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007 フェルミナ・ハリス

 *



 ……と、兄に啖呵を切ったはいいものの。

 闇魔法を封印したままで、果たしてロイヤルナイツアカデミーの入試で主席合格など勝ち取れるのか、というのは正直なところ自分でも疑問だった。


「上位十名以内とかにするべきだったか……?」


 ――翌日。

 私はぶつぶつと呟きながら、新たなる修練場を探して王都を歩いていた。


 いや、さすがにそれは、かつて王国騎士団に牙を向いた元革命軍の大将としてどうなんだ。十歳の少女の皮を被ってはいるものの、中身は二十を過ぎた大罪人の男だ、ほとんどの受験生が子どもである以上、その条件提示は姑息がすぎるように自分でも思う。

 ……合格すること自体は、間違いなくそう難しくない。『クロード・リヴィエール』が十歳の時でさえ、末席とはいえ合格者に名を連ねたのだから。


 さらに私は死ぬ前、闇魔法と併用ではあったものの、当時の水の聖騎士であった兄を斃し、火の聖騎士長であったジークレインと渡り合った。アカデミーのみでなく、裏社会でありとあらゆる知識を呑み込んだ。戦闘能力でも知識でも、そこらの子どもに負けるとは流石に思っていない。


 しかし、問題は、言わずもがなジークレインである。


「確かあいつ、入試の座学は満点だったよな……」


 さらに実戦の点数も目を見張るほどの高得点だった気がする。つくづく幼い頃からデタラメな麒麟児だな。

 ロイヤルナイツアカデミーの入学試験は、実戦形式試験と、筆記試験で構成されており、合否は実戦6割筆記4割の総合成績で判断される。筆記試験はそのままペーパーテストであるが、実戦形式試験は試験官との魔法アリの剣術試合だ。


 試験官はだいたいが現役の騎士団員であり、各騎士隊の幹部たる聖騎士から数えて2ランク下がる、二級騎士が担当することになっている。ちなみに、試験官は受験生の魔法属性と相性がよい騎士が選出される――たとえば私ならば、火の二級騎士が相手という訳だ。まあ、私は水魔法が使えないためあまり意味はないのだが。


「試験官に勝つことが合格条件だったなら、話は簡単なんだが……」


 二級騎士であれば闇魔法なしで負かすことができる自信がある。

 だがもし、実際にそれが合格条件になってしまえば、ジークレインですら不合格になってしまうだろう。

 つまり、当然と言えば当然だが、二級騎士(試験官)相手によい戦いぶりを見せることができたのであれば入試としては合格なのだ。世の中ままならないものである。


 私が出来たとしても、ジークレインが同じくらい出来てしまえば意味がない。

 そもそも、倒すことが可能とは言っても、受験生が試験官を倒してしまうことに問題がありそうだ。とっととアカデミーを卒業して騎士団に入れるようになるのは有難いが、不審人物として疑われては笑い話にもならない。

 ……要は主席合格の成績を取りつつ、怪しまれすぎないように、微妙な力の調整が必要ということになる。そこで調整を間違えてしまえば、主席をとり損ねることは十分に有り得る話であった。


「面倒な……」


 頭だけでなく胃までもが痛んできた。

 ……さらに、そのジークレインだが。

 あいつは冷静沈着と見せかけて喧嘩っ早く、ライバル心も轟轟燃やすタイプだ。……もし自分より格下だと思っていた人間の実戦の成績が自分より上ということになれば、いざ私のアカデミーでの生活が面倒なものになるということは火の目を見るよりも明らかだ。

 いつでもどこでも、お前は私の頭痛の種だ。ジークレインめ……。


「ああくそ、……ん?」


 イライラとしながら頭を掻き、ふと顔を上げる。

 数多の店のが並ぶ王都の街並み、その中の、目の前の店のショーウィンドウの中に、美しく加工された宝石があるのが見えた。


 ……ジュエリーショップか。

 クロードの時にはさっぱり縁がなかったが、女になったからにはいつか装飾品として学ばなければならない時が来るのだろうか。大変面倒なことである。フェルミナや姉上にいつかプレゼントする時が来ると想定して、今から勉強しておくか……?

