102 朗報
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私の懸念などはさておき、それからの近衛騎士隊の動きは、想像以上に素早いものだった。
と、いうのも、近衛騎士隊において諜報・情報を扱う部隊の騎士たちが――【蒼】の後継あるいは類型の隊だろう――私達がもたらした情報をもとに、さっさと疑わしい貴族たちの情報を調べ上げたからだ。
(わざわざ南部支部のことまでご丁寧に言わなくてよかったな。言えばきっと怪しまれていただろう)
ヘルの協力があって情報をつかめた、だなんて言わずとも、憲兵と協力体制を取った情報部が掴んだらしい。
下級貴族の一部がクーデターを企んでいるらしいということ、
そして――アルフィリア南部支部がその背後についているらしいということ。
――ということで。
「諸君。今の話は聞いたな?
アレン・ツヴェルン二級騎士が重傷を負った例の摘発任務から、下級貴族を中心とした大規模な暴動が起こる可能性が浮上した」
たいして日を置かず、近衛騎士隊の隊員が集められ、近衛騎士隊隊長代理が皆の前に立つこととなった。
無論――暴動の対処の作戦を発表するためである。
(しかし、クーデターではなく『暴動』としたか)
一応、研修生も呼ばれているため、私も姿勢を正してコンスタンティンの話を聞いている体勢をとった。
……たしかに、訓練も積んでいない下級貴族の動きなど、百戦錬磨の近衛騎士隊にとっては政変でなはく暴動という表現で十分なのだろう。
犯罪組織の破壊的活動をも相手にしてきている近衛騎士隊には、貴族の蜂起などたいした問題には数えられないはずだ。
――だが。
「暴動の首謀者には、最近裏社会で勢力を伸ばしている芸術家の南部支部の可能性がある。
そこで諸君には、班に分かれ、暴徒鎮圧ないし教唆の犯罪集団捕縛のための大規模作戦に参加してもらうこととなる」
――私たちが摘発したのは、【マンティコアの涙】の粗悪品の取引に参加していた者たちだった。
ただ、あの偽装【マンティコアの涙】が闇魔法をあぶり出すための危険魔法薬であったことまではまだわかっていない可能性がある。
つまり、近衛騎士隊は、起った貴族たちの一部が、闇魔法を使えるようになっていることまでは想定していないかもしれない。
(それでも、いくらアルフィリア南部支部の犯罪者連中が背後についているとはいえ、まさか攻撃魔法のド素人相手に、近衛騎士隊が負けることはないだろうが)
……犠牲は出るだろう。
なにせ剣を極めたといっても、かつての『俺』の強さは闇魔法に支えられていたのだ。
(やはり、ツェーデルづたいに情報を流さなきゃまずいか……)
……別に、コンスタンティンは別としても、たいして恩も義理もない近衛騎士隊の連中がどうなろうと、知ったことではない。私は今でも貴族は嫌いだ。
だが、できるだけ、姉やフェルミナに顔向けできないようなことはしたくない。犠牲が出るのを承知で放置して、それで、平気な顔でフェルミナに会えるとは思えなかった。
前世の自分があれほど冷徹非情で在れたのは、自分が自分に、そして仲間が自分にそう在れとしたからだった。
そして、他人への情を抱く心の箇所が、もはやあの時のクロード・リヴィエールにはなかったから――。
(……けど、なんだ? 妙に引っかかる)
このクーデターは――暴動は、成功する見込みがない。
そう、そんなこと、少し考えればわかるはずだ。
ヘルは南部支部の長は頭が悪いと言っていた。だから成功するはずのない企みを打ち立て、クーデターなんぞを引き起こそうとしていると。
だが、それにしては、闇魔法使いの素質を持つ者をあぶり出して利用しようとするなど、下準備に手が込んでいないか?
間抜けでも、仮にもアルティスタの支部長だ。それが犯罪のノウハウだと言われればそれまでかもしれないが。
(この暴動、本当にこれ以上何もないのか?)
違和感がある。
だがうまく言葉にできない。
どうしてこうも引っかかりを覚えるのだろう。父が闇魔法の研究をしているかもしれないと言われたからか?
「……ただ、研修生の諸君。君たちは、この作戦に参加するかどうかに選択権がある」
「!」
突然の研修生への言葉に、私は俯けていた顔を上げた。
偶然か否か、コンスタンティンと目が合う。
「驚き、という顔だな。……だが道理だろう? 研修生諸君はあくまで研修生であり、学生だ。命の危険のある任務に当たることを強制されない」
「コンスタンティン副隊長殿、」
「そんな、我々は……ここで逃げるわけには」
「いいや。ここで参加しなくても、逃げたなどとは誰も思わない。自分の実力を把握することは大切なことで、勇気と無謀は違うものだ。
……無論、概要とはいえ作戦を伝えたため、情報漏洩を防ぐためにアカデミーに一時帰還というわけにもいかない。作戦中は近衛騎士隊の詰め所にいてもらうが」
研修生たちの間に動揺が広がる。
確かに、研修中に、仮にも大規模作戦と呼ばれるようなものが起こるとは、誰も想定していなかったことだ。私でさえ、ここまでのことが起きるとは思っていなかった。
「少し時間を与えよう。明日までに答えを決めるように。心が決まったら、それを今自分がついている班長に伝えなさい。
……班長が不在の新設特務隊A第七小隊に関しては――」
と、そこまで、コンスタンティンが言ったその時だった。
慌てた様子で駆けこんできた騎士隊付きの医者が叫んだからだった。
「第七小隊のアレン・ツヴェルン二級騎士、
意識が――戻られました!」




