037 報告
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「とんでもないことになったな」
「ええ、まったくです」
――休日終了間際、夕暮れ後の学園長室にて。
ハースと私が急ぎ作成した報告書を投げ捨てるように執務机に投げ出した学園長が、疲れたようにかぶりを振る。密会場所が学園長室しかないからと仕事場を提供している彼としては、面倒ごとに巻き込まれたくないという思いが強いのだろう。疲労が表情に滲み出ていた。
「ハッハ、まさか枢機卿なんてのが出てくるとはなあ。俺も近衛騎士隊の頭であった時に顔を見たことがあるかどうか、というくらいのレアな大物だぞ?」
「笑い事ではありませんよ。これで聖シャルルが不穏なことを企んでいるということは確定になりました。最早あなたと私とコンスタンティン副隊長、それからリヴィエール君とハース君でこそこそと暗躍し、隠していていいことではありません」
「もちろん、わかっているとも」
ツェーデルがにやりと口角を上げる。「この報告書とほぼ同じものをコンスタンティンに渡せとハースにも言っておいた。今頃、ユリウスの耳にもそのままとは言わずとも情報が入っていることだろう。そうだな? リヴィエール」
「はい」
ウェスタ侯爵家におきた騒動を報告するため、そして枢機卿の護衛らしき例の刺突剣使い二人を連行するために、ハースはすぐに近衛騎士隊本部へと戻った。
王太子叙任まで時間がなく、かつ団長に就任したばかりのユリウスを動揺させたくないとコンスタンティンは考えているのだろうが、事の大きさからも内容からもユリウスを蚊帳の外にはしておけない。
何せあの枢機卿は明言したのだから――『アルフィリア王家の潰し合いは楽しそうだ』と。
「……申し訳ありません、私が あの男を逃がしさえしなければ、もっと有力な情報を得られたのでしょうが」
全くもって不甲斐ない。まさかみすみす枢機卿を逃がしてしまうとは。
大きい魚とわかっていて情報源を失った。いくら子どもの身体とはいえ、相手はただの工作員だと油断してさえいなければ、もっと他にやりようはあっただろう。
「いや、まあその点に関しちゃお前さんを責める気はない。俺も聖シャルルの関係者らしきやつらがウェスタ侯爵家に現れるかもしれないと、とあるスジから聞いていただけだからな。まーさかそんなとんでもないのが出てくるとは思わなんだ」
「閣下の『とあるスジ』とやらが非常に気になるところではありますが、まあ、私も概ね同意です。聖シャルル教の枢機卿や教皇は、共和国政府以上に謎に包まれている。目の前に突然現れては動揺するのも無理はありませんよ。それにハース君のサポートもあったことでしょうし、何より君は、今は子どもなのだから」
「……はい」
「それに今回は、閣下の情報があったとはいえ、たった一日で聖シャルルの動きの手掛かりになるであろう捕虜を獲得できたのが大きいですからね。そちらの功を誇ればいい」
「まあ、つかまされた情報と言い換えることもできるがな」
肩をすくめてみせたツェーデルが「しかしまあ」と続ける。
「枢機卿の真の意図は微妙に読めんが、聖シャルルの狙いが王家の御家騒動、つまり第一王子と第二王子の諍いにあるとすれば、つかまされた情報にも意味があるだろう。少なくとも捕虜は嘘はつかないということになるからな」
そう。
問題は、ウェスタ侯爵家出身の第二王妃が第二王子の生母であるということだ。
となると、第二王妃はウェスタ侯爵家を使って聖シャルルの商人――正体は枢機卿だったが、恐らく普段は彼の手の者が動いていたのだろう――から【マンティコアの涙】を買い、それを利用して第一王子ユリウスの婚約者であるシャーロット・アンディヌスを巻き込みユリウスのネガティブキャンペーンをしたうえで、彼の王太子叙任を邪魔しようとしていた……というシナリオが容易に想像できる。
そうであれば、聖シャルルの狙いを果たすためには、捕虜である彼らは『ウェスタ侯爵家と私たちは繋がっており、共に第一王子を陥れようとしていました』と正直に話す必要が出てくる――もちろん、捕虜の二人が自分の命を度外視しているという前提の上で成り立つ話ではあるが。
とはいえ、十分にあり得ることだろう。あの護衛らしき二人は、枢機卿の言うことには絶対服従、という様子だった。
「それにしても、アンディヌス公爵家と第二王妃に繋がりがあるとは。本当に見事に『【マンティコアの涙】事件』と『不審な聖シャルルの動き』が結びついてしまいました」
はあ、今後の展開が予想できて頭が痛いですねえ、と本当嫌そうに学園長が呟く。
聖シャルルと取引をするにも、切り捨てられる生家を用意していた第二王妃が、アンディヌス公爵家に出入りしていた証拠を残していたとは考えにくい。もちろん立場は悪くなるだろうが、仮にも王子を生んだ正妃だ、彼女を失脚するところまで追い込むことはできないだろう。
「王家のいざこざなど、できれば一貴族である私の耳には入れて欲しくなかったことです。どこぞの閣下の横暴で、私も関わらざるを得なくなりました」
「まあそれはもう仕方あるまい? お前さんも既に立派な共犯者だ、アレイスター」
「共犯者という表現は非常に遺憾です。巻き込まれ事故でしょうに」
学園長が横目でツェーデルを睨みつけるが、やはり彼はどこ吹く風だ。
ただ。
「――こうなったら、俄然気になるのは一年後に起きるということになっているアヴァロン峠の戦いについてですね」
「ああ、そうだな。お前の夢の中じゃ、不自然に記録が抹消されていた聖シャルルとの小競り合い――アヴァロン峠の戦いは、確か王太子の叙任式の日の前夜のことだったか」
「ええ」
今回の件は、どうしてもアヴァロン峠の戦いを想起させる。
第一王子ユリウスの名前が出てきたこと、枢機卿まで関わってきた不審な仮想敵国の動き、そして『クロード』の記憶の中で、シャーロット・アンディヌスが王太子の第一妃になっていないということを含めて考えると、尚更だ。
「お前さんが言うには、例の夢の世界ではハースは、ウェスタ侯爵家に行ったものの、枢機卿に殺されたのではないかという話だったな。となれば、夢の世界ではここまで早く、第二王妃の企みの一端が明かされることはなかったわけだ。聖シャルルとウェスタ侯爵家につながりがあったという情報を持ち帰ることができる人間は誰もいなかったのだからな」
「ええ、そうでしょうね。そもそも、今回も、【マンティコアの涙】事件が発覚したのは、危険魔法薬を願いが叶う薬だと勘違いをしたマリアが私を陥れようと企んだからで……、」
……待てよ。
『クロード』であった時、上司である王太子ユリウスの第一妃がシャーロット・アンディヌスではなかったということは、少なくとも何らかの原因で【マンティコアの涙】をアンディヌス公爵家が保有していたということが露見したということだ。そして、それが婚約破棄に繋がり、シャーロット・アンディヌスは王太子妃の地位を失った。
そして、今回【マンティコアの涙】がアンディヌス公爵家にあると露見したのは――今は少なくとも、その事実は内々にされているが――そう、マリアが原因だ。
となれば、『前回』でもきっかけはマリアだと考えるべきか?
