第13話 地獄を見た日・1
ハイペリオンオメガとエンディミオンラージャはブラジリアの街で対峙する。
巨神と巨神の闘いが始まった……!
ブラジリアの街はふたたび戦場と化していた。反乱軍が所有するレギオンは今や、そのシンボルとして機体色が深緑色に塗り替えられていた。一方、連邦正規軍が所有するレギオンは本来の紫色をしている。両者がぶつかり合う戦場に、ところどころゲルマニア共和国軍の量産型RA、ドーベルの姿もあった。頭部に一本のスパイクのような角の生えたひとつ目のRAだ。
オメガ・グリュンタールはハイペリオンオメガを駆り、戦場を翔んでいた。背部のΩ字型のウイングから水色の魔法粒子が噴射されている。
オメガは自身の機体のビームセイバーで、次々と深緑色のレギオンを撃破しながら総督府目掛けて進んでいった。
「なんとしても……僕は、クローネさんとライラさんのために道を切り開かなくちゃあならないんだっ!」
オメガは言った。そんなオメガのもとに神威からの通信が入る。
「待て、オメガ……そう慌てるな。あんまり敵陣に深入りしすぎると囲まれて命を落とすことになる……!」
「でも……!」
と、オメガは言いかけて思い出す。そうか……また……僕は……。
「分かりました」
オメガは機体をその場に留めさせた。
「いいか、オメガ、お前の戦闘能力は……確かに高い。だがな、戦場はプロレスのリングじゃあない。個々の戦闘力よりも、戦略性が重視されるんだ。それをゆめゆめ忘れるんじゃあないぜ」
「はい」
オメガは頷いた。だが、そんなハイペリオンオメガに赤い何かが突撃し、機体を吹き飛ばした。
ハイペリオンオメガは街の建物に落下し、二階建ての石造りの建物を一瞬にして瓦礫の山に変える。
ハイペリオンオメガを襲ったのはエンディミオンラージャだった。
「出たなハイペリオン……。今度こそ決着をつけようぜ!」
エンディミオンラージャのコックピットで、ドゥルヨーダナ・ヴァラナシィが言った。
「お前……また……!」
オメガは上空の赤い機体を睨みつける。エンディミオンラージャの両腕からチャクラムが発射された。
「僕だって……! メガロスラッシャー!」
ハイペリオンオメガの頭部のエッジが分離し、ブーメランのようにチャクラムとぶつかり合う。ふたつのチャクラムとひとつのブーメランはコマのように空中で何度もぶつかりあった。
オメガはそのすきにハイペリオンオメガの姿勢を起こさせた。だが、そのすぐ側にエンディミオンラージャがビームフィランギを投擲する。フィランギはハイペリオンオメガのコックピット部分がさっきまで位置していた地面に突き刺さった。
「危なかった……これで、あいつの武器は……」
オメガは相手が手持ちの武器を手放したことに安心しかけるが、ドゥルヨーダナはコックピット内で言った。
「はっ、これでこっちの武器がなくなったと思ってるんだがよォ」
そして背中の輪光背に似たウイングから魔法流出を放出し、ハイペリオンオメガに突撃する。
「手脚は飾りじゃねぇんだぜェ!」
エンディミオンラージャはハイペリオンオメガの顔面を拳で殴り倒した。コックピットの映像に一瞬ノイズが走り、ハイペリオンオメガはふたたび地面に倒れ込む。
「はっはぁ! やァっとてめぇを痛めつけてやれるぜ!」
エンディミオンラージャは何度もハイペリオンオメガの顔面に殴りを入れる。ハイペリオンオメガの顔面の装甲にヒビが入り始めた。
その時だ。エンディミオンラージャに向かって銀色のRAが突撃してきた。神威の月聖神だ。
「オメガ! 待たせたな! こいつは俺が……!」
「邪魔をするなァッ!」
エンディミオンラージャは目にも止まらぬ速さで地面に刺さったビームフィランギを引き抜き、月聖神に突き立てていた。それは、コックピットの位置を正確に貫いていた。
月聖神は力なく地面に崩れ落ちる。
「神威さん!」
オメガはすぐに神威に通信をかけた。
「はっ……どうやら俺としたことが……相手の力量を見誤ってたみたいだぜ……」
モニターに映し出されたのは、血まみれになった神威の姿だった。コックピットは、計器類が火花を散らし、外部映像を投影するモニターにはノイズが走っている。
