Valkyrie
どうして、私達は存在するの? 一人の少女が嘆く。これから自分と、その姉妹たちが行おうとしていることは、果たして正しいのだろうか。
私は、どうすれば? 姉たちのように、自分は冷たくなりきれない。妹のように、思い切りがあるわけでもない。
私達は戦乙女、またの名をヴァルキリー。戦場で散った戦士を集め、終末に立ち向かう者。
そんな私達がこれから人類に与えるものを、終末と呼ばず何と呼ぼう。
嗚呼、長女ブリュンヒルデは今何処に……。
「いくら何でもおかしいよ。兵士が足りないからって人間たちに戦争けしかけるなんて。お姉さま方は間違ってる! 」
「いつまでワガママを言っているの? その翼を受け取った時から、貴女は立派なヴァルハラの戦乙女なのです。使命を果たしなさい」
ここ最近の地上は平和だ。
科学の発展は目覚ましく、魑魅魍魎なんて存在しない。
先進国の努力によって、少なくとも全世界を巻き込む大きな戦争は起きていない。そのおかげで、戦場で散る命が少なくなっている。
だけどそのせいでヴァルハラは人手不足になっている。それを解決するために、私達は地上に降り立ち、人間たちに戦争をけしかけようとしている。多くのヴァルキリーたちがこれに賛同し、既に地上へと向かった。
数名はこれに反対し、その美しき翼の片方を自ら切り落とし、ヴァルハラから姿を消した。
私は自身の意思を示すために、偽りの誇りに刃を立てた。
言葉にならない痛みが、全身を襲う。妹たちは、こんな思いをしてまで……。
「そう、貴女も墜ちるのね」
そう悲しい目で語り掛けるのは、次女アキエーフだ。消息を絶ったブリュンヒルデ姉さんに変わり、今回の作戦指揮を執っている。その周りを、私を優しく育ててくれた姉たちが取り囲む。
憐みの目で。
アキエーフ姉さんは私の落ちた片翼を持つと、痛みに倒れた私に投げつけた。
「行きましょう、我が妹たち。私達には、果たす使命があります」
私の意識が途切れるのが先か、アキエーフ姉さんが消えるのが先か……。
姉さんたちはそのままどこかへと消えた。一人を除いて。
「マナルーン……姉さん……」
名前を呼ぶのが精一杯だった。
「そう……君は私を覚えているのか」
ああ、マナルーン姉さんの声はとても安心する。いつもブリュンヒルデ姉さんの隣で……一番年が近いから当然か……あれ?
「姉さん……あの人……誰……」
次女はマナルーン姉さんだ。じゃあ、あの冷たい目をしたワルキューレは?
「今はいい。ゆっくりと休め。君は真実に立ち向かった、誇り高きヴァルキリーだ。誇りに思う」
綺麗な宝石を思わせる深紅の瞳から、涙一つ。その優しく細い腕は、私を抱え何処かへと運ぶ。
「君なら、きっと姉さんを見つけてくれる。だから……」
揺れる虹の橋から、私は落ちる。頬に伝う冷たい感触。
「今はさようなら、可愛い、私の妹シグルーン」
私の意識はそこで途切れる……。
「こちらシグルーン、準備完了だ。ヒルド、ミスト、そっちはどうだ? 」
一人の少年が、路地裏に身を隠している。
「こちらミスト、準備完了……てかこの呼び方辞めない? すごい恥ずかしいんだけど。そもそも今自分が何しようとしてるかわかってる? 」
耳に当てた通信端末から聞こえた少女の声に、少しさばさばした声が援護射撃を行う。
「全く、霧子の言う通りだ。おいイクサ、今からでも遅くない、引き返せ。要塞パクろうなんざ、正気の沙汰とは思えないぞ。せめてもう少し装備をだな……」
イクサ、と呼ばれた少年の前には、分厚い装甲、数えきれない砲門に多くの軽装備の警備兵が取り囲んでいる要塞がある。いや、その姿はちょっとした城だ。
