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第7話 それぞれの闘い・2

 前半の続き!

 ルルイエ神聖教団の浮遊戦艦の艦橋に、三人のRAパイロット、及び指揮官である仮面の女が集まっていた。4人はモニターに映し出された鼻眼鏡の男を見上げている。


「もうすぐ、ブラジリア総督府を転覆する一大クーデター計画が持ち上がるだろう」


 と、男は言った。


「クーデター? それはまた……何故ですか?」


 仮面の女が質問をする。


「我らが旧き神々を復活させるための基盤となる国家を、ここ、南ローリー大陸に樹立するためだよ。列強各国の植民地では昔から独立運動が時折持ち上がることは周知の事実であろう。だから我々はそれらの植民地を自らの手で独立させ、そこに旧き神々を信奉する新国家を打ち立てようというのだ……」

「で、我々にその先鋒となれ……と」


 ウィンダーが抑揚のない声で言う。


「いいや、それは違う。今回は我々の仕業であるということが公に知れ渡ってはいけない。故に我々の関与は主に裏方、君たち実働部隊には戦闘の援護程度の任務を任せようと思っている」

「では、実際に戦うのは……?」


 と、仮面の女が質問をした。


「レンヌ財団所属の各部隊、それから南ローリーの半連邦運動の者たちだ。既に交渉は始まっている。あとは総督府直属の兵たちが我々に着けば、クーデターは成功するだろう」


 そう言って通信は切れた。


「なるほどねぇ、僕たちはあくまでも添え物という位置づけか。気に入らないねぇ。君もそう思うだろう?」


 アギリが不満そうにミラに話題を振った。


「そうかも……」


 ミラは上の空という様子で答えた。


「どうした? 元気がないなぁ、やっぱりまだ恋の病が治っていないんじゃあないのかい? まない……」


 ミラの蹴りがアギリを襲った。


「はぁ……」


 だが、やはりミラは上の空でため息をついた。


 *


 アリア・グラスゴー艦長はブラジリア総督府に招かれていた。彼女に付き従ってやって来たのはレアーノ・トリノ副艦長、そして自ら立候補してやって来たオメガ・グリュンタールである。

 三人はライラック・ソフィアの執務室に通された。執務室は、大きな窓のある部屋だった。床は毛足の長い絨毯に覆われ、家具類はしっかりと磨きあげられて黒く光り輝いている。


「久しぶりだね、アリア艦長」


 ライラックは例の白いローマ連邦の軍服姿だ。彼はワイングラスを片手に言った。クローネと同い歳ならばまだ十九歳のはずだが、そこら辺は大丈夫なのだろうか……? オメガは内心疑問に思う。


「あぁ、支援、感謝するぞ、ライラ」


 戦友でもあるふたりは再会を喜ぶかのように言った。


「クローネには、また会えなかったか……」


 ライラックは残念そうに言った。


「クローネさんは、忙しいんです」


 オメガがそこに割り込む。


「君は?」


 ライラックが訊いた。


「僕は、オメガ・グリュンタールといいます。階級は少尉で……RAパイロットとしては、クローネさんの後輩にあたります」

「あのクローネに後輩が出来たなんてね」


 ライラックは面白そうに言った。


「そりゃ、あのライラが今や総督になったなんてねと返されることになるぜ」


 アリアは言う。


「まったく、そうかもしれないね」


 だが、オメガは面白くなさそうに言った。


「ライラさん、質問があります」

「質問? なんだい?」

「あなたは……どうしてクローネさんを捨てたんですか? クローネさんは優しいから、あなたが悪いなんてことは一言も言いませんでしたが、でも、僕には相当に傷ついているように見えました。だからこそあなたに会うことも拒絶している。僕はそう思うんです」

「オメガ……!」


 アリアが注意するが、オメガは続けた。


「僕は思います。あなたは多分、自分の権力のために、仕事のためにクローネさんを捨てたんでしょう? だからあなたはブラジリア総督にまで昇り詰めることが出来た。でも、クローネさんは一介の地球防衛軍のRAパイロットに過ぎない。全部、あなたが悪いんだ……!」

「オメガ、それ以上は……」

「いいや、いいよ。僕は君を気に入った」


 静止しようとするアリアにライラックは言った。


「気に入った……? ふざけているんですか!?」

「オメガくん……と言ったね。後で僕とじっくり話し合おうじゃあないか。そうだな……」


 そしてオメガは机の中を漁り、一枚の紙を取りだしてきた。それは、ブラジリアにあるとある店のカタログだった。


「今夜六時、僕と一緒に食事でもどうだい? お金は全部僕が出そう」

「分かりました。受けて立ちます」


 オメガは決闘に臨む勇士になったつもりでそう答えた。


 アリアたちは地球防衛軍基地に戻ったが、オメガはそのまま戻らず、私服に着替えて、夜になるまでブラジリアの街を散策することになった。ライラックとの決闘が終わるまで、クローネと会う気分にはどうしてもなれなかった。

