第19話 ケープタウンへようこそ! ・2
前半の続き!
しばらくして、オメガはすやすやと寝息をたてて眠り始めた。そのそばにそっと腰をかけたアギリは呟く。
「まったく……無防備すぎるだろ? 仮にも僕たちは、ほんの少し前まで戦場で殺し合いをした仲なんだぜ?」
「あなたは……昼間のペンギンさん……」
オメガはそんな寝言を呟いた。
「いや、どんな夢を見ていやがるんだよ……」
だが、しばらくして、アギリもいつの間にか眠ってしまっていたようだった。教会の扉を叩くような音で目を覚ます。座った姿勢のまま眠っていたため、肩が凝り固まっていたアギリだったが、オメガを揺り起こした。
「な、なんですか……? もう交代の時間……」
「違う、誰か来たんだ」
アギリは言った。
「それと悪い。見張りだなんだと言っておきながら僕も寝ちまったみたいだ……」
「誰か……。迎えでしょうか?」
「あぁ、そうだな……敵方の迎えじゃあなけりゃあいいんだが……」
アギリはパイロットスーツの腰元のホルスターから拳銃を抜いた。
「オメガ、銃の準備はしておけよ……」
オメガもこくりと頷き、見様見真似で拳銃を取り出す。ふたりは教会入口の木の扉へと近づいていった。
「行くぞ、オメガ!」
アギリは扉を大きく押して開く。
「あっ……!」
ふたりはその途端に驚いて後ずさった。
そこにいたのは人間ではなかった。紫色の皮膚におおわれた動く死体、それが集団で徒党を組んで溢れかえっていたのだ。動く死体はオメガとアギリの姿を見つけると、焦点の合わない目でふたりを見据え、ゆっくりとした動きで追いかけ始めた。
オメガとアギリは銃を構えながら後ずさる。
「あれは……ゾンビ?」
オメガが言った。
「かもな……。だが、落ち着け、映画通りなら奴らは走れない。教会の裏口から逃げるんだ!」
だが、アギリが言い終わると、ゾンビのひとりが大声を上げた。
「うおおおおおおおおおお!」
すると、それを合図に教会の側面の窓が割れ、ゾンビたちがそこから雪崩を打ったように入ってきた。
「アギリさん!」
オメガは言う。
「僕、分かりました! 昼間墓場で感じた視線はこいつらです! 気のせいじゃあなかったんです!」
「分かった! 分かったから今は生き残ることだけを考えろ……。銃で頭を狙うんだ!」
「分かりました!」
オメガはアギリに言われた通り、狙いを定めて拳銃を撃ち込む。だが、何発撃っても相手の頭部とは全然違う方向に弾は飛んでいった。
「下手くそか!? あんなゆっくりな的、誰だって撃てるだろう!」
アギリは自分もゾンビたちに銃弾を撃ち込んでいく。銃弾は次々とゾンビに命中し、彼らの頭が砕け散った。だが、しばらくして引き金を引いても弾が発射されなくなる。
「弾切れ……!?」
アギリは言った。
「アギリさん、これを……!」
オメガがアギリに自分の銃を手渡す。
「僕が撃つよりもアギリさんが撃った方が活用できそうですから!」
「サンキューオメガ!」
アギリはオメガの銃を受け取ると、弾丸をゾンビに撃ち込む。だが、二発目以降を発射しようとして、引き金を引いた時、彼はまたしても弾切れに気づいた。
「駄目だ……!」
「弾切れですか!?」
「そうだ! 半分くらいはお前が弾を無駄遣いしたせいだからな!」
アギリは言う。
「ごめんなさいぃ!」
アギリがオメガの手を掴んだ。
「こうなったらオメガ……。向こうの部屋に駆け込もう。牧師の部屋だ」
アギリはゾンビの群れの間の切れ目を見つけて言う。
「わ、分かりました!」
ふたりはゾンビの群れの中に突撃した。
「いいか、オメガ! 映画だと噛まれたらそいつもゾンビになる! 絶対に捕まるなよ!」
ふたりは群がるゾンビの動きをかわしながら牧師の部屋に通じる扉を目掛けて駆ける。
だが、アギリが扉のノブに手をかけた時、オメガが悲鳴をあげた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
彼の腕をゾンビが掴んでいた。
「オメガ! 落ち着け! 振り払うんだ!」
だが、パニックになったオメガは腕を振り回す。ゾンビの中の一体が、オメガの腕に噛み付いた。
「こいつ……! なんて美しくない戦いをしやがるんだ!」
