096 試金石
「……久々に剣を持った気がするな」
どこか疲れたような声で、ジークレインが呟いた。
ヘルに捕まり、武装を解けと言われて半日も経っていないが、確かにもう暫くのあいだ剣を持っていないような気がする。
そもそも、潜入捜査なので『アビス』には大した武器も持ち込めていない。
だから、さもありなんか、と私は自分に渡された刀――に形状が似ている、細身で薄い剣を手の中で弄ぶ。
本来、剣は薙ぐことを目的に作られていないが、これは薙ぎ切ることもできるように工夫されて打たれたものなのだという。だったら初めから刀を寄越せと思うのだが、それはないらしい。――確かに、東の帝国の貿易を裏から操っているのがアイなのだとしたら、よい刀が他国に流れるのをよしとしないような気もするが。
「……クローディア」
「なんだ?」
「お前、その格好で、無駄な大立ち回りはするなよ」
「はぁ? ……ああ……」
一瞬訝しんだが、私は自分の格好を見下ろした。――さすがに騎士服の着替はなかったので、服装はドレスだ。
汚らしい格好では『現場』に行ったところで遠ざけられてしまうので、ヘルが手配した新品を着た。ジークレインも同様、新しい服である。
私としては、本当はドレスではなく男物の方がありがたかったが――取引現場となっている窟では、男女で連れ立っていた方がギリギリまで刺客だと気づかれないため、やむを得ない。
「仕方ないだろう。ヘルの手引きがあるとはいっても、結局は一対多数になるんだ。極力怪しまれない方がいいに決まってる。
スカートはたしかに動きにくいが、今回のやつは初めからスリットが入っているタイプだ。剣を振る分には大して問題ないし、そもそも服装程度のハンデで雑魚に遅れは取らん」
「そういうことを言ってるんじゃない……」
「じゃあなんだ」
ドレスが見苦しいということか? そんなことはわかってるし、私だってしたくてこんな格好をしているわけじゃない。私とてどうせ見るならフェルミナのドレス姿が見たい。
ジークレインは私を恨めしげに睨むと「もういい」と言った。
「お前の獲物も俺が屠ればいいだけの話だ」
「は? それじゃ奴を取り込む私の意志とは逆行するだろうが。大人しく引き立て役をしていろ」
「……そもそもアイツを見逃して味方にしようとする意味がわからない。
獲物を取られたくないなら、お前自身がどうにかしろ。俺はお前に気を使ったりしないからな」
「……」
なんなんだ一体。
「――おい、揉め事は終わったか?」
ヘルがうんざりした顔で言った。「早く来いよ。案内してやる」
*
取引現場へ続く道はうねっており、『アビス』の地下は、私の想像以上に入り組んでいた。
とはいえ歩を進める度に甘ったるい匂いが鼻につき、口元をおさえないと胸を悪くしそうだ。――ただの香じゃないな、これは。
少し先に、地味だが重厚な鉄扉が見える。
その前に立っているのは、やたらガタイのいい男二人。
「……あれが門番か」
「おー。この扉を開けたら、その筋の人間が多い部屋、んでその奥が『お客様』たちの『遊び場』だ。どっちも俺の担当する『現場』ってわけ」
「なるほど」
「あ。念のため言っとくけどさ、初めの門は開けさせられても中に入ってからのことは知らねーからな。警護の奴らの半分は支部長の息のかかった『現場監督』の見張りだから、全員が全員俺の言うこと聞くわけじゃねえから」
「となると、一つ目の部屋を始末してから、憲兵を待つのがいいか」
呟けば、ジークレインが低い声で「そうかもしれないな」と答える。
――と、いうのも、憲兵には既にヘルが通報しているのである。
裏社会の中には、反社会的組織を取り締まることを専門としている憲兵と懇意な者も少なくない。大概は騎士団あるいは憲兵隊の情報を得るため、あるいは憲兵隊に密告することで敵派閥を潰せる、という選択肢を得るためだ。
「準備は?」
「問題ない」
「同じくだ」
「りょーかい。
――おい、扉を開けろ。新しいお客様だ」
ヘルが声をかけ、動いた警護の男二人が、無表情で扉を開ける。
よし。
「んじゃ行ってくれば。俺はここで見物させてもらう」
「ああ」
頷き、ジークレインと共に開かれた扉の中に入る。
入口にかけられた紗幕を押しのけると、むんと甘い匂いが強くなった。部屋の中は、歩いてきた地下の廊下以上に薄暗い。
だが、人の気配がある。ぶつぶつと、何かを話しているような声も聞こえる。
「呼吸を深くするなよジークレイン。――行くぞ」
「ああ」
言葉少なに、抜刀・抜剣。
『二つ目の部屋』に騒ぎが露見したらまずいので、魔法は極力使えない。しかしできるだけ迅速に、できるだけ騒ぎにならないようにこの部屋にいる売人どもを排除しなければならない。
……だから。
(蒼月流抜刀術ウの型弐番)
――《草薙》。
気づかれる前になるべく多くを斃す!
「っクロ――」
先走るなと止めようとしたのだろう。ジークレインが目を剥いた。しかし、早さが勝負である以上、今、慎重さは邪魔になる。
振り抜いた剣から、風の刃のような斬撃が三つ、飛び出した。刀でないから威力は弱いが、無力化するだけならば十分だ。
「ぐあッ」
「ひぎッ」
「え……いッ、な、なんだ!? 何が起きてる!?」
「侵入者か!? 警備はどうなってる!」
「誰か明かりをつけろ!」
(ふむ……)
飛ぶ斬撃は、部屋にいる十人弱のうち数人を斬ったらしい。手ごたえは微妙と言ったところか。
ただ、やや明るい廊下を背にしているこちらからはある程度中の様子がわかるが、向こうからは逆光で「誰かがいる」ことしかわかるまい。
さぞ、混乱していることだろう。当然だ――突然、意味も分からないまま襲撃されているのだ。
まあいい。
向こうが慌てている間が好機だ。とっとと終わらせよう。
「何の騒ぎだ――ア、」
「静かにしていろ」
騒ぎに気がついたのか、中に入ってきた警護の男にジークレインが素早く当身を浴びせる。ヘルが小さく「やるな」と呟く。
当たり前だ、と心の中で応えた。そこらの雑魚にこいつが後れを取るわけがない。
――と、その瞬間、中から殺気。
半身になって剣を構えると、瞬間、構えた剣に重い衝撃が走る。――鈍い金属音。
大して踏ん張っていなかった私は、後ろに立っていたジークレインとヘルを吹き飛ばすようにして扉の外に押し出された。
「クローディア!」
「問題ない」
背後に吹き飛ばされながら体勢を立て直し、危なげなく地面に着地する。
そして頭をもたげて――なるほど、と思う。
「今の攻撃、お前か」
「何者だ貴様」
殺気を纏わせて、扉の中から出てきたのは、大斧を手にした大男だった。血走った目は瞳孔が濁り、どこを見ているのかは定かではない。
狂人然としたなりだったが、だからこそ、人を多く殺している者特有の生臭さが強い。
「……ちょうどいい」
いい試金石が来てくれたじゃないか。




