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第7話 それぞれの闘い・1

 ミラ・セイラムはクローネ・コペンハーゲンに決闘を申し込んだ。今、ふたりの戦場が開かれる……!

 クローネ・コペンハーゲンはスターペンドラゴン艦内に戻ると、格納庫に急いだ。彼女は私服姿のまま、やや怒ったような足取りで自身の機体に向かう。


「クローネさん、本当に受けて立つんですか? ミラちゃんとの果たし合いを……」


 オメガはそんなクローネについて歩きながら訊いた。彼の両腕にはモフ子さんが抱えられている。


「当然です! オメガくんをあんな乱暴な女のところにお嫁に出すわけにはいきません」

「お嫁……?」


 オメガは首を傾げるが、クローネは続けた。


「それに殺し合いではないですし、既にアリアさんからの許可も貰えました。少しくらいRA(ライドアーマー)を使ってもいいでしょう?」

「それは……」


 オメガは口ごもる。


「でも、僕も連れて行ってください! その……僕のいないところで勝手に戦われても……というか……」

「分かりました。ですがこれは女の戦いです。手出しは無用ですよ?」

「わ、分かりました……」


 オメガはクローネの気迫に押されるように頷いた。


 クローネはストリクスのコックピットに乗り込むと、照準用のレンズを装着した。そして、レバーを大きく引き、言う。


「ストリクス。クローネ・コペンハーゲン、撃ち抜きます!」


 ストリクスを載せた台座がカタパルトデッキ目指してせり上がり、やがてストリクスは勢いよく空中に射出された。


「ハイペリオンオメガ。オメガ・グリュンタール、翔びます!」


 オメガのハイペリオンオメガもストリクスに続いて空中に射出される。彼のコックピットにはモフ子さんも乗っていた。


 *


 アリアは二機のRAが射出されたのを確認して言った。


「おいおい、ストリクスはまだしもハイペリオンオメガまで出撃許可を出した記憶はないぞ……?」

「ま、そりゃそうなるでしょうな。今回のことはオメガの取り合いみたいなもんだし……」


 神威かむいが呟いた。


「ん? そりゃどういう意味だ?」

「いいや、なんでもない……」


 *


 二機が辿り着いたのは、ブラジリアから少し離れたところにある熱帯雨林の中の開けた空き地だった。ハイペリオンシュヴァリエはその空き地に、すでに仁王立ちをして待ち構えていた。

 ストリクスとハイペリオンオメガがその前に着地をする。


「遅かったじゃない。戦う前に負けを認めて逃げちゃったのかと思ったよ、猫さん」


 ミラからの通信がクローネに入る。


「私は逃げません。私の敗北はオメガくんの敗北ですから」

「えっ、そうなんですか?」


 オメガは言う。


「オメガくんは黙っていてください!」


 クローネは叱りつけるように言った。


「いや、そう言われてもなぁ……」


 オメガはよく分からない心境になって呟いた。


「じゃ、勝負の内容を改めて確認するけど……」


 ミラは冷静になるように自分に言い聞かせてから説明しようとするが、すぐに誘惑に負けてオメガに通信をかけた。


「あぁ無理! こんなに近くにオメガくんがいるのに! あたしもう平常心を保てない!」

「や、やぁミラちゃん……」


 オメガはやや圧倒されながらも彼女に手を振った。


「うぅ、手を振ってくれるの? 大好き!」

「で、勝負の内容は、なんなんですか?」


 クローネがそこに割り込む。


「うるさい! 猫さんは黙ってて!」

「えぇっと……確か……ですね」


 仕方が無いのでオメガが改めて確認をした。


「訓練用のスティックでひたすら殴り合う……と。で、先に音を上げたほうが負け……と」

「そう!」

「そうですね。ではミラちゃん、そういうわけで、行きますよ……」


 ストリクスは背部に手を伸ばし、プラズマスナイパーライフルの代わりに装備してきた訓練用の6メートルほどの長さのミスリル合金性のステッキを手に取った。


「あたし、絶対に勝ってオメガくんにご褒美としていっぱい甘やかしてもらうんだから!」


 ミラも自身の機体の背部からスティックを抜いた。


「準備はいいですね……? では……!」


 クローネのストリクスは地面を蹴るとスティックを振りかぶってハイペリオンシュヴァリエに襲いかかった。だがハイペリオンシュヴァリエはすぐにその攻撃をかわすと、スティックをストリクスの胴部に打ち込んだ。さらに間髪を入れずに二発目、三発目の攻撃を加える。

