第20話 ミラ・セイラム救出作戦・1
オメガ・グリュンタールはゾンビにかまれてしまった!
果たして彼の運命は……!
オメガ・グリュンタールはクローネたちが食事をしていた店の2階にあるベッドで寝かされていた。店の店長が、医者を呼んでくるまでの間、貸してくれたのだ。
「クローネさん……僕、もう駄目みたいです……」
オメガは、同じ部屋で心配そうにオメガを見るクローネに言った。
「駄目って……どういうことですか?」
クローネは言った。
「僕、ゾンビに噛まれちゃいました……。それに、ほら……」
オメガは傷口をクローネに見せる。ゾンビの噛み跡は紫色に変色を始めていた。
「もし、僕がゾンビになったら……迷いなく撃ち殺してください。クローネさんにまで迷惑をかけることは……」
「オメガくん、さっきから何の話ですか?」
クローネは言った。
「ゾンビになるとかならないとか……。映画の見すぎじゃ……」
「でも、僕は本当にゾンビに……!」
「いいですか? 本当に噛まれただけでゾンビになるのなら、今頃世界中はゾンビだらけです。それにオメガくん、その傷口はただ単に化膿しているだけですよ? 現に今熱があってベッドに寝かされているのもそのせいです」
「えっ、でも……アギリさんが……」
「アギリくん?」
クローネは部屋の隅に立っているアギリを見つめた。
「い、いや……僕は本当にそうだと思っていたし……。前に映画を見て……」
「映画……ですか」
クローネはため息をついた。それからオメガに向き直る。
「とにかく、オメガくん。オメガくんはお医者さんが来るまで安静にしていないといけませんよ?」
クローネは釘を刺すように言った。
「でもクローネさん、あのブリテン軍の人は? 多分、僕たちをただじゃあおきませんよね?」
「大丈夫です」
クローネは答えた。
「彼、思いのほか話のわかる人なんですよ?」
クローネはそう言うとオメガが寝かされている部屋から廊下に出た。廊下では、カレリアが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「カレリアさん」
クローネはカレリアに声をかける。
カレリアはさっと姿勢を正した。
「私たちの話、信じる気になりましたか?」
「私は最初からお前を信じて……いや、なんでもない。お前の話は確かに荒唐無稽なようにも感じられるが、今はそれしか物事を判断する材料がないゆえな」
カレリアは答えた。落ち着け、そして調子に乗るなよカレリア。いいか、クローネと長話が出来たからといって完全に打ち解けられたわけではないのだ。まだ言っていいことと悪いことがあるだろう。はっ、今ので嫌われてしまったか? カレリアはクローネの黒い宝石のような瞳を見つめた。だが、すぐに目をそらす。あぁっ、駄目だ。なんて綺麗な目をしているんだ。私には耐えられない。彼女の目を見つめ続けることが。魂が射抜かれてしまいそうだ。
「あの……カレリアさん?」
クローネが心配そうに尋ねる。
「あぁ、いや、なんでもない、なんでもない。続けてくれ」
「そうですか……。あの、ミラちゃんも返してもらえるとありがたいのですが……」
「ミラ……あのちみっちゃい奴の方か?」
「はい。あのちみっちゃい方です」
───────
「はっくしょい!」
ミラは、拘束され、連行される車中でくしゃみをした。
「あぁもう、今日は何? あたしの厄日? オメガくんとは会えないし、なんか知らないけど捕まるし、風邪までひいちゃったみたい……」
「静かにしろ、小娘」
「だから小娘って呼ぶんじゃあねぇ!」
ミラは車中でじたばたと暴れた。
───────
「あのちみっちゃい方は防衛軍に引き渡した。我々と防衛軍は今、お前たちの調査を行なっていてな。恐らくは近々、防衛軍はお前たちへの討伐令を出すだろう」
「なんとか……ならないのでしょうか? その……主にミラちゃんを助け出すことに関して……」
くっ……。カレリアにはクローネが光り輝いているように見えた。この少女は自分たちの身の安全よりも仲間のことを案じているのか? やはり私の見込んだ女だ……。しかし、だからこそ……だからこそだ。無理をしないで欲しい。こういうタイプは、必ず誰かのために無理をして自分まで壊れてしまうタイプなのだ。
「クローネ、そんなことを言うよりも前に心配するべきことが他にあるだろう」
「他に……?」