 彼が街のある広場を歩いていた時、ふと、絵が売られているのを見て、足を止めた。綺麗な油絵だった。どうやら風景画のようである。街の風景や、田舎の風景、それに大自然の山々の絵まであった。

 オメガが感心して見入っていると、彼は絵に囲まれてニコニコと幸せそうにそれらを売りさばいている少女に声をかけられた。


「なにか、欲しい絵があるんですか?」

「あ、いえ、そういう訳じゃ……。ただ、僕は絵が苦手だから、上手いな……と、こういう風に描けたらな……って」


 オメガは曖昧に答えた。

 相手は金色の髪をショートボブに切りそろえた少女だった。エメラルドグリーン色の瞳は、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。年齢はクローネやライラックと同じくらいに見えるが、ふたりよりも少しだけ幼さを残して成長したようにも感じられた。


「これは……あなたが描いたんですか?」


 オメガは訊いた。

 少女は首を横に振る。


「違います。私の大好きな人が描いたんですよ?」

「あなたの大好きな……」

「私、その人と世界中を旅して廻ってるんです! で、色んなものを見て、それを彼が描いて……私はそれを売って……言ってみれば、旅する画家さんですね! 私たちは」

「とても……素敵だと思います」


 オメガは答えた。


「あの……良かったら世界中を旅して廻った話とか、聞かせてくれませんか? 僕、あんまり人生経験が少なくて……」

「いいですよ!」


 少女は言うと並べていた絵をしまい始めた。彼女は大きな箱のようなバックパックに絵を詰め終わると、それを背負って立ち上がった。


「あの……もう売らなくていいんですか?」

「大丈夫です!」


 少女は敬礼のようなポーズをする。


「私たち、画家として名声を獲得して大金持ちになろうとか、そんなことはこれっぽっちも考えていないんです。その日の食べるお金と、宿をとるお金さえ稼げれば、あとは気ままに絵を描いて過ごす、それが私たちのモットーですから」

「そうですか……」


 オメガは少女に従って、近くのベンチに隣同士に腰を下ろした。


「あぁ、自己紹介がまだでしたね?」


 少女はバックパックを地面の石畳の上に置くと言った。


「私は、シルフィ・オルレアンっていいます。あなたは?」

「僕は……オメガ・グリュンタールです……」


 オメガは答えた。


「グリュンタール……?」


 シルフィはどこか引っかかったような表情をする。


「あの、なにか……?」

「いえ、知り合いと同じファミリーネームでしたから。でも、多分偶然でしょう。グリュンタールなんて名前は、ゲルマニアじゃあよくある名前みたいですし」

「そうですか……」


 そしてシルフィは今まで自分たちが行った国々について話し始めた。色んな国の知らない文化や食べ物の話が、とても楽しそうに飛び出してきた。


「羨ましいです……」


 シルフィの話が終わるとオメガは言った。


「そんなにたくさん、色んなところで、色んなものを見て、色んな食べ物を味わってきたなんて……」

「オメガくん、でしたね?」


 シルフィは言う。


「まだまだこれからですよ? やったことがないのなら、これからドーンとやればいい。だって人は、そのために生きていくものじゃないですか? やること全部やって、もう何もすることがないなんて、生きていて楽しくないです」

「そうかもしれないですね……」


 オメガは頷いた。


「シルフィさんは、まだまだやりたいことが?」

「あります! 私たちの旅は、世界の全部を見て回るまで、終わりませんよ?」


 それからシルフィは言った。


「オメガくんは、なにかそういうの、ないんですか? これからも一生、挑戦し続けたいこととか」

「僕は……」


 オメガは考える。やっぱり、あれしかない。


「僕は料理を作るのが大好きなんです。だから、いつか自分の店を持って、多くの人に食べてもらいたい。世界中の食べ物に困っている人たちのお腹を、僕の作った料理で、満たしてあげたい……。これって、野心的すぎるでしょうか?」


 シルフィは首を横に振った。


「欲張りなのは悪いことじゃあありませんよ? 欲は人が生きる上の原動力です。もっとも、その欲で誰かを傷つけたら、元も子もありませんが……」

「肝に銘じます」


 オメガは言った。するとシルフィはオメガの背中をバシバシと叩いた。


「そんなに固っ苦しく考えなくても大丈夫ですよ! オメガくんは多分、真面目すぎるんだと思います。だから、自分だけの物差しで周りを計りがちになってしまう。でも、もうちょっとお気楽極楽に生きてみたらどうですか? たまには1歩引いてみたりして……そうすると、今まで見えてこなかった世界が見えてきたりもすると思いますよ」


