049 追跡
「なんですって」
流石に予想外の言葉だったのだろう、学園長がきつく眉根を寄せる。「……リヴィエール君、君は自分の発言の意味をきちんと理解しているのですか」
「もちろんです」
アレクシス・ヴォジャノーイは水の寮の監督生だ。それだけではない、れっきとしたヴォジャノーイ家の第三公子。貴族とは身分が違う。彼を内通者扱いするリスクは他の生徒をそう扱う時よりも遥かに高い。だが――。
「非常事態です、学園長。手を貸してください。私もれっきとした近衛騎士だ。明確な命令は下っていませんが、防げる事態は防ぐ責任があります」
「閣下に指示を仰ぐべきなのではありませんか。君一人で決断できる水準を超えているように私には思えますがね」
「一刻を争います。そもそも閣下がどこにいるのか、私は知らされていません。あの人が姿を隠して潜んでいるのならある程度そこには意図があるはず。それを無理に探すメリットは少ない」
「……」
「副隊長殿も、今はあの枢機卿の手下の見張りでここにはいない。私が指示を仰ぐべき人間はこの場にはいません。近衛騎士はある程度独断専行が認められています。……それに、アンディヌス家の醜聞も、ウェスタ侯爵家の情報も、水の寮のトップであり、かつ公子である彼であれば情報を集めることも可能でしょう!」
学園長は言い募る私を暫しの間見ていたが、やがて深い溜息をつき、「いいでしょう」と言った。
私が目を見開くと、彼は徐に手にした杖を振った。学園長の魔法力を受けて、魔水晶がぼんやりと発光する。……魔道具としての効果が発揮されたのだろう、つややかな水晶の表面には学園内の光景が鮮明に映し出された。
そして、何かを追うように映った景色が流れていき、やがて制服姿の少年の背にピントが合う。
「青みがかった銀髪……」
間違いない、この少年はヴォジャノーイだ。思わず、水晶を両手で持ち上げる。
後ろ姿故に顔は見えないが、その背はどこか緊張しているように見えた。
「……確かに闘技場内で試合を見てはいないようですね。不自然だ」
学園長が呟くのを耳にしながら、私は水晶に映された景色を観察する。
ヴォジャノーイが歩いているのはどこだ。少なくとも、周りの様子からして屋内ではない。つまり本校舎や寮内ではない。周りに見えるものは、学内によくある石畳。アカデミーの敷地内であることは間違いはなさそうだ。
きょろきょろと辺りを見回しているのは、何かを探しているのか、あるいは何かを警戒しているのか。これから枢機卿と会うのであれば、後者であると考えるのが妥当か。
やがてヴォジャノーイは石造りの建物の、狭い通路の中に入っていき――待て、石造りの建物?
「この建物は闘技場ですね」
「……どういうことだ?」
あんな裏口のような、狭い通路が闘技場内にあっただろうか。それとも彼が無理やり作ったどこかへ繋がる通路なのか。
ヴォジャノーイは一瞬入り口の前で立ち止まると、通路に入ってすぐに見えた急な階段を下りていく。
「……おかしいですね。少なくとも、私や土の監督生が工事をした時にはあんな通路を作った覚えはありません。それにそもそも、あそこは修練場だ。地下などありません」
「なら、あれは工事後にヴォジャノーイが作った通路、そしてこじ開けた地下空間への階段だということですか」
「……断言しかねますが、闘技場は外壁も内部も頑強に作っています。水の寮の顔である彼の水魔法は当然強力ですが、外壁を抉り、階段まで形成できるほどの威力も精度もないでしょう」
「ということは、」
……やはりヴォジャノーイのバックには誰かがいる、ということになる。
それも、元聖騎士長たる学園長が形成した闘技場を破壊できるほどの力を持った誰かが。
「ふむ……、」
学園長が押し黙る。
何かを考えている様子だった。しかし取り合っている暇もない。
「追います」
「リヴィエール君、待ちなさい」
「悠長にしている場合ではありません。いつ枢機卿が動き出すかわからない以上、」
「そうではない」
学園長が片目を瞑り、もう一度杖を一振りする。途端、学園長室の床の一部がせり上がり、校舎を形成していたものがひとかたまりの土塊となって床に落ちる。
そして学園長はその土塊に歩み寄ると、杖の先で軽く一回、叩いた。するとみるみるうちに土塊が形を変え、細身の剣になった。柄は土の色のままだったが、抜身の刀身は鈍色に輝き、土の塊であったとは思えない美しさだ。
「……これは」
「私が東の帝国のカタナをよく知らないため両刃だが、それを除けばよく似た形状となっているはず。それを持っていきなさい。君の剣術は、東の剣を使うものなのでしょう。
ヴォジャノーイ君が内通者か否かに関しては、私には少々引っ掛かる点があります。正直、可能性はかなり低いでしょう。
が――万が一の場合を考えなくては騎士とは言えない。持っていて悪いことはないでしょう」
唾を飲み下す。土魔法の応用で、土に含まれた物質の純度を極限まで高めたことで生まれた鉄製の剣。私も初めて見るレベルの高等魔法だ。
「……、ありがとうございます」
頭を下げ、執務机から火打ち式のライターを借りると、そのまま学園長室を後にする。
言葉を尽くす時間はない。私は本校舎を飛び出すと、そのままヴォジャノーイの足取りを辿るべく闘技場への道を駆ける。
「っ、あの通路はどこだ、」
水晶に映しだされた景色を思い出しながら、闘技場の周囲を走る。
そしてちょうど水の観客席の反対側辺りにあたる外壁の下に、人ひとりがなんとか入れそうなほどの狭い通路があるのを見つけた。覗いてみると、階段が続いている。
「ここか!」
叫び、私は躊躇いなく進むにつれ暗くなっていく階段を駆け下りていく。
息苦しく狭い地下空間に辿り着き、ライターに火を灯す。そしてそれで辺りを照らし、
「――え?」




