097 証明
「……げ、そういやこいつがいたんだったな」
「なんだ、知り合いなのか!?」
嫌そうな声で呟いたヘルを振り返ったジークレインが、苛立たしげに声を上げる。
それにヘルは苦々しい笑みを浮かべて肩をすくめてみせ、「そりゃあね」と言った。「俺の顔見ればわかると思うけど、別にナカヨシってわけじゃないぜ」
「あいつはお前の部下じゃないのか!?」
「『監督役』の監視役も現場にいるって言っといただろ。奴は俺の上役の配下だよ。監視役っていっても薬漬けにされてたらどこまでできるのか疑わしいもんだけど……まあ、それはそれとして。
こいつ――やたら腕が立つんだよね。なんでも、西の国の軍人だったとかなんとかで……」
おいおい大丈夫かコレ、と自嘲するように、そして同時に面白がるような声で呟いたヘルに、私は片眉を上げた。
――甘く見られたものだ。
(しかし、おかしな気分でもある。『俺』の右腕だった頃の奴は、信頼が鬱陶しいくらいだったんだがな)
……まあ、いい。
ここはあそことは違うのだし、そもそも何より、力があることを示さなければ、ヘルを取り込むことすらできないのだから、やるべきことをやるだけだ。
私はドレスの裾をはたいて埃を落とす。瞳孔の濁った用心棒は、声を低めて再度問うてきた。
「何者だと、聞いている」
「……は。私たちがその質問に答えるような、お前たち組織にとって友好的な存在だとでも思うのか? それは随分おめでたい頭――」
「な、なに、何者、なんだァァァーーーー!!」
「――っ、と」
彼も薬にやられているのか、同じ質問を繰り返して再び殴りかかってくる。
危なげなく避けたが、男は勢い余って私の背後の壁に拳ごと突っ込んだ。ドォン、と、腹の底に響くような轟音がとどろく。
(おいおい、あんまりうるさくされるのは困るんだが……それにしても)
壁に突っ込んだ男は、己が激突した壁から自分の腕を抜いた。
見れば、頑丈な石の壁に、腕を抜いた穴を中心に、放射線状の亀裂が派手に入っている。
(凄まじい怪力だな)
アルフィリアの貴族、特に騎士は、魔法力そのもので身体機能を上げる技術を身につけるので、素手で壁を殴り、破壊する程度のことは難なくできる。
しかし――奴のこれは素の力だ。
「はは、聞いてた以上なんだけど。
……なーこれ、撤退した方がいいんじゃねぇ?」
「今更撤退して何になる? 黙って見てろ!」
「あれ、あんたの方は仕事早いな」
いつの間にかもう一度取引部屋の中に入っていたのか、ジークレインが部屋から出てきながら言う。
中に人の気配がいないということは、中の奴らは皆、ジークレインが昏倒させたか何かしたということだろう。確かに仕事が早い。しかもほとんど騒がしさもなかった。
「手ごたえのある奴がいなかっただけだ。……もともと、面倒そうなのはあいつだけだ」
「相手役、あそこのお嬢さんと代わってやんねーの? 死んじゃうかもよ」
「……黙って見てろ。これで二度目だ」
そもそも、と、ジークレインが悔しげな低い声で言った。
「クローディアは俺より強い」
壁から腕を抜いた男が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
視線は外さないまま、身体の正面を奴に向けたまま、一歩、二歩と距離を取った。そして、奴が一歩前に出たその時に、足に力を込めて後ろに飛び退り、距離を取った。
そして、剣を――仕舞う。
「おいおい、鞘に戻してどうするんだよ、」
(――来い)
じりじりとこちらに迫ってくる男。
鞘に戻した剣の柄に手をかけたまま、待つ。
至近距離からでも攻撃出来るところを、あえて距離を取ったのは――
「オオオオオオッッ!!!」
「――蒼月流抜刀術ウの型十八番」
《修羅》!
――なるべく疾く、静かに、そして命を奪わずに、この男を倒すタイミングを測るためだ。
繰り出された居合の術が、男の肌を撫ぜる。
同時に剣気が肌に触れるが――刃によって肉が切り裂されることはなく、身体を派手に斬られる痛みだけ男に与える。
「ぐああっ……」
刃に斬られておらず、そして血飛沫も飛ばないまま、呻き声を上げて男が倒れた。
――よし。
私は剣を振り切った体勢を改め、普通の立ち姿勢に戻る。二度三度手のひらの中で弄んでから、再び鞘に仕舞った。
「終わったぞ」
「……相変わらず、疾いな」
眉根を寄せたジークレインが、攻撃がほとんど見えなかった、と、苦々しげに言う。
当たり前だ。そう簡単に、速さが特徴の暗殺剣に目慣れてしまわれては困る。
いくらジークレインだったとしても、蒼月流はすぐに見切ることができるような剣術ではないのだし――いや、だが、こいつが蒼月流を覚えれば、どれほど強くなるのか、というのはいささか興味深くはある。
(とはいえ……)
ジークレインが強くなることは喜ばしい。
だが、差をつけられすぎるというのは――
(……考えても詮無いことだな)
「うわ、本当に昏倒してんな。斬ってないよな? 何が起きたんだこれ……」
「――剣気で斬ったからな。肉体は傷つけてはいない。斬られたと錯覚させただけだ。捕り物では、死体は少なければ少ないほどいい」
うつぶせに倒れ伏した男を蹴り飛ばして仰向けにし、まじまじと眺めているヘルに応えてやる。
ヘルがゆっくりと顔を上げ、私を見た。
「今のは蒼月流抜刀術の居合の型の一つだ。……本来は人を殺すための型だが、今回はあえてタイミングをズラして剣の発する圧と、剣客の気合いが合わさったものだけでこいつを斬った」
「……」
「これで認めたか。私に従えと、お前に豪語するだけの力が私にあると」




