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第20話 ミラ・セイラム救出作戦・2

 前半の続き!

 しばらくして、店の前にいたカレリアの元に変装をしたクローネがやってくる。彼女は、ブリテン王国軍の深緑色の軍服を身にまとい、髪を三つ編みにして頭の上でぐるぐると巻いていた。そして縁の細い銀色の眼鏡をかけている。


「その……眼鏡は?」


 カレリアは問うた。


「本を読む時などに使っている眼鏡です。遠くはあまり良く見えませんけど、変装には最適かなーと……」


 クローネはそう言いながらカレリアの方に向かうものの、道の石畳につまづいてよろめいた。


「クローネっ!」


 カレリアは咄嗟にそんなクローネを抱きとめる。


「す、すみません、普段はこんなことないのですけど、やっぱり遠くが見づらくて……」

「だったら、眼鏡はしなくてもいい」


 そう言いながらもカレリアは自らの今の体勢に気がついた。彼は、両手でクローネの方を抱くように彼女の身体を支えている。まずい、何がまずいのかは分からないが非常にまずい……! 彼は自分の体温が少しづつ上昇していくのを感じた。


「あの……カレリアさん?」


 クローネが心配そうに訊いた。


「やっぱりどこかお身体が悪いんじゃ……」

「い、いいや、悪くない! 悪くない!」


 カレリアはさっとクローネから身体を離した。

 クローネはメガネを外して肩からかけていた薄紫色のポーチにしまう。

 あぁ、私はなんという罪を……! 今のは事故のようなものとはいえ、物事には順序があるであろう! 順序が!

 その時、ふたりの目の前に黒いタクシーが停車した。


「あ、カレリアさん。さっき呼んだタクシーが来ましたよ?」


 クローネがタクシーの後部扉を開けて乗り込む。


「そ、そうだな……タクシーだ……」


 カレリアは放心状態で言った。そんなカレリアをクローネは急かす。


「ほら、早く乗りますよ! 基地に向かうんでしょう?」


 クローネはカレリアの軍服の袖口を引っ張った。クローネの指先がカレリアの腕に触れる。


「ま、待て、触るなっ、触るなぁっ!」


 カレリアは咄嗟にそう言い、タクシーに乗り込んだ。


「どういうことですか? やっぱりなんか変ですよ? たまに」


 タクシーが発車してから、クローネはカレリアに言った。


「い、いや……悪かった……。脅かしてしまったな……。これからは気をつけることとする」


 カレリアは自らの脳内で反省会を開いた。まったく……何をやっているのだお前は……パニックになりすぎだぞ。この先、なにかピンチに見舞われた時は必ずクローネを守るのではなかったのか? あれしきのことで狼狽えていたら、私は……。


 タクシーがプレトリア近郊の地球防衛軍基地につく頃には、夜が明け始めていた。ふたりはタクシーを降りると、基地の前の巨大な金属製の門の前に立つ。


「いいか? 手筈通りだとお前は……」

「ブリテン軍の新入り隊員でしたね?」


 クローネは言った。それからいたずらっぽく言う。


「よろしくお願いします! 先輩!」

「せ、先ぱ……」


 カレリアはまたも狼狽えそうになるがなんとか踏みとどまった。ま、まったく……なんなのだ。あまりにも自覚が無さすぎるぞ。もし私が悪い男だったらどうするのだ? …………。いや、さっきから何を考えている? 私は。あまりにも煩悩が多すぎるぞ。こんなんではクローネに嫌われてしまう……!

 そんなことを考えていると、やがて門のそばにある監視小屋から地球防衛軍の制服を着た軍人がやって来る。


「こんな早朝に何用だ?」


 彼は問うてきた。


「私だ。カレリア・ウィンチェスターだ。それからこっちは私の後輩の新人隊員。早朝からの防衛軍の様子を見せておきたいと思ってな」


 カレリアは言った。


「カレリア大尉でしたか……。それは御無礼を。どうぞ」


 番兵が手元のスイッチを押すと、門が内側へと開き始めた。

 ふたりは基地の内部に潜入する。

 しばらく、舗装された道を歩いていたが、やがてクローネが口を開いた。


「あの……純粋な疑問なんですけど、カレリアさ……じゃなかった、先輩はどうしてここまで私たちに協力してくださるのですか?」

「カレリアでいい」


 カレリアはなんとか言った。駄目だ。言葉ひとつとっても眩しすぎる……。くらくらしてきそうだ。


「話を聞いたからだ。お前たちの話を聞いて、私はそちらの方が正しいと判断した。だからな」


 い、いいや! それもあるがもっと深い理由では違う! クローネ、お前のようなものが困っているのに、私はそれを無下にすることが出来るか!


