第16話 狂気の大陸にて・2
前半の続き!
南極大陸。それは地球の最南端に位置する氷に覆われた大陸だ。同時に、人類種が定住していない唯一の大陸でもある。そんな大陸の白い雪原を、ふたりの人影が歩いていた。ふたりとも、極地用に作られた特殊な防寒着を身にまとっている。薄紫色の防寒着を着ているのがクローネ、そして深緑色の防寒着を着ているのがオメガだ。
「確か……かつて遺跡を発見したという探検隊の報告書によると……この辺ですよね……」
クローネは呟いた。ふたりとも、防寒着を重ね着しているため、目の周りしか外部に露出をしていない。
「そうですね……って、あれ!」
オメガが前方を指さした。ふたりの先にある氷の壁に、ちょうど人数人が入れるくらいの入口が顔を開けていたのだ。天井を支えている石を積み上げた柱で、それが自然物ではなく人工物だということが分かる。
「入ってみましょう……」
クローネは言った。
オメガは頷くと、ふたりは入口の中に入っていった。中は石壁に覆われた通路となっていた。光源が見当たらないにもかかわらず、中は明るかった。
クローネは腕輪型の通信機を起動する。
「シルフィさん、遺跡内部に潜入しました……」
「了解です。探査は慎重にお願いしますね!」
敬礼のようなポーズをとるシルフィの姿が目に浮かぶようだとオメガは思った。
「今現在のところ……遺跡は長い廊下が続いてるだけみたいです」
オメガも報告する。
「前に調査した人たちが記した地図によると……この先百メートル先で左に曲がって、さらに五十メートルほど進むと大きな広間に出るみたいですよ?」
シルフィが言った。
「分かりました……じゃあ行ってみます」
オメガが言い、ふたりは歩き始めた。
遺跡を奥へ奥へと進んでいくと、なるほど、シルフィに言われた通り奥には広間が存在していた。氷の壁に囲まれた広い部屋は、ちょうどスターペンドラゴンの艦橋の2倍ほどの広さがある。中には、不思議な水色の光が溢れていた。ここから漏れ出た光が、さっき通ってきた廊下も照らしていたのだろう。
オメガは、壁を見て回った。特に、何の変哲もない氷の壁のようだ。
「オメガくん、あまり離れないでくださいね?」
クローネが声をかける。
「分かってます。ちょっと見て回……」
そこまで言いかけて、オメガは足を止めた。目の前の氷の壁に、ひとりの人間が埋まっていたのだ。性別は男、防寒着はズタズタに引き裂かれ、顔は恐怖に歪んでいた。氷により腐敗が防がれているが、死んでからだいぶ経っているように見える。もしかしたら、前の調査隊メンバーのひとりかもしれない。
「オメガくん……どうし……」
クローネもそれに気づいて足を止めた。
「クローネさん、これはどういう……」
オメガが言った時だった。彼の足元の氷にヒビが入った。
「え……」
氷はあっという間に砕けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
オメガは自分の身体が穴の中を滑り落ちていくのを感じた。オメガは氷の地面に叩きつけられた。
「いっつつ……」
オメガは立ち上がろうとするものの、力が入らない。どうやらこの前痛めた脚が、今の衝撃でぶり返してしまったようだった。
「オメガくん、大丈夫ですか!?」
オメガの頭上三メートルほどに空いた穴からクローネが顔を覗かせた。
「正直、大丈夫じゃあないです。動けま……」
何気なく新しい空間の奥に目をやったオメガはハッとした。部屋の奥、オメガからは二十メートルほど離れた先に、巨大な蜘蛛のような怪物がいたのだ。蜘蛛の大きさは五メートルほど、全身が白い毛に覆われ、頭部には五つの目が円形に並んでいる。
「オメガくん、今行きますからね……」
「クローネさん、来ちゃ駄……」
オメガが言い終わるよりも前にクローネがオメガの隣に着地をした。
「あっ……」
クローネも蜘蛛に気がついた。
「あんな生物、僕は知りませんよ?」
オメガは言った。
「私もです。……多分、眷属の類かと……」
クローネが解説をした。だがすぐに彼女は危険を察知してオメガを庇って地面に伏せる。
「危ない!」
