第12話 その名はディーナ・1
クローネ・コペンハーゲンは苦手とする近接戦を克服するために特訓を開始した。
その姿を見たオメガ・グリュンタールも……!
オメガは調理場でたった今焼きあがったばかりのケーキを皿に乗せて運んでいた。彼の背後から翼をはためかせてついてくるのはモフ子さんだ。
「クローネさん……道場に行ってくるって言ってましたけど……どうしたんでしょうか……」
オメガはココアケーキを運びながら言った。
「あっ、道場だけにはいどうじょう! なんちゃって……」
「きゅう……」
モフ子さんはため息をつくような声で鳴いた。
「え? 今の僕のダジャレ、そんなに面白かったですか? モフ子さん」
オメガは道場の扉の前で立ち止まりながら言った。
「失礼しまー……」
オメガが片手でゆっくりと扉を開けると、ちょうどクローネが神威の竹刀を受けて壁に叩きつけられるところだった。彼女は紺色の道着姿で、髪をひとつ結びにまとめている。
「……って、く、クローネさん!?」
「オメガくん!」
クローネは息を切らしながら言った。彼女の頬には青アザが出来ている。
「ちょっと! 何やってるんですか!? 神威さん!」
オメガはふたりの間に割って入った。
「い、いいんです……オメガくん、これは……特訓ですから……」
「特……訓?」
「さぁ来い、クローネ! まだ続けるんだろう?」
神威は竹刀を中段に構え、言った。
「もちろんです! 行きますよ……!」
クローネは畳を勢いよく蹴り飛ばすと飛び上がった。
だが、神威はすぐにその動きを見切り、竹刀を左に振り払う。クローネは自身の竹刀を取り落とし、地面に無様に落下した。
「いっつつ……」
クローネは腰をさすった。
「クローネさん! もしかして……全身にアザが……! す、すぐに治しますからね!」
オメガは駆け寄ろうとするが、クローネはそれを片手を突き出して制止した。
「待ってください! いいんです……これは私が強くなるための特訓です! 気にしないでください!」
「でも……」
「きゅう! きゅう!」
オメガとクローネの間にモフ子さんが割って入った。
「モフ子さん……」
オメガは言った。
「分かりました。じゃあ、ケーキはここに置いておきますね!」
オメガは道場の隅に完成したケーキを置いた。そしてモフ子さんと共に部屋を出ていく。
「凄かったです……クローネさん……多分、苦手な近距離戦闘を克服するために……」
廊下に出るとオメガはモフ子さんにそう話しかけた。
「きゅうきゅう!」
「僕も、何かしらで頑張らないと……! そうは思いませんか?」
「きゅう……」
モフ子さんは鳴いた。それは「また変なことで頑張って空回りするんじゃないかコノヤロウ……」という意味合いの声だった。
オメガはその足で作戦室を出てきたライラックのところに向かった。
「ライラさん!」
オメガはライラックに声をかける。
「ん? やぁ、どうしたんだい? オメガ」
ライラックは気さくに返事をした。
「僕に……稽古をつけてください!」
「え……?」
ライラックは状況を掴めずに目を丸くした。
「クローネさんは……苦手な近接戦を克服するために今、神威さんと一緒に頑張ってるんです! だから……僕もなにか頑張らないとなって……」
「ははは、で、君はなにか克服したいことでもあるのかい?」
「それは……」
オメガは少し考えた。今の僕にいちばん足りないもの……それは……。
「僕に……気持ちを落ち着けるコツを教えてください! ……僕……自分でもわかっているんですけど、ついつい戦場とかで頭に血が上っちゃうと周りのことが考えられなくなるというか……やりすぎてしまいそうになるというか……」
「そうか……」
ライラックは考えるような表情をした。
「分かった。ついてきてくれたまえ」
オメガはライラックの案内で艦内の一室に通された。
「ここは……元々神威さんが用意した部屋みたいだけどね。僕は用心に用心を重ねて、全部の部屋に入れるようにモカにハッキングをしてもらったんだ……」
「ライラさん、それって悪いことじゃ……」
「なぁに、別にやましい用途に使うんじゃあないんだ。罪悪感なんてこれっぽっちもないさ」
