111 不法侵入
花陽宮のファザードは、王都や他都市にいくつか散らばるアルフィリア王家の離宮の中でも可憐だと評判だが、夜の間にだとその装飾の素晴らしさもよくわからない。
正門はそれ程高くなかったので、魔法力そのものを身体にまとい、跳躍して乗り越える。
花陽宮は建物そのものは然程大きくなく、どちらかといえば大きな屋敷と表現する方が近いのだが、庭が広いと有名だった。有名な作庭家がデザインしたらしく、正門から宮殿までがかなり遠い。
それが時間のロスになるのが歯痒い。
「白亜の宮殿も夜の中だとさっぱりだな」
花陽宮に来るのは初めてらしいジークレインがぼやく。
まあ、観光で来たことがないのに、初めての訪れが不法侵入だというのは愚痴を言いたくなるのもわかるが。
「観光なら無事帰れたあと、明るいうちにすればいい。……ジークレイン、それでどうだ? 妙な気配は感じるか?」
「さすがにこの距離じゃマフィアの気配と警備の騎士の気配は区別がつかないな。もう少し近づかなくては。……だが――」
「……そうだな」私はぎり、と歯を食いしばった。「異変は起きているのは明らかだ。早く辿り着かなければ手遅れになるかもしれない」
何せ――四人の門衛が全員殺されていた。
皆、身体は温かかった。賊はここに辿り着いたばかりということだ。
騒ぎになっていないということは、手早く、静かな暗殺だったのだろう。
さすがに第一王妃を狙うというヤマに関わる以上、賊も――恐らく教会にいなかったことから南部支部長も同行していると思われる――隠密行動に力を入れているだろう。
騒ぎをなるべく起こさず王妃を殺すには、宮殿内の警備を任された騎士・兵士たちに気づかれずに王妃に近づく必要がある。――そのための行動には時間がかかる、はずだ。
「急ごう。
……ん? クローディア、宮殿の前に警邏の騎士がいるぞ。どうする? これ以上近づけば気づかれるぞ」
「……」
先に侵入している賊も、宮殿内の警邏役を殺して回ってはいないらしい。
まあ当然か。そういった警備を任された警邏は灯火を持ってあちこち歩く。仲間が道端で殺されていたらたちまち騒ぎになり、侵入者を探せと捕物が始まってしまう。極力見つからないように中に入っただろう。
「そうだな……」
今の私たちは不法侵入の身の上であるに加え、状況を丁寧に説明している暇もない。
かといって、一応、仲間にあたる夜警の騎士に傷をつけるわけにはいかない。
時間を取られず、怪我をさせないようにするなら――。
「――このまま正面突破だ。足を止めるなよジークレイン」
「なんだって? 正気か?」
「問題ない。この際あとから騒ぎになっても仕方がない。このまま中に入らせてもらおう」
建物が近づく。
灯火を掲げた警邏がこちらに気がつき、目を剥く。
その口が「侵入者だ!」と叫ぶ前に私は魔法力を練り上げる。
「――眠れ」
魔法で生み出された闇色の霧が、夜の闇に紛れながら近づき、灯火ごと警邏の騎士を取り巻いた。
瞬間、ぐらりと騎士たちの身体が傾き、彼らはそのまま地面に倒れ伏して気絶した。
――そんな彼らを横目に、私たちは花陽宮内に突入する。
「ど……どういうことだ? おい、クローディアお前、一体何をした?」
「大したことはしていない。ただ、闇魔法で吸い込んだら眠る霧を作り出し、それを操って彼らを取り巻き、眠ってもらっただけだ」
闇魔法はやはり、夜と親和性が高い。
眠りの魔法は闇魔法の領域である。
それを聞き、ジークレインが闇の中でもわかりやすく嫌そうな顔をした。
「……とんでもない魔法だな。光魔法と同じく、闇魔法も応用力に優れた属性ということか」
「闇魔法が応用力に優れているのはそうだが、今のは大した魔法じゃない。昼だと軽く避けられるし、お前のように魔法の気配を察知できる者には避けられる。
まあ、見ての通り闇討ちには有効だが」
――とにかく、とうとう花陽宮にたどり着いたのだ。急いで王妃のもとに行かねばならない。
ここまで来て何もないはずがない。必ず南部支部長はここにいる。
担当区域ではないので詳しくは知らないが、恐らく暴動は下町を中心に起こり始めているはずだ。
なぜなら、王妃暗殺が黒幕の目的だとするのなら、とりもなおさず暴動は目くらましの囮ということになるからだ。目くらましと、本当の目的は、同時に進行するからこそ意味がある。
――つまり、ここで黒幕の目的を潰せば、暴動も早くに止められる可能性が高くなるということだ。
そうなれば、近衛騎士達の犠牲も、何も知らない住民たちが巻き込まれる数も減るはずだ。
「王妃殿下の居場所は寝室だな。早く駆けつけるべきなんだろうが、場所がわからないのが困るな」
「小さめとはいえ宮殿だ。入り組んだ道の、たどり着きにくい場所に王妃の部屋が置かれているんだろうが……」
高く、奥まった場所であることはなんとなく察しがつく。
が、それ以上のことはわからない。
(……いや、手はある)
「ジークレイン。たしか四年前の試合の時、お前もユリウス王子に会っていたな?」
「会っているが。光魔法の強い気配の、見るからに強いお方だった――待て、クローディア、まさか」
「そうだ。リリアナ王妃はユリウスの母親。魔法力の気配はよく似ているはず」
話が早くて助かる、と私は笑う。――さすがはジークレイン・イグニスだ。
「お前のことだ、ユリウス王子の気配も覚えているだろう。
……それを参考にすれば、王妃の気配を辿り、居場所を特定することが可能じゃないのか?」
あけましておめでとうございます!
第二部完結も近づいてまいりました。今年も少しずつ更新してまいりますので、よろしくお願いいたします。




