074 嫌な予感
――なんてことを、思ったこともあったか。
私は、配属された班のメンバーのリストを見て、心の底からげんなりする。リストというのは、私達実習生が隊の分隊のどこに入るのか、あるいは近衛騎士の監督のもと特設の実習生小隊を作るのか、ということがまとめられた一覧表のことだ。
「はあ……」
否、よく考えれば、同じ寮の出身者をまとめるというのは理にかなっているかもしれない。突出した才能を受け入れるのに長けた隊だとはいえ、近衛騎士隊の隊員たちは大抵、魔法を用いた戦闘に覚えがあるものだからだ。
しかし。それでもだ。
(こいつと同じ班というのはどうにかならなかったのか?)
私が配属されたのは、今回の研修にて限定で新設された特務隊だ。それはまだいい。イレギュラーである私を既存の班に入れるのは抵抗があろう。
――問題は、班員のリストには、ウィンダム・アグアトリッジの名前があったことだ。
「ジークレインも班にいることがまあ、救いか……?」
いや、奴も奴でどこか落ち着きがない面もある。しかも、アグアトリッジとはマリア以上に相性が悪かったはずだ。実力は申し分ないが、頭痛の種であることには変わりはない。
(まあ、ジークレインもはぐれ者といえばはぐれ者だし、妥当といえば妥当か。将来を嘱望される、火の聖騎士長候補――)
だが、アグアトリッジ、これはどうにかならなかったのか。いやきっとならなかったのだろうな。でなければ結果がこうなることはない。
というか、ハースが気にしてくれていようが、そもそも近衛騎士隊の上層部は私達が不仲であろうが――というか、アグアトリッジが一方的に敵視しているというべきか――なんだろうが関係ないのだろう。
いや、むしろこれは、第二王妃が死んだものの、いまだ面倒事の火種の燻る第二王妃派の貴族を監視しろという、近衛騎士隊上層部の意図なのかもしれない。アグアトリッジはソフィアの甥であるため、今は亡き彼女との繋がりについては説明するまでもない。
……一度考え出したらそうとしか思えなくなってきたな。
第一王子ユリウスもそこそこの食わせ者だという印象だが、何せ――コンスタンティンはあのツェーデルの息子だ。
常識的な人間であるように見えても、何が底に潜んでいるかわかったものではない。前世でもそこまで関わりのなかった男だ、私は彼の本質など知らないのだから。
*
さて、班で行動するのは研修が始まって二日目からということになる。
近衛騎士隊は、魔法騎士団の中でも特に仕事の幅が広い。王族の護衛が主な仕事ではあるものの、司法警察を担う憲兵と協力して事件の捜査をしたり、魔法研究の協力をしたり、時にはスパイ行為や情報収集に奔走することもある。以前、私が率いていた近衛騎士隊特別分隊【蒼】はそのスパイ行為をする集団だった。
災害時の対応や、軍事全体を担う魔法騎士団は、有事の時以外は王都や都市の基地を出ないが、近衛騎士隊は小回りが利くため、あくまで団長であるユリウスの意志のもとにではあるが広範囲を駆け巡る。
――だからこそ、班のメンバーというのは命を預けられるような存在であるべきなのだが。
「ふん、お前ごときがよく近衛騎士隊に来れたな」
班を率いる担当指揮官が発表される翌日のことである。
修練場に集合した私の顔を見るなり、目の前に仁王立ち、あからさまな嘲笑とともにそう言ってきたアグアトリッジに、心の底からうんざりする。
こいつをどうにかできないかとジークレインの姿を探すも、同寮の生徒といてこちらに気づいていないようだ。
「最高学年にもなって、魔法満足に使えもしない落ちこぼれと、よもや俺が一緒に研修しなければならないとは。災難もあったものじゃないな」
こちらのセリフである。
最近は、ほとんど顔を合わせていなかったが、相変わらず尊大な態度だ。呆れたことである。
まあ、成績は水の新入生の第二位だったころと同様かなり優秀であったはずなので、魔法実技においては使い物にならない私をよく思っていないのだろう。
ただ、いくら魔法や座学の腕を上げようと、精神性が十歳の頃から成長を見せていないとなると、成長もここらで頭打ちだろう。本格的な研修が始まるよりも前から白けさせてくれる。
「まあ、ここ以外では受け入れ先がなかったというのが実情か。お前では水の隊ではろくな働きもできない」
「……それはまあ、そうだろうな」
「だろう?」アグアトリッジが勝ち誇ったように胸を張る。「アカデミーの公正な教育に泣いて感謝するんだな。お前が剣にちょっとは優れ、かつ、近衛騎士隊がもともと女性禁制を解かんとすることを考えていたということが奇跡的に重なったゆえの奇跡だ。運がいいな?」
よくしゃべる男だな。
欠伸をしそうになるが、意識して無表情を貫いた。希望としては憲兵と協力して騎士団内部の不正を探る仕事がしたい。そうすれば、いずれフェルミナの敵になる貴族に当たりをつけられるかもしれない。
こうも感情が表に出る男と、諜報任務になど当たることになりでもしたら最悪である。
「新設特務隊Aの諸君」
不意に、落ち着いた声が響く。
研修生がいずまいを正す中、足音もなく私達の目の前に立ったのは、大柄な男と、若い細身の男だった。
そして、私は――若い男の方の顔に見覚えがあった。
「アレン……」
そう。
この隊の副指揮官を務めるらしいその男は、私のかつての部下――【蒼】の隊員だったのだ。
……ああ。
この班員に、この副指揮官。
くそ、猛烈に嫌な予感がする。