「お前……よくも神威さんを!」
オメガはハイペリオンオメガを無理やり起こし、エンディミオンラージャに掴みかかった。ビームセイバーは地面に投げ捨てる。
「くははっ、そう来なくってはなァ!」
ドゥルヨーダナは嬉しそうに言った。そして彼もまたビームフィランギを投げ捨てるとハイペリオンオメガにふたたび殴りを入れる。顔面へのアッパー、フック、そして腹部へのアッパーという3コンボがハイペリオンオメガを襲った。
「どうしたどうした! 仲間をやられてムカついてるんじゃあねぇのか!?」
「許さない……!」
オメガは言う。だが、モニターの向こうの神威は言った。
「待て……オメガ……感情に流されるな……それでは……相手の……思うがまま……」
「神威さん! すぐにこいつを倒して、僕はあなたを治療し……」
エンディミオンラージャの顔面ストレートがハイペリオンオメガに炸裂し、ハイペリオンオメガは地面に叩きつけられた。
「雑魚が……」
エンディミオンラージャはそう言ってビームフィランギを手に取った。
「俺様に対してムカついたのが運の尽きだったなァ。武器を捨てるなんて……最高に頭の悪い戦い方を……」
そしてドゥルヨーダナはなんと、オメガに通信をかけてきたのだ。
「お前が……その機体のパイロットか……!」
オメガはドゥルヨーダナの顔を見るなり、睨みつけた。
「なんだ? まだガキじゃねぇか」
ドゥルヨーダナは言う。
「まぁいい、最後の最後にみせてくれよな! 殺される前の恐怖に歪んだ顔というやつを……!」
ドゥルヨーダナはニヤリと笑いながら言い、エンディミオンラージャにビームフィランギを振り上げさせた。
だがそこで、彼は危険を察知して振り返る。ハイペリオンオメガのメガロスラッシャーが戻ってきたのだ。ビームフィランギとメガロスラッシャーがぶつかり合った。
「死の恐怖に顔を歪めるのは、お前の方だ!」
その隙にハイペリオンオメガは姿勢を起こし、ビームセイバーを拾いあげようとする。
しかしすぐにエンディミオンラージャが振り返った。
「だからてめぇはガキなんだよ!」
エンディミオンラージャはビームフィランギでメガロスラッシャーを弾き、ハイペリオンオメガの方に飛ばしてきた。ハイペリオンオメガはそれを避け、メガロスラッシャーを頭部に収めたが、すぐにふたつのチャクラムが襲いかかってくる。チャクラムはハイペリオンオメガの両腕を切断した。
それからエンディミオンラージャはハイペリオンオメガにのしかかった。
「はっ、てめぇは何をしやがるか分からねぇ。だから危なそうな両腕は切断してやったぜ」
そしてエンディミオンラージャはビームフィランギをしまった。さらにチャクラムも両腕に収める。
「どうやって殺してやろうかと迷ったんだが……てめぇとミラ・セイラムはいつかの戦いで俺の邪魔をしやがった……。だから徹底的に恐怖を味あわせてから殺してやるぜ……」
エンディミオンラージャはハイペリオンオメガのコックピット部分に手を当てた。
「人はコックピットを正確に焼き切ればすぐ死ぬ。あの銀色のRAは咄嗟のことで少ーしだけ狙いが逸れちまったが、普通なら治る傷じゃあない。遅かれ早かれパイロットは死ぬだろう。だが、てめぇとミラ・セイラムだけは違う。俺様の邪魔をした人間は散々恐怖を味あわせて、最後に死んでもらう」
エンディミオンラージャの両手が少しづつ力を入れていった。コックピットが外部から押し潰されていくのがオメガにも感じられた。
「どうだ? コックピット内で圧死をする気分は……。はっ、さぞ、怖いこったろう?」
オメガは何も言えなかった。計器類は火花を散らし、モニターにはノイズが走る。通信用モニターの向こうには、残酷に笑うドゥルヨーダナと瀕死の神威の両方が映し出されていた。
怖い……。多分、生まれて初めてその感情を知った。兵器として造られた自分にはそんな感情は存在しないと思っていた。だが、それ以前に彼はひとりの人間、いや、ひとりの生物なのだ。死を目前にして恐怖を感じない生き物などいない。しかもそれが、他者からもたらされる死ならば尚更である。
