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第10話 過去への勝利・2

 前半の続き!

 クローネ・コペンハーゲンとオメガ・グリュンタールはブラジリアの街を歩いていた。やがて、街の通りを塞ぐように設けられた巨大な木製の門の前に辿り着く。門の前にはゲルマニア軍人たちが仁王立ちをして睨みをきかせていた。


「あれですか……検問所は……」


 オメガは呟いた。


「そうですね……」


 クローネは薄紫色の肩掛けカバンからそっと偽造用の名刺を取り出した。そこには、ゲルマニア共和国の商社の令嬢という偽の身分を証明する文言が書かれている。クローネの先祖は北欧系の出自だ。現在、北欧はゲルマニア共和国の領土となっている。それに今回の反乱にはゲルマニアも加担しているため、うってつけの偽の身分というわけだ。


「確かに、クローネさんがゲルマニア商社の社長令嬢というのは頷けますが……」


 オメガは濃い灰色のチョッキのポケットから自身の名刺を取り出した。


「どうして僕がその弟なんですか……」

「文句は言いません! これは任務なんですからね?」


 クローネは念を押すように言ったが、その声色はどこか楽しそうだった。


「まったく、せめて僕がお兄さんなら……」

「多分、それは十中八九有り得ないと思いますよ?」


 検問所には既に行列が出来ていた。ふたりはその後ろに並ぶ。


「でも、クローネさん……」


 オメガはクローネに話しかけた。


「僕たちの任務はあくまでも南極に向かうことです、なのにどうしてクローネさんはまだしも、アリアさんまでライラさんのことをそんなに……」

「じゃあ、逆に訊きますけど、オメガくんはライラさんのことを見捨てられるんですか?」

「それは……」


 オメガは口ごもる。


「そういうことです。それに私たちの仕事は人類種の平和を守ることです。たとえ任務を離れて寄り道をしても、それが達成出来るのなら自分の心に従うべきだ。私はそう思いますよ?」

「僕は……」


 と、オメガは言った。


「僕は、自分の心に従わない方がいいのかもしれない……」

「どういう意味ですか?」

「いえ、なんでもありません……」


 オメガは首を横に振った。ライラックに言われて、最近気付き始めてきたことがある。この世界に善だとか正義だとか、そういうものはどこにでもあるし、また同時にどこにも存在しない。見方を変えれば、なんだって正義になるし悪にもなり得る。でも、僕はいざという時、咄嗟にそういう判断が出来ない。頭では分かっていても、それでも身体や心が言うことを聞いてくれない。リーファ・レンヌ暗殺未遂事件の時は完全に自分が正しいと思って行動していた。そして、僕はあの後、ライラさんからの話を聞いてからも、何ひとつ変われていない。多分、ライラさんが自分の部屋を脱出した時も、彼の制止がなければ、反乱軍兵士たちを一方的に虐殺していたことだろう。身体や心がそれを、正しいことだと言っているのに従って……。


「オメガくん」


 と、クローネは言った。


「オメガくんがどんなことに悩んでいるのかは、私には分かりません。でも、たまには立ち止まって考えることも大事だと思いますよ?」

「立ち止まって……?」

「私にはいつも、オメガくんが何かに急いでいるようにしか見えないんです。でも、それじゃあ大事なことは何も見えてこない。ですからたまには立ち止まったり寄り道したりしてみることも大事だと思います」

