071 君のためなら
「近衛騎士隊の変化に何か思うところがあるのは間違いないはずだが……お前は何か知らないのか?」
「知っていたら何も出来ずに遠巻きにはしていない」
私とて、心ここにあらずのフェルミナを放置していたわけではないのだ。何度も声を掛けたが、彼女は『なんでもないから大丈夫よ』と微笑むだけで、何を言うつもりもないようだった。
明らかになんでもなくなどない態度だったが、かといって、土の監督生としての仕事は変わらずこなしているようなので、大きな問題があるのかというとそうでもない。ならこれ以上首を突っ込むのも、と思い、私は彼女の様子を離れたところから窺うしかなかったのだ。
「ジークレイン、お前は逆に何も心当たりはないのか?」
「ないな」
「なら、フェルミナは近衛騎士隊が女性を受け入れることを憂いているだけ……?」
どうしてなのだろう。
近衛騎士隊が女性禁制であったのは、代々光魔法を使う王族か、それに極めて近い人間が団長を務めるために、風紀が乱れるのを恐れてという意味合いが強い。今の第の団長は第一王子ユリウスだが、既に正式に立太子され、第一妃を得ているが――。
「もしやフェルミナはユリウス王子を……?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだお前は」
思わず口に出して呟くと、すかさずジークレインが冷ややかに言った。「冗談で滅多なことを口にするな馬鹿」
「二度も繰り返すんじゃない、失敬な奴だな」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い?思ったことを何も考えずに言葉にするな。……お前が、フェルミナのこととなると著しく知能が下がるのは今さらのことだが」
ふんと鼻を鳴らしたジークレインが不機嫌そうに明後日の方向を向く。その拗ね方が十一の頃のそれと重なり、私は思わず目を瞬かせた――私の知る『十六歳のジークレイン』はこんな表情はしなかったものだが。
よもや。
「……妬いているのか?」
「っは、」
ジークレインが振り返った。白い頬が、みるみるうちに真紅の瞳に近い色になっていく。
私は目を細めた。……やはりか。
「女相手に嫉妬とは狭量な男だな? フェルミナを選ぶとは見る目があるなと言いたいところだがお前なんか却下だ」
「……は」
「いいか、余裕のない野郎になど絶対にフェルミナは渡さない、覚えておけよジークレイン、たとえお前でもだ」
「…………」
今世では私は女で、フェルミナも女だ。アルフィリアの法律では同性同士が結ばれることはできないし、そもかつて『フェルミナ』をむざむざ死なせ、大罪を犯した私が、今の彼女と結ばれることなど有り得ない。たとえ今の私がクローディアではなくクロードであったとしても、フェルミナとどうこうなろうとは思わなかったろう。
それでもだ。フェルミナはどの世界でも私にとって愛おしい人で――大切な親友なのだ。
彼女がともに幸せになる相手は、最高の男でなければ認められない。そのくらいの我儘は許されよう。
ふと見れば、ジークレインの顔からは、頬の赤みは消え去り、ひどく凍てつく赤い瞳だけが残っていた。……奴が何に怒っていようが、今のジークレインの怒気に怯むほど神経は細くない。私は何も言わずにジークレインを睨み返した。
「……もういい、わかっていたことだしな」ジークレインはため息をつきつつ続けた。「別にお前に嫉妬なんてしていない。俺はただ、フェルミナが心配なだけだ」
「苦しい言い分だな……」
「本当に黙れよお前」
そう言ったジークレインが、さも機嫌を損ねたというように教室の前方に目を向けた。黒板には、剣術の講師によって石墨で型の図が描かれている。
かつかつと響く音に、私は目を細めた。蒼月流を修めた私は、騎士剣術にはもはやほとんど縁がない。かつてツェーデルに叩き込まれた基本のみ、私の地盤になっている。
「……俺も、フェルミナを大切な友人だと思ってる。それに、お前が彼女を誰よりも守りたい存在だと思ってることも知ってる」
ぽつりと呟かれた言葉に、私は顔を上げた。
ジークレインは前を見たまま、こちらに視線を向けない。
「お前は、フェルミナのためならどんなことでもしそうだ。四年前の新入生交流会で、俺たちが肝を冷やした時以上のことを、あっさりとやってのけるだろう。何の衒もなく」
「……ジークレイン?」
「俺はきっと、お前は卒業後、近衛騎士隊に入隊すると思っていた。そういう予感があったんだ。だから、実地研修インターン先に近衛騎士隊を選んだ。……まさか、こんなにも早く女性禁制が解かれるとは思っていなかったが」
紅玉が、こちらを捉える。炎を灯す、真剣な双眸。
「見ていて危なっかしいんだ、お前は。だから――俺がお前を守る。勝手に死にに行かないように」
「……」
その言葉に、私は何も言わずに目を伏せた。
……馬鹿だな、ジークレイン。
フェルミナのためだけじゃない。
きっとお前のためであっても、私は、どんなことだってするだろう。
――私のもとに、実地研修先が正式に近衛騎士隊に変更されたと通達があったのは、その翌日のことだった。




