鉄の男編II いる場所
予想外の出来事が起こった時、人はそれぞれどのような行動を取るのだろうか。
解決を図る者、他人に身を委ねる者、その状況を楽しむ者もいるのかもしれない。
ただそういった者も含めて、大部分は見て見ぬ振りをする。
他の誰かがきっと、自分が首を突っ込んでもどうせ、面倒なことになりそうだから別に...。
そうやって目を背けるのではないだろうか。
だが、もしも。それが自分の身に降りかかったものだったとしたら?
目を背けたくても、そうできない状況にあれば?
そう、人々はその出来事と向き合わざるを得なくなる。しかし、そういった経緯で物事に関わるのは非常に危険だ。
そこにあるのは自らの思惑のみ。それは他人を顧みない最悪の行為。
ならば行動するしかない。例えいつか誰かが何とかしてくれることでも。いつか、ではなく、今、自分が、自分の力で。それと向き合うのが一番正しい行動ではないだろうか。
例えその結果が、自分を苦しめることになったとしても...。
魔暦523年 5/28(日) ブエル州シブヤ区画
先程まではただ年季の入った建物だった。それが今は炎を上げ黒くなっていっている。
その建物に向かい、手嶋黎乃は走っていた。
(今までで爆発は合計三回。それに場所は人通りが少ない裏路地。しかも爆発物を仕掛けたのはおそらく廃ビル。自爆テロの可能性は低い。だとすれば時限式か、それとも遠隔操作か)
頭の中で様々なパターンを考えながら黎乃は廃ビルの近くにやってきた。
(自爆テロじゃないとしたら、どこか近くで様子を伺っている可能性が高い。爆弾の遠隔操作は距離が割と離れていてもできるけど、遠い場所からわざわざこんなトコを爆破する理由はない。三発も爆発させて廃ビルが倒壊してないところを見ると、爆発の威力もそれほど大きくはない。)
廃ビルの近くで黎乃は辺りを見回す。
(だとすれば目的は...威力を見るためか。とは言っても作ったヤツはそれほど大きな爆発にならないことは知ってるはず。自分で作っていたとしたらもちろん、他のヤツに渡したとしてもそれぐらいの情報は伝えるはずだ。近くにある爆発を見るのに丁度いい場所)
廃ビルの周りには、これといって目立つ建物はない。それも実行犯の狙いかもしれなかった。
「クソッ、どこにいるんだよ」
その時だった。廃ビルの窓に人影が映ったような気がした。
「まさか!中に誰かいるのか!?」
それに気付き黎乃は廃ビルの中に入っていった。上の階のみが爆発しているからだろうか、下の階は被害がない。熱も籠っていないし、煙も降りてきていないようだ。
確か、人影が見えたのは中ぐらいの階だった。
黎乃は様々なところにある蜘蛛の巣を払って階段を上っていく。
しかし、その途中で何かおかしいことに気付いた。
(なんで...まだ逃げてないんだ?)
そう思ったのがきっかけで、黎乃はまた考え始める。
(そうだ、爆発したのは上の階で下の階は特に酷くはなかった。廃ビルの中にいたとしても、すぐに逃げることができる。窓から姿が見えた。しかも、そんな気がした程度。つまりそれなりに速いスピードで窓の前を通ったことになる。つまり中にいた人間は、しっかり立って普通に歩くこともできてる。逃げられない理由なんてどこにもない!)
そこまで考えたところで、黎乃はやっと理解した。このテロの実行犯がどこにいるのかを。
魔暦523年 5/28(日) ???
男の右手には何かのスイッチが握られている。次にこのスイッチを押せば、四発目の爆発が起こる。
爆発の威力を見るための実験だから、そろそろ切り上げてもいい頃だ。もう十分に威力はわかった。
ただ、なぜかここから動けないでいた。
指に力を込めてスイッチを押すたびに、自分の中の何かも爆発していくような気がしていた。
スイッチに右手の親指を添える。その親指に力を込めようとした時だった。
微かに物音がした。外から聞こえる悲鳴だろうか?いや、そんな音ではなかった。
そして音は段々近づいてくる。
ああ、階段を上ってくる音だ。思ったより警備隊が来るのが早かった。
耳を澄ますと確かに足音が聞こえる。だが複数ではない。足音はたった一人の人間のようだ。
警備隊ではない?では一体誰が?
