艦内の休憩スペースに座り、コンピュータをいじっているダンとシルフィに声をかけた。
「あの……ダンさん、シルフィさん」
ふたりは顔を上げた。
「あっ、おめでとうございます!」
シルフィは言った。
「確か、クローネさんと正式に付き合うことになったんですよね!」
「そう……です……」
オメガはあからさまにそう言われると、少しだけ恥ずかしいような気がして顔を赤らめた。
「あの……おふたりは今……何を?」
「んん、いや、ゼロムさんの消息に関して、なにか情報はないかとシルフィが周囲の軍事施設の情報網に侵入して……俺はその付き添いみたいなもんだ」
「あぁ、じゃあお忙しくて……」
「大丈夫ですよ!」
シルフィは折りたたみ式の小型コンピュータをぱたんと閉じた。
「情報に関してはなにも目新しいものはなかったので……」
彼女は少しだけ落ち込んだように言った。
「そう……なんですね」
ゼロムさんは僕にとっても、それにふたりにとっても大切な人物だ。絶対に無事であって欲しい。オメガは心の中で呟いた。
「で、何の話だ?」
ダンが促した。
「実は……その……僕は、クローネさんに……告白を……したんですけど……」
オメガはやはり少し恥ずかしいような気がしてきて、消え入りそうな声で言った。
「それは知ってる」
「ここのみんなも、ティンダロスのみんなも知ってますよ? ミラちゃんなんて……ハイペリオンシュヴァリエで慌ててこっちに来ようとして、お姉ちゃんに見つかって怒られてるくらいですから」
ふたりは口々に言った。
「ま、まぁ……そうなんですけど……」
オメガは口ごもる。
「おふたりに訊きたかったのは……」
消え入りそうになるオメガの声を聞くために、ダンとシルフィは身を乗り出した。さながら密談が始まるかのような様相である。
オメガは意を決して言った。
「男女が付き合うって、具体的に何をすればいいんですか?」
ダンとシルフィがさも面白いものを見たというような表情で顔を見合せた。
「あの、ちょっと! 僕はふざけているわけじゃあありませんよ! 真剣なんです! おふたりは偉大な先達ですから!」
「いや、分かってるさ。分かってるが……ちょっと初々しいなと思ってしまってな」
ダンは言った。
「そうですねぇ」
シルフィは考えるような表情をする。
「ふたりで一緒にお出かけしたり……お食事を食べたり……それにプレゼントを送り合ったり……」
「あの、最後の以外もう全部やったことあります……」
オメガはクローネとの思い出を思い出して言った。
「だってオメガくんもクローネさんも、正式に告白をする前から、付き合ってるみたいなもんだったじゃあないですか!」
「ええっ、そんな風に見られてたんですか!?」
シルフィの言葉にオメガは驚く。
「気づいてなかったのは当の本人たちだけですよ?」
シルフィはからかうように言った。
「だからつまりは……今まで通りでいいってことだな」
ダンが言った。
「それじゃあ、告白した意味が……」
「お互いの気持ちに自分たちが気づくことと、気づかないでいることでは、遥かに意味が違いますよ」
シルフィは言った。
「そう……でしょうか」
「そうです! それにそういうのは、自分たちで見つけていくものだと思います」
それから彼女はにっこりと笑って続けた。
「頑張ってくださいね」
「はい!」
オメガは敬礼のようなポーズをとると休憩スペースを後にした。
シルフィはそんなオメガの後ろ姿に、同じポーズを返した。
「こいつは、将来が楽しみだな」
ダンは言った。
「そうですね。でもきっと、ふたりとも幸せになりますよ!」
シルフィは確信に満ちて言った。
スターペンドラゴン艦内には、作戦を立案、発表するためのブリーフィングルームがある。中央の机にマップが映し出されるようになった薄暗い部屋だ。
アリアはそこに艦のメンバーたちを招集して説明をした。
「あたしらはこれから、ティンダロスと共にアラビア帝国領内に入り、その首都であるカイロへと向かう」
部屋の真ん中のモニターには、アマジグ大陸北部と、ヴィシュヌ大陸西南部の大半を治める大国、アラビア帝国の地図が映し出された。
「あの……」
と、オメガが手を挙げて質問をする。彼の隣にはクローネが寄り添うように立っていた。
「なんだ? オメガ」
