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科学と魔法の超融合(フィズオーン)  作者: 村上隼人
第1章 そして時代は再び動き始めた
5/15

鉄の男編I 今でなければ

魔暦523年 ?/? ???


 薄暗い部屋にパソコンの灯りだけが妖しげに輝いている。

 そのパソコンとそばの机の上にある複数の物体を交互に眺めながら、椅子に座っている男が神妙な面持ちでコクリと頷く。

 男は椅子から立ち上がると冷蔵庫を開け、缶に入った飲みかけの酒を取り出し一気に飲み干した。

 男は酒を飲んだあと、フーッと息を吐く。

 男は机の上に置いてある携帯端末を手に取る。携帯端末と言っても、直方体の棒にスイッチがひとつ付いているだけだ。

 そのスイッチを押すと、棒の先からホログラムの画面が現れた。

 そして男は端末に文章を打ち始めた。

「計画ノ準備ハ整ッタ。明日一二○○(ひとふたまるまる)、行動ニ入ル」

 それを誰かに送ると、男は端末を机に放り投げた。

 男はその部屋に敷いてある布団に体を投げ出す。最近布団を洗っていないからか、汗の匂いが鼻をつく。

 この計画を無事遂行できれば、布団を洗おうと思った。

 布団に寝転がり、狭く暗い天井を眺める。

 男は目を閉じ、深呼吸をする。

 睡魔は男の体全体を包み込み、暗闇の世界へ引き摺り込んでいった。

 部屋にあるデジタル時計は21:00という数字を表示していた。



魔暦523年 5/28(日) ブエル州シブヤ区画


 大きな交差点で大人数が信号待ちをしている。信号が青になると一斉にその群衆が移動を始めた。

 大移動を始めた人々は、魔法を使っていない。

 今日は曇り空が広がり、気温もそれほど高くはなっていなかった。

 こんな日は街を歩くこともあまり億劫ではない。

 そんなふうに思っているのは、人の波に従って目的地を目指している手嶋黎乃だ。

 目的地というのは黎乃がアーマースーツの部品を買うのに使っている店だ。三日前の実験で一部の部品が破損してしまったので新しいものを買うつもりで来たのだ。

 今日はアーマースーツを背中に背負ったリュックサックに入れている。

 目的の店の看板が目に入る。「来住ツール」と書かれている店だ。

 店の前に来ると扉を押して開ける。すると、頭の上でカランカランという気持ちのいい鈴の音が鳴る。今では街の店はおろか、住宅ですらほとんどが自動ドアだ。

 その分こういう店に入る時の鈴の音や、扉を力で押す感覚はとても貴重だ。少なくとも黎乃はそう思っている。

 店に入ると、いらっしゃいませ、という気のいい挨拶が聞こえた。声の主は店主の来住芳樹(きしよしき)だ。

 黎乃は店の奥のレジに顔を覗かせる。

「どうも、来住さん」

 黎乃はそう言って頭をペコリと下げる。

「おおっ、手嶋くんか。今日は何の用かな」

 来住は50代半ばの色黒の男性だ。スキンヘッドに黒々としたアゴの髭が似合っている。来住は魔術師だが非魔術師に対する差別意識はないらしい。

 父親が非魔術師だという話を聞いたことがある。おそらくはその影響なのだろう。

「ええ、研究に必要な部品を少し...」

 そう言って黎乃は店内を見渡す。

 来住の店は人があまり通らない、大通りの裏路地にある。

 店は両壁際に棚があり、その間に二つ棚が並んでいるという造りだ。その全ての棚に商品が丁寧に陳列されている。

 照明は薄暗く、壁はところどころヒビが入っているが掃除は行き届いていて清潔感がある。

 黎乃は少ない棚から次々と目的のものを見つけると、それをレジに持っていく。

「はいよ、全部で3056円ね」

 来住がそう言うのとほぼ同時に、黎乃は自分の携帯端末をレジの横に備え付けられている長方形の穴に挿し込む。

 レジからピピッという音がすると、黎乃は端末を引き抜いた。

「毎度ありっ」

 元気な声でそう言う来住を見て黎乃は微笑んだ。

「魔術師がみんな来住さんみたいな人だったらいいんですけどね。僕らももっと楽に生きられるのに」

 黎乃は自嘲気味にそう言った。

「うーん、まあそりゃそれが一番いいんだろうけどな。長年染み付いてきた意識は簡単には変わらんよ。ま、ウチの常連客はその意識を変える可能性を持った偉大な人間だがな」

 そう言って来住は、ガハハと豪快に笑う。

 黎乃はその言葉に照れ、頬を人差し指で掻いた。

「だったら来住さんは、その偉大な人間に協力した意識改革の立役者の一人になれるかもですね」

「おうさ、俺を改革の立役者にしてくれよ、手嶋くんっ」

「ええ、きっと」

 そう言って黎乃と来住は笑い合った。

 その途中で黎乃が思い出したように、あっと声を出した。

「あの来住さん。今日このままここで作業しても大丈夫ですかね?」

 作業というのはもちろんアーマースーツの腕、もといスーツの武装であるウェポンパックの修理だ。