そこまで考えたところで男は、フッと笑った。
誰が来ても関係ない。こんなところを見られれば相手を殺すしかない。
だが、一対一で非魔術師の自分に勝ち目はないなと男は悟った。
逃げようにも階段はひとつしかない。飛び降りて逃げる手もあるが、ここは四階だ。
運良く死ななかったとしても、そこから逃げることは確実に不可能だろう。
不意打ち...。相手が扉を開けた瞬間に拳銃を放てばなんとかなるかもしれない。いや、こんなところに入って来るんだ。最初から防壁魔法を張っているだろう。
男はそこまで考えると右手の親指に力を込めた。
ドォンという音と揺れと同時に天井から粉がパラパラと落ちてくる。これで爆弾は最後だ。
そして男は懐から拳銃を取り出した。そしてそれを扉に向かって構える。
ドアノブがガチャリという音とともに回される。
そして少しあとに扉が勢いよく開いた。
その瞬間に男はまた右手の親指に力を込めた。
パン、と小さな破裂音がした。
魔暦523年 5/28(日) ブエル州シブヤ区画廃ビル内三階
黎乃はゆっくりと階段を上っていく。足音を立てないように気を付けるが、誰もいないビルの中で足音はやたらと大きく聞こえた。
このビルは階段のすぐそばに扉がある造りになっていた。
だから扉を開ける時は階段に身体を隠したまま、手だけで扉を押せばいい。
とは言っても、ドアノブは階段から離れた位置にあるのでまずそれを回す必要がある。
三階のドアノブを回し扉を少し開ける。そのあとに階段に身を隠し、扉を思いっきり開けた。
中で人が動いた気配はない。恐る恐る中を覗くとその階には誰もいなかった。
黎乃はすぐに部屋を出て、また階段を上っていく。
踊り場を過ぎ、四階のドアの前に辿り着いた。そしてドアノブにそっと手をかけようとした時だった。
ドォンという爆発音とともに衝撃が黎乃を襲った。黎乃は後ろに尻餅をつく。その状態の黎乃に天井の粉が降ってきた。
黎乃は顔を顰めて頭に乗った粉を振り払うと、ゆっくりとドアノブを回す。
そして先ほどと同様に階段に身を隠した。
すぅーっ、と深呼吸をする。
手で思いっきり扉を押し開けた、その瞬間だった。
パン、という破裂音とともに扉の先の壁に小さな穴ができた。
黎乃の心臓はバックンバックンと鳴り、おそらく拳銃であろうものを発砲した人間にも聞こえるのではないかと思うほどだった。
「誰だ」
扉の向こうから声が聞こえる。黎乃が想像していたよりずっと若い男の声だった。
「ただの非魔術師だよ」
黎乃はそう答える。
「...応援か?要請した覚えはないが」
「違う、あなたを止めに来た」
実行犯の男に向かって、少し声を張り黎乃はそう言った。
「止めに...?フッ、よく俺がここにいるとわかったな。普通爆発してる場所に犯人がいるとは思わねーだろ。ああ、自爆テロだと思ったのか」
「バカにしないでもらいたいな。自爆テロだと思ったなら、余計にこんなところに入る意味なんてないだろ。色々考えたんだよ」
「色々...ねぇ。是非聞きたいな」
「簡単に言えば、廃ビルから逃げられる人間が逃げない理由が、その人間が実行犯だと考えたからだ。窓際に姿を見せたのは失敗だったな」
「ああ、あの時か...。人は逃げて行ったから大丈夫だと思ったんだがな。ドジを踏んだなあ」
「窓際に寄らなけりゃいけない理由があったのか?」
「いや、別に。ただ、街を見たくなったんだよ。俺が育った街だ」
「死ぬつもりだったってことか?」
「そんなつもりはないさ。ただ何も変わってないと思っただけだ...何も」
男の言葉には悲しさと、寂しさと、そして怒りが含まれているように思えた。
「色々質問しておいて今更だけど、そんな話をしている暇があるのか?今すぐにでも警備隊が突入してくるかもしれない」
「姿を見られなければ平気だ。こんな場所に人が、もとい犯人がいるとは考えないだろう」
「それもそうだな。なあ、こんなことはやめないか?」
「ああ、そういえば俺を止めに来たと言っていたな。だが自らを非魔術師と名乗ったのは失敗だった」
その言葉のあとにカチャリと音がする。恐らく拳銃の撃鉄を起こしたのだろう。
「ここでお前を殺して、逃走する」
