052 襲撃
同時投稿です。
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――美しい、濃い金の髪が目に入る。
風を孕んで揺れる髪も、陶器のように白い肌も、前を見つめる横顔のシルエットも、息を呑むほどに美しい。
ああ、しかし、しかしだ。
そんなことはどうでもいいのだ。
美しい顔貌も、均整の取れた身体も、皮を一枚剥げば同じ肉だ。肉の下には黄色の脂肪があり、その下には骨がある。貧民も、闇の世界に身を浸す者も、王族も、人間であれば皆同じだ。
――アルフィリア王国第一王子、ユリウス・ル・アルフィリア。
彼の周りを固めるのは、かの最強の男ツェーデル・ド・アルフィリアが息子コンスタンティン・ド・アルフィリアと、その部下たる近衛騎士達だ。皆軒並み実力者であり、まともにやり合えば一対一でも敵いやしないだろう。
……だが別に、彼らと戦って勝とうなどと思っているわけではない。
ここで自分が、第一王子ユリウスに刃を向けること。それこそに意味があるのだ――。
(必ずや、やり遂げてみせます)
脳裏に思い描くのは、自分の世界の中心にいるあの方だ。人の枠を超えたうつくしさを持つ白金の髪と、煌めく銀の瞳を持つ、あの御方。
あの方がやれと命じるならば、自分はそれに従うだけなのだ――たとえその先にあるのが、破滅であろうとも。
王族専用の、一際高い観覧席に座るユリウスは、観察するような目では、眼下で繰り広げられているアカデミー一年生の戦いを見つめているようだった。気配を消して闇に潜んでいる自分からはリングは見えないが、観客席の様子からして三試合目が終盤に近づいているのだろう。三試合目は今年の主席と水の第二席の戦いだったようだが、実力の差は明らかなので勝敗の行方が気になる筈もない。応援の声を聞いていると、どうやら主席の方が何故かイラついているのか若干不調のようだが、すぐに決着が着くだろう。
そして、戦いを見終わり、ほんの僅かではあるだろうが、ユリウスを含めた彼らが気を緩めたその瞬間――その瞬間が来たら。
――わっ!
刹那、大きく観客席が沸く。目を見開いたと同時、審判が声を上げる。
「それまで! 勝者、ジークレイン・イグニス!」
拍手が沸き起こり、新入生たちの試合を見てか感心したように近衛騎士達が顔を見合わせる――今だ。
耳栓をつけ、地を蹴って駆け出した。
短剣を構えたまま、第一王子ユリウスに向かって突進する。こちらの気配に気づいたのか、ユリウスがちら、とこちらを見た。琥珀色の目と、目が合う。
ユリウスはふ、と目を細めた。短剣に気づいたはずだが、しかし彼のした反応といえばそれだけだった。その程度の危険と判断されたのだろう――いや、正しい。なぜなら第一王子ユリウスはツェーデルに迫るほどの光魔法の使い手、王国騎士団長なのだから。
だが。
その油断が、足下を掬うことになるぞ。
「喰らえ」
小さく呟き、短剣を構えたまま、腰に提げた布袋から小さな黒い、金属製の缶のようなものを取り出す。そしてユリウスの足下の地面に叩き付けるようにして放り投げ、そして自分は短剣を持ったままその場にかがみ込んだ。頭を隠すようにして。
「何を――」
コンスタンティンが口を開いたその刹那、光が弾けた。
脳幹を揺らすような大きな音と、平衡感覚を狂わす光の奔流。
――閃光弾。
あの方の国ではこの、目潰しというにはあまりにも強い光を生み出す不可思議な道具を、そう呼んでいるらしい。
「ぐああっ」
「なんだこれはっ、目がァ!」
耳栓と姿勢によって光と音から身を守ることができたので、そのままユリウスの方へと駆け出し、未だ目が眩んでいるらしく呻きながら片膝をついている彼の胸元に向かって、下から短剣を突き刺そうとして。
魔法力の気配と共に何かに片足を取られ、転倒した。何かに足首を掴まれたような感覚が有った。
なんだ、これは。土魔法か? いや、それとも――。
「ハッハ!」
唐突に、呵呵とした笑い声が辺りに響いた。
転倒した姿勢を慌てて立て直し、短剣を構え直す。とてつもない光を目の前に受けたユリウスが、苦しげな表情のまま片目を開き、「この声は」と呟いた。
ひゅ、と喉が鳴る。
威圧的なまでの存在感。ぶわり、ふきだした汗が肌を伝っていく。
「ふ、こりゃァ派手にやられたな。不意をつかれると脆いというのは騎士としてどうなんだ? バカ息子にユリウス」
「なんで、」
そうして。
何故か、そこにいる王国最強が、笑う。
「それにしても――うまく隠れていたものだな。サーシャ・デイヴィス。いや、もはや本物のサーシャ・デイヴィスかどうかは知らんがな」