それはかなり問題ある気が……。オメガはそう思ったが言わないでおいた。
ライラックが壁のスイッチを押すと部屋の扉が自動で開いた。畳のしかれた小さな部屋だった。部屋の真ん中には炉が用意されている。
「ライラさん……ここは……?」
オメガは尋ねた。
「大倭のものを再現した茶室だけど……やっぱり僕たちの格好だと風情が立たないねぇ……」
ライラックは自身の洋装とオメガの防衛軍の制服を見比べて言った。
「そうだっ! これを着てまた戻ってきてくれたまえ……」
ライラックはどこかから緑色の着物を取り出してオメガに手渡した。
「いや、今の……どこから出したんですか……」
「気にしない気にしない」
ライラックは爽やかな笑顔を浮かべて言った。
オメガは一旦、自身の部屋に戻ると若草色の地に笹の葉の紋様が白く染め抜かれた着物を身にまとった。着物の着方は自信がなかったが、なんとか、こんな感じかなと妥協をして着こなしたつもりになった。
「モフ子さん、これでいいと思うかい?」
「きゅう!」
モフ子さんはどっちつかずの声で鳴いた。
モフ子さんの意図が分からなかったので、オメガはそのまま廊下に出て茶室へと向かった。途中、道場の前を通り過ぎるとクローネが部屋から出てきたところだった。
「あっ、オメガくん……」
クローネはオメガの様子を上から下まで観察した。
「どうされたんですか? そんな……お着物なんて着ちゃって……」
「お茶会です」
オメガは答えた。
「ライラさんと……」
「ははぁ、神威さんのお茶室をお借りしているんですね」
本当は借りているわけではなく無断使用なのだが、そこら辺のことを白状するとなにかことが荒立ちそうなのでオメガは笑って誤魔化した。
「まぁいいですけど……」
と言いながらクローネはオメガの背中側に回り込んだ。
「帯の締め方。こうではなくて……」
クローネは慣れた手つきでオメガの着物を直していく。
「こうですよ! はいっ、とっても似合っています」
クローネはニコリと笑って言った。
「さぁ、行ってきてくださいね」
クローネはオメガの肩を軽く叩いて送り出した。
「ありがとうございます」
オメガは感謝の意を示してから、完全に油断しきっていたクローネの頬のアザに手を当てた。アザはみるみるうちに治っていく。
「それと、治しておきましたからね! お顔の怪我だけでも!」
オメガは文句を言われる前にその場を走り去っていった。
「きゅう! きゅう!」
モフ子さんも彼に続いて飛んでいく。
「まったく……」
クローネはため息をついた。
「でも、ありがとうございますね」
彼女は少し微笑むと感謝の言葉をそっと伝えた。
*
オメガは、ライラックがもてなしたお茶をそっと啜った。部屋の壁面には竹林のホログラムが投影され、さながらふたりは大倭皇国の昔ながらの森の中でお茶会を開いているようにも見えた。ライラックは濃い青色の着物を身にまとっている。
「でも……素朴な疑問です」
オメガは抹茶の入った茶碗をそっと畳の上に起きながら言った。
「どうして……茶道なんですか?」
「よく聞いてくれたね」
ライラックは言った。
「その道に入らんと思う心こそ我が身ながらの師匠なりけれ」
「はい……?」
「学ぼうとする気持ちこそがいちばんの師匠だということさ」
ライラックは説明した。
「君は……自分の気持ちをコントロールすることを学ぼうとした……。だったら、その気持ちに従って、自分自身で鍛錬を重ねることがいちばんの近道だってことだよ」
「難しいです……」
オメガは言った。
「どんな時も落ち着いて……心にゆとりを持って……お互いを尊重する……それがお茶の心だ。君にもそれを知ってほしかったんだ……」
ライラックは言う。
「君は……いつも急ぎすぎていると……誰かに言われたりはしなかったかい?」
「それは……」
似たようなことを、クローネさんも言っていたような気がする……。
「でも、人間、急がず、慌てず……そんな中生まれた心のゆとりから生まれるものだってきっとあると思うんだ。だから……そういうものを師匠に、学んでいけたらな……ってね」
「分かりました……難しいですけど……でも……頑張ってみようと思います」
「あぁ、ほら、そういうところさ」
ライラックは言った。
