第12話 その名はディーナ・2
前半の続き!
アディーラの合図を受けて部屋に入ってきたのは仮面の女だった。顔の上半分を覆う黒い仮面をした金色の髪の女である。
「お……姉……ちゃん……?」
シルフィは声にならない声を上げた。
「そうだ。紹介しよう、シルフィ・オルレアンくん。君の素性は調べさせてもらった。彼女は、君の姉、ディーナ・オルレアンだ……」
ディーナの仮面がシルフィを捉えた。その途端、彼女はこめかみを抑えながらその場にしゃがみこむ。
「ど、どうしたというんだね!? ディーナくん!」
「わ、分かりません……ですが……」
ディーナは言った。
「と、とにかく……この部屋を出よう」
アディーラはディーナを支えると部屋から出ていった。
「彼女は……?」
廊下に出るとディーナは言った。
「私は……彼女を知っている……ような……気がする。そして、なんなのだ、この気持ちは……」
「ディーナくん、君は……」
アディーラは言った。
「本当に何も、覚えていないのかね。彼女が君の妹だというのに……」
「妹……? あれが……いや、そんなはずは無い。私に妹など……」
ディーナは仮面を外した。シルフィと同じ色のエメラルドグリーンの瞳が顕になる。
「私とて、初めはあなたが生きていたことが信じられなかったさ……。ディーナ・オルレアン連邦議会議員が死んだ時、私も国葬に出席していた……。しかし、君の姿、声、それはまさしくディーナ・オルレアンの物だ。そして君自身も自らのことをディーナ・オルレアンだと名乗っているではないか!」
「だが……記憶が……無い」
ディーナは言った。
「私には……名前以外の記憶が……。私は気づいたら神聖教団にいた……。そして、グリフォーンのパイロットとして、また、実働部隊の指揮官として活躍していた……」
「本当に……何も覚えていないのだな」
アディーラは同情するように言った。
「あぁ、だが……」
と、ディーナは言う。
「あのふたりの身柄を私に預けて欲しい。私は……」
「分かった。いい、それ以上は言わなくても……」
*
ダンとシルフィは反乱軍の兵士たちによって連行され、やがて、護送車を使ってブラジリア近くにある連邦軍基地へと送られた。そこの戦艦停泊用のプールに浮かぶ戦艦の艦橋へと通される。ディーナが現場指揮に使っている黒い戦艦だ。
薄暗い艦橋に通されると、そこには仮面をかぶったディーナ・オルレアンが待ち構えていた。
「私たち三人で話をしたい。他の者は外してくれ」
ディーナはそう言って艦のスタッフたちや兵士たちを追い払った。
「それから……ふたりの縄は外すように」
「しかし……」
「いいから外せ」
命じられた兵士は戸惑いながらも言われた通りにし、やがて艦橋を出ていった。
艦橋は三人きりになった。
ディーナはそっと仮面を外した。
「お前たちは……この顔に見覚えがあるそうだな」
ディーナは言った。
「お姉ちゃん……」
シルフィは呟く。
「あぁ、大いにあるぜ。だが、どういうつもりなんだ? ディーナ。ルルイエ神聖教団なんて……お前らしくもない……」
「分からない……」
と、ディーナは言った。
「それは私にも分からない。……私は……気がついたらここにいた。そして気がついたら指揮官として……邪神様のため、作戦を指揮していた……」
「お前……もしかして……」
と、ダンが言った。
「記憶が無いのか?」
ディーナは無言で頷いた。
「でも……良かった……。お姉ちゃんが生きてたなんて……。だって私はあの時、お姉ちゃんがお墓に入れられるのを、しっかり見ていたから……」
シルフィは言う。
「妙な気分だ……」
と、ディーナは言った。
「私はお前を知っているはずもない……知っているはずもないのに……どこか他人だとは思えない……いや、むしろ近しい存在にすら感じる……お前は……なんなのだ?」
「妹……だよ」
シルフィはディーナに歩み寄った。
「そうか……そうなのだな……」
ディーナは言った。
「ディーナ、こんなところにいないで、俺たちと戻ろう。お前の帰る場所は……間違いなくここじゃあない」
ダンが言った。
だが、ディーナは首を横に振る。
「いいや、私にとっての仲間は……ここにいる。今更戻ることなんて……」
