019 学園長
「――という訳だアレイスター。承認しろ」
すると。私が頷くなり、ツェーデルが扉に向かってそう言った。
はっとして扉の向こうの気配を探る。するとそこには、確かに一人の気配があった。
話に夢中で気がつかなかった――いや違う、気配を消していたのだ、私に気付かれないようにするために。
「やれやれ……」
ぎい、と重い音を立て、そう呟く声と共に学園長室の木製の扉が開かれる。
入ってきたのは、眼鏡をかけた、貴族らしく上品な略式の礼服に身を包んだロマンスグレーの男だ。
私はもとより、騎士系貴族であれば、誰もが顔と名前を知っているその男は――ロイヤルナイツアカデミー学園長、アレイスター・スケアクロウ。
魔法の四大名門家の一角、スケアクロウ伯爵家の前当主にして、前度の聖騎士長だ。
「その少女を近衛騎士隊に入れると言うのですか? 閣下」
まさかこの男に、先程の話を聞かれていたのか。
緊張で体を強張らせる私をよそに、大きな溜息を吐き出しながら、学園長がくすんだ金色の目をツェーデルに向けた。
「ああ、その通りだ。この子は普通の少女ではない。ぜひうちでほしい」
「貴方は頭がおかしいんですか?」
ばっさりだった。
学園長は (恐らく)激怒した。この邪知暴虐の前騎士団長の思惑を砕かねばならぬと決意した (のだろう)。
「少し気になることがあるから出ていろと私をこの部屋を追い出し、だが外から離れたところで聞いていろと命じ、挙句の果てに面白おかしく夢の話をし始めたと思えば、今年の次席入学者を近衛騎士隊に勧誘? 二重学籍――いや学籍ではありませんが、それを承認しろ? は? なんです? 私はあなたの部下でも近衛騎士隊にわんさかいる親衛隊の一員でもなんでもないのですがねえ。承認するはずがないでしょう。もういい加減にしてください」
まったくの正論であった。
しかし途端にげんなり顔になったツェーデルは軽く舌打ちをした。
「相変わらずごっちゃごちゃとうるさいやつだなお前さんは。それから近衛騎士隊のやつらに、ツェーデルズなどとおかしな名前を付けるのはやめろ」
「傍若無人の権化であるような貴方の信奉者など、ツェーデルズで十分でしょう。そもそも貴方は騎士団をとうに引退されていたはずでは? アカデミーに入学したばかりの少女を近衛騎士隊にねじ込むなど、どこにそのような権限がおありなのかぜひご教授願いたいものですね。王族としての権力にも限りがあるでしょうに。陛下にご報告しますよ」
「はあ……相変わらず頭が金剛石並みの堅さだな。お前さんもそう思わないか、リヴィエール」
まさかそれに頷けと言うのか。学園長頭硬いですねと言えと?
同期に頭がおかしいのかと問われる訳である。学園長の言っていることが正しいに決まっているではないか。
……しかし、それにしても学園長はどうやって私たちの話を聞いていたのか。
先程、彼は『外から離れたところで聞いていろと命じ』と言っていた。つまり、私たちの話は扉の向こうではない、どこか遠くで聞いていたということになる。扉の向こうに潜んでいたのでなければ、私が気配を感じ取れない訳だ。
だが、学園長室の扉は分厚い。少し距離があれば、部屋の中での会話など、まったく聞こえなくなるように思えるのだが。
私の疑問に気が付いたのか、ツェーデルが「ああ」と言い、両の眉を上げた。
「盗み聞きの方法が気になるらしいな? リヴィエール」
「盗み聞きとはあんまりでは? 貴方がそうしろとおっしゃったのですがねえ」
苛立たしげな学園長の反論を黙殺したツェーデルが「簡単なことだ」と笑う。
「アレイスターは土魔法の使い手としては超一流だからなあ。魔法力を部屋の壁に纏わせれば、そこから感じる声の振動で会話を再現するなどお手の物なのさ。壁は石や煉瓦でできているからな。土魔法で魔法力を纏わせることも可能という訳だ」
「大きな顔で語るような魔法ではありませんがね。しかも貴方が」
学園長は不機嫌そうに眼鏡の弦に触れるが、大きな顔で語るような魔法だろうに、と無意識に苦い顔になる。魔法力の気配にさえ気づかれなければ、密談は彼に筒抜けという訳だ。
俄かには信じ難い高等魔法を当たり前のように使う。……やはり聖騎士長は騎士団の中でも格が違う。
かの聖シャルル共和国では、「盗聴器」なる機械が存在するという話を耳にしたことがあるが、少なくともこの国ではとんでもなく有用性が高い魔法と言えるだろう。
「貴方は彼女の『夢』とやらが本当に、『予知夢』だと思っているのですか? 閣下。改めてよくお考え直しを。そもそも近衛騎士隊は女人禁制です」
「こいつの力は王国のために有用だぞ、アレイスター。過去を洗っても、憎悪を抱くような環境にはいなかった少女が、闇魔法を使い、アルティスタの幹部の秘剣を自在に扱う。これは異常だ。今年はまったくもって、異常な新入生が多いなあアレイスター」
学園長が不愉快そうに目を眇めるのがわかった。
異常な新入生。それは恐らくは私と、それからフェルミナのことを言っているのだろう。ややもすれば、私のように裏の事情などなく、単なる才能のみで二級騎士を押していたというジークレインのことも指しているかもしれない。
「もっと喜べアレイスター。俺はその異常な新入生たちの一人を監視してやると言っている。平民出身の少女ともども扱いに困っていたのだろう? 闇魔法も『過去』も知らなくとも、クローディア・リヴィエールが明らかに異常であることは、一定以上の実力者であれば悟るはずだからなあ。お前さんは報告がいったとき、さぞ頭を抱えただろう――フェルミナ・ハリスに続いてとんでもない頭痛の種が転がり込んできたと」
魔法を使わずに剣術だけで二級騎士を負かした。
失格という結果がどうあれ、私のミスは学園長の緊張を誘ったという訳だ。
蒼月流を使っていれば、遅かれ早かれツェーデルには目をつけられただろうが。……ああそれもこれも、『前回』でボスが蒼月流についての説明を怠ったのが悪い。私の確認不足というだけでは収まらない話だ。