「そこ、私語は慎め、任務中だぞ。それとシノブ、ちゃんとコードネームを使え」
「自分だって使ってないくせに」
ミストこと霧子の声を遮るように、その少年は声をあげる。
「時間だ、ワルキューレ小隊、突撃ィィィ」
ここでワルキューレ小隊の装備と現在の位置を確認しよう。
通信内容からみてコードネームシグルーン、イクサと呼ばれていた彼が隊長のようだ。竹槍を主兵装にボロボロのマントを身にまとっている。彼は東西南北に四つある城門の北側に向かい走っていった。
次にミスト、霧子は東側を、シノブは南側の門から離れたところで待機している。装備についてはイクサと同様のため割愛させてもらう。
「どうだ? 門番に動きはあったか? 」
北門の警備兵を間一髪で交わしたイクサが二人に聞く。
「予想はしてたが全くだ」
「またあのクソガキかって笑ってるよ。私まで恥ずかしくなってきた」
溜息交じりの交信は、少年に絶望を与えた。
「俺は、おとりにもなれないのか……」
「とにかく作戦は失敗だ。増援来る前にずらかれ。逃げながら市場で食料かっぱらっていくぞ。いいな、イクサ、霧子」
投げやりに通信終わり、と締めくくるシノブ。
「霧子了解。イクサ、先戻ってるね。通信終わり」
それを聞き、声を荒げながらシノブが開発した発煙筒を地面に投げつけるイクサ。その様子を城の内部から見つめる男が一人。
「あいつの息子か……おもしろいじゃん」
「てなわけでイクサが急に「あの要塞をブン獲る」なんて言い出すもんだからたまったもんじゃねーよ」
場所は変わってイクサたちの村の長老の家。多くの建物が藁で出来ているところから、裕福でない事が伺える。
「すまんのう。若い者に盗み等働かせおって」
上半身裸で腰蓑を着けた老人が謝罪をする。
「仕方ないよ。大人は皆要塞内だし。かと言って私達より小さい子たちにはさせられないし」
そうか、と老人は涙を流している。
「そういや霧子、イクサはどうした」
「食べ物を子供たちに配った後、どこか行っちゃった。多分また崖じゃない? 」
市場から盗んだパンを頬張りながら霧子が答える。
その崖からは、綺麗な海が見える。イクサはいつもそこで、ある者を待ち続けている。
「やっぱり、お袋さんか? 」
パンに手を付けたシノブが聞く。
「多分ね。ブリュンヒルデさんを、今でも待ってるみたい。長老はどう思う、イクサの話」
この世に悪が満ちる時、天から翼の生えた美しい女騎士、ワルキューレが現れその悪と対峙する。この村にはそんな言い伝えがあるがゆかりの物もなければこれといった続きもない。
「海の見える崖に降りたワルキューレ、ブリュンヒルデが人間と子をもうけ、満月の晩にそれを崖の上に残し、やがてその子はこの村に栄光をもたらす、か。信じたいが、村を残すには言い伝えに縋っていてもいかんな」
自身に言い聞かせるように語る長老。
「それが……イクサなんだよね」
不思議そうに、しかし疑わずに霧子がつぶやく。
「アイツなら信じられちまうところが多少厄介なんだよな。お、もうこんな時間か、すまない長老、ウチのチビ達を寝かしつけてくる、霧子、また明日な」
そう言って長老の家をシノブは後にする。
「じゃあ私もこの辺で、長老、お休み」
「ああ、お休み」
件の崖を見つめる男が一人。その背後に人影一つ。
「隣、いい? 」
「霧子か」
二人は崖に腰を掛ける。
「イクサはさ、なんでそこまでして信じるの? この前だって子供たちにバカにされてたじゃん」
他意はない、ごく自然な疑問だ。
