第11話 クローネ・コペンハーゲンの覚悟・1
リーファ・レンヌとの過去と決別をしたクローネ・コペンハーゲン。
彼女の前に、かつての戦友が現れて……。
オメガ・グリュンタールはクローネ・コペンハーゲンと共にブラジリアの街の路地裏を歩いていた。明らかに日当たりが悪く、道端には乞食たちが寝そべっているような通りだが、今は致し方ない。なにしろさっきの件で、恐らくふたりが街にいることは反乱側の知るところとなってしまった。表通りに出れば、見つかる可能性が高い。
「ごめんなさい、オメガくん……こんな……私の個人的なことに巻き込んでしまって……」
クローネは本当に申し訳なさそうに謝った。
「そんなことはありません。……それに、さっきのクローネさんは……とてもかっこよかったです」
そう言ってオメガはクローネの背中にそっと手を当てた。リーファのハイヒールによって傷つけられた背中の傷はみるみるうちに再生していく。
「ありがとうございます……。でも……」
クローネはオメガの額に目をやった。
「いいんです。これは自然と治りますよ」
「よくありません!」
クローネは言い返した。
「いいですか? 軽傷だからって舐めてかかっていると、後で化膿したりする……なんてこともあるんですよ? せめて消毒くらいはしませんと……」
「でも、僕は……」
「オメガくんは、もっと自分を大切にしてください」
クローネは言った。
「失うものが何もない人間なんて、いないんですから」
クローネはそう言ってオメガの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まったく、もう、なんなんですか? ちょっといい事言ったと思ったら、いきなり……」
「あっ、不服ですか? 少なくとも、私は悲しいですよ。オメガくんがいなくなったら」
「それは僕だってクローネさんがいなくなったら悲しいですけど……」
いや、悲しいだけでは済まないかもしれない。と、オメガは心の中で付け加えた。今、目の前にいるこの少女がいなくなった世界を、僕は想像することが出来ない。なんなのだろうか、この気持ちは……。
だが、そこでそんなオメガの思考は遮られた。
「よう、姉ちゃんたち、随分と仲良さそうじゃねぇか」
目の前にガラの悪い男三人組が立ちはだかった。3人ともガタイはいいが、みすぼらしい格好をしている。
クローネはさっと、オメガの前に庇うように進み出た。
「なんですか? あなたたちは……」
クローネは警戒するような口振りでそう尋ねる。
「なぁに、ちょっと俺たちも混ぜてくれって思ってな……」
「お断りします」
クローネはきっぱりと言った。
「ほーう? 見た目の割に威勢がいいじゃねぇか、お嬢ちゃん。んなら、お嬢ちゃんだけでも俺たちと遊ぼうぜ……」
「やめてください。クローネさんはあなたたちと遊ぶほど暇ではないんで」
オメガもクローネの隣に並び立って言った。いつまでも、守られてばっかりはもう嫌だ。
「そうかいそうかい、せっかく俺たちが穏便に済ませてやろうと思ってたのに、そんな態度じゃあなぁ……。しゃあねぇ、無理やり気持ちよくさせてやるよ!」
男たちは身構えた。
だがそこで、オメガとクローネの背後から第三の声が飛んでくる。
「待ちな! 子どもふたり相手に情けないぜおじさん」
「あぁん?」
男はその方向を見る。オメガとクローネもそっちを見た。クローネは「あっ……」と声を上げた。
そこに立っていたのは、クローネと同い歳くらいの少年だった。茶色い髪に緑色の瞳、服装は何種類かの民族衣装を重ね着したような格好だ。
「クローネさん、また知り合いですか……」
クローネは無言で頷いた。
「なんだてめぇは!」
男たちは少年に飛びかかろうとする。
だが少年は懐から拳銃を取り出すと宙に向けて発砲した。
「ひ、ひぃっ」
男は後ずさる。
「俺は相手が非武装だからって容赦はしないぜ。なにしろタイマンじゃあどう見てもこっちが負けそうなんだ。銃くらいのハンデは付けてもらわないとなぁ」
「く、くそぅ、撤退するぞ!」
「へ、へい!」
男たちは逃げ去っていった。
「やーれやれ」
少年は拳銃を腰帯に差し戻した。
「まったく、怪我はないかい? という質問は野暮だな。そっちの男の子はどう見ても怪我をしているからね」
少年はオメガを見て言う。
