075 訓示
――新設特務隊A。
私達が所属することとなった、研修用の班である。しかし他の新設隊に比べ絶対数が少なく、『特務』の名前がついていることからも、普通の研修班とは異なるような印象が拭えない。
そもそも、今の状況が状況だ。諜報中心で近衛騎士隊の他隊との交流がなかった【蒼】にいてもひしひしと感じていた騎士団内の緊張。内憂外患を抱えるがゆえの多忙さに、騎士たちは皆ピリピリと神経を張り詰めさせているのがよくわかる。
そして何より、私の部下アレンが副官となれば――。
「さて、頭の上に殻を載せたヒヨコ諸君。我らが近衛騎士隊へようこそ。新設特務隊Aの隊長を務めることとなった、土の一級騎士ユルゲン・ヴィーマンである」
「ヴィーマン一級騎士、って……」
土の寮の五年生が驚いたように顔を見合わせる。
――ユルゲン。私もその名は聞いたことがある。
土の隊で聖騎士候補になっていたところをツェーデルがスカウトし、近衛騎士隊に引き抜いたという――ほかの隊員とは一線を画した過去を持つ、戦いの現場を知るベテランの騎士だ。他寮の連中はどうか知らないが、土の寮の連中が彼の名前を知っているのも自然なことだろう。
……とはいえ、私がユルゲンを知ってるのも、現世で得た知識ではないが。
(国を出てから、なるべく関わり合いになりたくない奴のうちに数えていたな、確か)
そう。
奴のことは、クロードとして近衛騎士隊に所属していた頃に知った。【蒼】を率いていた時には名前の噂くらいしか聞かなかったが、前世で革命軍の幹部だった者の一人が、それなりにユルゲン・ヴィーマンを警戒していたから覚えている。
聖騎士候補であったのを、ツェーデルがわざわざ引き抜いてきたというところからもわかるように、単に腕っぷしが強いというだけではない男のはずだが――。
(……もう少し話を聞いておくべきだったかもしれないな。まあ今更遅いが。
それよりそんな男が研修生との監督とは……)
「ご存知のとおり、今アルフィリアは、平穏とはなかなか遠いところにあるのが現状だ。そんな中、国防を担う騎士団の一部でありながら、諜報、司法警察の一部を担うこともある我々近衛騎士隊が無聊を託つことはまずない。
ゆえに! 諸君らを遊ばせている余裕は現在の騎士隊にはないと言える」
――特に、優秀な人材に関してはな。
そう言って、ユルゲンの視線が研修生が並ぶこちらに向けられる。……恐らくは、火の寮生が並ぶ列を見ているのだろう。
ジークレイン。学外にも名を轟かせる火魔法の天才。
「諸君らが配属されたこの隊は、読んで字のごとく特務、つまりは特別任務を任される隊である。アルフィリアが大きな波の中に置かれている今、この新設特務隊も実際の作戦に携わることになるだろう」
ざわり。僅かに研修生のあいだにざわめきの波が生まれる。
とはいえ、さもありなんだろう。実際の作戦に携わることになるということは、命を落とす任務に就く可能性もあるということだ。
私としては半ば予想できていたことだとはいえ、まだ学生である研修生たちが動揺するのも無理はない。
「自分たちに課されたのは研修であるからと、自分たちはあくまで研修生であるからと、他人事気分の見学者でいる者は、その意識を今すぐに捨てることだ。生憎だが、我が新設特務隊ではそれが出来ない者を優しく育て導く余裕はない。
……不安そうな顔だな。だが、諸君らが卒業生であろうが研修生であろうが右も左もわからないヒヨコであることに変わりはない。……ここにいる副隊長のアレン・ツヴェルンも諸君らの二年先輩であるだけの、ほとんど新卒の三級騎士ではあるが――以前所属していた隊の無茶な指揮官に鍛え上げられ、今では貴重な人材となった。学生で任務を経験できることは、得がたい機会だと思え」
思わず噎せそうになり、あわててそれを呑み込んだ。
近くにいた人間にはやや不審げなしぐさに移ったのか、ちらりといぶかしげな視線をいただいた――アグアトリッジにはあからさまに「なんだこいつ」という目で見られたが。
……しかし、無茶な指揮官とはよもや私のことではないだろうな。
心外にも程がある。たしかに多少部下はこき使った。しかし無茶をさせずに新人は伸びないだろうが。
私が無言で眉根を寄せていても、関係なく話は進む。
「いいか諸君。わからないことがあればその場で聞け。そしてその場で覚えろ。座学ではわからないことが、実地では真に迫って理解することができる。
さあ、今日から『研修』は開始となる。しかし本日は諸君らに任せる仕事はない。そのため、任務のための訓練に時間を費やせ。……では、諸君の仕事ぶりに期待する」
「――ハッ!」
研修生たちの声が揃う。ユルゲンの言葉にやや緊張が解けたのか、背筋が伸びつつも皆固まってはいないようだ。
なるほどこの統率力、彼は有能な指揮官らしい。
(しかし、あの師匠があえて引き抜いてきた理由になるほどじゃないような気もするが)
部下が奴を気にしていた理由もあるが、何か隠し玉でもあるのだろうか。
はて、と首を傾けたタイミングで、どこかから駆けてきた騎士の一人がユルゲンに何かを伝えた。それを聞き、彼は改めて私達の方を向き直る。
「諸君。本日は訓練をせよと先程は言ったが撤回だ」
予定は変更。
気を引き締めろ、ユルゲンはそう言って口角を上げる。
「任務の通達だ。
――これより我ら新設特務隊は、初任務に臨む」




