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科学と魔法の超融合(フィズオーン)  作者: 村上隼人
第1章 そして時代は再び動き始めた
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鉄の男編I 魔術師とそうでない者

 人は常に誰かの悪意にさらされている。

 それは本人が知っている者の悪意かもしれないし、そうではないかもしれない。

 どんな人間も悪意の中で生きている。

 ある者はその悪意に気付かないフリをし、またある者は悪意から逃げようとする。

 もし、自らに向けられた悪意に気付かない者がいるとしたら。

 その者はきっと、とんでもないぐらい幸せ者だ。どんな大金持ちよりも、どんな名誉を手に入れた者よりも、ずっとずっと幸せ者だ。

 だがそれよりも、向けられた悪意に立ち向かい、悪意という恐怖と向き合い、克服した者がいるのなら...

 その者は悪意に気付かない者よりも、遥かな幸せを手に入れることができるのだろう。



魔暦523年 5/25(木) ブエル州シンジュク区画


 まだ6月にも入っていないというのに、この日の気温は30度近くあった。

 さらに、休日ということもあって通りは人でごった返している。

 そんな中を手嶋黎乃(てじまくろの)はひとり、汗をかきながら人混みをかき分けて行く。

 魔法で気温までは分からないので、街のビルの壁面のディスプレイには今日の日付と今の時間、そして気温が表示されている。

 このディスプレイを製造しているのは、黎乃の会社、T-Factoryだ。

 魔法ではできないことを、自分たちがしていると思うと黎乃は少し誇らしい気分になる。

 しかし、街を闊歩する人々はほとんどが魔術師だ。そして、魔術師たちは魔法で身体に冷気を纏っているので、外気温を気にする必要はなさそうだった。

 魔法を使うと魔術師は使用された魔力を視認することができる。つまり、こんなに暑い中魔法を使わず歩いていると、魔術師ではないと自分で言っているようなものだ。

 だから魔術師は自身が暑いと感じなくてもわざわざ魔法を使う。

 そんなわけで、黎乃は周りから侮蔑の視線を受けることになるのだ。

 侮蔑の視線...。

 この世界では非魔術師は程度の違いはあれど、どこでも差別を受けている。

 中でもどこへ行っても共通の差別は、いわゆる蔑称というものだ。

 魔術師が自らをヘイブと名乗るのに対し、非魔術師はノーヘイブと呼ばれる。

 いつからそんな風な呼び方をされ始めたのかは知らないが、黎乃も蔑称で呼ばれていい気はしない。それどころか不愉快にすらなる。

「暑いな...」

 黎乃が不意に漏らしたその言葉に周りの魔術師は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 黎乃は舌打ちしたい気分を抑えて、少し歩くスピードを上げる。

