090 信じている
「頼りない……? 何をいきなり」
いつになく切羽詰まったジークレインの表情に、困惑する。赤い瞳に移る私は、困惑を顔に滲ませ、裾が破れよれたドレスを纏い、なんとも滑稽な姿だった。
「いきなりじゃない。ずっと思っていたことだ。お前は昔から……それこそ一年生の頃からずっと誰のことも心の底から信用しちゃいない」
「私は……」
「違うとでも言うつもりか? お前は俺やフェルミナを通して何を見ているんだ?」
「……!」
目を見開く。
私が何も言えないでいると、気がついていないとでも思ったのか、とジークレインが吐き捨てるように――いや、吐き捨てるというにはひどく苦しげな様子で言った。
「お前はずっと、俺たちでなく違う誰かを見ていた。そしてお前にしか見えない何かを見つめて、そこに行こうとしている。ここにいる俺たちに見向きもせずに」
「それは……」
お前たちが頼りないんじゃない。頼れないからだ。私の、俺の本質は愚かな大罪人だ。根が貴族である癖に、憎悪の余り一端の革命家を気取り、王国に死と絶望を齎した。……やり直せるチャンスが来たと思った。贖罪だった。汚い部分をお前たちに見せたくなかった。
それだけだ、
――本当に?
この世界のフェルミナとジークレインは、あの世界のフェルミナとジークレインとは違う。それはわかっていた。わかっていたからこそ、引き摺らず、彼らは彼らだと思って、分けて接してきたつもりでいた。親友であったジークレインでなくとも、最愛の少女でなくとも、彼らは彼らとして大切な存在であると。
(信用して、いない……そんなつもりは)
いや、そうなのかもしれない。
私は永遠に二人に『私』の過去を話すつもりはなかった。『変える前』の、あるいは『他の』あの『未来』は、私だけが知っていればいいから――いや。
――私を罰せるのは、あの世界に生きた彼らか、
あるいは、私自身しかいないから。
「今も、一体何を迷ってるんだ!?
アレン隊長の生命が危ない、間に合わないかもしれない。それはそうだ。
でも……お前のその感じ、お前なら彼の命を繋ぎ止める『何か』を持ってるんじゃないのか? 本当にどうにもならないならお前は迷わないだろう。だが悩んでいるということは、そういうことなんじゃないのか?」
お前は、とジークレインが私の肩を掴む手に力を込めた。
「――お前はその人の命と、一体何を天秤に掛けてる!?」
「……!」
「任務の内容によっては仲間を見捨てることもあるかもしれない。でもお前の迷いはそういうことじゃないな。これでもそこそこの付き合いだ。お前の考えていることはわからなくても、感情の動きは見ればわかる」
そうだ。
打算だ。
ここで闇魔法を使うリスクと、彼の命を天秤にかけている。闇魔法を使っても助からないかもしれない可能性も含め、利己的な打算で行動を決めんとしている。
くそ、と改めて自分の行動を他者から突きつけられて、心の中で毒づいた。
――やはり私は、二度目でもこうだ。
「見くびるなよクローディア」
「は……?」
「お前がここで何をしたところで、俺たちの間にある何かが決定的に壊れるなんてことはない。そもそもお前が壁を作っていたから、もともと俺たちの間には何もなかったのかもしれないが」
それでも、とジークレインが言う。
「今ここにいる俺とお前は仲間で――友人だろう。
俺は、お前を信じている」
燃えるような赤い双眸だった。
冷たい鉱石ではなく、熱のある炎がそこにあると思わせる視線だった。
それは奇しくも、あの革命戦争の前に私を止めた奴の目にそっくりであり、そして、どこかが違った。
――俺はお前を信じている、だって?
今のお前は私が何をしたのかを知らない。私がどんなに愚かな人間なのかも。
それを知ればきっと、お前も――。
――いや。
ジークレイン・イグニスは、救いようのなかった俺のことすら、取り戻そうとした。
たしかに信じてくれていた。
そしてお前も『ジークレイン』には間違いない――。
「――闇よ」
ゆっくりとアレンの傍に近づき、かたわらに座る。顔の上に手のひらを翳し、魔法力を込める。この暗がりに留まる闇が、翳した手のひらに集まる感覚があった。
開け。拡がれ。包み込め。留めよ。
――この男の生命力が流れ出る弁に蓋を。
「これは……」
魔法の気配に気づいたのか、ジークレインから驚愕の気配が押し寄せる。驚いている、それはそうだろう。私はただの一回も、お前の目の前で魔法を使った覚えはない。
……そして、これは、リヴィエールの水魔法じゃない。
集中する。
これ以上の消耗を防ぐために、生命維持活動を最低限に保つように、魔法力を調整する。
間に合うかは分からない。
それでも、一か八かだ。
「閉じよ」
闇魔法が、アレンの身体全体を取り巻く。
薄い闇色の膜が張ったようになったかつての部下の姿を見て、肺に溜まった空気を吐き出した。
これで少しは時間が稼げるだろう。
「クローディア、今のは……」
ジークレインが慌てたようにこちらに駆け寄ってくる気配がする。
振り向く前に、魔法を完成させてしまおうとした、その瞬間。
――ぐわんっ。
「っっ!」
脳が揺れる感覚と、魔法力の膨張の予兆。私の『揺らぎ』を感じとったのか、完成間近の闇魔法がブレる。
覚えのある違和感だった。
これは、
「クローディア!?」
危険魔法薬の影響か――!




