016 かつての対峙
私は伏せていた顔を上げた。
ツェーデルの目は真剣だった。視線は鋭利とすら言えそうなほど真っ直ぐだ。
私は彼のその表情を見て、僅かに唇を曲げた。
「信じてくださるんですね。ここまで荒唐無稽の話にも関わらず」
「信じる? 何を言う。お前さんのそれは、夢の話なのだろうに」
――信じるも信じないもない。
そう、きっぱりと言い切るかつての師に、私は幾度か目を瞬かせ、それから小さく笑いを零した。
……ああ全くその通り、これはあくまで『夢の話』。夢の内容に作り話も何もない。
やはり貴方はそうでなくては。
「姉とフェルミナの死が、王国騎士団によるものではないかもしれないという情報を、ジークレインが掴んだという話をしたからですよ」
「……フェルミナ・ハリス。王国史上初めての、平民出身の騎士だな。そして『クロード・リヴィエール』が憎悪に狂い、王国に背く原因となった女」
そう、ジークレインは決戦の――全面衝突の前、私と対峙した時に、そう話したのだ。
『フェルミナは失われていない。まだ間に合うはずだ、帰ってきてくれ』と、既に大罪人の身である私に。
「ジークレインは嘘を吐かない。あれは純然たる騎士だ」
少なくとも、私と彼女相手には、絶対に。
あれは、私を嵌めようとした嘘ではなかった。……否、たとえ王国の敵たる私を騙すことがあったとしても、ジークレインはフェルミナと私の姉の死を利用するような男では、絶対にない。
ジークレイン・イグニスは最上の騎士だ。私はそれを、誰よりもよく知っている。
『俺もお前と同様、フェルミナの親友だ。フェルミナが任務を放棄し、まして暴走なんてするはずがない。フェルミナが処分をされた理由をでっち上げ、彼女を殺したのであろう土の騎士隊の人間を恨んた。そして憎んだ。だが……違った、フェルミナを殺したのは王国騎士団ではなかったかもしれない。その可能性を、俺は掴んだんだ、クロード!』
私は、王国の最大の敵であった私の目の前で、護衛も連れずに叫んだジークレインの、その顔を覚えている。
それは悲しみと怒りと憎悪に染まった目だった。裏切り者の私への怒りと、失った悲しみと……それから何故か私以外の誰かを憎んだ瞳。
『頼む、戻って来い、クロード! 俺は――親友を手にかけたくはない!』
それは笑えるようで、笑えない話だった。
ジークレインのその言葉は、私にとっては遅すぎた。
「……私を騙そうとしているのなら、あんな悲痛に叫んだりはしないでしょう。それに、もっと他に選ぶべき言葉があったはずだ。戻って来い帰ってこいなどと、罪人相手に馬鹿げたことではなく」
私と同じく憎悪を抱きながらも、光の道を歩んだジークレイン。
彼が何を見たのか、何を知ったのか、本当は私も理解したかった。フェルミナを殺したのが土の騎士隊の者ではなかったのなら、誰なのか。私の本当の敵は、なんなのか。
「だが、やはり、最早私は王国の敵だった。何もかもが遅すぎた」
革命軍の先導者である私に、最早後退は許されない。
私は激しい身分制度の裏にあるものを見てしまった。
フェルミナや姉の死以外からも、貴族を憎み、不平等を恨む心を育ててしまった。
だからこそ、私はジークレインと決別した。
『いつまで私の上に立っているつもりだ、ジークレイン! お前の言葉など、最早、私には届かない!』
――そうして私が率いる革命軍の第一軍は、王城を背後にする王都の広場で、ジークレイン率いる火の騎士隊と全面衝突した。
幾度となく刃を交え、火魔法と闇魔法をぶつけ合い、全力の殺し合いをした。
そして、あの瞬間がやってきた。
「……何故か、あらぬ方向から、不思議な光の玉が飛んできたと言っていたな」
「はい」
魔法だが、見たこともない魔法だった。
そして、私は咄嗟にジークレインを突き飛ばし、あいつの代わりにその魔法に撃たれて死んだ。
「その魔法がなんであるかはともかく、ジークレイン・イグニスを狙いお前さんを援護するのなら、革命軍がいた方角から飛んでくるはずだろうに」
「ええ」
あの魔法は、間違いなく、王城の方角――つまり、火の騎士隊がいた方向から飛んできたのだ。
最前線にいて私とぶつかり合っていたジークレインに向かって、真っ直ぐ。
「私を狙おうとして間違えたか」
「それともどさくさに紛れて聖騎士長を殺そうとしていた者が火の騎士隊にいたか、だな」
革命軍のスパイは騎士隊に紛れ込ませていなかったのか、と聞かれ、私は首を振る。
他の隊には潜り込ませていたが、火には送り込んでいなかった筈だった。ジークレインもまた、ツェーデルと同じように嘘が通じないタイプだからだ。
「……ジークレインは私に、『フェルミナの死は騎士団によるものではない』ということを伝えました。その詳細については、聞くことを拒んだ故にわかりませんが、」
あの時、私が背負っていたのはフェルミナの死だけではなかったからこそ、ジークレインの話を聞かなかった。しかし今ならば私は、あいつの言った内容に考えをめぐらせることができる。
この国の身分制度の在り方が間違っているという信念はともかく、とった手段は愚かなものだったとわかっている今だからこそ。
「ジークレインが私に伝えたかった何かを、伝えられては困る人間が、あいつを狙ったのかと思うのです」
「その者が、お前さんの姉やフェルミナ・ハリスを殺したと?そして、何か都合の悪いことを知ってしまったジークレイン・イグニスをも、消そうとしたと」
「しかし、実際に死んだのはクロード・リヴィエールだった」
「そして何故か、世界が巻き戻った――というわけだな」
「……と、いう夢ですがね」
ああまったくだ、とツェーデルが思わしげな顔で大袈裟にかぶりを振る。そんなもの、まさに夢物語だと、悲しげに眉を寄せて。
しかしその数瞬後、その表情は愉快そうなものへとあっさり覆る。
「で、その夢、正夢になる可能性はあるのか?」
「おや、私の見た夢が予知夢であると?」
「予知夢かどうかは俺にはわからんさ」言うなり、ツェーデルはひどく胡散臭い笑みを浮かべる。「ただ、お前が、世界中でもたった一人しか使えないはずの蒼月流抜刀術をモノにしているのはれっきとした事実だ。予知夢かどうかは別として、その夢は『使える』。有用だ、非常にな」
「仰る通りですね」
事実は事実としてある。ボスの手にしかないはずのものが、確かに『私』へと継承されているのだから。
「――そしてお前さんは、その夢の結果に逆らい、姉ノエル・リヴィエールと、フェルミナ・ハリスを助け出そうとしている」