ふたりはそのまま斜面上にぼこぼこした地面を転がっていった。
蜘蛛は口から氷の息を吹きかけてきたのだ。さっきまでふたりのいた場所に氷柱が出現する。
「あの氷漬けの人は……きっとこいつに……」
オメガは呟いた。
蜘蛛がこちらの顔を向けた。
「オメガくん、すぐに援軍を……!」
クローネは通信機に呼びかけるが、腕輪型通信機からはノイズ音が聞こえるばかりだった。
「電波が届かない……?」
オメガは言った。
蜘蛛はこちらに向けてのしのしと歩き始めた。
「オメガくん!」
クローネはオメガに背を向けてかがみ込んだ。
「私に……おぶさってください」
「え……でも……」
「でもではありません! そうじゃないとお互いに死ぬことになりますよ!」
「分かりました……!」
オメガはクローネに背負われる。クローネはオメガを背負ったまま立ち上がった。
「ちょ、ちょっと重いですね……」
クローネは言った。
「失礼だなぁ」
オメガは呟く。
「とにかく、あの蜘蛛の攻撃をかわしながらどうにかして脱出口を……」
「ちょぉぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんな声が部屋に響き渡った。そして突然、地面から何かが飛び出すと蜘蛛を刺し貫いた。
それは、ビームレイピアだった。
「ビームレイピア!?」
「ということは……」
ふたりの予想通り、氷の中から出現したのはハイペリオンシュヴァリエだった。ハイペリオンシュヴァリエは機体から赤い光を放っている。
クローネとオメガは気温が上昇していくのを感じ、また、広間の中の氷が溶け始めた。
ハイペリオンシュヴァリエは赤熱したままビームレイピアを蜘蛛の怪物から引き抜く。
怪物にとどめを刺すと、ハイペリオンシュヴァリエの赤い光は消え始め、やがて、いつもの姿に戻った。
「今のは……?」
オメガが問うた。ミラは外部スピーカーから答える。
「今のはハイペリオンシュヴァリエのアタックスキル。名付けてヒートオブダイナマイト! まぁそれはいいとして……なに? 猫さん。あたしに無断でオメガくんをおんぶなんかしちゃってさ」
「あの……オメガくんは怪我を……」
「けっ、怪我!? 大丈夫? 死ぬほど痛い? 誰にやられたの? 猫さん?」
「違うよ、僕がちょっとドジを踏んじゃって……」
「ドジっ子オメガくん! あぁ、なんていい響きの言葉なの!?」
その時だった。広間の至る所から水が流れ始め、また、クローネの足が氷の中に沈み始めた。
「た、大変です! ミラちゃんのせいで氷がとけ始めました! 私たち流されちゃいますよ! ミラちゃんのせいで!」
「いや、猫さん……そこ、強調する? 待ってて? ふたりとも、今助けるから」
そしてハイペリオンシュヴァリエは両腕をクローネとオメガの方に伸ばしてきた。
「まだ表面、ちょっと熱いからなるべく直接触らないように……って、その厚着じゃあ言う必要も無いか……」
「し、死ぬほど暑いですけどね!」
実際、さっきのアタックスキルの余熱で内部の気温は熱帯並みに上昇していた。
クローネは巧みにバランスを取りながらオメガを背負い、ハイペリオンシュヴァリエの両腕を伝って歩く。
コックピットに近づくとハッチが開いた。
「って暑っ! あんたたちこんな中厚着してるの!?」
灰色に赤いラインの入ったパイロットスーツを着込んだミラが言った。
「そもそもの原因はミラちゃんだよね?」
オメガが指摘する。
「うんうん、オメガくん、さすが鋭いねぇ」
「そんなこと誰だって分かります」
クローネはそう言いながらコックピットに乗り込み、オメガを隣に下ろした。ふたりは暑く着込んでいた防寒着を脱ぐ。すぐに地球防衛軍の制服が顕になった。
「さぁーて、行くよぉ!」
ミラはコックピットハッチを閉じて操縦桿を握った。
「あの……行くって……」
「え? あんたたち、ここの調査に来たんじゃあないの?」
クローネの質問にミラは言った。
「ほらほら、よーく見ててご覧」
ミラはハイペリオンシュヴァリエにビームレイピアを振るわせ、溶けかけの雪を払っていく。すると、遺跡の石造りの床や壁が段々と姿を現し始めた。