「この世界は、金のあるやつが要塞を作りそこに町を作る。生まれのはっきりしてる奴はそこで平和に暮らしてる。でもその実態は俺らみたいな親のいない子供をさらって要塞の中で死ぬまでこき使っている。そんな偽りの平和を、正義を語る悪を変えたいから……かな? 」
月の光に照らされ、イクサが悲しく笑っていることに霧子は気づく。しかしそれと同時に、世の中を変える、という言葉に期待している自分にも気付いた。
「イクサは偉いよ。やりたいことを口に出せて、そして努力してる。もう少し努力については考えて欲しいけど……」
嫌だね、とイクサが笑う。
「俺はたいして偉くないさ。二人が俺の話を信じて、ついてきてくれただ。こうやって一緒にブリュンヒルデを待ち続けてくれてる。いつもありがとう」
「急にそんなこと言われると照れるなぁ」
顔を赤くする霧子。二人はそのまま話をつづけた。何が好きだとか嫌いとか。シノブのここがダメとかここが頼りになるとか。
「やっぱここに居たか」
途中から弟たちを寝かしつけたシノブも混ざり、夜は更けていく。
「そういやイクサ、例のヤツなんだが」
ふいにシノブが口に出す。それを聞いたイクサは焦り、霧子は何のことやらと首をかしげる。
「イクサまたシノブに変な兵器頼んだんでしょ? シノブもシノブ。イクサに変な玩具与えないで! アブナイでしょ」
「「オカンか! 」」
息の合ったツッコミを繰り広げるイクサとシノブ。
「オイイクサ、もう隠さなくてもいいんじゃないか? 今回のは割とマジなんだし」
「今回のはって、今までのは何だったの」
呆れてツッコミ切れていない霧子の脳内には、今までのシノブの発明が蘇る。
そう、あれは一週間前。
「出来たぞイクサ、お前さんお望みの投射機だ。これを使えば城塞内へ奇襲がかけられるぞ」
コントロール不可という点を除けば、あれはまあまあだったか。
さらに一週間前。
「出来たぞイクサ、お前さんが古文書から読み解いたエイコクヘイ? とかなんとかが使ってた車輪型突撃兵器だ。これで警備兵もイチコロだ」
これもコントロールが出来れば今頃は要塞内にあった食料やらで安定した生活が送れていたのだろう。
とまあこんな感じで、イクサ発案、シノブ制作の珍兵器はいつも失敗作ばかり。それどころか暴走した発明品に巻き込まれたイクサがケガを負うというオチまでついている。どうせ今回のもまともな物ではなさそうだ。
「んで、今回のは? 」
とりあえず霧子が聞いてみる。
「飛行装置、言うなれば義翼だ。完成すれば活躍の場は要塞攻略だけに留まらないだろう」
イクサのその言葉に、申し訳なさそうにシノブが割り込む。
「あ~、それなんだがイクサ、どうにもうまくいかねえところがあるんだ」
「どうにかならないのか? 」
「オヤジがいれば何とかなったかも知れねぇが、俺だけじゃどうにも」
それを聞いたイクサが、肩を落とす。
「そうか、いや、ありがとうな」
夜は更にふけていく。霧子が口を開く。
「とりあえず、今日は寝よう。寝れば大概のことは何とかなる! ほら、早く寝た寝た」
「「だからオカンか」」
二人はその提案を受け入れ、それぞれの家に帰っていった。その三人の頭上を、片翼の運命が通過する。
読んでくださりありがとうございます。以前から書きたかった要素をこれでもかと詰め込んで出来上がったのがこの『義翼のヴァルキリー』です。
さて、この作品は続きの目途が立っておりません。そのため一話が最終回になってしまうかもしれません。また、このような長編の冒頭部分のみを今後も投稿することがございますがご了承ください。
もしこの作品の続きが気になりましたら、ご意見ご感想のほうをお願いします。結局のところ、それがとても嬉しいのです。