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言葉の矢

 今回、何度も強調して書いているのは、この作品で伝えたいメッセージのひとつです。

 いわれのない偏見や誹謗中傷に苦しんでいる人に、読んでみてほしいメッセージです。

 人はどうして、人の放った言葉に、心を痛めてしまうんだろう?

 どうすれば、心を守ることができるんだろう?

 どうして、非のない人が、傷つかなくちゃいけないんだろう? 

 

 ミヤの想いを、受け取ってください。


 人からキツくあたられたとき、そうされるだけの何かが自分にあった場合は『自分に問題アリ』になり、針の番人に心臓を突っつかれることになる。

 人からキツくあたられたとき、そうされるだけの理由が自分になかった場合は『自分に問題ナシ』になり、何事も起きない。その場合は、相手に問題があるんだから、相手に対して「勘弁してよ」と思って終わる――。

「そんなカンジで、『自分に問題ナシ』と『自分に問題アリ』の場合とは全然ちがってて、『自分に問題ナシ』だったら、針の番人の出番はないんだよ。――基本的には」

 ミヤくんは最後だけちょっとつぶやくように言うと、ぐっと表情を引き締める。空気が少しだけ重くなった気がした。ミヤくんが口を開く。

「『自分に問題ナシ』の場合は針の番人に痛みを与えられることはない。――それってさ、自分に問題がなければ、人って、人からキツいこと言われても、そのことで胸を痛めなくてすむってことなんだ。仕分け人と針の番人の話って、実はそこんとこがすごい話なんだよ」

 ミヤくんは真剣な声で、仕分け人と針の番人の話の大切さを語り出す。

 淡々とした中にも、力強さを秘めて。

 大きな声ではないのに、ミヤくんの声は、僕の心に強く響く。

 僕の頭の中で、何かが動き始めている。何か――違う。小人だ。わかりたい、と、頭の中の小人たちが騒いでいる。そんなカンジ。

 わかりたい、わかりたい、わかりたい――。

 僕はなんだかよくわからないまま、つばを飲みこむ。

 今、ミヤくんは、すごく大切なことを話している。僕はそれを、耳で、肌で、心で感じていた。

「人が、誰かからひどいこと言われると心が傷つくのって、相手の発した言葉が矢になって飛んできて、その矢が自分の胸に突き刺さって心に傷がつく、みたいに思ってる人が多いんじゃないかと思うんだけどさ?」

 ミヤくんが言う。

 相手に言われたことで傷つくときのカンジっていうと――。

 相手の口から出た言葉が矢のように飛んできて心に突き刺さって、心に傷がつくイメージ? 相手から言葉で攻撃されているような、そんなカンジ……?

 言われてみて、確かにそうかもしれないと思った。今日、こうしてミヤくんに話を聞くまでは、僕もそんな風に感じていた気がするから。

「そんな風に、ふつうは『人から傷つけられる』、『人から傷つけられてる』って感じるって思うけど。実のところ、人って、人からキツいこと言われたり、ひどい仕打ちをされたりすると、問答無用で傷つくワケじゃなくってさ? 相手から言われたことを真に受けなければ、心は傷つかないし、相手の言うことを真に受ければ、心は傷つく――」

「真に受ける?」

「人からキツいこと言われた原因が自分にあって、『あ、こんなこと言われるのは自分がああいうこと言ったからだ』って思ったとき――これじゃあ『相手からひどいコト言われても当然だ』ってなったときに、初めて、人の心って傷つくの。自分の心の中の針の番人に心臓を突っつかれて、心に傷がつくことになるんだよ」

 ミヤくんは言う。

 人からキツいこと言われても、相手から言われたことを、言われて当然だと思わなければ、心は傷つかない。言われて当然だと思えば、自分の心の中の針の番人に心臓を突っつかれる。心臓を針で突っつかれることで、心に傷がつく――。

 そのときに感じる胸の痛みは、自分が傷つけた相手の痛みだ。

「人ってさ、ふつうは、他人がキツいこと言って来たら、その人から傷つけられてるように感じると思うんだけど。実際は、その人から傷つけられているんじゃなくて、自分の中の針の番人によって傷つけられている。つまり、自分自身で自分のことを傷つけているんだよ。それってさ、どういうことかわかる?」

