109 暴動の目的
私は自分の腰に提げた得物を見下ろした。
刀ではないので、心もとないが仕方がない。
「不審すぎる……。言い分もわからないでもないが、明らかに優先順位がおかしいだろ。どうして先輩方は何も言わない?」
「上司の判断を信頼しているんだろう。まあ無理もない」
貴族社会と騎士団は密接に関係しているので、上下関係は非常に厳格だ。アルフィリア貴族は階級に煩い。
私は剣の位置を直すと、その場から踵を返した。
「! おい、クローディア、どこに行く気だ」
「ここでもたもたする気はない。南部支部長を追う」
「はあ!? 命令に背いて持ち場を離れる気か!?」
正気か、とジークレインが目を見開く。
――その通りだ。
南部支部長を始末して、暴動をおさめる。
南部支部長の目的がどこにあるのかは知らないが、叩き潰さなければヘルの古巣を掃除したことにはならないだろう。
ヘルを手に入れるためには、ここでも力を示さなければならない。――組織の犬のまま醜態を晒せば、あいつが私のものになることはきっとない。
「お前はここにいろ。そして私が持ち場を離れたことは知らない間に勝手にいなくなっていた、で済ませておけ。ツーマンセルで動けと言われた以上は何故見てなかったと咎められるかもしれないが、そこは許せ。お前だって不審さは気になってるんだろう」
「冗談だろ? それで何もなかったらどうする気だ? リスクにリターンが見合わない」
まあ確かに、何もなかったらまずいことにはなるだろう。
研修生とはいっても騎士団の一員に数えられている以上、命令違反は大変なことだ。学生なので法的な罰は下らずとも実地研修の成績はアカデミーの成績に密接に結びつくため、ここでへまをしたら卒業成績がどんなことになるかわからないどころか、卒業すら危うくなるかもしれない。
卒業できたとしても、就職先がない。水魔法の使えない私にとって行く先はほぼ近衛騎士隊しかないが、実地研修でやらかせばそれもなくなる。
私の目的は、騎士団に入って、フェルミナを死なせる者や、死なせた原因を探り、掴むこと。騎士団に入れなくなるのはいささか困る。
とはいえ。
おそらくこの隊がマフィアと通じているのは確かだ。
この状況と、私の勘がそう言っている。――だから動くことに価値はあるはず。
(まあ、何もなくともなんとかなるだろう。裏口入隊はツェーデル親子の得意とするところだし、私の戦力は欲しいはず。仮に私の独力でも、潜り込むことくらいはできる)
暗躍はクロード・リヴィエールの得意とするところだ。
表の将来が潰れたところでどうということもない。私のせいでリヴィエール家の評判が下がれば姉には申し訳ないが、男でも継嗣でもないので影響は少ないはずだ。
「お前は気にしなくていい。私が勝手にやることだ」
「馬鹿か。既に上層部に目をつけられてるんだぞ、俺たちは。お前が行けば俺が見逃したことになるに決まってるだろう」
「……おい、ジークレイン、まさか」
「お前はいつも勝手だ。だからついていかせてもらう」
今度は私が目を見開く番だった。
「正気か? お前、将来を放り捨てる気か。今のままなら完璧に主席卒業だろうが、それもなくなるかもしれない。わかってるのか?」
「お前こそ女の身で近衛騎士隊にスカウトされた評価が消え去る。その忠告はお互い様だ。それに俺は近衛騎士隊の道がなくなっても『火』がある。お前に心配される筋合いはないな」
「ええ……」
まさかジークレインが逃げ道の話をするとは。
解釈違いがすぎる。
「……曲げる気はなさそうだな」
「ああ」
「わかった。じゃあもう勝手にしろ」
「そうする」
澄ました顔で言ったジークレインが「それに」と付け加える。
「俺がついていかなきゃ困るだろ。お前は南部支部長を追うと言ってたが、そもそも一人でどうやる気だったんだ? 魔法感知や探索ができないのに」
「……それは」
「行き当たりばったりでどうにかする気だったのか? やっぱりお前、考えなしなところがあるよな」
ぐっと押し黙る。
――私の頭が一部残念なのはいくら思考訓練を積んでもどうにもならなかったところだ。言い返せない。
確かに私一人では追跡は難しいか。闇魔法を全開にすればできなくはないだろうが――。
「それに、追うにしても行先のあてがなければ難しいだろう? 何か考えはあるのか?」
「そうだな……こちらで叩けなかったということは、南部支部長は他の部下を率いて暴動を起こしているはずだが……」
普通に暴動を起こせば、たとえこのユルゲン隊を引き付けたとして他の近衛騎士隊に屠られるのがおち。それなりの戦力をここに残していたから、
アルフィリア南部支部の目的。
成功するはずのない政変――暴動。
近衛騎士隊に内通者がいるとして、頭の軽い南部支部長がエリートを味方につける手管なんて持っているのだろうか。ヘルの言いようならば南部支部はチンピラの棟梁であって裏社会の実力者とは程遠い。そもそも闇魔法使いを炙り出して操るなんて手腕は明らかに他者の介入によるもの。
裏を引いているとしたら。
――そこまで考え、ふと、アレンの残した言葉が脳裏をよぎる。
『第二妃が死んで……第二王子派は、弱体化した……ですが……まだ……奴らは……』
『まだ……?』
『隊長……第一妃が……』
(まさか……)
黒幕は第二王子派。
目的は王城の――第一王妃か?




