第9話 エンディミオンの逆襲・2
前半の続き!
ライラック・ソフィアは目の前で繰り広げられている二機のRAの戦闘に目を見張った。
「エンディミオン……それに、ハイペリオンもか!」
「総督」
と、ラテがライラックの手を握りながら声をかけた。
「戦いに見とれていて命を落としては元も子もない。逃げよう」
「あぁ、そうだな」
ライラックは頷いてから尋ねた。
「でも……どこかアテでもあるのかい?」
「幸いにして総督は街では人気者です。匿ってくれるところはいくらでもあるでしょう」
モカの言葉にライラックは考えた。そうだ、あの行きつけの店のマスターなら、僕たちをしばらく匿ってくれるかもしれない……!
ハイペリオンオメガのビームセイバーとエンディミオンラージャのビームフィランギは空中で何度もぶつかりあった。ぶつかるたびに、黄色い火花が夜空に飛び散る。
「楽しいなァ! 決着をつけようぜ!」
ドゥルヨーダナは気持ちを昂らせる。
「くっ……こいつ……また僕たちの邪魔を……!」
オメガは目の前の赤い機体を睨みつけた。
「メガロスラッシャー!」
ハイペリオンオメガの頭部のエッジが分離し、ブーメランのようにエンディミオンラージャを襲う。
「飛び道具には飛び道具だ!」
エンディミオンラージャは両腕に装備されたチャクラムを飛ばし、メガロスラッシャーを弾く。オリハルコン合金製の武器は互いに何度も空中でぶつかった。
「やはり勝負はつかないか……!」
オメガはタイミングを見計らい、メガロスラッシャーを頭部に戻す。チャクラムもエンディミオンラージャの両腕に戻っていった。
「だったらアタックスキルだ!」
オメガの目の前に赤いクリスタルが飛び出し、そこに光の魔法円が浮き上がった。オメガはそこに手をかざす。
「フォトンスラッシュ!」
頭部のエッジから光の鞭が形成され、エンディミオンラージャに向けて振り下ろされた。
だが、ドゥルヨーダナはそれを見てニヤリと笑うと叫んだ。
「アタックスキルか……ならばこっちも!」
そして赤いクリスタルに手をかざし叫ぶ。
「アタックスキル! アポカリプス・クルクシェートラ!」
直後、ハイペリオンオメガの周囲に天空から火球が降り注いできた。ハイペリオンオメガはバランスを崩し、フォトンスラッシュはあらぬ方向に命中する。更に数発の火球群がハイペリオンオメガ目掛けてトドメを刺そうと飛んできた。
オメガは思わずに目をつぶる。
だが、その時、飛んできた黄色い光の槍が何本にも分離し、火球群を貫き、消滅させた。
オメガはいつまでたっても火球が命中する気配がないのでそっと顔を上げる。
ドゥルヨーダナは目を見張っていた。
「俺様の火球を全部撃ち抜いただと……!」
ふたりが目をあげると、総督府上空にプラズマスナイパーライフルを構えた一機のRAが静止していた。ストリクスだ。
「アタックスキル、ムーンリット・シューティングスターです……。間に合いました……」
クローネからの通信がオメガに入った。
「クローネさん、もう、大丈夫なんですか? 艦で気持ちを休めていた方がいいと……」
「そうですけど……今は緊急事態です。私だって、頑張らないと!」
「分かりました。でも、無理はしないでください……」
オメガは言った。
「それ、オメガくんには一番言われたくないセリフですよ?」
クローネはニコリと笑って言う。
「てめぇ、邪魔しやがって……!」
エンディミオンラージャがバーニアを吹かし、ストリクスに向かっていった。だが、ストリクスはプラズマスナイパーライフルを背中に戻すと、プラズマハンドガンを抜いて光弾を打ち込んだ。エンディミオンラージャはそれをビームフィランギで弾くが、動きは封じられた。
「行っけぇぇ!」
オメガはそんなエンディミオンラージャに斬り掛かる。エンディミオンラージャは左腕に装着されたチャクラムでその攻撃を防御した。
「邪魔だ! クソ……!」
エンディミオンラージャはハイペリオンオメガを蹴りつける。
「くっ……!」
ハイペリオンオメガは地面に叩きつけられた。
「オメガくん!?」
