第14話 帰ってきたミラ・セイラム! ・2
前半の続き!
ミラの言葉を受けてゼロムも返した。
「いいや、こちらこそ驚いた。君たちふたりはてっきり敵対しているものと思っていたが……まさか恋仲、それも君の話によると相思相愛というじゃあないか。あれ以来、オメガの監視は強化しているが……」
と、言いかけてゼロムは口をつぐんだ。いや、言わない方がいいこともある……か。監視を強化して気付いたことは、オメガのやつ、どうにも同僚の黒髪の少女と仲良くしているらしいということだ。あの親しさから見るに、ふたりは相当に……。そして、ミラの「相思相愛」という言葉を信ずるとすると、オメガは浮気をしているということになる。これは非常にまずいことだ。俺はオメガをそんなつもりで人間界に送り出したわけではないのだが……。
それに、もっとまずいことが最近起こった。オメガが敵に追い詰められ、精神的に病んでしまったということなのだ。何故、あの時、あの戦いを見逃してしまったのか……。と、ゼロムは悩んだ。もし見逃していたければ、この艦の艦長のエリシア・オーデンセの制止を振り切ってでも俺は出撃して、オメガを助けていたのに……。
いいや、ここで悔やんでも仕方がない。俺はこの前の教訓を生かし、今度こそは二十四時間、交代制でオメガを見張らせているのだ。次に何が起こったら、俺は……すぐにでも……。
「お義父さん」
と、ミラが言った。
「なーに考えてるの?」
「いいや、なんでも……」
んん? 待てよ? 今、お義父さんと言ったのか? この少女は……。そう、間違いなく俺にはそう聞こえた。まぁ俺とオメガには血縁関係はないのだが……。いや、これはこの少女なりの冗談というやつか……。それならば是非ともノリに付き合ってやらなくてはならない。最近元気がないこいつに元気を取り戻させてやるためにもな。よし、そうだ……あのテンプレートなセリフで切り返してやろう。
「いいかっ、娘は絶対にやらんぞ! 誰にもやらん!」
ミラは驚いたように目をぱちくりさせた。
ふ……どうだ……これで場の空気は少し和んだだろう……? ゼロムは少し満足気になった。
「む……むす……め……?」
ミラは呟いた。
「待って、娘!?」
ミラはベッドに倒れ込むと枕に顔を埋めた。
「オメガくんが実は女の子! 待って! やめて! すごく可愛い!」
そして起き上がるとゼロムにぐいっと顔を近づけた。
「ねぇ、これからもお義父さんって呼んでいい!? もうあたしとオメガくんは夫婦って設定でいいからさ」
「いやいや……」
ゼロムは言った。
「いくらなんでも展開が早すぎるぞ。お前が少し元気を取り戻してくれたのは嬉しいが……」
すると、ミラはハッと気がついたようにベッドに寝そべった。
「元気じゃないから。あたし、オメガくんに会うまで元気にならないから」
そしてサイドテーブルに置かれたパンに手を伸ばす。
「別にこれは食欲が出たとかじゃないからね? やけ食いだからね?」
ミラは念を押すように言った。
「お義父さんさぁ」
ミラが呟く。
「なんだい? 息子や」
「いや、あたしは男の子って設定なんだ……。まぁいいけど。ってそんなことはどうでも良くて……あたし、聞いちゃったんだよね……お義父さんの属するこの組織が、あたしを殺そうとしてるってこと」
「それは……」
ゼロムは口をつぐんだ。
「別に責めるつもりはないけど……。あたしたち、敵同士だし。……でもお義父さん、会議であたしはもう殺したって報告したでしょ? 廊下を通る時にお義父さんと仲のいい女の人……あっ、もしかしてお義母さん? ……まぁいいや、とにかくその人と話してるのが聞こえてきて……」
「済まないな、ミラ」
ゼロムは謝った。
「本当は、戦場ではお前を殺してその機体の破片を回収するか、俺のRAのアタックスキルで機体自体をこの世から消滅させるかしろと命じられていたんだ……。まぁ後に手に入れたお前の機体で色々と実験をした結果、『鍵』を持っている限り俺のアタックスキルの影響は受けないということが分かったのだが……」
「でも……あんたにはそれが出来なかった……」
「お前……プロジェクトゴブニュにより誕生した戦闘用人間だろ? いいや、お前だけじゃあない、仲間のウィンダーもアギリもそうだ。お前たちは完璧な兵士を作り出すために言葉を覚えたばかりの幼少期から強化手術を受け、訓練と称した殺し合いをさせられ……そして、そんな過酷な環境を生き残った者たちだ」