「で、でも僕は……まだまだ……」

「そういうところですよ。まぁ一直線に進んでいるつもりが、気がついたら自分を追い込んでいる……なんて人には、考え方を変えろって言うのが一番難しいんですけどね」


 そう言ってからクローネはニコリと笑って続けた。


「私も昔は、そうでしたから」


 やがて、検問の順番が回ってきた。


「ヴァルキュリア商事の社長令嬢とその弟さんか……」


 深緑色の軍服を着たゲルマニア軍人はクローネとオメガを疑うように交互に見た。


「姉弟……にしては似てないようだが……」

「すみません……」


 と、クローネが言った。


「再婚した母の連れ子なんです」


 な、なんか複雑な設定になってません!? オメガは心の中で言った。



「そうか……いいだろう。通れ」


 ふたりは検問から解放されて街の中心街に通される。


「待て」


 ふたりはギクリとして立ち止まった。


「新総督府からお触れが出ている。旧総督を見つけ次第軍に差し出すこと、それから……」


 と、軍人は続けた。


「もうひとり、地球防衛軍人の……クローネ・コペンハーゲンとかいう奴も捕まえるようにとのことだ」

「え……」


 クローネは思わず声を上げた。


「なぁに、見ればわかるさ。なにせそこの姉ちゃんと同い歳くらいの北欧系と聞いているからな」


 ゲルマニア軍人はそう言うと次の人の検問を始めた。

 クローネはしばらくその場に立ち止まっていたが、やがてまた歩き始めた。

 しばらく行くとオメガがもう堪えきれないという様子で笑い始めた。


「あははっ、でも面白いですね! あんな目の前にいたのに気づかれないなんて……っ!」

「灯台もと暗し……というやつですね」

「でも、クローネさん、一体何をやらかしたって言うんですか? 名指しで探されるなんて……っ! ははは、もしかして僕に内緒でなにかよからぬ事を……」


 クローネのヘッドロックがオメガに炸裂した。


「笑いすぎです!」

「いや、だって面白……いたたたたたた!」


 クローネはオメガをしっかりと締め上げた。


「まったく……。謝りますか?」

「わ、分かりましたって! ごめんなさい!」

「よろしい」


 クローネはオメガを解放した。


「いやー、でも、面白いですねぇ」

「面白くありません!」


 クローネはオメガを睨みつけて言った。


「全く反省してないじゃないですか……」


 クローネはオメガの頬をつねって引っ張る。


「い、痛い痛い痛い……!」


 だが、そこでクローネはハッとしたように攻撃をやめた。


「どうかしたんですか?」


 オメガは尋ねる。


「い、いえ……私たち、早速大ピンチみたいです……」


 クローネはなるべく明るく言おうとしたが、その声はやや上擦っていた。視線の先にあったのは、ゲルマニア軍人たちを率いるリーファ・レンヌの姿だった。


「ムカつく……」


 と、リーファはクローネの姿を確認すると呟いた。


「ねぇ、軍人さん?」


 リーファは隣に立つ軍人に言った。


「あいつらを捕まえてきて?」

「はっ、しかし……」

「あの女はクローネ・コペンハーゲン。私の権力で手配書を出した重罪人だよ?」


 軍人たちは左右に展開しふたりを囲んだ。リーファは前に進み出てくる。今日の彼女は緑色のひだの着いた豪華なドレスを身にまとっていた。


「リーファ……さん……」


 クローネは絞り出す様な声で言い、地面にへなへなと座り込んだ。オメガが彼女を庇うように立つ。


「リーファさん、やめてください。クローネさんが嫌がっています」

「はっ、ははははははははは」


 リーファが腹を抱えて笑い始めた。


「なに? あんたのその語彙力。前々から思ってたけどあんた、相当な馬鹿でしょ。学校教育、ちゃんと受けてきた?」

「ぐぬぬ……」


 オメガは自身の過去を顧みた。一応、兵器として造られたオメガには、必要最低限の知識は産まれた時からインストールされていたが、学校教育を受けたかというと、これまでの人生で学校に行ったことなどただの一度もない。


「図星? じゃあ馬鹿は……」


 リーファは拳銃を取りだした。まずい、とオメガは思う。潜入調査のために今ここにいる僕とクローネさんは、万が一の時に怪しまれないため、武器といえるような代物はなにひとつ持ってきていない……。