ストリクスが身構える。だが、そこにエンディミオンラージャが突進して斬りつけた。ストリクスは咄嗟に両腕を交差してビームフィランギの攻撃を防御しようとするが、間に合わない。ビームフィランギはストリクスの両腕を切断し、コックピットに迫った。しかしここで、ストリクスは左から何者かに突き飛ばされる。
クローネが驚いて突き飛ばした方向を見ると、そこにはハイペリオンシュヴァリエがビームレイピアを片手にビームフィランギを受け止めていた。
「み、ミラちゃん!?」
クローネは驚いてその機体に通信をかける。
「あんたはあたしが倒すの。だから……他の人には絶対に渡さない!」
ミラは言った。
「それにあたし……この反乱計画を知った時からずっと悩んでた。オメガくんに認められるように優しくなりたいって……。それで、あの時、あんたと総督府の前であった時に、決めたの。ここを守り抜くって……。何かを守ることが、優しくなることへの第一歩になると思ったから……」
ハイペリオンシュヴァリエはエンディミオンラージャに突き攻撃を何度も入れた。
「貴様! どういうことだ!? 裏切り行為だぞ!」
ドゥルヨーダナはミラに通信を入れる。
「そうかもね! でも、あたしはあんたを仲間だと思ったことは1度もない! それに……今回のことはあたしの独断でやったことだから指揮官たちには一切関係ないからね! その証拠にあたしたちの部隊はみんな、ここからそう遠く離れていないローマ連邦軍の基地の攻略戦に臨んでいるから……!」
「そうかい……まぁいいさ! 俺にとっちゃ殺す相手が増えたってことだからなァ!」
エンディミオンラージャはハイペリオンシュヴァリエに対抗して次々と攻撃を入れた。
「それはこっちのセリフだタマナシ野郎!」
ミラも激昂し、さらに激しく反撃する。二機の機体は空中を激しくぶつかりあった。
*
ライラック・ソフィアはモカやラテの手引きで戦場を抜け出し、ブラジリアの街を逃走していた。街は、総督府付近で戦闘が行われているということもあり大混乱に包まれていた。
「どうやら総督府だけじゃあないらしいぜ! この近辺の連邦の基地も軒並み攻撃を受けているらしい!」
「首謀者は……総督府の不満勢力とゲルマニア軍か……!」
「き、聞いた話によるととんでもねぇ化け物がこっちに向かってきてるみてぇだ!」
街中からは逃げ惑う人々の中からそんな声が聞こえてきた。
「モカ、ラテ、こっちだ!」
ライラックはあの店に向かってふたりを案内しながら走っていく。
「総督! こんな状況じゃ、街を出た方が……!」
ラテが言った。
「いや、反乱勢力とて馬鹿ではあるまい。街から出る街道筋には検問が敷かれているはずだ。暫くは街のどこかに身を隠すかして……状況が好転するのを待つべきだろう」
そして三人は何度も路地を曲がり、やがて1軒の店の前にたどり着いた。だが、そこで、店のマスターが黒い戦闘服を身にまとった兵士たちによって外に向かい連行されていくのが目に入った。
「さぁ、言え。総督はこの店にお忍びでよく来ていたはずだ。今どこに隠れている!」
「ほ、本当に知りません! 本当なんです!」
マスターに銃口が突きつけられた。
「言わないと殺すぞ!」
「ほ、本当です!」
銃声が響いた。マスターの足首が撃ち抜かれる。
「これでもか!」
「し、知りま……」
マスターが涙声になる。
「そうか。ならば死ね!」
銃声がふたたび響く。マスターの身体は力なく地面に崩れ落ちた。
「うっ……」
ライラックはその光景に目を逸らし、その場で嘔吐しそうになり、身をかがめた。
「総督!」
モカがすかさずライラックを庇うように彼の前に立った。
兵士たちが三人に気がついた。
「待て、お前が隠しているのは誰だ?」
兵士は問う。
ラテが前に進み出た。
「隠している……? さて、知らんな」
ラテはしらばっくれる。
「ふざけるな! 言わないと撃つぞ!」
「お前が撃つなら私は打つ!」
ラテはそう言い、目にも止まらぬ速さで兵士たちに飛びかかっていった。兵士たちは銃弾を放つ間もなく足を払われ、関節を外され、そしてみぞおちに一発をくらわされ、ばたりばたりと倒れていった。
「あ、相変らず強いね……」
幾分か気を取り直したライラックは言った。
「当然だ。私は総督を守るために鍛えているのだからな」
ラテは答える。
