第16話 狂気の大陸にて・1
スターペンドラゴンに戻ったオメガ・グリュンタール。
彼らが次に向かう先とは……!
地球防衛軍所属の戦艦、スターペンドラゴンは南極へ向けての航行を再開していた。
そんな艦橋のモニターにひとりの男が映し出される。鼻眼鏡をかけた灰色の髪の男、アーカム基地の提督でもあるナイアーラ・ブリストルだ。
「まったく、君たちはいつまで南ローリー大陸で油を売っていたのだ……。まぁかの地で反乱が起こるということは想定外だったわけだが……」
ナイアーラは言った。艦橋には、アリア、レアーノ、オメガ、クローネ、そして艦のクルーたちの姿がある。
「はい、ですので地球全体の治安維持という防衛軍の使命に従って、我々はその反乱鎮圧に協力致しました。しかし、反乱によるブラジリア総督府のダメージも大きく、我々は護衛の船を付けてもらうことは出来ませんでしたが……」
アリアが言った。
「不測の事態なのだ。致し方ないことだろう」
ナイアーラは言う。
「だが、それでも収穫はあった。敵対するレンヌ財団はほぼ壊滅し、その最大戦力であった赤いエンディミオンタイプのRAも大破させたというではないか」
オメガとクローネは顔を見合せた。オメガはもう、包帯や松葉杖無しでも歩けるほどに回復している。
「レンヌ財団……ですか」
アリアは言う。
「そうだ。かの財団はかねてより我々と敵対する勢力に経済的支援をおこなってきた。己の兵器産業のためにな。だが、その財団が此度の反乱により社長親子が殺害された……となればもはや壊滅したも同然。我々は無益な戦いをまたひとつしなくても済んだということだ」
「待ってください!」
ここでクローネが待ったをかけた。
「社長親子が亡くなられたって……」
「反乱が鎮圧された後、さる廃墟に潜伏していたふたりは、何者かにより銃殺されているのが発見された……」
「そう……なんですね……」
クローネは少し心を痛めたという様子で言った。
「これにより、我々の驚異となるであろう財団残党はあの赤いエンディミオンのパイロットのみとなった。防衛軍諜報部も目下捜索中だが……いずれ彼も見つけ、相応の処断がくだせたらと思っている」
「あいつ……」
オメガは呟いた。
「まぁ、そういうわけだ。君たちの健闘を祈っている」
通信はそう言って切れた。
オメガとクローネは艦橋を後にした。
廊下に出るとオメガは言った。
「クローネさん……優しいんですね」
「はい……?」
クローネはきょとんとしてオメガの方を見る。
「だって……あんな酷いことをされたのに、レンヌ親子の訃報に、心を痛めているみたいでした……」
「それは……確かに、私はリーファさんの行為を許すつもりは毛頭ありません。ですが、それでもかつての士官学校の同級生が亡くなったということは紛れもない事実です」
「尊敬します」
オメガは言った。
「僕も……いつかクローネさんみたいに……」
「オメガくんはオメガくんですよ」
クローネは言う。
「自分を偽らない範囲で大きくなっていけばいい。それだけです」
「あの、クローネさん!」
オメガは改めてクローネに声をかけた。
「僕……久しぶりに厨房でお料理をしてみようと思うんですけど……一緒に……どうですか……?」
オメガは少しだけクローネから目を逸らした。
「そうですねぇ……」
クローネは少し考えるような表情をする。
「あ、もし、忙しいようだったら……その……」
「いいえ、大丈夫ですよ! よろしくお願いしますね、師匠」
「師匠!?」
クローネは本当に楽しそうにオメガの先に立って歩き始めた。
オメガとクローネは厨房に入ると早速料理を始めた。ジョアンは、ふたりの姿を見るとニヤニヤしながら大急ぎで厨房を出ていった。
「変なジョアンさんだなぁ」
オメガはその様子を見て首を傾げた。
「さて、で、今日は何を作るんですか? オメガくん」
クローネはどこから取り出したのか薄紫色のエプロンを身につけ、髪をひとつに束ねてから言った。
「えぇっと……今日は……カレーでも作りますか? ……なんとなく……ですけど。ご飯も炊いてありますし」
「カレー……えぇと……確か東洋の方のお料理でしたよね?」
クローネが訊く。
「はい、ヴィシュヌ大陸の南の方で食べられているスパイスの効いた料理です」
「あの……私……辛いのは……」
