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第15話 観測者たち・2

 前半の続き!

 オメガ・グリュンタールは自分の部屋に閉じ込もっていた。何もすることがないので、ベッドに寝そべり、ただただ天井を眺めていた。

 扉をノックする音が聞こえた。


「オメガくん……ちょっと……いいですか?」


 クローネの声だった。

 オメガは無言で壁のスイッチに手を伸ばし、扉を開ける。彼はベッドの上に起き上がって座った。


「あんまり……中に閉じこもってばっかりいるのは心にも身体にも良くないですよ?」


 クローネは言った。


「でも……今はどこかに行きたいような気分じゃ……」

「気分転換です!」


 クローネは言った。


「はい……?」

「そういう気分じゃあないのなら、無理やりお外に出てそういう気分にしちゃえばいいんです」

「でも僕は……」

「幸いにして、救助した方々を降ろすのに、この艦は近くの港町に停泊する予定です。一緒にお散歩、行きませんか?」


 オメガは顔を上げてクローネの顔を見た。クローネはオメガと目が合うと、にこりと笑った。


「分かりました。そうですね、クローネさんの言う通りかもしれません」


 スターペンドラゴンがフェリーの乗客たちを港に降ろし始めると、オメガとクローネは彼らと一緒に港町へと降り立った。

 ふたりとも私服姿である。クローネは袖口の膨らんだブラウスに紺色の膝上丈のスカート、そして黒いタイツという格好、一方のオメガは灰色のシャツに、黒いチョッキ、それに薄茶色のズボンという格好だ。もちろん、松葉杖と額の包帯は欠かせない。


「で、クローネさん……今回も僕は弟という設定なんですか?」


 オメガは尋ねた。

 だが、クローネは首を横に振った。


「いいえ、今回は……じゃなくてこれからは、オメガくんはオメガくんとして、お願いします」


 そしてクローネは少しだけ楽しそうにオメガを先導して歩き始めた。

 ふたりが向かったのは、高台にある公園だった。海と港が臨める見晴らしのいい広場には、丸テーブルと椅子が並び、近くにはアイスキャンデーの移動販売が来ていた。クローネはオレンジのアイスキャンデーを、そしてオメガは抹茶のアイスキャンデーを買う。

 ふたりは、テーブル付きの椅子ではなく、景色が眺められるように置かれたベンチに隣合って座った。


「クローネさん……」


 やがて、オメガはぽつりと言った。


「はい?」

「上手く言えませんが……僕は……今……とても落ち着いた気分です。前までは、不安しかなかったのに……」

「不思議ですね。私もです」


 クローネはアイスキャンデーをかじってから言った。


「クローネさんも……不安だったんですか?」

「はい、オメガくんがなかなか元気になってくれなさそうだったので……。でも、私決めたんです。オメガくんが元気になってくれないのなら、私が先に元気になろうって。……あ、もしかしてこれ、すごく変な理論ですか?」

「いや、変じゃあないと思います」


 それからオメガはいたずらっぽく笑って小声でつけ加えた。


「クローネさんは元々変な人ですから……」

「オメガくん、聞こえてますよ?」


 クローネは口を尖らせて言うものの、そのトーンは少しだけ楽しそうだった。


「僕は最近、自分がどうしようもないほどに追い詰められたりすると……クローネさんのことを思い出すんです。何故だかは分かりません。でも、クローネさんの姿が思い出されて……」

「良かったです」


 クローネは言った。


「それって、私の姿がオメガくんのことを元気づけているということでしょう? ……あ、それって自惚れすぎですか? ……もしかして……その真逆で、トラウマのフラッシュバックみたいな……」

「そんなわけないでしょう。ただ単に姿が浮かぶだけですよ。姿が」


 オメガは答えた。本当は、元気以上のものを貰えている気もするが、そんなことは何故か恥ずかしい気がして言えない。


「私は……こうしてオメガくんと一緒に戦えて良かったと思っています」


 クローネは唐突に言った。


「え……?」

「私、今ではもうオメガくん無しの自分が考えられないんです。最初はただ単に私がよく行く店の料理の上手い人ってだけだったのに……不思議ですね」

「それは……僕も……かも……」


 オメガは言った。そして続けた。


「だから……ちょっと怖いんです」

「怖い……ですか?」

「はい、もし、クローネさんが居なくなったらって考えると……僕は……もう……どうしたらいいか……」

「オメガくん」


 クローネは言う。


「オメガくんは物事を悲観的に考えすぎなんだと思います。……まぁ私自身、他人のことはあんまり言えるたちではありませんが……でも、もうちょっと色々と前向きに考えてみてもいいと思いますよ」