「そうですか……。ありがとうございますね。カレリアさん」


 クローネは笑って言った。カレリアにはその笑顔が、天使、いや、それ以上の存在に見えた。


 ───────


 ミラ・セイラムは尋問用の小部屋に入れられていた。三メートル四方程の窓がない小部屋の真ん中には机と椅子が並べられている。光源は、天井に取り付けられた照明の白い光のみだ。

 椅子に座らせられ、手錠で拘束されたミラは、部屋にひとりだった。だがそこに、扉が開いて、ひとりの男が入ってくる。浅黒い肌をした鼻眼鏡の男だ。


「随分待たせ……って、お前は!」


 ミラはハッとして言った。

 彼女の目の前に現れたのはナイアーラ・ブリストルだった。


「気づいてしまったか……」


 ナイアーラは言った。


「いや、君がここにいて防衛軍と共闘しているということは、ゼロムくんたちも私に疑問を持っているということかな?」

「てめぇ、ゼロムになにかしやがったらこのあたしが許さねぇ」


 ミラはナイアーラを睨みつけた。


「相変わらず血気盛んなことだな」


 ナイアーラは感心したように言った。


「だが君に何が出来る? 私の号令ひと声で君たちは全世界の敵となる。地球防衛軍だけではない。あらゆる国家の軍隊が君たちを敵とみなし、討伐してくるだろう。もし匿う国家があれば、その国も世界の敵だ。幸いにして君たちプロジェクトゴブニュにより誕生した戦闘用人間には再調整用のチップが脳内に埋め込まれていたな? もしそのチップに電気ショックを与え、今までの記憶を全て消去することが出来れば、君や、仲間のふたりはなんの苦しみもなく生き続けることが出来る……」

「それで……」


 と、ミラは言った。


「あたしらが記憶を消されて生き続けて、それでオメガくんやゼロム、それに猫さんたちはどうなる! あんたたちはみんなに何をする!? 答えろ!」

「さて、どうなるだろうな……」


 ナイアーラは言った。


「ところで君たちから見て、私はどう見えている? 三つの陣営を陰で操っているこの私は、果たしてどのような男に見える?」

「どんなって……何かを企んでいる外道だろう!」

「そうだな……」


 ナイアーラは少し考えるように言った。


「だがその『何か』がどんなものか、分からないであろう?」

「わ、分からない……。でも、あたしはあたしたち全員を裏切ったあんたを許すことは出来ない!」


 ミラは言い返す。


「まぁ白状すると、私は何も考えていないのだよ」


 ナイアーラは答えた。


「何も……考えて……いない?」


 ナイアーラは頷く。


「そう、私は昔から、そう、はるか昔から悪戯が好きでね。ただただ、3つの陣営を刺激するだけで良かった。そうすれば人類はどんな動きをしてくれるのか、どんな醜い心を見せてくれるのか……私はそれが見たかったのだよ。……だから、邪魔しないでくれたまえ。これが私の『暇つぶし』なのだからね」

「あんたは……!」

「と、いうのが私の全てだ」


 ミラはその時、彼の背後に映った彼自身の影が、人間の形をしていないのに気がついた。彼の影は、まるで何かの異形か、あるいは黒い炎のようにゆらゆらと揺らめき、そして蠢いていたのだ。