クローネが一瞬、怯んだような顔をした。
「大丈夫です。辛くないカレーもありますんで。カレーは舌だけじゃあなくて、香りでも味わうお料理なんですよ?」
オメガは説明した。
「それを聞いて安心しました。……では師匠、最初は何から始めるんですか?」
「そうですね……じゃあ、野菜を切るところから始めましょう。クローネさんはまな板と包丁とピーラーを用意して待っていてください。僕は野菜を取ってきますので」
オメガはそう言い残すとバットを持って冷蔵庫の方に飛んでいった。扉を開け、材料を探す。
しばらくしてオメガが野菜をバットに入れて戻ってくると、クローネは既にまな板と包丁とピーラーを用意して待っていた。
「えぇっと……玉ねぎは僕が刻みますから、クローネさんは人参とじゃがいもの皮むきをお願いします。じゃがいもはちゃんと芽を取ってくださいね」
「はい……ピーラーってなんだか、手の皮までむいてしまいそうで……」
「大丈夫ですよ、ほら、ピーラーの進行方向に手を当てないようにして……」
オメガは説明をするため、クローネが持つじゃがいもに手を添えた。
「あっ……」
一瞬、ふたりの手が触れ合い、オメガは思わず手を引っこめる。
「こうですか?」
「えっと……まぁ、そんな感じです……」
オメガは少しぎこちなく答えた。そして、自分の作業に戻る。
玉ねぎを切り始めて、しばらくすると、オメガの目が少しだけ曇ってきた。
人参の皮をむいていたクローネが手を止める。
「オメガくん……もしかしてまだ本調子じゃ……」
「違います。これは本当に違いま……」
オメガの目の前に布巾が差し出され、涙が拭われた。
「冗談です。知ってますよ? それくらい。あの……交代しますか?」
オメガはクローネの方を見た。
「そうですね……じゃあ……」
オメガはまな板の上に包丁を置き、立ち位置を交換する。
クローネは包丁を手に取るが、動きが固まってしまった。
「あの……その……こういう刃物ってなんだか……」
「大丈夫です。えぇっと、ほら、左手はこういう風に丸めて……」
「こうですか?」
「そうです。で、あとは……包丁を……」
クローネはオメガの身振り手振りを見様見真似で包丁を扱った。だが、しばらくしてクローネの瞳も潤み始めた。
「あの……オメガくん……私も……」
クローネは言った。
オメガは手を止める。
「クローネさん、落ち着いてください。もう全部切れてますよ」
クローネは涙を拭ってまな板を見た。なるほど、もう玉ねぎを切る作業は全部完了していた。
オメガは鍋を取り出すと火にかけた。
「じゃあ、食材を炒めましょう。クローネさんは野菜類を入れてください。僕は牛肉を入れますので」
オメガは角切りにした牛肉を鍋の中に投入する。クローネはその様子を見ながら野菜を入れた。オメガは菜箸を使って食材を炒め始める。
しばらくして肉や玉ねぎに火が通っているのが目視で確認できるようになってきた。
「クローネさん……水をお願いします……!」
ふたたび目に涙がたまってきたオメガは言った。
「は、はい!」
クローネは慌ててコップ一杯の水を差し出す。
「違います。僕が飲むんじゃあなくて……煮るのに使うんです」
「どのくらいですか?」
「えぇっと……今回はふたり分なので三百ミリリットルくらい……かな」
クローネは計量カップに水を注ぎ始めた。そして、オメガに言われた通りに鍋に入れる。
しばらくするとアクが出てきたので網じゃくしで取り除く。
「こうやってアク取りをしていると、段々どこまでがアクなのか分からなくなってきますよねぇ」
「オメガくん、今、正義とは何かみたいな話してます?」
「違います。その悪じゃありません……」
クローネはそっとオメガが持つ網じゃくしの柄に触れた。
「あの……アク取り、交代制にしません? 私……さっきからあまりにも役立たずで……」
「だ、大丈夫ですよ。とても助かっています」
オメガは言った。
「そうですか? 出来上がり、楽しみですね」
クローネはにこりと笑った。オメガは思わずクローネに笑い返した。そして網じゃくしを渡す。
「オメガくんの今みたいな幸せそうな顔……私、初めて見ました」
クローネは言った。
「そうですか?」
「もっと、いっぱい笑ってくださいね」
そう言うクローネさんだってとても幸せそうですよ。オメガは心の中で言った。