 それからクローネは少し間を置いて続けた。


「それに、私は絶対に居なくなりませんよ」


 オメガはクローネの顔を見つめた。


「だって、死んだりなんかしたら、オメガくんと一緒に居られなくなっちゃうじゃないですか」


 クローネはアイスキャンデーを食べ終わったところだった。


「まぁでももし、万にひとつってことがあったら……その時は私が幽霊になって化けて出て、オメガくんを連れ去っていきますから、心配しなくても大丈夫ですよ?」

「普通に怖いんですけど、それ……」


 オメガもクローネに追いつこうと慌てて抹茶のアイスキャンデーを口に詰め込んだ。


「いっつつ……」


 その余波で、オメガの眉間に痛みが走った。今は額に傷を負っているので尚更痛い。


「あぁもう、慌てるから……」


 クローネは言った。そして立ち上がるとオメガに手を差し出した。


「さぁ、ほら、立ち上がる時に支えは必要でしょう?」


 オメガはクローネの手に少し触れるが、すぐに手を引っ込めた。何故だろうか、すごく恥ずかしいような気がする。気のせいか、体温も少しだけ上がったような気がした。


「いい……です。ひとりで立てますから」


 オメガはもごもごと言うと立ち上がった。クローネはその様子を面白そうに眺めて言った。


「実は私、オメガくんに伝えようと意を決していたことがあったんですけど、その様子だとオメガくん、すぐに卒倒してしまいそうなので、またあとでにしておきますね」

「え……」


 オメガは言った。


「ちょっと待ってください! それ、なんですか? すっごく気になります!」

「また今度のお楽しみです」


 クローネはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


 *


 エリシア・オーデンセはひとり、ため息をついた。


「昼間から私は一体何を見せられているのだ……?」


 彼女は今ステルス機能を搭載した『観測者』の艦の艦橋にいた。目の前には同じくステルス機能付きの偵察用無人機が撮影した映像が映し出された小型モニターがある。そこに、今現在、公園にて楽しそうに会話をするオメガとクローネの姿が映し出されているのだ。


「確かにゼロムがこの少年に思い入れを持っているのは分かる……。なにしろ、自分が助け出した命なのだからな。だが、こんなストーカー紛いのこと……」

「なーに見てるの? エリシア?」


 エリシアは慌ててモニターの映像を消した。


「な、なに、少し事務処理をしていただけだ」


 彼女がそう言って振り返った先には、ミラ・セイラムの姿があった。


「ミラ、確かにお前は脱走する危険性がないということで独房からは自由の身になったが……だからといって好き勝手詮索しても構わないというわけではない」

「別にいいでしょ? 見て減るものなんてなんにもないんだし」


 ミラはけろりとして言う。


「あのな……」

「それにどうせあたしは、殺されちゃうんだから」


 ミラは沈んだように言った。


「お前……そのリスクも考えた上で戻って来たのか?」


 エリシアが問うた。

 確かに、今ゼロムが掛け合っているとはいえ、今回の出撃に彼が上層部の命令に反してミラを生かしていることが明らかとなった。果たして上の者たちはどう出るか……それはエリシアにも分からない。


「だって、あたしが優しい人間になるためには、ゼロムをなんとしてでも本当の笑顔にしてやらないと……」

「お前は……どうなんだ?」


 エリシアは言った。


「え?」

「お前自身は……心から笑ったことがあるのか?」

「それは……」

「私は、ゼロムはお前自身にも幸せになって欲しいんじゃあないかと思うぞ。もしゼロムがこの先何らかの幸せを手にしたとしても、それがお前の犠牲の上に成り立っている幸せだったならば、彼はちっとも嬉しくはないはずだ」