「もう少し……周りの自然にも目を向けてみることをオススメするよ。野の木々や、山の鳥たちはみんな……決して気張らず、己のできる範囲で精一杯に生きている……。そんな生き方でも、僕はいいと思うんだ」
「なるほど……周りはみんな師匠……」
オメガはその言葉を自分に言い聞かせるように言った。
「そういうことだ」
その時、ホログラムの空間が四角く切り抜かれ、そこからひとりの少女が現れた。部屋の扉を開けて入ってきたのだ。
薄紫色の着物をまとった美しい少女だった。長い黒髪を後頭部にまとめ、繊細そうな簪を何本も髪に挿している。彼女は手にお盆を持ち、そこには切り分けられたココアケーキが乗っていた。
「あの……」
と、少女は言った。その声は紛うことなきクローネ・コペンハーゲンのものであった。
「クローネさん!?」
と、オメガは声を上げる。
「そ、そんなに驚きます?」
「いや、あまりに綺麗なものだから……」
「それ、遠回しに普段の私が綺麗じゃないって言ってません?」
「い、言ってません……」
「まぁいいですけど」
クローネは若干気を悪くしたように言った。
「とにかく、オメガくんが作ったケーキ、皆さんで分け合おうかと……。お抹茶にケーキはどうかと思ったのですが……」
「本家の人がどう言うかは知らないけど、僕はいただくことにするよ」
ライラックは答えた。
「そうですね! せっかくおめかししたクローネさんが持ってきてくださったんですから!」
「そういうことを言うオメガくんにはあげませんよ?」
「嘘です! ごめんなさい! クローネさんはいっつも美人さんですよ」
「まったく……ちょっとだけお世辞っぽいのは気になりますが……私、オメガくんとは違って心が広いので許しちゃいます」
クローネは少しだけ面白そうに言った。
「やったぁ、神様仏様クローネ様!」
「なんなんですか? そのセンスない呼び方……」
「うぐぅ、酷いなぁ、せっかく褒めてあげたのに……」
「褒め言葉になってません!」
「ははは、やっぱり仲良しだねぇ」
ライラックはからかうように言った。
「仲良くありません!」
クローネがすかさず言い返した。
*
ブラジリア総督府の総督執務室にいるアディーラの元にダン・アマテとシルフィ・オルレアンが連行されてきた。ふたりはロープで縛られ、床の上に座らされる。
「君たちかね……ライラック・ソフィアを匿っていた者たちというのは……」
ふたりは無言で頷いた。
「あまつさえ新政権に盾つこうという勢力に協力をし、旧総督を逃がした……これは大罪だとは思わないかね」
アディーラは言った。
「思いません!」
シルフィは言い返した。
「元はと言えば裏切り者はあなたたちでしょう? ライラさんを裏切って……」
「いいや……それは違うぞシルフィ・オルレアン」
と、アディーラは言う。
「彼は自らの国を裏切っていた……。国からの指示を無視した植民地政策を行なっていた……。本国は生産性の高さを理由にそれを黙認していたようだが……彼が我々の意見を今まで1度たりとも聞いてきたのか……? 答えは否だ。彼は我々旧来の総督府役人の意見を無視し、植民地の住民たち、あまつさえ先住民族の意見までも聞き入れおった……。先住民と入植者との共存? はん、我々の立場はどうなる! 今までこの大陸の発展のために粉骨砕身をしてきた我々の立場はどうなるというのだ!」
「でも……!」
「あなたの話も一理あるでしょう」
言い返そうとするシルフィの言葉を遮ってダンが言った。
「それに俺はそのことについて今更とやかく言うつもりはありません。ですが……あなたたちは遅かれ早かれ敗北するでしょう……。こんな反乱を起こしておいて本国政府や地球防衛軍が黙っているはずが……」
「そのためのゲルマニア軍でありレンヌ財団であり、そしてルルイエ神聖教団だ!」
アディーラは言い返した。
「ルルイエ神聖教団……?」
聞きなれないその言葉をダンは繰り返す。
「そうだ……」
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ディーナ・オルレアンです。入ります……」
その言葉に、シルフィとダンは驚いて扉の方に顔を向けた。
後半へ続く!




