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第14話 帰ってきたミラ・セイラム! ・1

 ブラジリアの戦いで精神を病んでしまったオメガ・グリュンタールはダン・アマテとともに療養の旅に出る。

 しかし運命は、彼を放ってはおかなかった……!

 南ローリー大陸の西海岸部に存在するリオデジャネイロの街の港にて、オメガ・グリュンタールは1隻のフェリーの前に来ていた。彼は今、車椅子に乗せられ、片手には松葉杖を立てている。車椅子を押しているのはクローネだ。

 ふたりの視線の先には、ダン・アマテとシルフィ・オルレアンの姿があった。


「ダンさん、シルフィさん!」


 クローネはふたりに声をかけた。


「クローネ……話はだいたい聞いた。オメガの奴……かなり重症なのか?」


 ダンが尋ねる。


「はい……」


 クローネは言った。


「私たちも頑張って元気づけようとしているんですけど、やっぱり駄目で……。ひとまず戦場からは距離を置いた方がいいのかなというライラさんの判断です」

「そうか……分かった。オメガ、これからよろしくな」


 ダンはクローネからオメガの車椅子を受け取ると、その頭を撫でて言った。

 オメガは何も答えなかった。


「でもちょっと待ってください! オメガくんがいなくなったらスターペンドラゴン隊のRA(ライドアーマー)乗りはクローネさんひとりになってしまいますよね? 大丈夫なんですか?」


 シルフィが尋ねた。


「それは……」


 と、クローネが口ごもる。


「オメガくんがこんだけ頑張っていたんです! 私ひとりでも……」

「クローネさん!」


 シルフィが怒ったように言った。


「駄目ですよ? そんな無理をしたら……。私が行きます!」

「え……」

「シルフィ……?」


 クローネとダンが目を丸くして言った。


「大丈夫ですよ。私だって一応、ミレニアム戦役の時はRAパイロットとして戦っていたんですから!」


 シルフィは言う。


「それに……戦場には、お姉ちゃんがいますから……」

「どういうことですか?」


 クローネはその言葉にまたしても驚いた。


「そうか、そうだったな」


 と、ダンは言った。

 シルフィは説明する。


「ルルイエ神聖教団の実戦部隊の指揮官は……私のお姉ちゃんだったんです。お姉ちゃんは、私のことはおろか、過去のことは全然覚えていないみたいでしたけど……」

「待ってください! シルフィさんのお姉さんは……その……」

「それは分かっています。私だってお葬式の場にはいましたから……。でも、やっぱりあれはお姉ちゃんなんです! ひと目見れば分かります!」

「そう……なんですか……」


 クローネはまだ信じられない様子だったが、そう言った。


「だから、私のRAの機体はこの際どんなものでも構いません! でも、私はお姉ちゃんを……」


 シルフィは言った。


「分かりました。では……そうします……」


 クローネは言ってから、オメガに向き直った。


「オメガくん、しばらくのお別れですけど……」


 そして彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「また元気になってくださいね」

「クローネさん……」


 オメガはやっと微かに口を開いた。


「ごめんなさい……」

「だから何回も言ってますけど、オメガくんが謝るようなことはなにも……」

「僕のために……こんなに……時間を割いてくれたのは……ほんとに……」

「まったく……」


 クローネはそう言ってオメガの頬をつねった。


「そういうことは言わないってお約束でしょう? 私たちは大切な仲間なんですから」


 クローネが手を離すとオメガは力なく頷いた。


「じゃあ、行こうか、オメガ」


 ダンはオメガの車椅子を引き、フェリー乗り場の行列に並んだ。

 クローネはそんなふたりにそっと手を振った。


「私たちも、行きましょうか、シルフィさん」


 クローネ自身の声も、いつもより元気がないように聞こえた。


 *


 ライラック・ソフィアは執務室の机で書類の整理をしていた。総督に復帰してから業務は以前に比べてかなり忙しくなっている。反乱の事後処理なんかが山のように溜まっているからだ。と、そこに扉をノックする音が聞こえてきた。


「入ってくれ」


 ライラックは言った。


「はい……」


 入ってきたのは秘書官のモカだった。


「オメガ・グリュンタールの代役として、シルフィ・オルレアンがスターペンドラゴン隊に配属されたようです」


 モカは言った。


「シルフィが? 僕の方でもオメガの代役は何人か、連邦軍の精鋭をピックアップしていたんだけどね……。まぁ、彼女なら大丈夫だろう」

「ですが、彼女の機体はどうするんですか?」

「オメガストライカー」


 と、ライラックは言った。


「はい……?」


 モカは聞き返す。


「いや、厳密にはRAではないんだけど、開発中の可変型RAのコックピットに、大破してしまったハイペリオンオメガのウイングを取り付けた応急処置的なサポートメカを建造していたんだ……。本来なら、オメガの精神的ダメージが比較的低かった場合を想定して、しばらくはRA戦闘ではなくサポートに回れたらなと思って設計したものなんだけど……」