ストリクスは後方に倒れ込んだ。ハイペリオンシュヴァリエがその上にのしかかる。


「見たか! この泥棒猫! お前なんか! この場で滅多打ちにして殺してやる!」


 ミラは激昂して言った。

 オメガはまずい……と、思った。ストリクスは本来、遠距離攻撃を得意とする射撃型の機体。近接戦には向かないどころか、不得手なのだ。

 さらに悪いことに、ミラは気持ちが昂ると周囲が見えにくくなる傾向がある。このままだと過剰攻撃を続けてしまいかねない。クローネはああ見えて負けず嫌いなのでどんなにボロボロになったとしても自分から音を上げることはないだろう。

 オメガは思わず身体が動いていた。ハイペリオンオメガがふたりの間に割って入り、ハイペリオンシュヴァリエのスティックを掴む。


「オメガくん……!?」


 ミラがハッと我に帰った。


「ミラちゃん、やりすぎは良くないよ」


 それからオメガはクローネにも言う。


「それに、クローネさんは無理をしすぎです。元々得意な戦いではないのに……」

「で、でも私は負けるわけには……!」

「そういう所です!」


 オメガは言った。


「それからミラちゃん、僕は……君のことをとてもいい人だと思ってるけど、でも、たまに怖くなることがあるよ。自分でも気付いているだろうけど、君はすぐに周りが見えなくなる……」

「それは……」


 ミラが目を背けた。


「僕は君がどんな場所で育ったのか聞いている。だからある程度は仕方ないんだと思う。でも、破壊からは憎しみしか生まれない……僕はそう言いたいよ。僕の兄弟たちも、みんな殺されたから、余計に分かるんだ……」

「オメガくん……分かったよ……」


 ミラはそっとスティックを収めた。


「もう、いいのですか……?」


 クローネが尋ねる。


「うん、でも負けたわけじゃあないから。ただ、勝負は一旦お預け、今度またもっと公正な方法で殴り合おうと思って……」


 ハイペリオンシュヴァリエは背部のバーニアを吹かして空中に飛び去っていった。

 ストリクスはゆっくりとその場に立ち上がった。


「オメガくん……ありがとうございます……」


 クローネは言う。


「いえ、僕は……あんなクローネさんも、ミラちゃんも、どっちも見たくなかっただけですから……」

「きゅう」


 モフ子さんも鳴いた。


「私もどうかしていたみたいですね。あんなにムキになっちゃって……」


 クローネは続ける。


「でも、やっぱりオメガくんはあんな子に渡したりはしませんよ?」

「クローネさん」


 オメガはクローネに声をかけた。


「ちょっとだけ……擦りむいてますね」


 クローネは自身の頬を確認する。どうやら機体が倒れた時にどこかで擦りむいたようだ。


「後で、治してあげますね」


 オメガは屈託のない笑顔を浮かべて言った。


「いえ、このくらい……大丈夫です」

「良くないです。あなたはすぐにそうやってひとりで無理をしようとする……。もう少し、僕に頼ってもいいんですよ? 僕はほら、あなたが思うほど子供じゃあないんですから」