そこには、なんらかの文字や壁画が刻まれているようだった。
「うーんと、この図像データを読み込んでっと」
ミラはコックピットの計器類をいじる。
「そもそもミラちゃんはどうしてここに?」
オメガが質問した。
「オメガくん! いい質問だね! あっ、抱きついてもいい?」
ミラはオメガに抱きつこうとするが、その間にクローネが割って入った。
「むぅ、泥棒猫……」
ミラはそう口を尖らせてから質問に答えた。
「あたしはちょっと指揮官やウィンダーやワカメたちに話があって……。あいつら、あんたたちを追って南極に来るんじゃあないかなー……と」
ミラはそう言いながらビームレイピアを天井に突き立て、バーニアを吹かす。ハイペリオンシュヴァリエは移籍の天井を突き破り、地上に到達し、雪原に着地をする。
その途端、クローネの通信機からシルフィの声が聞こえる。
「あっ、やっと通じました! ふたりとも無事ですか?」
「無事です。あっ、オメガくんがまた怪我をしました」
「まったく、怪我が多いですよ?」
シルフィが注意をするように言う。
「あと、それからもうひとつ、説明するべきことが……」
クローネは続ける。
「なんですか?」
シルフィが訊いた。
「私たちを助けてくださったのは、ハイペリオンシュヴァリエ、すなわちミラちゃんです。今、私たちはそのハイペリオンシュヴァリエのコックピットに……」
「猫さん、ちょっと通信機、貸してくれない?」
ミラがクローネの手を取った。そして腕輪型通信機を半ば無理やり外す。
「はーい、聞こえてる? あたし、ミラ・セイラム。オメガくんの想い人だよ?」
「え? あっ、それはおめでとうございます! 結婚式、楽しみですね!」
「け、け、け、結婚!?」
ミラは卒倒しそうになった。
「ちょっとシルフィさん、悪ふざけがすぎますよ?」
クローネがすかさず注意をする。
「ごめんなさい、ちょっと場が和むかなーと」
「和みません!」
「で、なんですか? ミラちゃん」
「あんたたちの所で……近くにティンダロス……まぁつまりは指揮官の乗ってる艦のことだけど……それがいるっていう反応は出てない?」
「へっへー、出てませんよ? そんなもの、第一出ていたら私はこんなに呑気に通信なんかやってないです」
「シルフィさんはいつも呑気じゃ……」
オメガが呟いた。
「そこ、聞こえてますよ? 私だってちゃんとシリアスは出来るんですからね」
「あっ、美味しいですよね、シリアルフレーク」
「分かりますぅ! そうだっ、今度艦のみんなでおやつを食べる時に……」
「って、オメガくん! シルフィさん!」
クローネが関係ないことで盛り上がるふたりを止めた。
「ミラちゃん、続きをどうぞ……」
「ありがとう、猫さん。ティンダロスのみんなに話したいことがあったのに……」
だが、その時だった。
「ま、待ってください! 艦の下方から何かが急速に! きゃあぁっ!」
「シルフィさん!?」
何かがぶつかるような音が聞こえた。
「ふえぇ……頭ぶつけちゃいましたぁ……これじゃあ脳細胞が死んで天然ボケになっちゃいますぅ……」
シルフィがやや涙声で言う。
「何が起きたんですか!?」
オメガが問うた。
「えぇっと……! あ、現れました! 黒い戦艦です! 私がクローネさんの代わりにミネルヴァΔで出ますね!」
「待って!」
ミラが待ったをかけた。
「あたしが話をつける。だから戦闘はちょっと待って! これはそんなことよりももっとずっと大事なことなの!」
「わ、分かりました……! 艦の皆さんにも防備に回るように伝えておきます!」
ミラは操縦桿を押してバーニアの出力を上げていった。
「ふたりとも? 準備はいい? 飛ばしていくからね!」
雷撃のような勢いで、ハイペリオンシュヴァリエが雪原を飛んでいった。
少年は魔女と再会する。
運命が交わりし時、恐るべき真実が明かされる。
あざ笑うのは古の神か悪魔か。
三つの道は今ここに集まった。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『ティンダロスの魔女』。
真なる裏切り者はいずこ。