「どうかしたか、リヴィエール?」
「いえ、ただ……今回の件の延長線上にアヴァロン峠の戦いがある可能性が出てきたでしょう」
第二王妃は第一王子を王太子、ひいては王にはしたくなかった。そのためにアンディヌス公爵家を嵌めようとした。そしてそれに乗っかったのが、王室内での争いを望む聖シャルルだった。
となれば、『前回』、アヴァロン峠の戦いが起きた経緯は――聖シャルルが第二王妃をうまく利用して情報を手に入れ、王室内で御家騒動が起きているタイミングを狙って襲撃しようとしたところ、偶然火の騎士隊と遭遇してしまった、というようなところだろう。
ふむ、とツェーデルが頷く。
「まあ、そうだなあ」
「なら『前回』ではどうして、【マンティコアの涙】がアンディヌス公爵家にあるとわかったのか、と」
「【マンティコアの涙】を使ってアンディヌス公爵家を陥れようとしたのはウェスタ侯爵家ないし第二王妃なのだろう? 第二王妃ソフィアが何かしらしたのではないか?」
「その可能性が高いでしょう。ただ、『今回』、【マンティコアの涙】の存在が発覚したのはマリアがきっかけだった。だから、『前回』も彼女が何かの引き金になったのではないかと」
「ああ、確かにその可能性もありそうですね。いくら王妃とはいえ、第一子を生んだ王妃でなければそこまでの権力はない。大貴族であり、王太子妃の第一候補がいるアンディヌス公爵家を、ソフィア妃殿下ではそう簡単に陥れることはできないでしょう」
学園長が肩を竦める。「そうなると、アンディヌス公爵家の者が何かしらやってくれることがもっとも都合がいいでしょうね。第二王妃殿下ひいては聖シャルルの者にとっては」
その何かしらが、『前回』もマリア・アンディヌスの暴走だったのではないか、ということだ。私は目を閉じ、顎に手を当てる。
「……『クロード』は、マリア・アンディヌスと言葉を交わしたことはほとんどありませんでした。ただ、彼女は今回私を敵視したように、かつてはフェルミナを目の敵にしていた。ジークレイン・イグニスに最も近い女として。まあ、平民風情が彼に近づくなという理屈でしょう――今回私が被害を被りそうになった理由が、魔法を使えない伯爵の娘ごときが彼に近づくなという理屈からだったように」
「嫉妬にしちゃア【マンティコアの涙】使用は重すぎる。ハッハ、十一かそこらでこうとは、全く貴族の女は怖い」
「全く、笑い事ではないのですがねえ。……それで? フェルミナ・ハリスを大切に思っていた『クロード・リヴィエール』は、彼女の周囲のマリアのことは覚えていたのですか?」
疲労故か底意地の悪い聞き方をする学園長。
こういうところはやはり、ツェーデルに近しい人間だな。
「……君。何か失礼なことを考えていませんか」
「いいえ、何も。……話を戻しましょうか。端的に言うと、『前回』のマリア・アンディヌスですが、恐らくロイヤルナイツアカデミーを卒業できていません」
「何?」
「公女がアカデミーを卒業できないなどということは殆どないでしょう。けれど、『クロード』はアカデミーの途中から彼女の姿を見なくなった。恐らくアカデミーの低学年頃からです」
「……それは、今回と同様、敵視した相手を陥れるために【マンティコアの涙】を使い、今以上にそれが問題視され、退学にさせられた……という可能性が高いですね」
その通りだ。
となると、『前回』の【マンティコアの涙】事件は二年生頃に起きた可能性が高い。
そして、それをきっかけとして第二王妃はアンディヌスの第一公女シャーロットを陥れるために動いた。
さらにその情報を受け、おそらくあの枢機卿が、軍の一部を動かし――アヴァロン峠の戦いに繋がった。
そう考えれば、全てが繋がる。
重要な情報を持ち帰るはずのハースが死んでしまった『前回』では、第二王妃と第一王子陣営がぶつかるための最初のきっかけが、マリアによる【マンティコアの涙】事件だったのだ。




