103 蒼の隊員
「――隊長っ」
「アレン・ツヴェルン分隊長!」
「お静かに。……少し遅かったですね。つい先程まで起きていらしたのですが」
ジークレインと二人、騎士団内の病室に駆け込む。
しかし、私達を出迎えたのはアレンの声ではなく、彼を診ていた主治医の声だった。
「それは……その」年配の女医に軽く睨まれ、ジークレインと私は揃って少し身を竦める。「申し訳ありません」
近衛騎士隊付きの医者をしている医官である彼女には、前世からどうにも頭が上がらない。おそらく怪我を診てもらっている騎士たちもそれは同様だろう。
「しかし、先程ご連絡をいただいてすぐに駆け付けたのに、もう眠ってしまわれるとは。一時的に目を覚まされただけだった、ということですか?」
「また昏睡状態に戻ることはないでしょうが、長時間起きていることはまだ難しいでしょうね。あれほどの怪我です。助かったのは奇跡ですし、傷の塞がり方も……なんというか、妙なかたちで応急処置がされていたものですから」
疲労もあるでしょうから、しばらくは起きたり眠ったりを繰り返されるでしょう、と抑揚の抑えられた声で続けられ、私とジークレインは顔を見合わせる。……妙な塞がり方、さもありなんだ。何しろ、彼の応急処置をしたのは医療知識に乏しい私であり、傷を無理やり繋いだのは私の闇魔法だ。
(だが……残念だな。アレンからアグアトリッジに襲われた時の状況を聞けるかと思ったが)
私は、寝台の上で眠るかつての部下を見遣る。
今は毛布に隠れて身体は見えないが、酷い傷だった。……意識を保つことが難しいのも無理はない。だが、それでも、少しでも情報がほしかった。
今回の暴動計画。
うちの父親がどこまで関わっているかも定かではないが――そもそも父親の研究の剣が関係するかもわからないが――言語化できない妙な引っかかりを覚える。……信用できる誰かの意見が欲しかったが、ジークレインを安易に巻き込めない以上、心当たりはアレンしかいない。
なんなんだ、この違和感は。
一連の出来事すべてが何かに利用されているかのような。
(とはいえ……仕方がないな)
自分で考えるしかないだろう。……頭を使うのはあまり得意ではないが、前世のこともある。最低限の推測くらいならなんとかなるはずだ。
と――そう思った、その時だった。
「隊長……?」
掠れた声。
女医がはっとした顔になり、「アレン・ツヴェルン二級騎士? 起きられたのですか?」と寝台を覗き込んだ。
アレンは半開きになった目で、半ばぼんやりと宙を見ていた。覚醒したばかりで、あるいは疲労で未だ意識がはっきりしていないのか、はっきりとしない口調で「隊長……そこにいるのですか……?」と続ける。
「隊長、というのは……」
「……おそらく、彼の元上司か何かだろう。小隊の隊長をしているのは、あくまで研修期間中のことだからな」
怪訝な顔をするジークレインに応えながら、私も寝台のそばに寄り、女医の横からアレンの顔を覗き込んだ。
こちらの気配に気がついたのか、アレンの眉がぴくりと動き、視線がこちらに向けられたが――焦点が合っていない。
(……もしかして、見えていないのか?)
失明――とまではいかないが、致命傷を負った影響で、視力に問題が出ているのかもしれない。意識もぼんやりとしているようだし、夢を見ているような感覚でいるのだろう。
「隊長……そこにいらっしゃるんですか? 気配が……」
「……」
「まさか、な……隊長はもう亡くなった……あの人のはずがない」
「……」
「それとも今わの際だから……気配だけわかるのだろうか……」
女医が、眉を顰めて縁起でもありません、と言った。
……そうか。
まだこいつは、【蒼】の隊員のままでいるのか。
いまだにクラウドを隊長と呼び、気配を覚えている。
この「クローディア」という外見にとらわれ、研修生クローディア・リヴィエールとクラウドが同一人物だと気づくことはなかったようだが、それでも。
(勝手に『死んで』、お前には悪いことをした)
私は逡巡した。
逡巡した末、口を開いた。
「アレン」
「……!」
突然私が上司を呼び捨てにしたことに驚いたのか、ジークレインがこちらに視線を向けた気配がしたが、気づかないふりをする。
そしてそのまま「アレン、私だ」と続ける。――あえて、隊長とは名乗らなかった。ジークレインに、「クローディアは『アレン・ツヴェルンの上司の』のふりをして語り掛けている」と勘違いをしてもうためだ。
「これは夢だ。言いたい報告があるなら、今のうちに言え」
「隊、長……こ、れは、夢……?」
「そうだ。差し支えない範囲で、簡潔に」
「……、」
アレンは少し視線を彷徨わせた。焦点の合わない目でしばらく黙り、それから、ゆっくりと口を開いた。
「第二王子派は……まだ、動きを止めていません」
「……は?」
しかし、飛び出た言葉は想像していたものとは違った。アグアトリッジに何をされたかではなく、まったく別の情報について話し始めたのだ。
差し支えない範囲なので、言葉は選んでいる。が、面食らった。
……しかし思えばおかしな話ではない。
たしかに彼にとって【蒼】の隊長に報告すべきことは、【蒼】の仕事で調べていたことだろう。
「あなたが……逝ったあとも、調べていました……」
「……」
「第二妃が死んで……第二王子派は、弱体化した……ですが……まだ……奴らは……」
「まだ……?」
「隊長……第一妃が……、……」
「! アレンっ」
途中で言葉が途切れ、慌てて身を乗り出してアレンの顔を見たが、どうやら再び意識を失っただけのようだった。
ほっと息をつき、寝台のそばにあった椅子に座る。
第二王妃ソフィアが殺され、徐々に弱体化していった第二王子派。アレンは【蒼】の隊員として、独自に調査を続けていたということなのだろうが……。
(第一王妃が、なんだ?)
アレンは一体、何を伝えようとしたのだろう。