「黙ってなさい!」


 リーファは銃床でオメガを殴り倒した。オメガはそのまま地面に倒れ込む。ふと額に生暖かいものを感じて手を当てると、それは赤い血液だった。


「オメガくん……!」


 クローネはオメガに這い寄ろうとするが、リーファはそんな彼女の髪を掴み、無理やりに顔を自分の方に向けさせた。


「あームカつく、クローネのくせに、幸せそうな顔をして男の子とイチャついちゃってさ……」

「イチャついていたわけじゃ……」


 クローネは微かな声で否定をした。


「そーお? まぁいいけど、ねぇ、確かあんた……オメガっていう名前だったよね?」


 リーファはクローネの髪を掴んで無理やり立ち上がらせると言った。


「悪いことは言わないけど、こんなのと付き合ってたらあんたまでヘタレになっちゃうよ……。もっとも、一緒にいる時点でもう負け犬……か」


 オメガは立ち上がろうとする。だが、リーファはクローネに拳銃を押し当てた。


「こんなこともあったよねぇ。あんた……士官学校の時、飼育栽培委員会だったっけか? あんたが可愛がって育てていたウサギがある日行方不明になったって事件……」

「あ……」

「あんたは士官学校でウサギくらいしか友達がいなかったからものすごく悲しんでた……。でもね、あれ、本当は私たちが殺してやったの! あんたがあの後の私たちの言葉を真に受けて本当に学校の立ち入り禁止区域に可愛い可愛いウサギちゃんを探しに行ったのは傑作だったよ……。それであんた、二週間の謹慎処分をくらったんだっけ? お父さんに怒られたでしょうねぇ……」

「そん……な……」


 クローネの瞳に涙が溢れてきた。


「それにね、そのウサギちゃん、私の仲間が捌いてその日の給食の鍋にそっと仕込んであげたの……だからきっと今は私やあんたのお腹の中に……」

「う、うぅ……」

「ねぇ、見てよオメガ、これがあんたの仲間の素顔なの。自分じゃあ言い返すこともやり返すことも出来ないなっさけない姿がね!」


 そう言ってリーファはクローネを突き飛ばした。クローネは地面に両手をついて倒れる。その背中に、リーファはヒールのかかとを押し付けた。


「ねぇ、どう? 三年ぶりに衝撃の事実を知った気分は……。私たちはみんな知ってたから、陰で笑ってやったわけだけど……」


 クローネは何も言わない。


「どうして……」


 と言ったのはオメガだった。


「どうしてそんなことをしたんですか!? そんなことをして、あんたになんの得が……」

「決まってるでしょ? 私たちはみんなムカついてた。こいつは親のコネで士官学校に入って、頭がちょっと良くて射撃が上手いだけで教官には気に入られちゃってさ。だから私たちとの実力の差を見せてやった。それだけの話だよ」


 それからリーファはクローネの髪を掴んで顔を上げさせ、オメガの方を向いた。


「ねぇ、もう一度見せてよ、大事なものを目の前で失った時の顔をさ」


 リーファは拳銃をオメガに向け、撃ち込んだ。銃弾は、オメガの近くの地面に命中する。オメガはぐっと目をつぶった。続けて数発の弾が周りの地面に撃ち込まれる。オメガは動けなかった。相手はわざと狙いを外しているのだ。だが、ここで動けばもしかしたら……。


「私はあんたみたいに射撃は上手くない。だからごめんなさいね、もし本当に当たっちゃったら……。指の一本か二本かが吹き飛んじゃったら……。その時は、私じゃなくてクローネを恨んでよね。どうせ腰抜けクローネには何も出来……」


 だがそこで、クローネの背中に乗せていたリーファの足が振り払われた。クローネがスっとその場に立ち上がり、リーファと向き直ったのだ。


「な、なに……自分で立てたところは褒めてやっても……」


 乾いた音が響いた。気がつくと、クローネはリーファの頬を叩いていた。リーファは拳銃を取り落とす。


「そこまでにしてください」


 クローネは涙に濡れた目でしっかりとリーファを見据えてそう言った。


「私に対して何をするのも構いません。私のことを嫌おうと、悪口を言おうと、暴力を振るおうと構いません。ですが、それにオメガくんや私の大切な人を巻き込まないでください」

「あ、あんた……クローネのくせに……」

「私の大切な人を、傷つけないでください!」


 既にクローネの気迫はリーファを圧倒していた。リーファは何かを言い返そうと口を開くが、言葉は出てこなかった。クローネは彼女に背を向けるとオメガに歩み寄った。


「オメガくん……」


 クローネがオメガに手を差し伸べる。オメガはそっとその手を握って立ち上がった。


「行きましょう。もう彼女に用はありません」


 ふたりは手を繋いで先を急いだ。目の前の軍人たちの壁は、クローネの気迫に押されて左右に分かれた。ふたりはその間を堂々と進んでいく。もう、ふたりの邪魔をするものは何もなかった。

 少女は未来へと踏み出した。

 そこに迫るは殺戮の魔の手。

 彼女は戦い、そして救う。

 少女の心に、もう迷いはない。

 次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『クローネ・コペンハーゲンの覚悟』

 降りしきる鉄の雨の中、彼女は立つ。

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