「僕たちはもう世界の敵として認識されています。それは地球防衛軍も、それに各国の軍隊も共通の認識だと思います。易々と領内に入れてもらえるでしょうか」
「安心しろ、オメガ。こうなることはすでに作戦の初期段階から予測している。だから事前に交渉の場を用意しておいた。幸いにしてアラビア帝国にはあたしらの旧知の仲の軍人がいるゆえな」
「旧知の……仲……ですか?」
オメガは尋ねる。
「名前はジャーファル・べシャール。階級は大佐。……ったく、出世しやがって」
「確かに……ジャーファルなら話を聞いてもらえるかもしれないな」
ダンは思案するように言った。
「えっと……ダンさんの知り合いでもあるんですか?」
オメガは訊いた。
「あぁ、いや、前に言っただろう? 俺やクローネたちが戦役に従軍した時、一緒に戦った仲間があとふたりほどいたってな。そのうちのひとりがジャーファルなんだ」
「へぇ、それは会うのが楽しみです」
オメガは楽しそうに言った。
「オメガ、こいつは遠足じゃあないんだぜ?」
そんなオメガをアリアが窘める。
「分かってますよぉ、そんなこと」
「本当か? じゃあ、交渉担当はオメガでいいな」
アリアはからかうように言う。
「えっ……」
「ま、オメガだけじゃあ心配だから、クローネとダンにも行ってもらうが……」
「もう、僕だけで大丈夫ですよ?」
オメガは少しだけふくれたように言った。
そんなオメガをクローネが肘で小突く。
「オメガくんはいつもそう言って色んな場を掻き乱して帰ってくるんですから……」
「僕がいつ……」
「いつもです」
クローネが面白そうに言った。
「さて、肝心な交渉場所だが……」
卓上の地図が段々と拡大されていった。やがて、それは海上のある一点で止まる。
「エリュトゥラー海に近年新たに建設された海上都市、バフルマディナ。そこが交渉の場所として選ばれた」
「海上都市……海の上に都市が……」
オメガは息を飲むように言った。それから、クローネに向き直る。
「ますます、楽しみになってきましたね」
「だから、遠足じゃあないんですよ?」
クローネはやれやれと言った。
ネメシスのパイロット控え室では、ラムダがサザームに詰め寄っていた。
「どうして……! どうしてなんだ!? 俺はまたひとりになっちまった……! ティラエまで攫われて……!」
「ティラエを……取り戻したいか?」
サザームが仮面のためにエコーのかかった声で言った。
「あぁ、取り戻したい! これじゃあ俺たちの復讐は振り出しに戻ったも同然だ! それに……あのオメガとかいう弟だっていつかは目覚めさせてやる……!」
ラムダは決意をするように言った。
「そうか……」
サザームは言った。
「ならばアラビア帝国に向かうといい。おそらく次に奴らが向かうのはそこだ。私には分かる。なにしろ彼ら彼女らとは長い付き合いなのだからな」
ブリーフィングルームを出ると、オメガはクローネと共に廊下を歩いていたが、やがて彼女に質問をした。
「あの……どうしてアブソリュートモードのことを言わないんですか?」
「オメガくん」
クローネは真剣なトーンで言う。
「ハイペリオンオメガVVブイツーを開発したのは……誰ですか?」
「それは……ライラさんじゃ……」
「そうです。そしてアブソリュートシステムはミレニアム戦役終戦後に危険と判断され凍結された技術です。私には……ライラさんがそんな技術の再始動を認めたとは考えたくありません。たとえ、新生『観測者』に対抗するためであったとしても……。だから、せめて彼の本当の目的が私でも納得ができるまでは、黙っていようと思ったんです……」
「クローネさんは……」
オメガは言った。
「本当にそれでいいと思ってるんですか?」
「え?」
クローネは聞き返す。
「僕は思っていません。少なくとも、こういうことは、みんなにも言わないと……。みんなだって力になってくれるはずです」
「でも、これ以上皆さんにご迷惑をおかけするのは……」
「迷惑じゃあありません!」
オメガは言う。
「むしろ、みんな……相談して欲しいと思います。だって……クローネさんは、みんなの大切な仲間であり、お友達じゃあないですか」
オメガは呟くように続けた。
「あんまり……ひとりで抱え込もうとしないでください。僕はもう、クローネさんが傷つくのは見たくありませんから……」
後編へ続く!