 そこまで考えて、私は首を振る。

 そんなくだらないことを考えている暇があったら鍛錬をしなくては。たとえ時間が巻き戻っていたのだとしても、並行世界に生まれ変わっていたのだとしても、私が大罪人であることに変わりはないのだから。浮かれている場合で、あるはずがないのだ。


「それにしても、似ているな」


 私はショーウィンドウの商品を見て、思わず笑みを零した。

 青と、緑と、赤の宝石が連なってできている、おそらく女性用の髪留めだと思われる装飾品。私と、フェルミナと、ジークレインの瞳の色に、よく似ている。

 黒髪に青い瞳の『俺』と、ミルクティーブラウンの髪に翡翠の瞳のフェルミナ、そして金の髪に赤い瞳のジークレイン。連なっている三色の宝石が、まるでかつての自分たちのように思えて、僅かに心臓が痛んだ。


 ……ああ、改めて思う。

 早く、フェルミナに会いたい。

 会って、あの笑顔と、優しい声が聞きたい。

 私の、俺の、最も大切な少女。そして、守れなかった少女。

 今度こそ、今度こそ、私が――。


「お前っ、本気でアカデミー受験する気かよ!」


 ……ん?

 突如往来に響いた声に思わず振り返ると、数件先の店の向こうで、貴族らしき少年が誰かを怒鳴りつけていた。


 なんだ、私に向かって言った訳ではなかったか。

リヴィエールの次女は落ちこぼれという噂は広まっているだろうから、そういった罵声を浴びせられることは多少予想していたが、どうやら今の声は私に向けられたものではないらしい。

 まあ、そうか。私が今年、アカデミーを受験すると正式に決定したのは昨日のことだ。兄も隠してはいないだろうが、そんなにすぐに私の受験が広まるとは思えない。

 なら、子供同士の喧嘩というだけだろう。


 私には関係ない――そう、さっさと立ち去ろうとした時だった。


「お前なんかがアカデミーを受けるなんてありえねぇだろ! 平民のくせに、生意気にも入学願書なんて持ちやがって!」


 何?

 私は聞こえてきたその内容に、いざ歩き出そうとしていた足を止めた。


 ……平民、だと? 平民が、アカデミーの入学願書を?

 まさか。


「きゃあ! や、やめてください……! 返してっ! それは大事なものなんです……!」


 まさか。


「うるせえな! それに、なんだ、『返して』ってのは! 平民ごときが貴族のオレに命令してんじゃねーよ!」

「命令なんてしてませんっ。わ、わたしはただっ!」

まさか――!