「何それ、難しい……」


 ミラは顔を顰めて言った。


「ねぇ、あんたのこと……これからは師匠って呼んでいい?」

「駄目だ」

「うん、分かった。師匠って呼ぶね?」


「聞いちゃいないな……」


 エリシアはため息をついた。


「なんでもいいが……あまりうろつくんじゃあないぞ。上層部にはお前をふたたび独房に入れたと報告しているんだからな」

「大丈夫、適当な頃合を見つけて部屋に戻るよ」


 ミラは右手でOKサインを作って言った。そして艦橋を出ていった。


「まったく……どこまで分かっているのやら……」


 エリシアはため息をついた。


 ミラはエリシアの心配をよそに、自分自身の部屋となっている独房に向かうことにした。独房は開放され、今は普通の部屋として使われているのだ。


「別にこんな艦内なんて散策しても面白くないもんねっ!」


 ミラはそう言いながら廊下を歩く。すると、先にある扉が空いて、ひとりの人間の乗員が出てくるのが目に入った。扉の向こうは確か会議室だったはずだ。さっきからゼロムがこもっている。乗員は手にペンケースを持っていることから、恐らくは忘れ物を取りに来たのか……。

 だが、扉を開けたわずか一瞬の間に、向こうの会話が聞こえてきた。


「ゼロム、君の職務怠慢については今更言うまい。だが、そのミラ・セイラムという少女は危険だ。ルルイエ神聖教団は世界を滅ぼそうとする邪教集団。ならば処刑して当然のはずだ」


 話の内容は予想通りだった。だが、ミラは別のことに引っかかって足を止める。

 今の声は……。

 ミラはさっきの乗員の姿が見えなくなるとさっと会議室の中に飛び込んだ。扉はセンサー付き自動ドアのためすぐに開く。

 会議室は、大きな円形テーブルがある薄暗い部屋だった。手前の椅子に座るのはゼロムだ。ほかの椅子には水色にぼんやりと光った人たちが座っていた。あれは立体映像、すなわち今ここにはいない人間を投影しているのだ。


「ですが……これは彼女と実際に会い、話した所感ですが、ミラ・セイラムにそのような危険性はないかと……むしろ、彼女のRA操縦技術には目を見張るものがある。このまま生かし続け、我々の戦力とする方が得策かと……」

「君は……甘いな」


 部屋の最も奥に座した立体映像が言った。さっきの声だ。ミラは机に身を隠してゼロムの足元に移動し、じっと目を凝らした。そして、驚いて思わず声を上げる。


「あっ……」


 ミラの存在に気がついたゼロムがとっさの判断で手を伸ばし彼女の口を塞いだ。


「あの……すみません」


 と、ゼロムは言った。


「急用を思い出しましたので……俺は……これで」

「急用? それは……」


 ゼロムは半ば一方的に通信を切った。立体映像は次々と消えていった。


「なぜお前がここにいるんだ!」


 ゼロムはミラから手を離すと怒ったように言った。


「ごめんなさい……でも……」


 ゼロムは気がついた。ミラの息はまるでショッキングなものを見た時のように上がっている。


「そうか……話に聞くのと、実際に見るのは違うもんな。だが、俺はお前を助け……」

「違うよ!」


 ミラは言った。


「違うって……何がだ?」

「あたしは、そんなことを心配しているんじゃあない。今分かった。みんな……騙されているの。あんたも! それにあたしたちも!」

「騙されてる? そいつは……どういう意味だ?」


 ゼロムは訳が分からずに問い返した。


「ゼロム、今、話していた人たちは?」

「我々『観測者』の上層部の者たちだが……」

「嘘」


 と、ミラは言った。


「いいや、嘘じゃあない。お前はさっきから何を……」

「だってあたし、あの中のひとりを、今、いちばん奥で偉そうに喋ってたあのオヤジのこと、知ってるもん」

「なんだって?」


 ゼロムはそうとしか言えなかった。


「あの人……あたしたちルルイエ神聖教団でも、上層部としてモニター越しに色々と指示を飛ばしてきていた……」


 ゼロムは信じられずに目の前の少女の赤い瞳をじっと見つめた。明らかに、嘘を言っている目ではなかった。


「あいつの名前は……」


 と、ミラは続けた。


「そう、確か、ナイアーラ。ナイアーラ・ブリストル。間違いない!」

 其は真実が眠りし大陸。

 氷の下には狂気が潜む。

 すべてを知ろうとするものには恐るべき牙が襲い来る。

 氷山の向こうから立ち上るは確かな未来か、それとも虚映か。

 次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『狂気の大陸にて』。

 白き悪魔、ここに。

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