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008 約束

フェルミナを連れてとっとと逃げるか。


「では、私はこれで失礼します。フェルミナも――」

「おっと。少々お待ちいただきたい」

「……何か?」


 そそくさとその場から離れようとしたところで、ガブリエルに引き留められた。

 聞こえなかったふりをしようかと一瞬考えるが、名家イグニスの分家の長男を無視して逃げたと後から文句をつけられるのも面倒だ。私は溜息をつきつつ後ろを振り返る。


「そこの平民を連れていかれては困るな。先程弟ともめていたようだったので、話を聞きたい」


 そこの平民、という言葉に自然と眉間に皺が寄る。

 私を前に、フェルミナを『そこの』扱いするとは。


「……揉めていたと言うより、弟君が彼女から入学願書を取り上げようとしていたんですよ。だから私がお止めしたんです」

「入学願書! というのはもしやアカデミーのものか? なんてことだ、平民がそんなものを持っていたのか」


 既に知っているだろうに、ガブリエルは大袈裟に驚いてみせている。


「では取り上げてしまうくらいがちょうどいいだろう。何せロイヤルナイツアカデミーは、格式と伝統ある貴族の学校だ。そこに平民の子どもが足を踏み入れるなど、あってはならないことだ」

「……何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりませんね。聞けば彼女はハリス男爵家の養女、立派な貴族の一員です。それに、たとえそうでなくとも蔑んでいい理由にはならない」

「ほお、さっき弟が言っていたが、クローディア嬢は随分と平民に同情をお寄せのようだ」


 にやり、音がしそうなほどあくどい笑みが、ガブリエルの顔に浮かぶ。

 覚えず、溜息が零れた。表情を見るだけで、言いたいことが嫌でも理解できてうんざりする。


「リヴィエール家の二番目のご令嬢は、確かほとんど水魔法ができなかったとか。なるほど、それならば同じ『外れ者』同士、かばい合うのも理解できる」


 おおそういえば、と、たった今思い出したとでも言いたげに、ガブリエルが目を細めた。


「クローディア嬢も今年の入学試験を受けるんだったな。となると、彼女やうちの弟とは同期になるわけか――まあ、受かれば、の話だが」

「な、そんな言い方って」


 私の後ろで戸惑っていた様子のフェルミナが、ガブリエルの言葉を受け、一歩前に出て反論しようとする。私はそれを手で制して止めた。

 ……人のために怒ることができる優しいところも、変わっていないな。


「そうですね、受かれば、の話です――あなたの弟君が」

「……何?」


 そして、君が私のために怒ってくれると言うのなら、私も売られた喧嘩を買おう。

 そもそも私が、目の前でフェルミナを侮辱されて黙っていられない。

 こと彼女に関して、私は我慢がきくほうではないのだ。


「ああそういえば、入学試験の実技試験、私は火の二級騎士の方を相手にするんでしたね。私はおっしゃるとおり水魔法が得意ではありませんが、一応水魔法の家系ですから」

「それがどうしたと言うんだ」

「いいえ? ただ」


 にこ、と、笑顔を浮かべる。貴族『女性』らしく、優雅な微笑みを意識して。


「あなたが私の相手なら、楽でいいなと思っただけです」

「なっ……貴様ッ」


 みるみるうちに顔を真っ赤にするガブリエルを見て、口の端を吊り上げる。

 ジークレインといいこいつといい、短気は火魔法の使い手の専売特許か? 

 いや、さすがにジークレインを並べるのはあいつに失礼かもしれないが。何にせよもっと慎みを持ってほしいものだ。


「ではこれにて失礼いたします。……行こうか、フェルミナ」

「あ、はいっ」


 激高したガブリエルが抜剣する前に、とっとと退散だ。

 私は姉上を真似た淑女の礼を取ると、フェルミナの手を引いて歩き出す。



 ――暫く歩いたところで、私は背後を振り返った。フェルミナの後ろには誰もついてきていない。ほ、と短く息を吐いて私はフェルミナの手を離した。


「ここまで来れば大丈夫だな。いきなり連れ歩いてしまってごめん」

「い、いえ……。あの、ありがとうございました。クローディア様」

「クローディアでいいよ。長ければロディと」


 安堵したように微笑むフェルミナの可憐さに癒されつつ、「災難だったな」と声をかける。


「とはいえ、盛大に喧嘩を吹っ掛けてしまったから、私と君はしばらく災難続きかもしれないな。巻き込んでしまってすまない」

「いいえ、とんでもない。初めにクローディアさ、いえ、ロディを巻き込んでしまったのはわたしですから。それに……かっこよかったです。すごく」

「そ、そうか……」


 かっこよかった、その言葉がじわじわと心に沁みていく。

 頬が少し熱い。まるで『クロード』がアカデミーの学生だった頃に戻ったかのようだ。

 彼女を失って、憎しみに呑まれていた頃からは考えられないほどの多幸感――やはり、せめてこの世界では、私はフェルミナを守り切らなければ。


「平民にも関わらず、貴族の方の力を持って生まれて、男爵様の養子になって……。不安も多かったのですが、ロディがいてくれるなら、私、きっと頑張れます」

「……そうか、君は親元から離れてアカデミーに通うんだものな」


 そうだ。

 あまり考えたことはなかったが、彼女は魔法力を持って生まれたばかりに親元から離され、男爵の養子にさせられた。そこに彼女の意志が介在していたのかは私にはわからないが、こういった無理な対応もまた、この国の短所の一つだろう。


「でも、いいんです。私は、アカデミーで頑張りたい。そして強い騎士になるんです。そのためなら、苦しいことだって乗り越えてみせるって決めてるんです」

「驚いた。もう、既に目標があるのか」


 それは本心だった。

 かつてのフェルミナは、『俺』に目標について語ってくれたことはなかった。むしろ、魔法が使えるからアカデミーに通うことになった、将来のことはよくわからない、と不安げにしていた記憶がある。

 変わったのだろうか。それとも、同性相手には話せるということか。

 もしや、これも『齟齬』なのか?


「はい。守りたい人がいるんです。それに絶対強くなるって、ある人と約束しました」

「ある人?」

 

フェルミナが優しく微笑んだ。


「はい。金髪に赤い瞳の、素敵な人ですよ」



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