「さぁ立て総督、挫けるにはまだまだ早すぎるぞ」
「そうだね。ありがとう、ラテ」
ライラックはラテの手を取ると立ち上がった。
モカはふたりの様子を複雑な表情で見ていたが、すぐに何者かの気配を感じて身構えた。ラテも反射的に同じように身構える。
細い路地裏から姿を現したのは、金色の髪をショートボブに切り揃えたひとりの少女だった。瞳の色はエメラルドグリーンをしている。
「あの……ライラさん……ですよね」
ライラックと同い年くらいの少女は言った。
「お前は何者だ!」
ラテが相手を睨みつけて言う。
「君は……シルフィ・オルレアンさんだね」
ライラックは答えた。
「知り合い……なのですか?」
モカが言う。
「あぁ、元戦友だ。彼女も僕たちと一緒にミレニアム戦役を戦っていてね」
ライラックはシルフィに歩み寄った。
「良かったぁ……。覚えていてくださって……」
シルフィはほっと胸を撫で下ろす。
「でも、君は今、ダンと一緒に絵描きとして世界中を旅しているはずだろう? どうして……」
「この街に来たのはほんの偶然です。でも、ちょうどそこでこんな大変なことになっちゃって……あの……私たちが今泊まっている宿ならきっと、ライラさんを匿ってくれると思いますよ?」
モカとラテは顔を見合せた。
「大丈夫、シルフィなら信頼できるよ」
ライラックは言った。
「総督がそう言うなら……」
「いいでしょう……」
ふたりは頷いた。
*
総督府周辺での戦闘は続いていた。エンディミオンラージャはハイペリオンシュヴァリエと空中で戦っていた。
オメガは、ハイペリオンオメガを駆り、地面に倒れたストリクスの方へ向かった。
「クローネさん! 大丈夫ですか!?」
オメガはストリクスを助け起こしながら通信をかける。
「大丈夫ですよ? でも……」
と、クローネは自身の機体の両腕を見た。
「多分、この機体はもう使い物になりませんね……」
「僕が……非生物も直せれば……」
オメガは言う。
「まったく、これくらいのことでうろたえすぎですよ? オメガくんは……」
「クローネさんには言われたくないんですが……」
「はぁ……」
クローネはため息をつくと、ストリクスの腕の切断面で軽くハイペリオンオメガを叩いた。
「や、やめてくださいって!」
「面白いからやめませんよ? えいっ」
クローネはもう一発、ハイペリオンオメガに軽く突きを入れた。
だが、そこでアリアからの通信が入っていたことにふたりは気がつく。
「あ、あー、仲睦まじいこと悪いんだが……総督府方面に数十メートルはあろうかという敵影が向かっているのが確認された。本艦もそっちに向かっているところだが、間に合いそうもない。存分に注意していてくれ」
「分かりました! それから私とオメガくんは別に仲良ししていたわけじゃあありませんよ? 喧嘩していたんです!」
「はいはい、そういうことにしておいてやるぜ」
アリアはニヤニヤ笑いながら通信を切った。
「まったく……皆さん勘違いをして……でも、数十メートルはある敵影って……」
クローネが言った時、オメガは大きく目を見張った。
戦場の煙を掻き分けて、巨大な鯨のような機械が出現したのだ。真紅色の装甲に覆われたそれは、ゆっくりと前部の装甲を開き、そこから大きな砲塔を出現させた。
「広域殲滅兵器……RB……ですか」
クローネが呟いた。
RBの砲塔に、黄色い光の粒子が集まり始めていた。
「エネルギーを充填しているのか……?」
オメガはハイペリオンオメガのバーニアを吹かして空中に飛び上がった。
「オメガくん! 何をするつもりですか!?」
「あの攻撃を……止めます!」
「無茶です! そんなことをしたらオメガくん自身も……!」
「そんなの、やってみなくちゃ……」
クローネは慌てて機体を起こそうとする。だがそこで、RBの高エネルギー砲が照射された。
ハイペリオンオメガはその光の中に消えていった。
炎に浮かぶのは悪魔の影か。
少女の瞳に浮かぶのは己の陰か。
悪夢と対峙するとき、彼女は己に勝利する。
陰は今、光によって照らされる。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『過去への勝利』。
涙は、哀しみを残したままに乾く。