 でも、と、ライラックは思い出す。ミレニアム戦役の時、確かシルフィ・オルレアンは可変式の機体に乗っていたはずだ。


「でも……彼女は人型形態じゃないメカニックの操縦には手馴れているはずだからね」


 *


 オメガ・グリュンタールはひとり、車椅子を操縦して甲板に出ていた。空は雲ひとつない青空だ。それに海も、もう陸地は見えない。空には数羽の海鳥が舞っていた。


「こんなところにいたのか……」


 ダンがオメガに声をかけてきた。そしてサンドイッチを差し出してくる。


「そこの売店で売ってたんだがな……食べるか?」


 オメガは首を横に振った。


「いりません……」

「そうか……」


 ダンは自分の分とオメガの分と、ふたつ買ってきたサンドイッチを両方頬張った。彼は、甲板に腕をかけ、海を臨む。


「聞いたぞ、オメガ……。お前……ここ数日、ろくに食事もとってないんだろう? 夕飯や朝食も、ひと口やふた口で終わってるって……」

「食べる気がしないんです……今は……あんなに好きだったご飯を作ることも……」

「やる気がわかない……か」


 ダンの言葉にオメガは頷いた。


「俺にも……助けられない命はあった……。前の戦役でな」


 ダンは言った。


「目の前で人が死ぬのを散々見てきた……。まぁもっとも、お前の今の苦しみが、俺のそれと同じものだとは思っちゃいないが……」

「話してください……」


 オメガは言う。


「辛くならない範囲で……いいので」

「そうか……」


 ダンは少し話すのを躊躇ったようだが、やがて、意を決したように話を始めた。


「お前の兄さんや姉さんの話はしただろう? 彼らは、戦役末期で、自分を作ったはずの人間たちに皆殺しにされて、生き残ったお前の姉、ガンマ・プロメテウスは世界を滅ぼすため衛星兵器を地上に落下させようとした……と」


 オメガは頷いた。


「俺はその場にいたんだ。今でも、あの虐殺を止められたんじゃあないかと思うことはある。いや、もしくは、もっとずっと前に、ガンマと分かり合えていれば、あんなことにはならなかったとも思う」


 ダンは話を続けた。


「でもな、終わったことは今更どうしようもならないんだ。過去はどう頑張ったって変えられない。こういうのを東洋のことわざじゃあ『覆水盆に返らず』って言うんだっけか?」


 オメガは黙ってダンの話を聞いていた。


「だがな、オメガ、その事を乗り越えて、より良い明日を作ることは、今からでも遅くはない、と俺は思うんだ。ま、今のお前はそれが見つけられないから悩んでるんだと思うけどな」

「僕は……」


 と、オメガはぽつりと言った。


「僕は、死ぬのが怖いんです。今まで僕は、自分は兵器として作られた人間だから、恐怖心なんてないと思っていた……でも……」

「そりゃ、みんな怖いさ。死ぬのはな。俺だって怖い。だがそれは生物としては至って健全な事だと思うぜ。それに……死の恐怖を知った人間と、それを知らない人間じゃあ、前者の方が、俺は立派だと思うね」