 問いかける言い方だけど、僕に答えを求めていたわけじゃなく、ひと呼吸して、ミヤくんは言った。

「それって、他人からキツいことを言われたとしても、自分で自分を傷つけなければ、人は傷つかないでいられる――ってコトなんだ」

「え――?」

「人は『人から心を傷つけられている』わけじゃなく、実際は、『自分で! 自分の心を傷つけている』ってことだから」

 ミヤくんの声が強さを増す。

「人からひどいこと言われるせいで、心って傷つくわけじゃないんだ。人からひどいこと言われても、仕分け人に、これは自分に問題のあることじゃない、って判断されたら、人って傷つかないんだから。――人が傷つくのは、人からひどいこと言われたときに、自分に問題があるせいで言われた、つまり、相手から言われたことがひどいことであってもそれを受け止めなくちゃいけないんだって判断した、そのとき、自分で、自分の心を傷つけているんだ」

 ミヤくんは声を荒げるわけではなく、それでいて熱っぽく語り、ふっと息を吐く。

 息と一緒に空気が(ゆる)んで、知らぬ間に空気が張りつめていたことに気がついた。

 ミヤくんが足を止め、僕もそれにならう。

 クラト、と名前を呼ばれ、ミヤくんと視線を合わせる。

「心が傷つくときって、他人から傷つけられているようで、その実、他人からじゃなくて、自分自身で自分の心を傷つけているんだよ。――人ってさ、究極のところ、他人から心を傷つけられることはないんだ」

 ゆるぎない、確かなものが、ミヤくんの心の中にある。

 何も言えずに見つめる僕に、安心させるような笑顔を一瞬見せて、ミヤくんは、

「だからさ、さっきの話に戻るけど――」

 と、静かな顔になる。

「たとえ母さんが、オレが怜音(れおん)を病気にしたんじゃないかってにらみつけてきても、オレが怜音を病気にしたわけじゃないから、オレの仕分け人はオレに問題がないって処理をする。そしたら針の番人に心臓を(つつ)かれないから、母さんににらみつけられたって――オレの心は傷ついたりしないんだ」

 ミヤくんは言う。

 強がっている様子はない。投げやりになっているわけでなく、上っ面で言っているわけでなく、やせ我慢をしているわけでもなく。深く深く考えてたどりついたと思わせるような声で、その向こうに希望や期待が見えているような目で。

 あ、そっか。

 僕は思った。

 あ、そっか。ミヤくんは、これを言いたかったんだ。


 ――人は、自分で自分の心を傷つけている。

 ――他人から心を傷つけられるわけじゃない。

 ――自分に問題がなければ、自分で自分を傷つけないから、傷つかずにいられる。


 何度も繰り返し、ミヤくんは同じことを口にしていた。

 それは、お母さんにどんなことを言われたって、どんな態度をとられたって、自分は大丈夫だよ、ということを、僕に伝えたかったんだ――。


 ふと、何か、得体の知れないものが心の奥からせり上がって来るのを感じた。それがなんなのかわからないうちに、せり上がって来る感覚は消えていた。夢を見ていたことは覚えているのに、どんな夢だったか思い出そうとしても思い出せないときのように、何かを感じたような気がするのに、何だったのかわからない。

 代わりに、別のことがふっと頭に浮かぶ。

「ミヤくん、その、お母さんのこと、(うら)んだりしないの? 自分に問題がないときは自分で自分を傷つけないから、何を言われても、相手のことを許せるってこと?」

 僕に聞かれて、思いもよらない質問だったのか、きょとんとした後、僕の言ったことの意味を理解して、ミヤくんの目が、口が、顔全体が、じわじわと不快そうに変わっていく。

「うんにゃ。恨んでるよ」

 ミヤくん、渋い声。

「え? 恨んでるの?」

 僕は聞き返す。自分から、恨んだりしないの? って聞いておきながら、なんとなく、ミヤくんはそういうのじゃないんだと思ってたから、ちょっとびっくり。

「タカ兄も、恨みは捨てなくていいって言ってたし」

 ミヤくんは、ふんっと鼻を鳴らし、再び歩き出す。

 スタスタ歩くミヤくんを、僕はあわてて追いかけた。

                                                つづく


 お読みいただき、ありがとうございます。

 理不尽な相手の物言いに、非のない人間が心を痛めなくてはいけないのは、おかしいと思うんです。

 それではダメで。

 その『ダメ』さを追及して、見つけた答え。それが、「人は、他人からは心を傷つけられることはない」――。

 とは言っても、そんなにうまく傷つくことから心を守ることができるわけではなくて。

 理屈ではミヤの言うとおりでも、人からひどいことを言われて、一切、心を痛めずにすませることができるかというと、それは難しい。それでも、今回ここで書いたことは、とても重要なことで。これを踏まえて、この作品で伝える最後のメッセージを読んでみてほしい。最後のメッセージまで、お付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。 

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