「でもお姉ちゃん! お姉ちゃんはここの人たちと悪いことをして……」
「我々の行為は外道そのものだ! だが、我々自体は外道ではない!」
ディーナはそう叫んでから謝った。
「済まない……声を荒らげてしまった……。だが、ここにいる者は、今の私にとっての大切な仲間なのだ」
「ディーナ、ある意味で今の言葉……あんたらしいかもな……」
ダンは言った。
「分かった。だが……お前はせっかく第二の生を授かったんだ……。その命、無駄にするんじゃあないぜ」
そして彼は続ける。
「それから……今一度……姉としてシルフィに何がしてやれるか、考えてみてほしい」
「ダン・アマテ……といったな」
ディーナが言う。
「お前の言葉……確かに受け取った。妹を……頼んだぞ」
そしてディーナは腕輪型の通信機に呼びかけ、兵士たちを呼んだ。
「お前たち、このふたりを街までお連れしろ。彼らはどちらも自由の身だ」
ディーナは兵士たちに命ずる。
「は……しかし……」
「これは命令だ」
ディーナは言った。
「分かりました!」
兵士たちはダンとシルフィを艦橋の外へと連行していった。ふたりの姿が見えなくなると、ディーナはふたたび仮面をつけ直した。
「私は……本当に……彼女の……姉……なのか?」
ディーナはひとり、そう呟いた。
*
クローネ・コペンハーゲンはふたたび道着を身にまとい竹刀を構えて、和泉神威いずみかむいと対峙していた。
「神威さん、今度こそ……行きます!」
神威は頷いた。
クローネは畳を蹴るとそのまま相手の懐に直進した。だが、彼女の竹刀はまたしても神威によって弾かれ……はしなかった。クローネは神威の動きを見切ると、空中に飛び上がり、そして彼の手元に竹刀を打ち付けたのだ。神威は竹刀を取り落としてしまう。クローネの竹刀が神威の喉元に突き出され、そのまま止まった。
「見事だ……」
神威は言った。
「よくこの短時間で上達したものだな……」
「私は、私なりの戦い方でやってみただけです」
クローネは答えた。
「神威さんと同じような戦い方では私は決して勝てないでしょう。ですが、私には射撃戦闘で培われた動体視力という強みがあることに気がついたのです。相手の動きを見切り、その隙をつく。それが……私の戦い方です」
「あぁ、その分ならば新しいRAも充分に乗りこなせるだろう。行ってこい」
「はい!」
クローネは頷くと勢いよく部屋を飛び出していった。
彼女は、自身の部屋に戻ると、地球防衛軍の制服に着替えた。そして、艦の側面の非常脱出口へと向かった。そこは、海面に近く、海面には一台のモーターボートが停泊していた。ボートの上には、ライラックと、モカ、ラテの姿もある。
「ライラさん、お待たせしました」
クローネはそう言ってからボートに乗り込んだ。
「まったく、今日中には終わらないのかと思ったよ」
ライラックは言う。海面を、傾きかけた陽の光が照らしていた。
「いえ、ライラさんを待たせるわけには行きませんから……」
クローネが言う。ボートはラテの操縦により発進した。
「まさか、また無理をしたんじゃないだろうね?」
「してません! 今回はほんとのほんとに私なりのやり方を見つけることが出来たんです……!」
「そうかい、ならいいけどさ」
ボートは、やがてある入江へと近づいていった。崖に囲まれたその入江は、沿岸部が白い砂浜に覆われていた。奥の崖には大きな洞窟の入口がぽっかりと顔を覗かせていた。
ボートは海岸にて停止をした。モカとラテが自身の服の裾を波で濡らしながら砂浜に降り立つ。
「さっ、ライラさんも降りましょう」
クローネはライラックに声をかけるが、ライラックは頷くだけだ。
「どうかされたんですか?」
「ごめん……酔った……」
ライラックは力なく言うと、海面にくずおれた。
「まったく……。分かりました、落ち着くまで砂浜で待ってますからね?」
クローネは身軽に砂浜へと降り立った。
しばらくして、気を取り直したライラックが三人に追いついてきた。
「やぁ君たち、気分はどうだい?」
ライラックは先程の情けない姿がまるで嘘だったかのようにさわやかに言った。
「さっきまで船酔いをしていたのは誰ですか?」