「自分の身はどうする。今、助かるかもしれない仲間の身はどうする。お前は今、手の届かないところにいる者の心配をするほど余裕があるのか?」
「それは……」
クローネは口ごもった。確かに、この人の言う通りかもしれません。言い方は少しキツイかもしれませんが……でも……。
「私は……どうすればいいのでしょうか……?」
クローネはカレリアに尋ねた。
カレリアは心を射抜かれたような感覚に陥った。ま、ま、ま、待ってくれ。今、クローネはこの私に助けを求めてきているのか? それは是非とも乗らなくてはならないだろう。しかし……嬉々として相談を聞きたいのはやまやまだが、それを表に出しては紳士としての格が廃る。よし、かくなる上は……。
「クローネ、自分で考えろ。私はあくまでも部外者だ。私個人としてはお前の話を信じるつもりだが、軍そのものや総督府がどう出るかはまだ分からない。お前自身が選択をしなくてどうする?」
「分かり……ました……」
クローネは言った。その時、階段を誰かが上がって来る物音がした。どうやら、医者が到着したようだった。
「やはり……噛まれた傷が化膿しているようですね……」
オメガが寝かされている部屋に戻ったクローネに、老医者はそう言った。
「それから……この方はゾンビだと思っているようですが、実際、この傷はグールのものです」
「グール?」
クローネは聞き返す。
「まぁ似て非なるものですが、ゾンビはあくまでも動く死体。グールの方は死体や生きた人間を食べる食人種族です。この方が食べられなくて本当に良かった……」
「食べ……っ」
オメガの顔からさっと血の気が引いた。
「あ、あまりオメガくんを脅かさないでください。意外と怖がりなので……」
クローネは言った。
「あぁ、それは申し訳なかった……。それから手の甲の傷、これはペンギンにやられたものですね」
「ペンギン……?」
クローネはきょとんとする。
「はい、この街の周辺には多く生息しているのです。ケープペンギン。一応野生動物ですので無闇に触るのは良くないのですが、それを分からずに触ろうとしてこうやって仕返しを受ける観光客が時たまに……」
「オメガくん……」
クローネはため息をついた。
「では、熱冷まし用の薬を用意しておきますので、しばらくは安静にしておいてやってください」
医者は薬を出し、クローネからお代をいただくと部屋を出ていった。
「オメガくんは元気になったらお仕置ですね」
医者の姿が見えなくなるとクローネは呟いた。
「えぇっ、どうしてですか!?」
「だって私たちがこんなに心配している間、ペンギンさんと触れ合っていたわけでしょう?」
「そ、それは……その……」
「なーんて、冗談です。私だって、病み上がりの人にお仕置をするほどの鬼畜じゃあありませんから」
「でも、クローネさんならやりかねな……」
「何か言いました?」
「いいえ、何も」
オメガはクローネから顔を背けた。
「あの、クローネさん……」
しばらくして、オメガが言った。
「ごめんなさい。僕、いつもクローネさんに迷惑をかけてばっかりで……何もしてやれなくて……」
「え……?」
「今だって、僕のせいでクローネさんはブリテン軍に見つかって、大変なことになっているんでしょう? 隠さなくたって……」
「オメガくん」
クローネは言った。
「そうやって、自分を責めるのは良くありませんよ? こうなることは誰も意図していなかったんですから。それに私は、誰のことも放っておけない。そんな人間なんです。そのせいでさっき、カレリアさんには怒られてしまいましたけど……」
「クローネさん……」
オメガは言った。
「それって……あまり背負いすぎるなってことですか? それなら大丈夫です」
「大丈夫……です?」
クローネは聞き返す。
「はい、クローネさんひとりで重たいのなら、僕が手伝ってやります。それに、そこにいるアギリさんだって、艦にいるみんなだって、クローネさんの荷物を一緒に持ってあげられると思います。そうですよね、アギリさん?」
オメガは部屋の隅に立つアギリに言った。
「まったく、僕を巻き込むなよ……。ま、でも、そうだな、オメガじゃあ大した力にならないだろうからな。オメガが手伝うってんなら僕も手伝う。以上だ」
「皆さん……」
クローネは言った。そして、部屋の扉を見つめる。
「彼にも、話してきます。私の覚悟は決まった……と」