「ぼ、僕は大丈夫です……。それよりありがとうございます……」
オメガは言った。
「いいや、大丈夫なものか。俺が今泊まっている宿に来てくれ。そうすりゃあ消毒くらいはしてやれるぜ」
少年はにっと笑って言った。
「あの……もしかして……いえ……もしかしなくてですけど……あなたは……その……」
「俺はダン・アマテ。そしてお前は……俺の記憶が正しけりゃあクローネ・コペンハーゲン少尉だな」
「中尉です」
クローネは訂正した。
「はははっ、クローネさん降格ですか?」
オメガは面白そうに言った。すかさずクローネが肘でオメガをつつく。
「もう、すぐ調子に乗る……」
クローネは文句を言った。
「悪いね……せっかくのおデートの邪魔をしちまったみたいで……」
ダンは言った。
「デートじゃないです!」
クローネはムキになって言い返した。
「悪い悪い、ついついこういうのを見るとからかっちまいたくなるのは俺の悪い癖だ。とにかく……だ。お前たちの目当ての人物は俺たちが匿っている……」
「それって……ライラさんのことですか……?」
クローネの問いにダンは頷いた。
「そうだ。ついてこい」
ダンは言った。
オメガとクローネは顔を見合せたが、彼について行くことに異論はなかった。
ダンの泊まっている宿屋は街の表通りから少し外れた通りにあった。三人はなんとか反乱軍兵士たちに見つからずにそこに辿り着くと、宿屋のおかみの案内で2階へと通された。
「シルフィ! 今帰ったぜ」
ダンが扉を開けながら呼びかける。
「あっ、ただいまです!」
敬礼のようなポーズを取り、部屋の中の一室から顔を覗かせた少女に、オメガは驚いた。いつか出会ったことのある顔だったからだ。シルフィ・オルレアン、彼女は確かそう名乗っていた。
シルフィもこちらに気づいたようで、少し驚いた顔をする。
「えぇっと、オメガくんに……それにクローネさんまで!? どうしたんですか!?」
「あぁいや、客だ」
ダンは答えた。
シルフィは風のような勢いでこちらに飛んできた。
「おふたりは、元々知り合いだったんですか!? あっ、もしかして地球防衛軍の……! オメガくんってクローネさんの後輩!? クローネさん、いい先輩ですよね!」
シルフィはふたりの手を取ると一方的に話しながら部屋の奥へと案内した。
部屋はふたつに別れていた。どちらも寝室のようだが、手前の方にはカウンターと食事スペースがある。奥にはバルコニーへと通じる窓があった。もうひとつの寝室はそこよりもやや小さいが、そこにも小さなテーブルと椅子が置いてあった。バスルーム兼トイレは入口から大きい方の寝室へ続く廊下の途中にあった。
奥の部屋には三人の人影があった。ライラックと、彼の秘書らしきよく似た双子の姉妹だ。
「よく来たね。僕の予想が当たったわけだ」
ライラックは言った。
「ライラさん……」
クローネが安心したように言う。
「あの……」
と、オメガはダンとシルフィに声をかけた。
「どうして……僕たちが助けに来るって予想出来たんですか?」
「予想ですらないさ」
ダンは答える。
「君たちが誰かを見捨てるなんて選択肢を取ることは、たとえ天地がひっくり返っても有り得ないことだからな」
「でも……驚きました! まさかあの時出会ったオメガくんがクローネさんの後輩だったなんて!」
シルフィはまだ感激が冷めやらぬ様子だ。
「シルフィさんもクローネさんの知り合いだったんですね……」
どんだけ顔が広いんだあの人は……。オメガは思う。
「俺とシルフィと、クローネとライラックは共にRAを駆って戦場を飛び交った仲間なんだ……。本当はあとふたりは仲間がいたんだが……そいつらの話はまたおいおいクローネから聞くといいさ」
「でもおふたりは軍はおろか政治の世界にも進まずに旅する画家さんとして……」
「俺は元々絵を描くのが好きだった。それだけだ」
「で、私はそんなダンが大好きだった。それだけです!」
ふたりは幸せそうに答えた。
「あの……それは……恋……なのでしょうか?」
「始まりは……そうだったのかもしれないな。だが、もう多分それよりももっと大きなものだと、俺は思う」
「やっぱり……難しいです」
オメガは言った。
「みんな、恋だとか愛だとか、簡単に言うけど、僕にはまだよく分からないです……」
「それは……すぐ分かるようになると思いますよ?」
