鉄の男編II 怒り
魔暦523年 6/4(日) T-Factory内部CEO専用研究室
久地間真道が研究室に入ると手嶋黎乃が大股で近づいてきた。
「どういうことなんだ、真道っ」
開口一番、黎乃は大声で真道にそう尋ねた。
「落ち着け、このバカ。俺だって完全に事を把握しているわけじゃないんだ」
真道は昨日、話がしたいということで黎乃からこの場所に呼び出された。
いつものように待ち合わせをしなかったのは、黎乃が会社でしなければならないことがあると言ったからだ。
それが通常の業務でないことは容易に想像がつく。
「とりあえず、俺の知ってる情報を話す。まあ、座れよ」
真道はそう言うと、側にあった椅子を引き寄せた。
黎乃は何か言いたそうだったが、結局何も言わずいつもの椅子に腰を下ろす。
「まず話さなきゃならないのは、どう考えても死傷者の話だろう」
真道はそう切り出すと、黎乃の表情を窺う。
黎乃はコクリと頷くと、早く先を話せと目で訴えかけてくる。
「あれについては、お前もだいたい想像がついていると思うが...あれは真っ赤な嘘だな」
「やっぱり...というか確信していたことだけど。どうして、そんなガセ情報を流したんだ」
「あぁ、やっぱり話す順番を間違えた」
真道はそう言うと額を人差し指で掻く。
「あの情報が流れたのはな、死刑判決を出すためなんだよ」
「どういうことだ?」
真道が見た限りでは黎乃に動揺はない。しかし心の中では混乱しているに違いない。
「つまり、小山輝をどうしても死刑にしたい事情があったんだよ」
「なんなんだ、その事情ってやつは」
「俺も伝手を使って仕入れてる情報だから確実とは言えないんだが...小山輝はスレイヤーズの一員だって話だ」
「なっ...」
今度は黎乃の動揺が真道にもはっきりと分かった。
「スレイヤーズって、あのテロ組織か?」
黎乃は恐る恐るといった感じで尋ねる。
「この話の流れで、それ以外に思い浮かぶモンがあるのかよ」
「スレイヤーズ...テロを行う際は一人残らず殺す殺人のプロの集まりみたいな組織が、なんで今回みたいな事を...」
「だから確実な情報じゃないっつってんだろ」
真道はそう言うと話を続ける。
「んで、なんで小山がスレイヤーズの一員だって事になったのかというとだな、小山の作ってた爆弾がスレイヤーズが起こしたテロで使われてたものと一緒なんだよ」
「一緒って...スレイヤーズが使ってるのは、防壁魔法も破壊できるってぐらい威力の高い物だろ?今回使われてた爆弾はそこまで威力があったようには思えないんだが...」
「いや、威力がどうとかじゃなくて使われた成分とか作りが一緒らしい」
「成分はまだしも、作りが一緒なんてなんで分かったんだ?爆発したらそんな事分かんないだろ」
「それは...」
ここで真道が言い淀む。
「なんだ?何か知っているなら話してくれ」
黎乃は真道に詰め寄る。真道は参った、という顔をしながら力なく頭を振って言った。
「精神魔法だ」
「つまり、それは...」
「強制的に自白させたらしい」
真道のその言葉に黎乃は小さな違和感を覚えた。
しかし、その違和感の正体がわかる前に黎乃は椅子から勢いよく立ち上がった。脚に車輪が付いている椅子は、黎乃の後方に勢いよく移動した。
そのまま無言で黎乃は研究室の扉に向かう。
「おい、どこ行く気だっ」
目的地が分かっているからだろう。真道の声は黎乃を制止しようとする響きがある。
「警備隊に抗議しに行く。今回の刑罰は不当だと。T-Factoryの名前を使ってでも撤回させる」
「よせ、無意味だ」
熱くなる黎乃に真道は冷たい言葉を浴びせる。
その言葉を聞いて黎乃は真道を睨め付ける。
「無意味だと!?ふざけるなっ。いつまでこんな扱いを許容しろっていうんだ!?無意味だとしても、それはっ」