クローネが部屋を出ると、カレリアは廊下で待っていた。彼は、クローネの姿を見つけるなり言う。
「クローネ、言いたくはないがまずいことになった。プレトリアの防衛軍基地にお前の言うナイアーラとかいう提督が滞在しているらしくてな。ミラ・セイラムは彼のところに差し出されることになった。おそらく、彼女から無理やり情報を聞き出してから、口封じのために……」
「カレリアさん、私は覚悟を決めました」
クローネはきっぱりと言った。
「どんなにまずい状況になろうとも、私の覚悟は変わりません。全部、背負います」
「そうか……」
カレリアはそうとだけ言った。だが、内心では泣きだしたいくらいに感激していた。
「私も協力しよう」
「はい……?」
クローネは聞き返した。
「ここまで話を聞いてしまったのだ。何もしないのは薄情すぎるというものだろう」
「ありがとうございます……」
クローネは軽く頭を下げた。
「まったく、顔を上げろ。それに……そうだな。私ならば大手を振ってブリテン軍基地にも防衛軍基地にも出入りできる」
だが、全て私がやってしまっては意味が無いだろう。カレリアは思った。確かに効率としてはそちらの方が遥かにいいのかもしれない。だが、果たしてクローネの心がそれを許すだろうか?
「しかし……私としてはお前にも同行して欲しいと思う」
「私も……ですか?」
カレリアは頷いた。
「私は裏切るかもしれないからな」
「裏切ったら、許しませんよ?」
クローネはにこりと笑って言った。
あぁ、駄目だ。そんな顔で笑うな……! そんな顔で笑われたら私は任務以前に昇天してしまうではないか……!
クローネとカレリア、それにアギリはオメガが寝かされているのとは別の部屋に移ると、作戦を話し始めた。真ん中にビリヤードの卓が置かれた暖炉のある部屋だ。
「お前たちのことは残念ながら逃げてしまったと上官には伝えておいた。プレトリア防衛軍基地への潜入は私とクローネで行なう」
カレリアは言った。
「待ってくれ、お前は……分かる。まさかこちら側についたとは向こうも予想していないだろうからな。だが、クローネの場合はどうだ? 向こうは仮にも上官だ」
アギリが待ったをかけた。
「だが、お前の場合も同じだ。ナイアーラはルルイエ神聖教団実働部隊の上官でもあるはずだ」
「それもそうだな……」
「だが、アギリ、お前にも任務はある。……確かに潜入は我々で行なうが、その後の脱出に手間取るのは間違いないだろう。そこで、我々が脱出に成功し次第、お前とウィンダーのRAライドアーマーを使い我々を回収して欲しい。いいな?」
「分かった……」
アギリは頷いた。だが、すぐに引っかかったような顔をする。
「でも……オメガはどうする? ここに置いてきぼりか? それはいくらなんでも……」
「その点については問題ありません」
クローネは腕輪型の通信機を見せた。
「スターペンドラゴンからシルフィさんとダンさんを呼びました。もし、ここが敵に見つかった場合などを想定して、オメガくんの護衛についてもらいます。出来ればスターペンドラゴンに移ってもらうことも……」
「それからクローネ」
と、カレリアは言った。
「君はその格好のままで潜入するつもりなのか?」
彼はクローネの私服姿を見る。
「さすがに基地に私服姿で潜入するのはバレるだろう。私の付き添いということで、ブリテン軍の制服を着てもらうというのはどうだろうか。それから……」
「出来れば、変装した方が良さそうですね」
クローネは言った。
「そうだな」
カレリアは言ったが、内心ではとても気になっていた。クローネが……変装!? 私服姿もだいぶ気になっていたのだが……いやいや、ますます気になるぞ。任務を置いてしてもぜひ見てみたい! ……いや、何を言っているのだ私は……。落ち着け、あまり喜び勇んでいると嫌われるぞ……。
「あの、カレリアさん?」
クローネは思考をめぐらせているカレリアに声をかけた。
「やっぱり……さっきからたまに放心状態になるみたいなんですけど……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ……」
心配してくれるのか!? この優しいやつめ。だが、私としてはクローネに余計な心配をさせるわけにはいかない。少し自重しなければ……。カレリアは自分に言い聞かせた。
後半へ続く!




