068 未聞
――実地研修。
それはロイヤルナイツアカデミー最終学年の生徒に課される、卒業のためには必修の実習である。五年生は四年次にあらかじめ提出していた『希望した研修先』で、見習い騎士としての研修を受けることになるのだ。勿論、見習いであるため階級はない。
とはいえ、『希望した研修先』といっても、ある程度配属先は決まっている。そもそも、火水土風四つの魔法属性に応じて寮分けがなされているのだから、それぞれ自分の属性から研修先が決定されるのが普通である。
「――だが、どうも今年は随分受け入れ先の振れ幅が大きいようですね」
風の監督生、ベンジャミン・ビエントが手許の書類を広げて呟いた。
私は他の同行者のように、席に着く監督生の――私の場合はマリアだ――の傍に控えて立っていたが、おもむろに後ろから、マリアの持つ書類を肩越しに覗き込む。
フェルミナが「ええ」と言って書類を捲る。
「今年の五年生は例年より様々な才能を持っている方が多かったみたいですから。皆さんにまとめて提出していただいた研修先希望調査票でも、四隊以外の研修先を希望した生徒がちらほら、見られました」
「アンディヌス君がその筆頭ですね」
「そうですわね」
学園長の言葉に、マリアが澄ました顔で頷く。
魔法を応用した技術の分野で頭角を現したマリアは、まさしく『様々な才能』を持つ生徒の筆頭だ。昨年度は執筆した論文が大学の研究者に激賞され、技術工廠の研究所から是非研修先に選んでくれと申し入れが来ている程だった。
アルフィリアは共和国に比べ工学があまり発展していないが、王太子は例の襲撃を受け、技術者の地位の向上を目指しているらしい。そういう意味でも、王国騎士団麾下の技術工廠に、瑕持ちとはいえ公女が研修に向かうということにはある種のパフォーマンスとなるだろう。無論、そういったところに王族にごく近い高位貴族の令嬢が少しでも在籍することに、前例はないはずだが、だからこそ。
「他にも、傍系王族の方が指揮を取る騎士団麾下の医療班を研修先として希望した五年生もいたな」
「火や水の属性なら、工夫次第で医療器具の消毒や止血ができますものね。軍医の支援をする人材の育成や衛生兵の指揮官候補の育成が、アカデミーの段階から必要とされ始めていることの証左ですわ。……たしか、ジークレイン様のところと、わたくしのところにも一名か二名ずつ、おりましたわよね」
「ああ。届け出を確認している」
(意外にも、研修先が分かれるものだな)
アカデミーに見合いに来てきた令嬢が騎士団に就職しないのはザラだが、男子の中にも騎士資格を持ったまま文官になりたいと思っている者がいるようだ。
私の記憶では、ほとんどの五年生が王国騎士団の四隊に配属され、そのままそこの所属となっていた覚えがあるが。私も、『前回』同様水の隊を希望に書いた――とはいえ、『前回』とは選んだ理由が違うが。クロードの時は、近衛騎士隊、という選択肢が浮かばなかったのだが、今回は単純に不可能だ。 なぜなら表向き、近衛騎士隊に女性は所属できないことになっている。
やはりこれらの変化は、マリアが変わったことや、平民出身のフェルミナが監督生をしていることを受けてのものなのだろうか。
「それより、僕が驚いたのは君の研修先だけれどね? イグニス」
「俺の?」
「君はてっきり火の隊に行くと思っていたよ。というより、誰もが君を、火の聖騎士長候補の筆頭だと思っていると言っても過言ではない。それなのに、何故君は近衛騎士隊を研修先に選んだんだい? 他人が口を出すことではないかもしれないが、火の隊の方がふさわしいと考えている者は少なくないはずだ」
それを聞いて、私は僅かに目を丸くした。
(へぇ、ジークレインは近衛騎士隊を選んだのか)
『前回』では卒業後の最初の配属先は近衛騎士隊だったものの、実地研修では火の隊に行っていただろうに。
「別に、大したことじゃない。父上――火の聖騎士長の下以外で、学べることを学びたいと思っただけだ。……それに、各自によりふさわしい研修先を、と言うのなら、クローディアもだろう」
「私?」
突然、話を振られ、目を瞬かせることしかできない。
ジークレインは焦れったそうに「わからないのか」と眉を寄せた。
「お前は水の魔法が使えない。水の隊を研修先にしても、無意味だろう。他の研修先を選ぶべきだ」
「……言いたいことはわからないでもないが、生憎選択肢がここしかなくてな」
「――近衛騎士隊がお前に最も相応しい。俺はそう思うが?」
一瞬、どきりとする。私が口を開く前に、「まあ確かに」とマリアが呟き、おい、とどつきたくなった。
フェルミナが眉尻を下げる。「それは……でも、近衛騎士隊は女性は所属できないから。女性の出入りの制限が厳しいところに、クローディアは出向けないでしょう」
「――そのことなのですがね」
やおら学園長が、脱線しかけた会議に口を挟んだ。
その、少々苦々しく聞こえる声に、その場にいる幹部陣は目配せし合う。
そして学園長は眉間に皺を寄せたまま、続けた。
「急遽。近衛騎士隊の女性禁制が、解かれることとなりました」