「黙れっ。ふんっ、何が入学願書だ! こんなもの、こうしてやっ、」


「やめろ」


 ……気づけば勝手に足が動き、ついでに手も勝手に動いていた。

 少年が今まさに破り捨てようとしていたアカデミー入学願書が、私に腕を捻り上げられたことで、彼の手からばさばさと落ちていく。


「いっでででで! だ、誰だよ、お前っ!?」

「……そんなことはどうでもいい。お前、こんな往来で一体何をしてる。昼間から大声を上げて、迷惑極まりないな」


 掴んでいた腕を離してやると、少年は痛みのせいか潤んだ目を、怒りに燃やしてこちらを睨みつけてきた。

 だが、私にとってはそんなこと、心の底からどうでもいいことだった。その少年がどこの誰でありどんな人間であろうと、猿の毛ほども興味はなかった。

 ただ、逸る心臓を抑えながら、私は背に庇った少女を振り返り、そして問う。

 声が震えないように、気力を最大限に振り絞って。


「……大丈夫か?」

「あ……」


 少女が目を丸くする。零れ落ちそうに大きな、まるい緑の瞳。それはあのショーウィンドウにあった緑の宝石よりもさらに美しい、輝く翡翠の色だ。

 そして距離があってもなお甘い香りがするように思える、ふんわりと柔らかなミルクティーブラウンの髪。

 白くまろい頬も、薄紅に色付いた唇も、何もかもが思い出のままの、『俺』の初恋の少女。


 ――フェルミナ・ハリスが、そこにいた。


「あ、あの……! ありがとうございますっ」

「……いや。どこからどう見てもそこのがイチャモンをつけているようにしか見えなかったからな。私はクローディア。名前は?」

「わ、わたし、フェルミナ……フェルミナ・ハリスです!」

「そうか、よろしく。フェルミナ」


 自然と、頬が緩む。

 ……ああ、もう一度、彼女の前で、彼女の名を呼ぶことができるようになるとは。

 大きな罪を犯した私に、これ以上とない幸いだ。

 それにしても、ジークレインに続き、私の性別以外に二つ目の齟齬だな。『クロード』だった時は、フェルミナとの初対面はアカデミー内であったはずだが。


「っおい、何勝手に打ち解けてんだよ……! お前、貴族だろ!? なんで庇うんだよっ! そいつは平民出身の女だぞ!? 誇り高きアルフィリア貴族のみが通えるロイヤルナイツアカデミーの門を、くぐろうとしてるんだぞ!?」

「…………」


 ……そして、私はその幸いをこれでもかと壊してくれるこの馬鹿ガキをどうにかしなければならないらしい。

 うんざりしながら溜息をつき、私はフェルミナから、少年改め馬鹿ガキに視線を移した。


「だからなんだ」

「はあ!?」

「ロイヤルナイツアカデミーの入学条件は貴族であること、魔法の素養があることだ。平民出身という彼女が入学願書をもらえたということは、彼女は魔法を使うことができ、かつ、どこぞの貴族の養子に入っているということだろう。それのどこに問題がある」

「なっ……」

「そもそもお前に彼女の入学を止める権限はない。まあ言いたいことをまとめるとだな」


 一昨日来い、ということだ。

 そう吐き捨てると、目の前の馬鹿はかっと顔を赤くし、こちらを睨んだ。そして拳を握り、殴りかかってこようとしたところで、


「どうしたんだ、パット」

「お、お兄様!」


 後ろから騎士団のマントを羽織った男に声をかけられたことで、動きを止めた。

 ……この男がこの馬鹿の兄貴か。マントの色は深い臙脂色、つまり火の騎士隊の所属だ。顔や身体の様子からして、まだ二十代には届いていないだろう。

 胸の徽章を見るに、二級騎士といったところか。この若さで二級騎士ということは、それなりの実力があるか、または金か地位で階級を稼ぐことができるような家柄の出身ということになる。


「こいつが、平民のくせにアカデミーに入学しようとしてるやつをかばうから! それで俺」

「平民? ……ああ、そう言えば、有史以来初めて平民出身の子どもに魔法の素養が認められたという話を聞いたな。その子供が……」


 パット、と呼ばれた馬鹿の兄が品定めをするような目で、じろじろとフェルミナを観察する。

 兄弟そろって不躾な輩だな。

 顔を顰めてフェルミナの前に出ると、「おや」と男が両眉を上げてこちらを見た。


「これはこれは。リヴィエール家のご令嬢だったかな。君の噂は聞いているよ」

「……それはどうも。失礼ですが、お名前を伺っても?」


 どうせろくな噂ではないだろう。その証拠に、獲物を品定めするような瞳には全く変化がない。

 辟易しながらそう問い返すと、男は形だけの騎士礼を取ってみせた。


「これはレディに対して失礼を。私はガブリエル・ディクソン。ディクソン子爵家の長男だ」

「ご丁寧に。クローディア・リヴィエールです」


 最悪だ。

 よりにもよってイグニス伯爵家の分家の、しかも身分制度にこだわる、過激派筆頭の長男か。

 そう言えばかつてもいたな、ディクソンの次男が同期に。確か名前がパトリック・ディクソン――なるほど、パットというわけだ。

 くそ、なるべく関わり合いになりたくなかった輩に喧嘩を吹っかけてしまった。

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