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第8話 クローネ・コペンハーゲンの回想・2

 前半の続き!

 翌日、アリアは総督府に向かうため、スターペンドラゴンを発った。今日は総督府の人間たちと今後の作戦についての打ち合わせをする会議があるのだ。

 アリアは、そんな会議にクローネが付き添いで来てくれるという話を聞いて驚いた。


「クローネ、いいのか? 今まであんなに避けていたのに……」


 総督府の広い廊下を歩きながらアリアはクローネに尋ねた。


「はい、昨日、オメガくんと話していて思ったんです。勇気を振り絞ってみようって。悔しいですけど、昨日は完全にオメガくんに励まされてしまいました……」


 それから慌てて付け加える。


「あと、昨日のあれは別にいちゃいちゃしてたとかそういう訳じゃあありませんよ? 第一私たちは付き合ってもいませんから」


 アリアはニヤリと笑うと言う。


「さて、どうだかねぇ」

「もう、アリアさんまで! 神威かむいさんもそうですけど、皆さん私たちのことを勘違いしすぎです! 私たちはただの友達ですから!」


 クローネはややムキになって言った。


「はいはい、友達……ね」


 やがてふたりは大きな両開きの扉の前にたどり着いた。ふたりのドアマンがその扉を開き、会議室に案内する。

 会議室はテーブルが長方形に並んだ大きな窓のある部屋だった。窓を背にした上座にはライラックが腰をかけている。その両隣には、総督府の役人が座っていた。片方はアディーラ・マラガだ。

 アリアとクローネは用意されていたふたり分の席に隣同士で座った。ふたりの向かい側は、これまたふたり分の席が空席になっていた。


「よく来たね。それから……久しぶり、クローネ」


 ライラックは屈託のない笑顔を浮かべて言う。


「お久しぶりです」


 クローネは口をとがらせて答えた。


「そういう笑顔に、みんな騙されちゃうんですよ」

「気をつけることにするよ」


 ライラックは答えた。


「で、ライラ……あたしらと、ここの役人以外にまだ誰かいるのか?」


 アリアは尋ねた。


「あぁ、実は僕たちローマ連邦軍に多大な融資をしてくれた団体がいてね。彼らがどうしても君たちに会いたいと言っていたからここに来てもらうことにしたんだ。軍事面で多大な協力をしてもらっているから、君たち防衛軍の力にもなるだろうと思うよ」


 ライラックが言い終わると、扉が開いてふたりの人物が入ってきた。

 それは、ザギム・レンヌとその娘、リーファ・レンヌだった。


「え……」


 クローネは目を丸くする。


「どうか……したのか?」


 アリアは尋ねた。


「い、いえ……ただ……」


 クローネはリーファと目が会った瞬間に目の前の風景がぐらつくのを覚えた。

 ふたりは席についた。

 リーファはクローネの方を見て少し驚いた表情をするが、すぐに満足気な笑みを浮かべる。

 クローネの目眩は収まらずに彼女はこめかみをぐっと抑えた。


「気分でも……悪いのか?」


 アリアは心配して尋ねる。


「い……いえ……大丈夫……です……。続けてください……」


 クローネは言った。


「そうは言っても……顔色が良くないよ……」


 ライラックも言った。


「でも……皆さんの予定が……」

「君の身体が心配だ。アディーラ、彼女を休憩スペースに連れていってくれないか?」


 アディーラがクローネに手を貸して立ち上がらせると、部屋を出ていった。


「すみません……ご迷惑をおかけして……」


 クローネは息を切らしながら謝った。


「いいえ、クローネ・コペンハーゲン中尉でしたな。疲労がたたったのでしょう」


 アディーラはクローネを支えながら廊下を歩き、言った。


「そ……そうですね……」


 クローネは、観葉植物の鉢に囲まれた休憩スペースのソファーへと通された。


「ここで、しばらく安静にしておいてください。それから……もし、それでもきついようならば近くにいる人に声をかけるように……」


 アディーラは周囲を歩いていく総督府の職員たちをちらりと見て言った。


「分かりました……」


 クローネは胸を抑えてそっと呼吸を整えた。


「では、くれぐれも無理をしないように……」


 アディーラはそう言うとその場を去っていった。

 クローネはそっと顔を上げた。私は……もう一人前の軍人のはずなのに……どうしてあんなことで……。クローネは思考する。やっぱり……少し外の風を吸った方がいいのでしょうか……。