「ああ、裏の工房なら使って構わんよ」

 来住の店では、小型の機械の修理を請け負ったりもしている。その為の工房が店の中にあるのだ。

「ありがとうございます。あ、いつもお世話になっているお礼です。良かったらこれ」

 そう言って黎乃が差し出したのは紙袋に入った小さな機械だった。

「何だこれ?」

 来住が怪訝そうに尋ねてくる。

「フフフ、聞いて驚かないでください。それは我が社が開発したマジックデバイスの最新モデルですよ」

「なっ!?そんなモンお礼とか言って渡しちゃっていいのか!?」

 来住の驚きは当然のことだ。

 マジックデバイスというのは300年ほど前に開発された、魔法の使用を補助する為の機械だ。

 通常、魔術師が魔法を使うときは命令式というものを組む必要がある。

 そして命令式は複雑であればあるほど魔力の使用を促進し使用者の体力を削るのだ。

 しかしデバイスの登場で使用者への負担は激減することになったのだ。

 デバイスの主な役割は使用者が唱えた命令式を感知して、簡略化するというものだった。

 さらに最近のものでは、携帯端末の役割を備えたものも出てきた。ちなみに開発したのはT-Factory社だ。

「ええ、本当にお世話になってますから。ただ人に言いふらすのはよして下さいね?収賄だとか言われて会社のイメージダウンになるといけないので。訊かれたら、自分で買ったということにしておいて下さい」

「え、でも新型って発売前じゃ...」

「発売は明日ですから、今日は人目につかないところに隠しておいて下さい。使うのは明日以降で」

 そう言うと黎乃は悪戯っぽく笑った。

「おいおい、こんないいモン渡しておいて明日まで我慢しろだなんて...」

「まあまあ、明日になれば堂々と使っていいんですから。僕から貰ったということを隠してもらえれば、ですけどね?」

「お、おうよ。そこは信用してくれ」

「ええ、もちろんです」

 黎乃はニッコリと笑うと、レジに入りその奥にある部屋へと進んでいった。

 工房に入ると黎乃はリュックからアーマースーツの両腕、と言っても前腕だけだが、それを机の上に置いた。

 さらに先ほど店内で購入した部品をひとつずつ丁寧に机に並べていく。

 そしてリュックから、研究室でいつも使っている薄型のパソコンも出す。

 準備を整え黎乃は作業を開始した。

 昼には会社に戻ってまた仕事をしなければならない。こまめに時間を確認する。

 そして修理が終わったあとに端末で時間を確認すると11:56と表示されていた。

「うん、いい時間かな」

 独り言を呟いて、黎乃は片付けを始めた。パソコンをリュックにしまい込み、スーツもあとから放り込む。

「あとは...来住さんにお礼言うだけだな」

 忘れ物がないことを確認すると、黎乃は来住の店の工房をあとにした。

 工房からレジに戻ると来住は陳列棚の整理をしているようだった。

 そして黎乃が来住に声をかけようとした時だった。

 ドゴォンという大きな音。そして微かに揺れた地面。そのあとに店の外から悲鳴が聞こえた。

「なんだっ、何事だ!?」

 そう言って来住は店の外に飛び出した。

「来住さんっ、待って!」

 黎乃は慌てて来住を追いかけた。そして店の外に出ると来住の背中にぶつかった。

 来住は店の出入り口で佇んでいたのだ。

「ちょっと、一体何が...」

 そこまで言ったところで、黎乃は完全に理解した。今、ここで何が起こっているのか。あの音は、振動は、悲鳴は何が原因なのかを。

 来住の店の向かい側。取り壊し予定だった廃ビルから煙が上がっていた。

 来住の店から見て、左の屋上近くの階だ。

 黎乃が呆然としていると、もう一度ドカァンという大きな音とともに廃ビルの右側の屋上が吹き飛んだ。

 さらにもう一発。今度は来住の店からは見えない位置にある左側の、これも屋上に近い階だ。その三発目で黎乃は我に返った。

「来住さんっ、逃げて!」

 その言葉で来住もハッとしたように黎乃の方を向いた。

「手嶋くん、これは...!」

「いいからっ、早く逃げて下さい!疑う余地なんてないでしょ、どう考えたってテロだ!だからっ、早く逃げて!」

「なっ、何を言ってる!君も一緒に逃げるんだ」

「いえ、僕はやらなきゃならないことができた。先に逃げて下さい!」

 それだけ言うと黎乃は火を噴く廃ビルに向かって走り出した。

「手嶋くんっ」

 来住の呼ぶ声が聞こえたが、それを無視して走り続ける。

 裏路地ということもあって、元々人が少なかったのだろう。人々は混乱しているようだったが、逃げ惑っている様子ではなかった。

(多分、あと十分もすれば警備隊が到着する。その前に...なんとしてでも止める!待ってちゃダメだ。今...今でなければ...!)

 黎乃は心の声を自分に言い聞かせ、廃ビルに向かって突き進んでいった。

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