「嫌だ……」
オメガは思わず呟いていた。瞳からは涙が流れ落ちる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 僕は、こんなところで……」
「あぁん? どうした? こんなところで死にたくないか? ……ったく、ガキらしい台詞だな。だが俺は好きだぜ! 死を前にした人間は、驚くほどテンプレートなセリフを吐くものさ!」
僕は……まだ……みんなと……。
「クローネさん……」
何故かクローネの名前が口から飛び出していた。何故だかは自分でも分からない。
「クローネ? 彼女かなにかか? ガキのくせしていっちょ前に女でも作ってんのか……。そいつはおもしれぇ! その女に、てめぇの死に様を見せてやりたいものだ! どんなになっさけない死に方をしたかをなァ!」
「そのセリフは、何ひとつとして合っていませんね」
オメガと、そしてドゥルヨーダナが驚いて自身の通信用モニターを見た。
そこには、右眼に照準用レンズをはめた黒髪の少女の姿が映し出されていた。
「第一に、オメガくんはここで死ぬような人間ではありません。そして第二に、私はオメガくんと付き合ってはいません」
それから彼女はニコリと笑って言った。
「すみません、オメガくん、総督府に寄っていたので少し遅れてしまいました。ですが、クローネ・コペンハーゲン、ただ今戦場に帰還いたしました」
エンディミオンラージャは顔を上げた。瓦礫の土煙の向こうに、赤いふたつの光の点が見える。RAの両眼のようだ。
やがて、土煙が晴れていき、シルエットが、全身が、戦場に現れる。黒に近い濃い紫色をした細身のRAだ。状況が状況でなかったら、こちらの方が悪役にも見えていたことだろう。だが、コックピットに座すのは、この場において誰よりも優しい少女だった。彼女の名前はクローネ・コペンハーゲン。その機体名をミネルヴァΔという。
*
アディーラ・マラガは総督執務室で窓の外から様子を眺めていた。その隣にはディーナ・オルレアンの姿もある。アディーラの手には、一枚の写真が握られていた。アディーラと、ひとりの少女が笑顔で写っている写真だ。
「ここまでのようだな……」
と、アディーラは言った。
「いいえ、再起ははかれます。裏口に私のRAがいます。それに乗ってここを脱出すれば……」
「いいや、逃げるのはお前だけでいい。私はこの場に残る」
「しかし……」
「妹さんに、まだ何もしてやれていないだろう?」
アディーラは言った。
「ならば後悔なく……だ。私にも本土に娘がいるんだ。だが、私は何もしてやれなかった……」
「ならば、だからこそ……!」
しかしアディーラは首を横に振った。
「君たち若者と、私たち老人とでは、決定的に違う点がひとつあるのだよ。それは、君たちはいくらでもやり直せる。だが、私たちはもう、やり直しがきかないという点だ。だからこそ、落とし前はきっちりと付けなくてはならない……。娘を……よろしく頼んだよ。ディーナ・オルレアン」
そして彼は、ディーナに写真を手渡した。写真の裏には、ある住所が走り書きされていた。
「アディーラさん……」
ディーナは言う。
「行け」
アディーラは言った。
「ですが……!」
「これは、私から君への、最初で最後の総督命令だ」
「分かり……ました」
ディーナは頭を下げると、扉から部屋を出ていった。直後、別の扉から三人の人物が入ってきた。ライラック・ソフィアとモカ、ラテの三人だ。
「アディーラ……」
ライラックは言った。
「残念だよ。君がこんな反乱を起こすなんて……」
「ライラック……。だが、私の負けのようだな」
「そうみたいだね。そして、敗者はそのツケをしっかりと払わなくてはいけない……というのがこの国の戦争論だったはずだ」
ライラックは銃を取りだした。
「だから僕は……」
口調は平然としていたが、その手は少し、震えていた。
「あぁ、頼んだよ……」
と、アディーラは言った。
「さらばだ、ライラック・ソフィア」
総督府に、一発の銃声が響き渡った。
後半へ続く!