 クローネは少しふらつく足取りでソファーから立ち上がった。

 彼女はゆっくりと歩き出すと、休憩スペースを後にし、そのまま階段をおりて総督府の建物の外に向かった。総督府の前は、噴水のある広い庭園として市民にも解放されていた。クローネが庭の中を貫く道を歩いていると、何人もの市民たちとすれ違った。大人のカップルや、子供連れ、それに老人たちの集まりなどもいる。

 クローネは噴水を望めるベンチにそっと腰を下ろし、ため息をついた。


「外の空気を吸えば少しは落ち着けると思ったのですが……なかなか難しいですね……」


 クローネは呟く。だが、何気なく目を向けた先にいた人物の姿にハッと顔を上げた。

 そこには、総督府の建物をじっと見上げるミラ・セイラムの姿があったのだ。服装は前に喫茶店のテラス席で会った時と同じ私服姿だ。

 ミラも何気なくこちらに顔を向けたため、ふたりの視線がぶつかりあった。

 ミラはすかさずこちらに飛んでくる。


「あっ、泥棒猫! どうしたの? あたしと再戦をしに来たの!?」


 クローネは力なく首を横に振った。


「違います。あなたこそどうされたんですか?」

「そ、それは言えないよ……」


 ミラはややぎこちなさげに答える。


「そんなことより猫さん、元気なさそうだけど……」


 ミラはクローネの様子に気がついて言った。


「あなたには関係ありません……」


 クローネは顔を背けた。


「関係ないなんてことはないよ! 本調子じゃないあんたを潰したところであたしとしても全然嬉しくないってこと! あたしはね……お互いに全力でぶつかり合ってあんたを血祭りにあげるって決めてるんだから……」

「歪んでますね……」

「え? なに?」


 それからミラはいいことを思いついたという様子で左腕の腕輪型通信機のスイッチを押した。


「誰にかけるつもりですか?」

「決まってるでしょ? オメガくんだよ。あたし、あんたの見てない間にお互いに通信コードを交換したんだからね! ……あっ、もしもし、オメガくん……」


 ミラの声のトーンはオメガと繋がると明らかに変わった。


「今から……総督府の前の噴水広場に来て……あたし……待ってるからさ……うん……」


 ミラは通信を切った。


「これでよし!」

「どうして、オメガくんなんですか?」


 クローネは尋ねる。


「だって、あたしに話してくれないことでもオメガくんには話せるでしょ?」

「それは……。でも、やっぱり分からないです。あなたと私は敵同士ですよ? どうしてそんなことまでしてくださる必要があるのですか?」

「猫さん……」


 と、ミラは言った。


「じゃあ逆に訊くけど、あんたとあたしの立場がもしも逆だったら、あんたはあたしを助けるでしょ?」

「そうかも……しれません……」


 クローネはそっと地面の上に目を落とした。


 しばらくしてオメガが噴水の前にやって来た。


「あっ、オメガくん! 会いたかったよぉぉぉぉ」


 ミラはオメガに飛びかかって抱きついた。


「うわっ、あ、相変わらずパワフルだね……」


 オメガは呑気にそう言った。


「でも、どうしたんだい? 急に会いたいなんて……」

「もちろん会いたいよ……本当はいつもいつも……でもね、今回はあたしじゃあないの……」


 そしてミラはクローネの方を見た。


「クローネさん……?」


 オメガが言う。


「猫さん、元気がないみたいだから、それで、あたしには何も話してくれないから……」

「分かったよ。僕に任せて」


 オメガはミラから離れるとクローネの隣にそっと座った。ミラはその様子を見届けると噴水の陰に消えた。邪魔しないようにとの彼女なりの配慮なのだろう。


「オメガくん……」


 クローネは言った。


「私……忘れていた嫌な過去を思い出してしまいました……」


 クローネは言った。


「忘れていた嫌な過去?」


 クローネは頷く。


「はい、私、前にお話しましたよね? 士官学校では相当嫌われていた……と」


 オメガは頷いた。


「今日の会議で、私のことを一番嫌っていた人間と再開してしまいました……。リーファ・レンヌ、レンヌ財団のご令嬢です」

「でも……クローネさんは悪くないと……」

「知っています。今なら……分かります。でも、それとこれとは別物なのです。彼女の顔を見た途端に、士官学校での良くない思い出が全て蘇ってきました……」

「クローネさん……僕は、そんな人よりも、クローネさんの方が数倍は強い人間だと思います」

「ありがとうございます……」


 クローネは力なく言った。


「言いましたよね? 僕は、心の傷は治せないけど、でも、時間をかけてでも癒すことなら出来るかもしれないって……」


 オメガはそっとクローネの肩を抱いた。


「ごめんなさい、嫌だったら……」

「いえ、いいんです。しばらく……このままでいてください……」


 クローネはオメガの肩に頭を乗せた。

 オメガは思った。こんなにクローネさんを傷つけた人間を、僕は許さない……。


 クローネはオメガの付き添いにより、スターペンドラゴンへと戻った。帰りの道中、ミラの姿も探したが、見つからなかった。多分、彼女も自分の艦かどこかへ戻ったのではないだろうか。