アギリは近くに落ちていた教会の壁から剥がれ落ちたらしい石のかけらを拾って、ゾンビに投擲した。石はオメガに噛み付いていたゾンビに命中し、ゾンビはオメガから離れる。
「オメガ! 急げ!」
アギリはオメガと共に牧師の部屋へと飛び込み、扉を閉める。そこは、暖炉のある部屋だった。やはり家具や調度品類は半壊し、蜘蛛の巣がかかっている。外に向いた天窓から、月の光が差し込んでいた。
「アギリさん……僕もう駄目みたいです……」
オメガは弱々しくそばにあった椅子に座ると言った。彼は、さっきゾンビに噛まれた左腕を抑えている。パイロットスーツが破れ、そこから血が滲み出していた。
「ゾンビに噛まれるとゾンビになっちゃうんですよね……」
「映画だと……確か……」
アギリはその昔、ミラに騙されて見せられた映画の内容を思い出しながら答えた。
「アギリさん、もし、僕がゾンビになったら……」
オメガは言った。
「躊躇いなく撃ち殺してください……。アギリさんまで僕のせいでゾンビになってしまったら、もう僕は……」
「オメガ……傷口を見せてみろ」
オメガは左腕を抑えていた手を退けてアギリに見せる。そこには、くっきりとゾンビの歯形がついていた。
アギリは自身のハンカチを取り出すと、それを割いてオメガの傷口よりも少し上の部分を縛った。
「いいか? 確か僕が映画で見たゾンビだと、奴らはウイルスによってあんな風に変異をしてしまった人間なんだ……。だから、お前の傷口の上を縛ってウイルスがそこより上に伝っていかないようにした……。もしかしたら医療的には間違っている行為なのかもしれないけど……。オメガ、すぐに病院に行こう。病院の先生なら多分何か助かる方法を……」
「でも、街に行ったらブリテン軍が……」
「今はそんなことを言っている場合か! 死ぬかもしれないんだぞ!」
アギリはオメガの両肩を持って強く言った。
「僕は……ここでお前に死んで欲しくない……。お前は言ってくれたじゃあないか! 一緒にアイリスを探してくれるって! 僕を、またひとりにしないでくれ!」
「アギリさん……」
「オメガ、行こう」
アギリは椅子や箪笥を組み合わせて、天窓に続く足場を組みたてた。そしてオメガの先に立ち天窓を開く。
「オメガ……登って来られるか?」
アギリは自力で足場を登ろうとするオメガに手を伸ばした。それから彼を屋根の上へと引き上げる。
屋根から地面までは二・五メートルほどの高さしかなく、飛び降りられる範囲内だ。
「オメガ……」
アギリはオメガの手を取った。だが、その直後、屋根の上に数体のゾンビがはい上がろうとしてくるのが見えた。彼らは外壁に沿って積まれた木箱の類を足場にしているようだ。
「オメガ! 跳ぶぞ!」
アギリはオメガの手を握ったまま地面に飛び降り、着地をした。そして森を目掛けて走り出す。地上にいた二体のゾンビたちがゆっくりながらもふたりの姿を見つけ、追跡を始める。
───────
クローネとミラは、あるレストランのテラス席で、ケープタウンの街の通りを眺めながら夕飯を食べていた。
「はぁーあ、誰かさんのせいですっかり夕飯が遅くなっちゃった……」
ミラはオムライスを食べながらあからさまにため息をついた。
「すみません……もう少し聞き込みを……と思っていたらすっかり夜遅くなってしまって……」
クローネはアイスレモンティーを飲んでから謝る。
「猫さん、実は結構な心配性でしょ? オメガくんは大丈夫だと心の中では信じてるみたいだけど……やっぱり気にせずにはいられないというか……」
「何でもお見通しなんですね、ミラちゃんは」
ミラの言葉にクローネはそう答えるが、何気なく店内の方を見て、彼女は硬直した。
「あの、ミラちゃん、私を……隠してください!」
「えっ、どういう……」
「いいから! 早くしてください!」
ミラは戸惑いながらも言われた通りにクローネと店の間に立ち、両手両足を広げてクローネを隠した。
店内にいたのは、深緑色のブリテン軍の制服を着た一団だった。彼らを率いているのは、いつかの金色の髪をした少年である。その少年、カレリアはミラの挙動に気が付き、テラス席に通じるガラス扉を開けて出てきた。
「お前……どういうつもりだ? 我々を見た途端にそのような怪しい挙動を……」
カレリアは言った。
「えっ、あっ、その……」
ミラは口ごもってから、クローネに小声で言う。