ミラは頷いた。赤い瞳が少し曇っていた。
「まったく、東洋の蠱毒とかいう術を参考にしたらしいが……惨いことをするもんだ。確かに、互いに殺し合いをさせて生き残った者がその中でいちばん強いから兵士として訓練し、より強化して戦場に送り出すという考えは合理的といえば合理的かもしれないが……それでも俺は認めない。事情は変わるが、それはオメガだって同じだ。彼は初めから戦闘用として遺伝子操作をされて生まれた人間だからな……」
「で、あたしに同情したってわけ?」
ミラは言う。
「いいや、それは少し違うな……似ているかもしれないが……。ただ、今まで1度だって幸せを手にすることがなかった人間が、不幸なまま死ぬのは残念だ。そう思っただけだ。人は……人生のうちでたった一度でもいいから、心から笑うことが必要だと……俺は思っていてな」
「なにそれ……あんた自身はどうなの?」
ミラは尋ねた。
「残念だが俺にはまだ心から笑えたことがない。ま、それも当然なんだがな……」
ゼロムは言った。
「あんたは……どうして……」
「俺は……お前とは正反対の境遇で育ってきたんだ。まぁ白状しちまえば、俺はエルフの王族だった。だが、俺の国で市民革命が起きてな、俺の家族はみんな市民により殺されちまった……。それからは、世界各地を流れに流れて、今はここにいる。ということさ」
「あたしが……手伝ってあげようか?」
ミラは言った。
「どういうことだ?」
「あんたが……心から笑えるようになるのを」
「なんで、お前が……」
「あたし……自分で誓ったんだ……。オメガくんに認めてもらうために、優しい人になるって。優しいって、多分こういうことでしょ?」
「そうかもな……」
ゼロムは呟くように答えた。
その時、独房にひとりの女エルフが飛び込んできた。緑色のエルフ風装束に、ブロンドの長い髪をひとつ結びにした背の高い女だ。
「エリシア……」
と、ゼロムは言った。
「ゼロム。お前はこのことを危惧していたのか? 私にはまったくもって何が起きているのか分からないが……」
「何が起きた?」
「オメガ・グリュンタールとダン・アマテの乗ったフェリーをハイペリオンミハイル及びハイペリオンガルーが攻撃している」
「なんだと……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ゼロムの声が遮られるほどの大きい声で叫んだのはミラだった。
「あいつら何やってるの!? あたしのオメガくんに手を出したら絶対に許さない! ぶち殺してやるんだから!」
そしてミラは勢いよくベッドから立ち上がる。
「あたしが出る」
「え?」
「は?」
「あたしがハイペリオンシュヴァリエで出るって言ってるの! はやく準備をしてよ! このすっとろエルフ共!」
「すっとろエルフ……」
ゼロムとエリシアが顔を見合わせる。その隙にミラは独房を飛び出そうとした。だが、エリシアが彼女を羽交い締めにする。
「待て、そう簡単には行かせんぞ」
「うるせぇ! 離しやがれ! このタマナシ女が!」
「普通女にタマはな……いだぁっ!」
ミラはエリシアの腕に思い切り噛み付いた。ついでに言えば犬歯を突き立てた。エリシアは思わずその腕をゆるめ、ミラは彼女の拘束を脱し、廊下を駆け出した。
「追うか……? ゼロム」
「いや、待て、行かせよう。彼女はこのまま逃げ出すような女じゃあない」
*
月光が照らす夜の海だった。航行するフェリーの目の前に、白い天使を思わせるRAが飛来した。船長たちが何が起きたのかと顔を見合わせていると、RAはプラズマライフルを取り出し、光弾を撃ち込んできた。光弾は海面に命中し、水柱が上がる。
「き、緊急事態!」
船長が慌てて叫んだ。
「な、なんなんだあのRAは!」
*
船内に警報が鳴り響いた。オメガが眠い目を開けてベッドから起き上がると、すぐさま彼の部屋にダンが駆け込んでくる。彼はまだ寝巻き姿だ。
「何事ですか!?」
オメガは松葉杖を手に取り言った。
「とんでもない事になった……」
ダンは言う。
「多分、やつはお前を狙って……いや、なんでもない。とにかく逃げるんだ。オメガ、手を貸そう」
ダンはオメガに肩を貸し、そのまま立ち上がらせる。
「救命ボートに乗って脱出するから……車椅子は置いていけ! 急ぐぞ!」