 オメガは、クローネを彼女の自室に返すと、再び総督府に向かった。彼が総督府に入った時、ちょうどアリアとライラックたちの会議が終わったところらしく、アリアとすれ違った。


「オメガじゃあないか。どうしたんだ?」


 アリアは尋ねる。


「あぁ、アリアさん、クローネさんなら僕がスターペンドラゴンに送り届けました」

「そうか、そいつは良かった。いや、今ちょうど会議が終わったところだからな、迎えに行ってやろうと思っていたんだ」

「あの、アリアさん」


 と、オメガは切り出した。


「リーファ・レンヌさんという方はどちらに?」

「レンヌ財団のご令嬢か……この上の階にある第三控え室だと聞いているが……?」


 アリアは答えた。


「ありがとうございます!」


 オメガはそのままアリアに別れを告げて、近くの階段を駆け上がった。第三控え室は階段を上がってすぐ左側のところにあった。

 オメガはその扉の前に立つと深く深呼吸をした。そして扉をノックする。


「はぁい、どうぞ?」


 中から少しだけ甘えるような少女の声が聞こえた。

 オメガは扉に手をかけて開け、中に入る。

 扉の向こう側は、毛足の長いカーペットと、壁際には高級そうな棚や小物の並ぶ豪華な部屋だった。中央の長椅子に、ひとりの少女が薄桃色のネグリジェ姿で半ば横たわるような姿勢になり、自らの爪の手入れをしていた。


「なぁに? あんた、いきなり女の子の部屋に入るなんてなかなかいい度胸をしているじゃない」


 赤紫色の髪をした少女はこちらをちらりと見て言った。


「あなたが、リーファ・レンヌさんですか」


 オメガは落ち着いた調子で言った。


「そうだけどぉ? なに? やっぱり告白?」


 リーファは爪の手入れをやめて身を乗り出した。ネグリジェの胸元がはだけて、少しだけ胸が顕になる。


「違います。クローネさんのことです」

「あぁ……」


 リーファは言った。


「その制服から察するに……あんた……クローネの同僚? もしかして彼氏? だとしたらやめておいた方がいいよ。あんなコネだけ女」


 リーファは吐き捨てるように言った。


「あぁ、そうだ、いいこと教えてあげるけど……私ね……士官学校ではあいつなんかよりもよっぽどか立場が上だったの……」


 リーファは立ち上がり、こちら側に向かって歩いてきた。


「私の欲しいものを全部あいつの自腹で買わせてたけど……いっつも買ってきてくれたものを目の前で壊してやったっけ……。これじゃないってね。……そうするとあいつ、本気で謝るの。ごめんなさい、そんなつもりじゃ……って、あぁーあ、あの顔をあんたにも見せてあげたかったくらい……ねぇ、あんた、可愛い顔をしているけど名前はなんていうの?」


 リーファはオメガの首に腕を回した。


「あなたは……」


 オメガはその腕を振り払う。


「あなたは悪魔だ! 人でなしだ! クローネさんの心に深い傷を残した! あなたみたいな人は、この世にいちゃあいけないんだ!」


 オメガは腰のホルスターから拳銃を抜くとリーファに向けた。

 だが、リーファはけらけらと笑い始める。


「あっははははは、馬鹿なの? あんた……」


 それから彼女は叫んだ。


「助けて! 殺される! 誰か来て!」


 すかさず部屋の扉が開き、数人ばかりの屈強な男が部屋になだれ込んできた。


「なっ……」


 オメガはすぐに取り押さえられ、拳銃を取り上げられた。


「お嬢様! お怪我はありませんか?」


 男のひとりがリーファに駆け寄る。


「私は大丈夫……でも怖かったぁ……」


 リーファは男にもたれかかった。そしてオメガの方に顔を向けニヤリと笑う。


「そいつを総督府警察部に連れて行け!」


 男が指示を飛ばす。


「さぁ立て!」


 オメガは男たちに連行されていった。

 その姿は地獄の炎。

 悪魔の使者か、現界せし邪神か。

 月の王は火を背負い、今再びその姿を現す。

 対するのは新たなる天翔けし戦士。

 次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『エンディミオンの逆襲』。

 滅びの因果が、ここに。

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