「人間じゃ……ない……の?」

「そう、言っただろう? 私は『はるか昔から悪戯が好き』だったと。『はるか昔』からね」


 しかしそこで、部屋の扉が大きく開かれた。


「そこまでだ。ナイアーラ・ブリストル」


 銃を構えて入ってきたのは、カレリアだった。彼が入ってきてから、すぐにクローネもやって来る。


「大丈夫です。外にいる兵士さんたちはカレリアさんの偽の命令で皆、持ち場をあとにしました……」

「気をつけて! 猫さんたち! そいつは人間じゃ……」


 ミラがそこまで言った時だった。ナイアーラは素早い動きでカレリアを取り押さえる。


「まさか君が裏切るとはね……カレリア。どういうつもりなのかね?」

「私は……」


 と、カレリアはクローネの方をちらりと見た。


「私は世界を裏切りたくない。だから今は貴様を裏切る!」

「そうか……やはり不可解だよ。人間というものは」


 ナイアーラはカレリアを離した。


「貴様……!」


 カレリアは再びナイアーラに銃を向けるが、ナイアーラは背後に禍々しい漆黒の闇を発生させ、そこに飲み込まれるように消えていった。


「今のは……!?」


 クローネが目を見開く。

 やがて、ナイアーラは闇ごと消え去り、部屋にはクローネ、ミラ、カレリアの3人だけが残された。


「猫さん、聞いて。あいつは……人間じゃあなかったの。その正体は分からないけど……でも……多分、もっとずっと恐ろしいもの……」

「そうだったんですね……」


 クローネはそう言いながら、ミラの手錠を外し、彼女を解放した。


「とにかく、ミラちゃん、今は早く逃げましょう! 外にはもうすぐ、アギリくんとウィンダーさんが来るはずです!」


 クローネとカレリアはミラを部屋から連れ出す。


 ───────


 朝の陽光に照らされて、二機のRA(ライドアーマー)がプレトリア防衛軍基地に飛来した。ハイペリオンガルーとハイペリオンミハイルだ。二機は、ブリテン軍の量産機、カリバーンを次々と撃破していった。

 カリバーンは、頭部を覆うバイザーの向こうに、モノアイが白く光る機体だ。体色は濃い灰色をしている。額からは剣のような形状の角が伸びていた。


「ったく……もう少し倒し甲斐のある敵はいないのか? これじゃあ僕の美しい戦い方が発揮できないじゃあないか!」


 アギリはハイペリオンガルーのビームクローを振り回させながら言った。


「魔動機が居ないのは幸運。君の機体はまだ本調子ではない」


 ウィンダーが通信越しにたしなめた。


「分かってるっての。言ってみただけだって」


 アギリはやれやれと言った。ハイペリオンガルーは先程、フローラに動ける程度にまで治してもらったものの、まだ本領は発揮できない。ここで、量産機ではなく、ハイペリオンたちやミネルヴァΔのようなアタックスキルをぶっぱなしてくるワンオフの魔動機が現れては、太刀打ち出来ないだろう。

 しばらくして、二機のカメラアイが地上を走ってくる人影を捉えた。クローネとミラ、そしてカレリアの三人だ。


「よし、ウィンダー。戦いの方は僕に任せろ。君は三人を救出してくれ」


 アギリは敵の攻撃を受け止めながら言った。


「分かった。そうする」


 ウィンダーは機体を後退させると逃げてくる三人の前にしゃがみこませた。それからコックピットハッチを開く。


「ウィンダーさん!」


 クローネが声をかけた。


「早く」


 ウィンダーがいつもの抑揚のない声で言った。


「ミラちゃん、先に……!」


 クローネがミラの背中を押して急かす。

 ミラは伸ばしたウィンダーの手に掴まってコックピットに引き上げられた。


「クローネ、私は最後だ。レディファーストだからな」


 カレリアがクローネに指示を出した。


「わ、分かりました……」


 ここで先を譲り合っていては時間の無駄だと判断したクローネは彼の言葉に素直に従い、コックピットに引き上げられる。だが、カレリアがウィンダーの方に手を伸ばしかけた時、彼の目の前に灰色の防弾チョッキとヘルメットを被った兵士たちの1団が銃を構えて並び立った。


「止まれ!」


 兵士たちは言った。


「先に行け!」


 カレリアは言う。


「で、ですが!」


 クローネは拳銃を取り出そうとした。あれくらいの相手なら、私の銃の腕でどうにか……。


「余計なことは考えるな! 翔べ!」

「分かった」


 ウィンダーは頷き、コックピットハッチを閉じた。直後、カレリアを兵士たちが囲んだ。


「ウィンダーさん! すぐに、カレリアさんを助けてください!」


 だが、ウィンダーは首を横に振った。


「不可能。少しでもこちらが怪しい動きをすればあの男の命はない」

「そんな……!」


 クローネの目の前で、カレリアは防衛軍兵士たちに連行されていった。


「ウィンダー、任務は終わった。帰ろう」


 アギリからの通信が入る。


「了解した」


 ウィンダーは感情のない声で答えた。


「待ってください! まだ……!」


 クローネはモニターに映し出された景色を見て言う。


「クローネ」


 ウィンダーは言った。


「これはゼロムの判断だ。彼が我々に協力する理由の合理的な説明がつかない。よって、我々は彼が敵に再び捕まるような事態になった場合、彼を助けることは出来ない。これは我々が全世界の敵となることに際し、必要な冷酷さだ」

「ウィンダーさん……?」

「ゼロムはこうも言った。『世界を守る。自分なりの正義を貫くためには、冷酷でなければいけない』と……」

 少女は血を浴び、死の刃が襲い来る。

 闇、それは時に心地よくささやきかける。

 絶望に打ちひしがれた彼女が身をゆだねるものは何か。

 そして、復讐の名を冠する者たちが動き始める。

 次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『闇が来る』。

 心を救う、その手がここに。

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