そこまで一気に言い放ち、黎乃は落ち着こうとしたのか深呼吸をひとつした。
「僕が...動かなくていい理由にはならないだろ」
黎乃は歯を食いしばりながら、悔しそうにそう言った。
その様子を見て、真道はため息を一つつく。
「お前も分かってるだろ。仮に会社の名前を使って、小山の罪を軽減できたとする。けど、そんな事すればお前の会社がバッシングを受けるだけだ。魔術師の連中には非魔術師に対して過激なやつだって少なくない」
その後に真道が言わんとしている事は黎乃にも理解できる。
「社員が魔術師に狙われる可能性があるって事だろ」
力なく黎乃はそう言った。
「そうだ。それは黎乃...お前が一番望まない事じゃないのか?」
「でも、これを見過ごせば非魔術師の扱いはさらに酷いことになる。何もテロを起こした人物のみに当てはまる話じゃない」
黎乃のその言葉の後に二人の間には思い沈黙が流れる。
「俺が...」
そう口を開いたのは真道だ。
「俺が警備隊に掛け合ってみる。幸い顔が利く人間が数人思い当たる」
「僕もそれを頼りにしようと思っていたが...」
真道の提案に黎乃は少し口籠る。
「なんだ?何か問題でもあるのか?」
「君ってヤツは...」
黎乃は呆れたように頭を振る。
「僕の会社の社員の事まで気が回るのに、自分の事はどうでもいいのか?」
「どういうことだ?」
真道は意味がわからないといった風に首を傾ける。
「君が警備隊に求めるのはテロリストの減刑だ。魔術師だからといって非難は避けられない。それどころか君が持ってる資格を剥奪される可能性だってあるぞ」
テロリストへの加担が明白であれば、魔術師であっても所持している資格を剥奪されたり、罪を科せられることがある。
「ああ、そんなモンはどうでもいい。路頭に迷ったらお前が雇ってくれるんだろ?」
真道は言葉に違わず本当にどうでもいい事のように、そう言い放った。
「本当に君は...」
そう言いながらも黎乃の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「ありがとう。頼りにしているよ、真道」
魔暦523年 ?/?(?) ???
薄暗い部屋には十数人の男たちがいる。その男たちの前には様々な銃器や爆弾、鋭利な刃物や鈍く光る小石がある。
「これだけあればヤツを救う事は容易だろう」
ひとりの男がそう言う。
「まさか魔断石まで用意されているとは...」
「上も今回の事は流石に見逃せないと判断したらしいな」
男たちは会話をしながら、目の前にある武器を手に取ったり眺めたりしている。
そこにまた別の男が口を開く。
「しかし、危険を冒してまで彼を救う必要があるのか?」
「どういうことだ?」
その問いに男はゆっくりと口を開く。
「彼の製作する爆弾が素晴らしい事は承知している。だが、設計図はもはや我々の手にある。だとすれば、彼に如何ほどの価値があろうものか」
男たちの間に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、男たちの中でも特に若い男だ。
「アイツを救う理由は少なくとも二つ。一つは今回の理不尽を容認すれば、非魔術師の立場はさらに弱いものになる。我々のメンツもたたない」
この発言に他の男たちは、うーんと唸る。
「もう一つは、ヤツの爆弾製作技術です。アイツはこれまでに多種多様な爆弾を作ってきた。確かに現時点での設計図は全て我らの手の内にあるが、アイツを失うという事は今以上の性能のものが作れなくなるということに他ならない」
周りの男たちもなるほど、といったように首を縦に振る。
「では...」
そう口を開いたのは一番年嵩の男だ。
「彼を...小山輝を救い出す。我々の威信にかけて...!」
男たちは黙って頷いた。
その場の空気は、まるで鋭利な刃のように冷たく、鋭く尖っていた。