*
ライラック・ソフィアは南ローリー大陸のある連邦軍基地にて建造が始まったRAの製造現場に来ていた。管制室の窓ガラスの向こう側では、RAの素体となるフレームが組み立てられているところだ。それはさながら、巨大な作業台に乗せられた細身の黒い巨人のようにも見えた。
「総督……」
ライラックの隣に控えていたモカが言った。
「設計図を見た時から気になっていたのですが、あのハイペリオンオメガVVという機体の背部にある機構は……なんなのですか?」
「あぁ、あれかい?」
ライラックが答える。
「それは完成してからのお楽しみさ」
ライラックはとても面白がっている様子だった。
*
オメガとクローネはふたりで協力して作り上げたカレーライスを向き合って食べていた。
「とても美味しいですね」
クローネは言った。
「はい、クローネさんのおかげです」
オメガは答える。
「いえ、私は迷惑ばかりかけていただけですから……」
「クローネさんはこの前……」
と、オメガは話を切り出した。
「僕になにか言いたいことがあるって言って……でも結局なにも言ってくれませんでしたよね? あれって……」
クローネは咳き込み始めた。
「だ、大丈夫だすか!?」
「ちょ、ちょっとむせただけです……大丈夫です……」
オメガはクローネのために彼女の目の前にあるコップに水を注いだ。クローネは水を飲むと続けた。
「あの、オメガくん……」
「はい」
「物事には言うべき場所と状況というものがあると思うんです。ですから、また今度ですね」
「えっ、クローネさん。すごく気になるんですけど……」
「伝えるべき時が来たら、ちゃんと伝えますから」
クローネはそう言うとスプーンを口に運んだ。
「そんなことより、すごく美味しいです!」
「まったく、すぐに誤魔化すんですから……」
オメガはやれやれという様子で言ったが、心の内には不思議な温かさが生まれていた。
*
ミラ・セイラムはゼロム・グリュンタール、エリシア・オーデンセらと共に艦内の倉庫として使われている薄暗い部屋にいた。三人の周囲には箱が山と積まれている。
「ミラ、本当なんだな……」
エリシアが言った。
「間違いないよ。だってあたし、ナイアーラのことは何度もモニター越しにだけど姿を見ているもん」
「すると……お前は『観測者』とルルイエ神聖教団の戦いは何者かに仕組まれた茶番に過ぎないというのか?」
ゼロムが尋ねた。
「うん、間違いないと思う。……あたし、指揮官たちにも伝えなきゃ!」
今にも部屋を飛び出していきそうになるミラの肩をゼロムが掴んだ。
「待て、今、お前の仲間たちがどこにいるのか分かるのか?」
「で、でも……」
ミラは言った。
「オメガくんの居場所は分かったのに、指揮官たちの場所は分からないの!?」
「地球防衛軍は公的な組織だからな」
エリシアが言う。
「だからその行動は作戦中以外は基本的に隠されることはない。だがお前たちはいわばテロリストだ。最初から最後まで行動を隠している者たちを捜索するのは至難の業だ」
「じゃあ、どうすれば……」
「だが希望はあるぞ」
エリシアはふっと笑って言う。
「希望?」
「あぁそうだ。スターペンドラゴン隊さえ追っていれば、それを追っているお前たちの仲間……すなわち戦闘艦ティンダロスもその先に現れる可能性が高いと見ていいだろう」
「じゃあ……」
と、ミラは言った。
「私たちも南極へ向かう。それでいいだろう? ゼロム」
「当たり前だ。これはミラ、お前たちの問題だけではなく、我々の問題でもあるんだ。俺たちも……上層部に騙されていたことに違いはないんだからな」
ゼロムはミラの頭に手を乗せて言った。
「ゼロム……」
ミラは感激するような目でゼロムを見上げた。
「……って、どさくさに紛れて頭を撫でないでよ! このロリコンエルフ!」
「お前……自分が幼児体型だという自覚はあったんだな」
「う、うるさいっ、あたしだっていつかはエリシアみたいになるもんっ!」
ミラはゼロムを睨みつけた。
「なれるといいな」
ゼロムは本気にしていないという様子で言った。
「あんた……絶対あたしのこと馬鹿にしてるでしょ」
「いいや、してないさ。なぁ? エリシア」
「ノーコメントだ」
エリシアは答えなかった。
ミラは「ふん」と、ゼロムから顔を背けた。
後半へ続く!