「まったく……」


 クローネはため息をつくように言った。


「ずるいですよ? そういうの、ほんとに」


 ふたりはスターペンドラゴンに帰艦した。それぞれのRAを降りると、オメガはクローネの方に歩み寄った。


「クローネさん、じゃあ、傷、治しますね」


 彼はクローネの頬の傷に手を当てる。傷は緑色の光に包まれてみるみるうちに塞がっていった。

 オメガは傷を治すとすぐにクローネから手を離そうとするが、クローネはその手をそっと、両手で握りしめた。


「クローネさん……?」

「私、前に神威さんに言われたんです。心配は愛じゃあない、相手のことを本当に想っているのなら信頼しろって……」


 クローネはそっとオメガの手を握りしめながら、それを下に下ろした。


「今なら、それが分かる気がします。……今までは、オメガくんのことを少し危なっかしい子だと思っていました。でも、やっぱりそれでも、信じられる仲間です」


 それからクローネはパッと手を離して付け加える。


「あぁ、でもあくまでも仲間ですよ? 変な勘違いをしたら、怒りますからね?」


 クローネは釘を刺すように言うとその場を立ち去っていった。


「やっぱり、分からない人だなぁ」


 オメガは首を傾げた。


「きゅう……」


 パタパタと飛んできたモフ子さんが鳴いた。


 *


 ルルイエ神聖教団の浮遊戦艦に帰艦したミラ・セイラムは、廊下でばったりと出くわした指揮官に抱きついた。


「指揮官! あたし、あたしね、これからは優しい女になる!」

「どういうことだ?」


 仮面の女は少し面食らって言った。


「オメガくんは……あたしに優しい子になって欲しいみたいだから……ちょっと頑張ってみようかなって……」

「そういう事か……」


 仮面の女はミラを抱き寄せるとその頭を撫でた。


「お前は、十二分にいい女になれるぞ。私と違ってな」


 仮面の女は言った。ミラはそっと指揮官から離れる。


「いいか? ミラ、女にはふたつの戦場がある。ひとつは自らの信念を叶えるための戦場だ。そしてもうひとつは恋をすることだ。両方を叶えるのは大変な事だが……それでも、それはお前自身の成長に繋がると思う」


 そして仮面の女はフッと笑って続けた。


「恋を決して諦めるな。それがお前の世界を変えることになるのだからな」

「指揮官……ありがとう!」


 ミラはそう言うととてとてと通路を走り去っていった。


「まったく、生ぬるいですわねぇ」


 それと入れ替わるように通路の曲がり角から現れたフローラ・リヨンが言った。


「お前、いつから聞いていた?」


 仮面の女は尋ねる。


「ほとんど最初っからですわ。でもあなた、やっぱりこういう組織の指揮官にはとても向いていないですわよ」

「かもしれんな」


 仮面の女は答えた。そしてフローラに向き直り言う。


「で、お前はどういう目的でここに来たのか、まだ言ってはくれないのか……」


 するとフローラは意味ありげな笑みを浮かべた。


「いいえ、今のを見ていてわたくしの目的はハッキリといたしましたわ。あなたをこの組織から救い出す。これですわね」

「私を……? 私は何も困ったり不自由をしたりなど……」

「でも、少なくともあなた自身の本当にやりたいことは曲げていますわ」

「なんだと……?」

「人間は二種類いますわ。戦う人間と守る人間、あなたは後者にいながら前者をやろうとしている。だから本人ですら気づかない心の奥底で恐ろしいほどの嵐が渦巻いている。わたくしには分かりますわ……」


 フローラは仮面の女の胸に手を当てた。フローラとは対照的に人間の理想形とも形容できる膨らみがそこにはあった。


「私にはわからんが……」


 仮面の女は続けた。


「だが、そうだとしても、なぜ私を救おうとする?」

「わたくし、とってもお節介焼きですのよ」


 フローラは言った。


「だからこそ全世界の同族たちにお節介を焼くためにバフォメット教会の大司教にもなった。で、あの島でミラ・セイラムとオメガ・グリュンタールに出会って見ていられなくなったんですのよ。ふたりともとても危なっかしくて……」

「やはり……よく分からない女だな。お前は」


 仮面の女はフローラの手を取ってそっと握った。フローラはもう片方の手を仮面の女の黒い仮面に触れさせる。


「ねぇあなた、わたくしに、その仮面の向こう側を見せてくださりません?」

「見て……何になるというのだ……?」

「分かりませんわ。でも、いつもそうやって顔を隠しているのは窮屈ではなくて?」

「いいだろう……」


 仮面の女は頷いた。


「だが、一度だけだぞ」


 彼女はフローラから手を離すと顔の上半分を覆っている仮面を外した。

 フローラはその姿を見て息を飲む。


「あなたは……!」


 綺麗なエメラルドグリーンの瞳がフローラを見つめた。そこに立っていたのは年齢二十一歳ほど、金色の髪を肩まで伸ばした緑色の瞳の女だった。

 後半へ続く!

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