「今、自首すれば多少は罪が軽くなるかもしれない」
「フン、そんなことで自首する決心がつくなら、最初からこんなことはしないさ」
その言葉に黎乃は歯をくいしばる。相手はゆっくりとこちらに歩いてくる。
黎乃は覚悟を決め、リュックから両腕前腕のアーマースーツを取り出し、両腕に装着した。
スーツの起動音がなる。そして前回とは違って、ウェポンパックはスムーズに開いた。
中から現れたのは長方形の角が丸くなった、平たい筒の形状をしたものだった。
黎乃はそこで一度は安堵し、もう一度気を引き締める。
黎乃は意を決して階段から開いた扉の前に姿を現した。
その瞬間、パンという拳銃の音がなる。それと同時に、ウォンという音がしたかと思うと男は、ガッという声を上げ後ろに吹き飛んだ。
しかし後ろに吹き飛んだのは黎乃も同じだった。そして扉の向かいにある壁に叩きつけられた。
使った武装は中距離用衝撃砲壱式と名付けたものだ。魔術師の衝撃魔法と似たもので、目には見えない衝撃波を発生させる。
しかし、その威力が強かったのか黎乃も衝撃に耐えられなかったのだ。
「痛ってー。クソ、腕だけしか着けてないとこんなことになるのか」
黎乃は言いながらゆっくりと立ち上がる。その時、衝撃砲を使った右腕に、いや正確には右肩に痛みを感じた。
なんだと思ったが、すぐに何が起こったかを理解した。
衝撃砲を使った影響で肩が外れたのだろう。右肩に力が入らない。アーマースーツを着けた左腕で脱臼を戻そうとするが上手くいかない。それどころか痛みが増してきた。
「ダメだ、完全に脱臼してる。肩はこれが終わってからでいい。あの男は...?」
男の方に目をやると、男は窓際で蹲っていた。拳銃は男の手を離れ、男から少し離れたところに転がっている。
そして、男の少し前に弾丸が転がっているのが見えた。恐らく、衝撃波で弾丸も弾いたのだろう。
黎乃は右肩を押さえながら、男の方に向かって歩いていく。
「もう観念しろ。まだ警備隊も来ていない。今なら自首ってことにできるから」
黎乃が諭すように言葉を紡ぐ。男はまだ苦しそうに背中を丸めている。
黎乃はまず拳銃を階段の方に向かって放り投げた。そのあと、男の前に移動して言葉を発する。
「もうその状態じゃ何もできないだろ。諦めてくれ」
「テメェ、やっぱり魔術師だったのか...」
男は悔しそうに呟く。
「違うさ。これは魔術師に僕らの力を見せつける為の道具だ。魔法じゃない」
「そんな...そんな武器を持っていながら、なぜ魔術師に味方する?その道具があれば魔術師とだって...」
「それも違う」
黎乃の言葉に男は顔を上げる。
「僕は別に魔術師の味方をするわけじゃない。ただ、あなたたちのやり方を正しいとも思わない。だから今は、あなたを止めることにした。それだけだ」
「愚かだ。力のある者が戦わないせいで、力なき者が傷つくなら...」
男はグッと歯を食いしばり続きの言葉を口に出す。
「それは...力のある者の責任だ。お前は力ある者として戦うべきなのに...」
「ああ、分かってる。だから今日、逃げずにあなたを止めに来た。僕の戦いは始まった。魔術師に非魔術師の力を示し、テロなんかしなくてもいい世界にする戦いだ」
「ふざけるな。戦いというのは...相手をねじ伏せることなんだよぉぉ!」
その言葉と同時に男は立ち上がり黎乃に襲いかかって来た。
黎乃は応戦しようと構えるが右腕が上がらない。
マズい、と思った時男の拳が黎乃の左頬を襲った。後ろに倒れこんだ黎乃を男は追撃しようとする。
黎乃はそれを体を回転させなんとか回避した。左手を地面につきゆらりと立ち上がる。
「うおおっ!」
男は雄叫びを上げ殴りかかってくる。その男の右の拳を躱し、黎乃は男の右の脇腹にアーマースーツのパンチを食らわせた。
そして男がよろめいたところに、今度は顎をめがけて拳を振るった。
そのパンチをまともに食らった男は、白目を剥き床に倒れこんだ。
「ハァ、ハァ」
黎乃の荒い息遣いのみが廃ビルの四階に響く。
消防車と救急車、そして警備隊の専用車のサイレンが聞こえる。
黎乃は右肩を押さえながら、ただ立ち尽くすしかなかった。