ふたりは肩を抱き合いながら廊下に飛び出した。廊下は阿鼻叫喚の地獄絵図と貸していた。様々な階層、種族、性別の人たちが我先にと逃げ出そうとしていた。
オメガとダンはそんな中、人の流れに乗って進んでいこうとするが、後ろから逃げてきた人に押され、ふたりは互いに離れてしまった。
「オメガ……!」
ダンは叫ぶ。すると、オメガが人の流れに逆行していくのが見えた。彼の向かう先には甲板へと上がるための階段がある。
「あいつ……!」
ダンもオメガを追う。
甲板に出ると、騒ぎの原因が明らかになった。ハイペリオンミハイルとハイペリオンガルーがフェリーのすぐ上の空中に静止し、海面に光弾を撃ち込んでいるのだ。その度に水柱が上がり、船が揺れる。
「君たちは……!」
オメガは甲板に飛び出し、叫んだ。
「君たちの目的は僕だろう! だったら関係の無い人を巻き込まないでくれ! 僕はここにいる! 撃ち殺すなりひねり潰すなり、好きにしてくれ!」
オメガは松葉杖をつきながら前に進み出た。
「オメガ! 何をするつもりだ!」
ダンも彼にやや遅れて甲板に飛び出してくる。
「奴らの目的は分かりませんが、狙いは多分僕です! だから……!」
「やめろ!」
ダンはオメガの方に走ってきて腕を掴んだ。
「逃げるぞ!」
「でも……!」
「そんなにみんなを悲しませたいのか!」
ダンは言った。
「お前だって知ってるはずだ……。大切な人がいなくなるというのがどういうことかを!」
「ごめん……なさい……」
オメガはその場にへたへたと座り込んだ。
「僕は……また……クローネさんに迷惑を……」
「立て、オメガ」
ダンはオメガに手を貸して立ち上がらせる。
「クローネ……か」
ダンは呟いた。
「お前は……あいつの事……どう思ってるんだ?」
「どう……って……」
オメガは口ごもった。
「いいや、悪い。今の質問は忘れてくれ。……ただ……な。今のお前は、本当は俺なんかと一緒にいるよりも、あいつと一緒にいるべきなんじゃあないか……と、ふと思ってな」
その時だった。赤と白の何かがものすごいスピードで飛んできたかと思うと、ハイペリオンミハイルを吹き飛ばし、海面に叩きつけた。それは、ハイペリオンシュヴァリエだった。
「ハイペリオンシュヴァリエ……。ミラちゃん!?」
オメガが驚いてその様子を見上げる。
ハイペリオンシュヴァリエの両眼がこちらを捉えた。
「オメガくん……」
ミラはコックピット内で呟く。
「会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! って、怪我してるの!? 大丈夫? 痛いところはない?」
「ミラ……」
と、ウィンダーからの通信が入った。
「戻ってきたのか」
すると、ミラの声のトーンが変わる。
「あぁん? てめぇらふざけんじゃあねぇっ! 何が『戻ってきたのか』だ! どうしてオメガくんを攻撃した! オメガくんは今、何の武器も持ってねぇんだぞ!」
「それは違うよまな板ちゃん」
アギリが会話に入ってきた。
「んだとワカメ」
「いくら僕だって非武装の民間人を殺すような美しくない戦い方はしないさ……。だからこれはただの脅し、うちの作戦参謀がそうすれば君が戻ってくるんじゃあないかと提案してね……」
「なにそれ……」
ミラが拍子抜けしたように言った。
「それじゃああたしはあんたたちの作戦に乗せられただけってこと? せっかくオメガくんのために必死こいてここまで来たっていうのに……」
「そうだねぇ、まな板ちゃん。君は単純だから」
「えぇいムカつくっ! なんか知らないけどムカムカしてきた! だからなんの利益もないけどとりあえずあたしはあんたたちと戦う! くらいやがれワカメぇっ!」
ハイペリオンシュヴァリエはビームレイピアを突き出すとハイペリオンガルーに襲いかかった。
「おいおい嘘だろ!? 今まで僕が経験した戦いでいちばん美しくないし無益だって、これ!」
アギリはそう言いながらもビームクローで防御体勢をとった。
オメガが見上げるその先で、戦いが始まった。
それは偽りの正義なのか。
機械仕掛けの黒き神は問う。
自らの行為は果たして正しかったのかと。
世界の全貌が暴かれるとき、彼は決断をする。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『観測者たち』。
この世界は、ただの舞台なのか。