「どうして……ですか?」


 オメガは質問する。


「決まってるだろ? 自分が死ぬことの恐ろしさを知っている人間は、他者の痛みが分かる人間だ。他人の痛みがわかるほど、強いやつはいない。ってな」

「そう……ですか……」


 オメガは言った。


「ありがとうございます……僕の心の棘は、まだ無くなったわけじゃあないですけど……でも……その……」


 オメガは言葉を見つけられなかった。


「どうした?」

「とても……とても……」


 上手く説明できない。


「聞けて……よかったな……と」


 オメガはようやっと言った。難しいことは分からない。でも、とても納得出来たような気がした。


 *


 海底に停泊している黒い戦艦の艦橋に、ディーナ、ウィンダー、アギリの姿があった。


「指揮官……!」


 と、アギリは言う。


「このまま南極に向かうつもりですか! ミラを置き去りにして!」


 モニターの外に映し出された海底の様子を眺めていたディーナは振り返って言う。


「そうするようにとの……指示が出ている」

「し、しかし……」

「アギリ」


 ウィンダーが言った。


「上層部の命令だ。反抗が過ぎると我々は再調整されることになるぞ」


 相変わらず無感情な声だが、諌めるような雰囲気も感じられる。


「いいや、それは私がさせない」


 ディーナがきっぱりと言った。


「それに……私はミラの救出もおこなうつもりだ」

「指揮官……!」


 アギリが感激したように言う。

 その時、ウィンダーとアギリの背後にある自動扉が開き、フローラが入ってきた。


「オメガ・グリュンタールの行方が分かりましたわ」

「オメガ? あの四機目のハイペリオンのパイロットか?」


 アギリが尋ねる。


「そうだ……」


 ディーナは頷く。


「フローラには敵の行動パターンを予測してもらった。ミラを連れ去った黒いRAは我々がハイペリオンオメガと対峙した時に限って現れていた。そのことから恐らく……四機のハイペリオンを同時箇所に存在させないように作戦を展開しているものと推測した。そう考えれば何故ミラを誘拐したのかも説明がつく。4機のうち1機を自分のものにしてしまえば我々が一堂に会することはなくなるからな。また、件のRAは我々に対しては攻撃行動を行うものの、ハイペリオンオメガに対してはあまり攻撃行動を行わない。そのため……地球防衛軍側か……或いはハイペリオンオメガのパイロットに何らかの思い入れがあるものと思われる。フローラはそう判断してな」

「えぇ、ですからそのオメガくんが大ピンチになれば必然的に黒いRAも出撃せざるを得なくなる……。わたくしはそう考えましたわ」


 フローラが説明を引き継いだ。


「待ってくれ」


 と、ウィンダーがここで待ったをかける。


「ミラが生きている可能性は……」

「九十九パーセント、ミラちゃんは生きていますわよ。だって、殺すつもりがあるなら戦場で機体を大破させてその破片を回収した方が合理的ではなくて?」

「で? オメガ・グリュンタールはどこにいるんだ?」


 アギリがフローラの説明を急かした。


「彼は総督府の戦いで機体を大破させ……自分自身も殺されかけ……恐らくは少し精神を病んでしまったようですわね。今はスターペンドラゴン隊とは別行動……具体的にはエウロペ大陸へと向かうフェリーに乗り、洋上にその姿を見せていますわ」

「精神を……?」


 ウィンダーは引っかかったように言った。


「ですからわたくしたち、いいえ、あなたたちはこのフェリーを襲う。そうすれば例の黒いRAは出てこざるを得なくなりますわ。もちろん……防衛軍側も出てくるでしょうけど」


 フローラは不敵に笑うと言ってのけた。


「そ、それじゃあフェリーを沈めるとでもいうのか?」


 アギリは言う。


「戦闘員以外の人間を血祭りにあげるのは僕の美しい戦い方に反するが……」


 するとフローラはにこりと笑って言った。


「その必要はありませんわ。あくまでも脅すだけ……。ですわよ」


 *


 ミラ・セイラムは独房のような部屋のベッドに、半ば放心状態になって座っていた。来ている服装は彼女にはぶかぶかの背の高い人用のパジャマだ。

 独房の部屋がノックされる。


「入るぞ……」


 ミラは何も言わなかった。


「まったく……いつまで反抗期をやってるんだ? 君は」


 そんな声が聞こえ、部屋に入ってきたのは黒いコートを身にまとった若い男だった。背が高く、金色のブロンドヘアを肩まで伸ばしている。耳が尖っていることから、彼は人間ではなくエルフ族だということが分かる。


「はぁ……」


 ミラはあからさまにため息をついた。


「またあまり食べていないのか……」


 サイドテーブルに置かれたパンがひと齧りしかされていないのを見て男は言った。


「食欲がないの……。好きな人から引き離されて……こんなところに閉じ込められて……」

「済まなかった……」


 男は謝った。


「別に怒ってるわけじゃないけど……」

「ただ……こうするしかなかったんだ。そこだけは分かって欲しい」

「何それ……世界のためならあたしの恋も未来も、全部お預けってこと? 意味分かんない……」

「絶対怒ってるよね、君……」


 男は指摘した。


「怒ってないもん」

「いや、怒ってるだろ……」

「でも驚いたなー」


 ミラは沈んだトーンだったが、ここで話題を切りかえた。


「まさかあんたがオメガくんの知り合いだったなんてさ。ゼロム・グリュンタールさん」

 後半へ続く!

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