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【コミック2巻発売】恋する魔女はエリート騎士に惚れ薬を飲ませてしまいました ~偽りから始まるわたしの溺愛生活~【書籍2巻発売中】  作者: 榛名丼


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第24話.突然の亀裂

 


 青く澄み渡る空。

 流れゆく雲、あと飛ぶ鳥、草とか……。


 なだらかな丘の上を風が踊るように滑り、緑の芝生が揺れ動く。


 膝を折りたたんだセシリーの太ももには、ジークの頭が乗っている。

 成人男性の頭というだけあり、それなりに重い。少しずつセシリーの足は痺れつつあったが、セシリー自身はそれどころではなかった。


(あーんどころじゃなく、膝枕までやっちゃったわ……)


 ホップステップジャンプ、どころか、ホからジのあたりまで飛んだようなもんである。

 こんな速度で思い出を積み重ねていって、自分はついていけるのだろうか。セシリーはそわそわせずにいられない。


 つい数日前まで、セシリーは恋に恋する夢見る乙女であった。しかし惚れ薬を作ってから、彼女の日常のすべてが、ものすごいスピードで変わっていっている。


 理想としていた白馬の王子様とはまったく違うけれど、ジークは優しい男の人だ。

 ちょっぴり強引なところもあるけれど、そんなところもセシリーは好ましいと思う。好きだなぁと、思ってしまうのだ。


「……ジーク」


 寝息を立てるジークが愛おしくて、睡眠の邪魔になるかもしれないのに、その頭をそぅっと撫でてしまう。

 やはりかなり疲れているようで、ジークはまったく目を覚ます様子はなかった。寝顔は年下かと思うほどに幼くて、可愛いと思ってしまう。


(そうだ。頭だけじゃなく、み、耳とかも触りたいわっ。あと、く、く、唇も……)


 とくんとくんとセシリーの鼓動が高鳴る。

 ドキドキしながら周囲を見回すが、気を使われているようで草原には人っ子ひとり見当たらない。

 まだ誰も呼びにこない時点で、昼休憩は終わっていないのだろう。あるいはとっくに過ぎているが、放っておかれている場合もあるが。


 ジークが起きていると、彼に翻弄されるばかりでとろとろしてしまうセシリーである。

 ジークが眠っている今は究極のチャンスとも言える。未だに額や髪にキスされたことはあれども、唇には触れてくれないジークだ。


 紳士なところも好きだけれど、セシリーだってうら若き乙女である。男の人の唇の感触というのがどんなものか、正直に言うと知りたくて知りたくて仕方がないのだ。


「うーん……」


 勝手にちゅっちゅしようと唇をすぼめていたセシリーは、びくりと震えた。

 ジークが寝返りを打つ。よもや起きるのかと思ったが、違う。


 夢でも見ているようで、何やらむにゃむにゃ言っているのだ。

 ますますセシリーはドキドキしてしまった。


(も、もしかして、寝言で私の名前を呼んだりしちゃうんじゃ!?)


 それも憧れのシチュエーションのひとつである。

 いったい今日だけでいくつ恋愛イベントを消化してしまうというのか。ジークが太ももに乗っていなければ、そのへんでもんどり打ってセシリーは悶えていたことだろう。


(喧嘩ばかりするヒーローとヒロイン。でも彼が寝ぼけて私の名前を呼んで!? っていうの、いいわよねぇ……!)


 そこで初めて恋愛対象として意識してしまい、翌日から二人の間にどこか甘酸っぱくて気まずい空気が流れたりするのが王道だ。男のほうが寝言を覚えていないというのもじれったくて百点満点である。覚えている上で知らない振りをするのも、また味わい深いのだが。


 期待が高まるままに、セシリーは辛抱強く待つ。

 両手を擦り合わせながら、眠るジークに「早く呼んで、早く呼んで!」と心の中で唱え続けている。


 そんな圧力を感じたわけではないだろうが。

 やがてジークはぽつりと――寝言を漏らした。


「……ローラ…………」

「……は?」


 セシリーの笑顔が固まる。

 聞き間違いかと思った。だが確かに人の名前だ。


 それも――セシリーの気のせいでなければ、女の名前である。


「ローラアァ……」


 ダメ押しのように、ジークがそう呼ぶ。

 微笑んでいたセシリーの口元が、ぎこちなく引きつっていく。


 眉をぴくぴくさせながら、セシリーは地面を這うような低い声で言った。



「……………………ローラ、ですって?」



 ぴしり、と亀裂が入る音が、響いたような気がした。




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