 シルフィはニコニコと笑って言った。


「ありがとうございます……」


 オメガは頭を下げてから立ち上がった。


「僕、実はこれから決闘に臨もうと思っていたんですけど、おかげで勇気が湧いてきました。頑張ってきます!」

「決闘?」


 シルフィはキョトンとする。


「いや、あくまでも比喩ですけど……」

「分かりました!」


 シルフィは敬礼のようなポーズをした。


「頑張ってきてくださいね!」

「了解です! オメガ・グリュンタール、行ってきます!」


 オメガはシルフィのポーズを見様見真似で返した。


 それから数時間後、オメガの姿はライラックに指定された店の前にあった。そこに、灰色のスーツ姿に着替えたライラックが姿を現す。


「悪かったね、オメガくん、少し遅れて……」

「いいえ、大丈夫です」


 オメガは答えた。

 ふたりは木の扉を開けて薄暗い店内に入った。ライラックが自然な流れでカウンター席についたので、オメガもその隣に座った。


「ここは、僕がよくお忍びで来る店なんだ」


 ライラックは説明した。


「マスター、いつものを頼むよ。今日はふたつ」

「おうよ」


 やや強面のスキンヘッドのマスターが、ふたりの前にワイングラスを並べた。そして、そこにワインボトルから白く透明な液体を注ぎ入れる。


「あの、ライラさん、これは……」


 オメガは昼間、ライラックが執務室で同じものを飲んでいたのを思い出した。


「大丈夫、白ワインじゃあないよ。りんごジュースだ」

「え……?」


 オメガは恐る恐る口をつける。なるほど確かにそれは、りんごジュースであった。


「我らが総督はな、りんごジュースをワインボトルに入れて、それをワイングラスで飲むのがお好きなんだ」


 マスターが説明する。

 なんなんだその変な趣味は……。オメガは思った。


「で、なんなんだい? 僕と話したいことがあるんだろう?」


 ライラックは訊く。


「はい、僕は今日、あなたと闘うつもりでここに来ました。ですが、やっぱりそれはやめにしておきます。ある人に言われたんです。もっとお気楽極楽に物事を考えてみてもいいんじゃあないかって」

「お気楽極楽……?」

「はい、だから僕は一歩引いたところから質問させていただきます。あなたは、クローネさんのどこが嫌だったのですか?」

「ははは……」


 ライラックは笑い始めた。


「僕は彼女が嫌いだったわけじゃあないよ。むしろ尊敬していたさ。でも、当時、彼女も僕も、人生経験が少なかった。クローネが僕に告白をしたのは、純粋な恋愛からではなく、むしろ憧れのような気持ちからだった。だから僕は彼女に、本当の恋を体験して欲しかったんだ……」

「本当の……恋……ですか?」

「あぁ、お互いがお互いに、自分の弱みを含めてリスペクトし合えるような、そんな恋だよ。まぁもっとも、僕自身そんな恋は未だかつてしたことがないんだけどね」


 ライラックはワイングラスを振ってりんごジュースをよく空気になじませてから口に含んだ。


「僕にはまだ……分からないです」


 オメガは言った。


「誰かを好きになるとか……恋をするとか……恋愛だとか……」

「だが、それが分かるようになる方法はとても簡単で、それでいて難しいのさ」


 ライラックは言った。


「簡単で……難しい? 矛盾していませんか?」

「あぁ、矛盾しているね。でも、この世は驚くほど矛盾ばっかりだ」

「で、その方法は……なんなんですか?」

「自分が恋をすることだよ」


 ライラックはグイッとりんごジュースを飲み干した。すかさず、マスターがグラスにりんごジュースを注ぎ足した。


「まったく、総督、飲みすぎはいけませんぜ。明日も仕事だろうに……」

「いいや、いいんだよ、マスター」

「あの……りんごジュースなのに飲みすぎたら駄目なんですか……?」


 オメガは不思議に思って尋ねる。


「そりゃそうだろう。大事な会議中にトイレに行きたくなっちまうからな」


 マスターは大真面目な顔で答えた。

 過去からの影、闇からの呼び声。

 それは容赦なく彼女を襲い、飲み込んでいく。

 それは蘇りし忌まわしき記憶。

 古の呪縛は、今。

 次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『クローネ・コペンハーゲンの回想』。

 消しても消えない悪夢がそこに。

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