「あの、逆に怪しまれてるんだけど……?」
「ど、どうしましょう……」
クローネは焦って言った。
「そこを退け、小娘」
「こむっ……」
ミラの頭に怒りマークが浮かび上がった。
「あんたもなの!? あんたもあたしを子供扱いして! ふざけんじゃねぇっ! あたしは十六歳だっつってんだろうが!」
「いや、初耳だが……」
カレリアは言う。だが、ミラは頭に来た拍子にクローネから離れてしまった。クローネとカレリアは目を合わせる。
「お前はっ!」
カレリアが叫んだ。そして仲間を招集する。
「お前たち、こいつらを捕まえろ! あぁ、いや……金髪のちみっちゃい方だけでいい。黒髪の方は私が話をつける」
「あぁん!? 誰がちみっちゃいだてめぇ! どうせ猫さんと同い年くらいのくせに、大人ぶりやがって!」
だが、ミラはあっという間に大人たちに取り押さえられ、連れ去られてしまった。
「離しやがれっ! あたしみたいなのに手を出したらてめぇらは全員ロリコンって呼ばれることになるんだぞ! このロリコン!」
喚くミラの声は段々と遠ざかっていく。
「さて……」
カレリアはさっきまでミラが座っていた席に座り、クローネと向かい合った。
「話を聞かせてもらおうじゃあないか。なぜお前がここにいる?」
「仲間を助けるためです」
クローネは臆することなく答えた。
「仲間……?」
「あなたが撃ち落とした二機の機体のパイロットたちです」
「それは我々も捜索している。だが、お前……本当にそいつらを仲間だと思っているのか?」
そう、そうだ。よく言ったぞカレリア……! カレリアは心の中で自分を褒めた。このような心優しそうな者がかつて防衛軍を襲ったと記録されている者たちと共闘するなど、有り得ないのだ……。きっとこの少女は助けを求めているに違いない……!
だが、クローネは勢いよく立ち上がると言った。
「あなたに私の何がわかると言うんですか!? えぇ、そうです! 仲間です! もしあなたがあのふたりに何かをしようとしているのなら、私は……!」
クローネは拳銃を取り出してカレリアに向けた。
「わ、悪い……済まない……私は君を助けようと思うのだ」
言ってしまった……! と、カレリアは思った。いや、やはりもう少し仲良くなってからの方が良かったか……。
「す、済まない……。今のは戯言だ。そんなことよりも……君の名前を知りたい」
そう、物には順序というものがあるだろう。カレリア!
一方、クローネは悩んでいた。な、なんか尋問みたいなのが始まっちゃいました……。相手の方は怖そうですし……それに、さっきはオメガくんたちをどうにかするようなことをほのめかしたりして……。こういう場合、本名を言うべきなのでしょうか……?
カレリアは思った。やはり……いきなり名前を訊くのはまずかったのか? レディファーストというが、この場合は男である私の方が先に……。
「私の名前は、カレリア・ウィンチェスター。改めて訊こう。君の名前は……?」
「クローネ・コペンハーゲンです……」
クローネは意を決して本名を答えた。向こうがどれほどこちらのことを知っているのか知りませんし……もし嘘を教えたとバレてオメガくんたちに何かあったら……。
「あの……」
クローネはカレリアに声をかけた。
「どうした?」
カレリアはなるべく威厳があるように聞こえる声で言った。相手の方から話しかけようとしてきているのだ。間違いは許されない。
「あなたは……私の仲間のふたりが……どこにいるかご存知なのですか?」
「くっ……」
まずい……知らないと言ったらここで会話は途切れてしまう。しかし、嘘をつけば彼女は私に嘘つきのレッテルを……。
その時だった。店内の方で騒ぎが聞こえる。
「誰か! 誰か医者はいませんか!」
ふたりはさっとそちらの方を見た。
クローネはハッとする。その声に聞き覚えがあったのだ。
「あれは……アギリ……さん?」
クローネは呟いた。
少女を取り戻すため、英雄たちは翔ぶ。
龍と戦巫女は対峙する。
しかし、龍には災いの鉄槌が振り下ろされ……。
闇に紛れ、邪神は嗤う。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『ミラ・セイラム救出作戦!』。
それは、絶望への楔。