クローネはやれやれという様子で言ってから、洞窟を見上げた。
「ですが……洞窟を隠し場所にするなんて……考えましたね」
「そうだろ? おかげで多分ここは反乱軍勢力にも見つかっていない」
モカとラテが先に洞窟に入っていき懐中電灯を点灯した。
洞窟の壁は天然の岩石により構成されていた。だが、やがて四人は行き止まりの空間にたどり着く。
「着きました……」
と、モカが言った。
「後は、僕の承認が必要なわけだね」
ライラックはカードを取り出して言う。
「こいつを忘れたら元も子もないからね。もし忘れてきたらどうしようかと思っていたよ」
ライラックは冗談めかして言った。
「忘れたら総督を海に沈めていたところだ」
ラテが言う。
「そうですね。この辺りのサメがいる海域ってどこでしたっけ?」
クローネも面白がってその意見に便乗した。
「君たち、恐ろしいことを言うね……」
ライラックはそう言いながら壁の一点にカードをかざす。すると轟音と共に奥の大きな岩が左右に別れ、向こう側に新たな通路が出現した。人工的な通路だった。おまけに天井には一直線に並んだ電灯までついている。
「懐中電灯はもう要りませんね」
モカとラテは懐中電灯の灯りを消して、通路を先導して歩いていった。ライラックとクローネもそれに続いた。
廊下を歩いてしばらく行くと、四人は広い空間へと出た。そこは、さながらRAの格納庫のようであった。いや、そうではない、格納庫そのものだ。
その空間の奥には一機のRAが周囲に足場を張り巡らされ、直立不動の姿勢で立っていたのだ。
濃い、黒に近い紫色のRAだった。両目は赤い。右目にはストリクスのものと酷似したひし形のレンズがはまっていた。恐らく、この機体も右目に照準機能がついているのだろう。だが、ストリクスとの違いは、頭部や、身体の形状だ。ストリクスに存在していたツインテール状のコードの束は、この機体には存在しない。代わりに、特徴的なのが、頭部についたΔ字を逆さまにしたような形状のアンテナである。また、全体的なシルエットはストリクスよりも細身ではあるが、前腕部や下腿部などはよりがっしりとした印象を与えていた。
「あれが……」
と、クローネは新しい機体を見つけて呟いた。
「そう、あれが君の新しい機体だ。クローネ」
ライラックは言う。
「機体名は……ミネルヴァΔ。古代の知恵と工芸の女神に由来している。ストリクスの後継機としてはふさわしい名前だろう?」
*
その頃、スターペンドラゴンは南ローリー大陸の沿岸部へと近づいていた。
「これより、作戦を説明する」
アリアはクローネたちを除く艦の主要メンバーを艦橋に集めて言った。
「あたしらはブラジリアの総督府を強襲し、奪還する。既にローマ連邦軍の部隊も周辺海域に到着し、反乱軍やゲルマニア軍を相手取って戦う手筈となっている。そして……」
と、アリアはここで一瞬言葉を切ってから続けた。
「クローネとライラは、彼女の新しい機体を駆って戦場に姿を現す予定だ。んでもって総督府にライラック・ソフィア総督閣下を据えればあたしらの作戦は成功となる。以上だ! 諸君らの健闘を祈っているぜ……!」
アリアの作戦説明が終わるとオメガと神威はそれぞれに自身の機体に乗り込んだ。
「神威さん、クローネさんの新しい機体……楽しみですね!」
オメガは神威に通信をかけた。
「オメガ……今日はやたらテンションが高いな……」
神威は言う。
「はい、僕、ライラさんのおかげでますます強くなれた気がしますから!」
オメガはそう言ってから大きくレバーを引いた。
「ハイペリオンオメガ。オメガ・グリュンタール、翔びます!」
ハイペリオンオメガがスターペンドラゴンのカタパルトから発進した。
「やれやれ、そいつはこっちも負けてらんねぇな……」
神威もそう言ってレバーを引く。
「月聖神。和泉神威、いざ参る!」
ハイペリオンオメガに続き、月聖神もRA射出口から出撃をした。
炎が覆う。
人々が逃げ惑う。
少年は恐怖を知り、覚悟を問われる。
その時、天空から一陣の黒き女神が舞い降りた。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『地獄を見た日』。
月が、燃えている。