シルフィが笑って言った。
「何事も、経験です!」
「そうですか……?」
「シルフィ、やめてあげろ、オメガが困っているぜ」
ダンは言った。
*
ブラジリアのさる大通りの真ん中に、反乱軍兵士たちが集まっていた。そこに、銃を突き立てられた三人の男たちが連行されてくる。先程、オメガとクローネに絡んだ男たちだ。
「ねぇ、あんたたち……その情報は本当? そいつは本当にクローネを名乗ったの?」
「ま、間違いありませんでぇ……はい……」
リーファの問いに男たちは答える。
「そう……で? そいつはどこに行ったの?」
リーファは地面に座らされた男の肩に足をかけた。
「そ、そこまでは……ただ、妙なガキが現れて銃をぶっぱなしたもんで……」
「で? その後は見てないの?」
「は、はい……」
「役立たず!」
リーファは男の顎を蹴り飛ばした。
そして兵士たちに命ずる。
「そいつらはもう用済み。だから楽にしてあげて?」
「し、しかし俺たちは一切合切ほんとのことを……!」
「えぇ、有益な情報ありがとう。でもね、私のことをその汚らわしい目で見たでしょう? それだけであんたたちみたいな社会の底辺は万死に値するの。じゃあねっ」
銃声が鳴り響き、三人の男の死体が道に転がった。
「さぁーてあんたたち、クローネたちがどっかに匿われていることは間違いない……。その男がクローネを目撃したっていう通りの周辺から匿ってそうな建物を片っ端から捜索なさい? どうしても抵抗するって輩がいたら、そんな奴は殺しても構わない。わかった?」
「は、はい……!」
兵士たちは敬礼をして散り散りに散っていった。
*
「いっ、痛いです! もうちょっと優しく……」
「まったく、現職の軍人さんなんですから痛がらないでください!」
シルフィがオメガの額に消毒を塗りながら言った。
「いや、現職って言ってもまだ入隊してひと月も経ってないし……」
今、ダン、シルフィ、ふたりはバルコニーで日に当たりながらオメガの傷の応急手当をしていた。
「ところで……」
と、シルフィは言った。
「オメガくんがクローネさんの知り合いだって分かって再び湧き上がってきた疑問があるんですけど、オメガくんって、もしかしてゼロム・グリュンタールさんの知り合いだったりします?」
「え……?」
「なんだって?」
オメガとダンが同時に声を上げた。
「あぁ、そうだ。ダンはまだ知りませんでしたね。オメガくんのフルネームはオメガ・グリュンタールっていうんです」
「そいつは驚いたな……」
ダンはひとり言のように呟いた。
「ゼロムさんは……僕を拾ってくださった人なんです」
オメガは答えた。
「君を……拾った?」
「はい。僕は元々、人間じゃあないんです。兵器として造られた人造人間、というのが妥当でしょうか……」
「まさか……お前の出生時の名前は……プロメテウス研究所で誕生したオメガ・プロメテウスだったりするのか?」
オメガは頷いた。
「こいつはまたしても驚いた……。続けてくれ」
オメガはダンの言葉に従って話を続けた。
「ミレニアム戦役で、僕のお兄さんやお姉さんたちはみんな命を落としました……。僕はその中の唯一の生き残りで……ゼロムさんに拾われて、そのままアーカムの街に暮らすようになったってわけです」
「じゃあ、ゼロムさんは今もアーカムに?」
シルフィが訊いた。
「いいえ、僕がある料理店の主人に引き取られると、そのまま姿を消しました……」
それからオメガはふたりに逆に質問をした。
「あの、おふたりはゼロムさんとどんな関係が?」
ふたりは顔を見合せた。
「シルフィにとって、ゼロムは……」
「人生の目標、みたいな人なんです!」
シルフィは答える。
「実際に出会ったのは、ほんの一瞬ほどの出来事でしたけど、私に色々なことを教えてくれました。多分、彼が居なかったら私、RAパイロットにもならずに、ここにいる皆さんとは出会えていなかったと思います」
「大切な人なんですね……」
「はい、ダンとはまた違った意味で、私の大好きな人です!」
シルフィは誇らしげに言った。
「オメガ、さっきの事なんだが……」
と、ダンは言った。
「なんですか?」
「どうやら俺とお前にも少なからず因縁があるようでな」
「因縁……ですか?」
「あぁ、お前の姉にあたる人物と……俺は……かつて戦場で対峙したことがあるんだ」
後半へ続く!




