050 予想外
思わず、声を上げた。
ライターの、心もとない火で照らされた地下空間。
そこにいたのは、私が追ってきたアレクシス・ヴォジャノーイと――それから、ツェーデルだったのだ。
「は!? なっ、閣下!? どうして……」
「おお、リヴィエール。驚いたな、まさかここを見つけるとは」
ツェーデルが唇の端を吊り上げ、不敵に笑ってみせる。ヴォジャノーイはこちらを見て呆気にとられた様子で口を開けたまま硬直している。こちらは私の来訪が完全に予想外だった、といった表情だ。
……どういうことだ? 状況を把握しきれず、ひたすら困惑するしかない。
何より、驚いた、はこっちの台詞だ。何故、内通者である可能性の高いヴォジャノーイとツェーデルが一緒にここにいるのか。
ヴォジャノーイが内通者かもしれないと考えたツェーデルが彼を追いかけ、ここに追い詰めたという空気ではない。二人はここで内密に会っていたのだ――私と学園長、それからツェーデルが学園長室で密談をしているように。
つまり、強力な土魔法で構成された闘技場の外壁を壊したのは、ツェーデルということになる。最強の剣士と名高かった彼ならば、学園長と土の監督生の混成魔法で作られた闘技場であれど、力技で破壊することもできただろう。
「ど、どういうことですか、閣下」ヴォジャノーイは私以上に困惑したような顔で、ツェーデルとこちらを見比べる。「それに、リヴィエール……お前も何故ここに!? お前は、新入生交流試合の選抜選手だろう。今は出番がないとはいえ、辺りをうろつくだなんて水の寮生としてふさわしくない振る舞いをするな! 今すぐ闘技場に――」
「ハッハ! ……アレク、構わん。リヴィエールとは、少々知り合いでな……入学式の日も、お前にこの子を呼び出すのを頼んだだろう? お前もそれは知っているはずだ」
「それは、そうですが……」
ツェーデルに肩を掴まれたヴォジャノーイが納得がいっていない、といった表情で黙り込む。その様子は、常の水の監督生というより十六歳の少年然としており、私は少し拍子抜けしてしまった。
ヴォジャノーイが内通者であるわけではない、のか?
そういえば、とツェーデルの発言から入学式のことを思い返す。確かに入学式の日、ツェーデルに呼び出された時、私を学園長室まで連れてきたのは彼だった。
もしや――ヴォジャノーイは、ツェーデルと懇意なのか?
すると、こちらの考えを読んだようなタイミングで、ツェーデルが笑みを深めた。そして――。
「アレクは俺の孫だ」
「なっ……!?」
とんでもない爆弾を落とした。
驚愕の余り二の句が継げない私に、ツェーデルが「オッ知らなかったか」と愉快そうに笑う。
「俺の娘がヴォジャノーイ公爵家に嫁いでいてな」
「……閣下のご息女は公妃、だったのですか」
「なんだリヴィエール、おかしくはないだろう? 我が娘が嫁いだころは、まだ俺は王弟だったのだからな、ということはつまり娘は王族だ。であれば降嫁先は大体のところ公爵家か侯爵家となる。ハッハ、自由恋愛に羽ばたかない限りはな」
アカデミー関連の頼み事があると、アレクに言うようにしている、とツェーデルは笑って言う。近衛騎士の候補になりそうな生徒がいたら教えてくれ、とかな――。
……なら、もしや、ツェーデルがわざわざ入学試験を見に来ていたのはヴォジャノーイに会うため、もしくは何かしらの『頼み事』をするためにアカデミーを訪れたついでだったのだろうか。それならば、前騎士団長である彼が新入生の試験を見学しにきていたことにも説明がつくというもの。
そういえば、学園長はヴォジャノーイが内通者であるという可能性には引っ掛かるものがあると言っていたな。……となれば、彼は、ヴォジャノーイとツェーデルの関係を知っていたからこそそう言ったのだろうか。ツェーデルが学園長に情報共有せず好き勝手動いていた、ということになるが、そうなればすべてに納得がいく。
ならば、やはりヴォジャノーイは内通者ではないのか。
では、一体、誰が――。
「リヴィエール、本当に何故ここにいる? ……閣下、構わんとは仰いますが彼女は選手なのです。貴方とお知り合いなのも不可解ですが、早く闘技場内に戻さねば」
「っ、」くそ、まずい。このままでは碌に情報も得られず追い出される――私はきっとヴォジャノーイを見返すと、口を開いた。「先輩、あなたこそ、何故こちらにいるんですか? 監督生は新入生交流試合を観戦するのが基本的なスタンスだったはずでしょう」
「それは……、閣下に」
そこまで言おうとして、ヴォジャノーイが慌てて口を噤む。
私がツェーデルに視線を遣ると、彼は意味深に目を細めてみせた。……なるほど、彼も内通者がどこにいるのか、探っていたという訳だ――孫を使って。確かに、王国最強と有名なツェーデルが闘技場の辺りをうろついていては嫌でも目につくが、駒が生徒であれば、選手であり下手に注目を受けている一年生――つまり私を動かすよりも目立ちにくい。
恐らく、ヴォジャノーイは枢機卿のことやら、内通者のことやらについては知らされてはいないのだろう。ツェーデルの言いつけ通り、周囲を観察していた。朝早くから談話室にいたことに関しても、目的は全く異なるが、私の考えは当たっていたという訳だ。
「少々、アカデミー内で気になることがあってな。アレクに調べさせていた」
「閣下!」
「へえ、気になることですか」私はなるべく自然な反応に見えるように心がけて応える。「何かあったんですか、先輩」
ヴォジャノーイはツェーデルと、それからこちらを少し睨んだが、やがて「まあ、お前にも話しておいた方が、早く見つかるかもしれないしな」とため息交じりに呟く。
早く見つかる? その言葉に私が軽く眉根を寄せると、ヴォジャノーイが続けた。
「ああ。朝から、我が寮の一年生、サーシャ・デイヴィスの姿が見当たらない」




