100 疑惑
「……リヴィエールについて……?」
「そうだ」
淡々と応えるコンスタンティンの表情にはやはり変化はない。こちらとしては予想の斜め上の言葉で、一瞬、呆けてしまった。
「というわけだから、イグニスは席を外してくれ」
「……はい」
訝しげに眉を寄せ、こちらを気にする素振りを見せていたジークレインだったが、家の話となればさすがに口を挟むつもりはないようだった。
失礼いたしますと慇懃に頭を下げ、騎士礼を取ると、そのまま部屋を退出した。
私はその一連の流れを横目で見て、それからコンスタンティンに視線を戻す。
(さて、家について、とのことだが)
おそらく方便だ。
コンスタンティンは私の『事情』は知らないが、クラウドのことは知っている。何かジークレインに聞かれてはまずい話をするために私を残したんだろう。
「――それで、副隊長。話とはなんでしょうか? 私をここに残した本当の理由は? 」
「本当の理由?」
「ええ。ジークレイン……イグニスを追い出したのは、奴に聞かれると不都合なことを話すためではないのですか? やはり、今のアルティスタ南部支部の不穏な動きについて……」
「……いいや?」
「え?」
「私が君をここに留めたのは、本当に君の生家についていくつか聴取したいことと、話しておきたいことがあったからだ」
目を、瞬かせる。
――方便じゃなかったのか。
なら、本当にリヴィエール家に近衛騎士隊が気になる何かがあったと?
近衛騎士隊は他の騎士隊とは違い、憲兵のように司法警察の役目を担うこともある。予備罪があるような重大犯罪の取り締まり、表立っては裁きにくい犯罪者の捕縛、不正・汚職の摘発など、業務としてさして珍しくはない。……とはいっても近衛騎士隊の調査対象はあくまで貴族が主であり、市井の人々の犯罪を取り締まることはほぼないが。
(まさか…リヴィエール家が何かしら犯罪に関わっている?)
馬鹿な。
少なくとも『俺』の時はそんな疑いがかけられていたなどと聞いたことはない。
「――そう構えるなリヴィエール。別に、犯罪捜査にかかわることじゃない」
「……そう、ですか? では、話とはいったい?」
「そうだな。まずは……君の兄上から、アカデミーを通じて正式に抗議が届いている」
「は?」
兄から? 抗議?
目が点になる。いきなり何の話だ。
「君はご家族に報告もなく実地研修先を近衛騎士隊にしたらしいな。代々水魔法の家系であるリヴィエール家の娘が水の騎士隊を選ばないことになぜ疑問を呈さなかったのか、なぜ君を近衛騎士隊に配属した、研修先の変更はできないのか、などとスケアクロウ学園長宛に続々と手紙が来ているようだ」
「はあ……」
「学生に、研修先の選択について実家への報告義務はない。だから家族に何も言わずここに来た君の事情に首を突っ込む気はないが、連絡くらいはしておくこと」
「はあ…………」
クロヴィスが……。
これまた予想の斜め上の言葉に固まってしまうが、思えば、別におかしいことではない。いちいち兄に言う必要もなかろうと勝手にここに来たが、兄としては、出来損ないの妹が原則女人禁制の近衛騎士隊を選ぶなどという悪目立ち必至の真似をしている事態は、看過できないことなのだろう。
前世ではクロードの近衛騎士隊隊員就任を喜んでくれていたが、今の私は女だ。
伝統と血統を重んじる兄としては、試験的導入としての女隊員就任の可能性は歓迎しがたいだろうな。
(……いや、まあ、それはいいんだが)
私は頬を指でかくと、あの、とコンスタンティンを見る。
「兄のことは失礼いたしました。……話はそれだけでしょうか」
「いいや」
「!」
「次が本題だ。
――君は、リヴィエール伯爵が今何をしているのかは知っているか?」
「……は? 父、ですか?」
父はリヴィエール伯爵家の現当主だ。あまり接点はない。
引退する前は水の聖騎士として騎士団におり、聖騎士長経験はないが、優秀だったと聞く。とはいえどちらかというと学者気質の男で、長男クロヴィスができたのも若い頃ではなかったので、子ができたことで騎士をやめ、当主業に専念するようになったらしい。その当主業も今は兄がほぼ代行しているので、父は実質別宅で隠居中も同然である。
「父には……ここ数年会っていません。そもそも実家との繋がりが濃いわけでもないので、隠居中の父とはなおさら接点がありません」
「つまり、今の伯爵の動向は知らないということか」
「知りません。というより、『今何をしているのか知っているか』という質問は、さすがに答えの範囲が広すぎやしませんか」
言いながら、考える。
……なぜ父の動向を知りたがる? 父が何かしたのか? コンスタンティンが気にするようなことを?
(そんな話は……『前』はなかったはずだが)
いや、だが――末っ子の私と、物心ついた頃から半隠居中の父とでは接点がほぼなかった。だから何も知らなかっただけで、前世でも父はなにかやらかしていたのか?
「……むしろ副隊長は、父が『今何をしている』とお考えで?」
「別に、彼は法に触れることはしていない。しかしどうにも気になるのだ。
――伯爵は闇魔法についての研究をしている。それも隠れるように、わざわざ大学から闇魔法の研究者を別宅に招いて」
「闇魔法の……研究?」
父はそんなことをしていたのか。
たしかに法には触れないが――。
「ふつう、聖騎士まで務めた名門貴族が興味を示す研究主題ではないだろう?」
「それは……そうですね」
「――闇魔法は他の五属性に比べて、アルフィリア国民ならば誰でも条件を満たせば発現することがあるものだ。貴族でも平民でも関係ない。
だからこそ、伝統を重んじる名門貴族は闇魔法を疎んじる。忌々しい魔法擬き、憎悪から生まれるおぞましい力だ、と。
私の記憶によれば――リヴィエール家はその思想が強い家系のはずだった。だからどうにも引っかかる、何か理由に心当たりはないか?」
「……私の記憶でもそうですね。兄はその思想を色濃く受け継いでいる。理由の心あたりは……」
ならば、父はなぜ闇魔法の研究を?
(待てよ――)
今回の――危険魔法薬摘発任務。
あの場で取引されていたのは結局【マンティコアの涙】ではなかったが――闇魔法使いを炙り出すものであった可能性が高かった。
それは、アルフィリア南部支部が、国民の中、特に貴族の中に潜む闇魔法使いを使った王国転覆計画を立てていたからで――。
(……おい、おい、おい)
冗談だろう。
私は口を手でおさえる。
(……まさか、関係しているのか?
父が、アルフィリア南部支部の計画に?)