 魔術師から向けられる軽蔑の視線などには慣れたつもりでいたが、いざその目線を向けられるとその場にいるのが嫌になる。

 人混みの中だったからか。それとも向こうからわざとぶつかってきたのか。それとも黎乃の前方不注意だったか。

 ドン、と音がすると黎乃はかすかな冷気と胸のあたりに衝撃を感じながら、よろける身体を後ろに出した右足で支えた。

「いてっ、あ、すみません」

 黎乃が謝罪しながら、視線を落とすとそこには華奢な身体をした女性が蹲っていた。

「ごめんなさい。立てますか?」

 黎乃は女性に手を差し伸べる。しかし、差し伸べたその手にピリッと痛みが走った。

 一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら女性に手を弾かれたようだ。

「やめてよ、ノーヘイブのくせにっ」

 その言葉と黎乃を睨め付ける眼につい顔を背けてしまった。

「何?ノーヘイブのくせに無視すんの?もっとちゃんと謝ってよ!」

 理不尽な怒号に黎乃は歯をくいしばる。

 その顔が気に入らなかったのだろう。女性はさらに大声で叫び始めた。

 その声に周りの人間は皆引き寄せられる。罵声の的がノーヘイブだと分かると、人々は一斉に黎乃を糾弾し始めた。

「いや、ちょっと待ってよ。僕は...」

 言い終わらないうちに、拳が目の前に飛んできた。

「うわっ」

 急なことで驚いたがなんとか回避することができた。しかし、それがさらに拳の主を刺激する結果になったようだ。

「テメエ、ノーヘイブなんだから大人しく俺らのサンドバッグになれやっ」

 髪を金色にした若い男、拳を振るった本人だが、その男が声を荒げながら向かってくる。ダメだ、と思った時には遅かった。

 相手のパンチを避け、黎乃は右の拳を男の頬にめり込ませていた。

 反撃されると思っていなかったのだろう。防御のことが頭になかった男は後ろに吹っ飛んだ。

「あ、いや、違う。その男が先に...」

 またしても言葉を言い終わる前。今度は魔法。おそらく衝撃派を起こす魔法だ。

 それが黎乃の身体を襲った。

「うあっ」

 今度は黎乃が声を上げ、後ろに吹っ飛んだ。それを皮切りに周りの人間が、黎乃に群がり制裁を加え始めた。

「ノーヘイブのくせにっ」

「このゴミカスがっ」

「死ねっ、死んで詫びろ!」

 罵倒と暴力にさらされながら、黎乃はただ必死に耐えるしかなかった。

 身体を鍛え、格闘術を身体に叩き込んでいる黎乃は素のケンカならある程度応戦できるが、魔法を使われると話は別だ。

 体術でなんとかできるほど、魔法はお粗末なものではない。

 こういう時、嫌でも思ってしまう。

 なぜ自分は魔術師ではないのだろう、と。

「おいっ、何してる!」

 遠のいていた意識をその声が引っ張り上げてくれた。

「おう、兄ちゃん。いやな、このノーヘイブの野郎が俺に手ぇ出しやがってな。罰を与えてたのよ」

 喋っているのは、さっき黎乃が殴り飛ばした男だろう。

「なあ、アンタも混ざれよ。ストレス発散にもなるし、良いサンドバッグだぜ」

 また別の男がそう言った。

「ふーん、サンドバッグねぇ。いいよ、俺も混ざろっかな」

「お、いいねぇ。それでこそヘイ...」

 その直後だった。ヘイブの「ブ」なのか、殴られて出た声なのか定かではないが、金髪の若い男はブッと声を出すとまたしても後ろに大きく吹っ飛んだ。

「な、何してんだテメエ!」

 殴られて気絶してしまった男の代わりに、別の若い男が声を上げた。

「何って、サンドバッグ殴ったんだよ」

 平然と答えるその男に周りの人間もかなり驚いたようだ。

「おい、かかってこいよ。魔法で寄ってたかって非魔術師ボコにしてんじゃねえよ」

 凄みのある声に魔術師たちは一瞬たじろいだ。

 そしてその声を聞いて黎乃は安堵の息を吐く。よく知っている声だ。

「テメエ!共生派か!」

 そう言って一人の男が衝撃波の魔法を撃つ。

「バルル・イエル」

 共生派と呼ばれた男がそう唱えると、黎乃と男の周りに大きな青色の障壁が現れた。

 男の周りの障壁は、目には見えない衝撃魔法を恐らくだが防いだのだろう。男は涼しい顔で障壁の中で立っている。

 そして、黎乃を取り囲んでいた暴漢たちは障壁に吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた魔術師たちは、それぞれ身体を押さえながら呻いている。

「おいおい、今のは防御魔法だぜ?防御魔法でくたばんなよ」

 そう言いながら男は黎乃を取り囲む障壁の中に入ってきた。

「よ、大丈夫か?黎乃」

「見てわかってほしいな。全然大丈夫じゃない」

「よし、んじゃ大丈夫にしてやる。レコ・ヴァリー」

 男がそう呪文を唱えると、黎乃の身体の傷は癒え痛みもなくなった。

「ありがとう。だけど贅沢を言うならもう少し早くきて欲しかったな、真道(まどう)

 真道と呼ばれた男はニカッと笑い、白い歯を見せる。

「悪い悪い。でも、ま、結局助けたんだからいいだろ?治癒魔法で傷も治したし...」

 その言葉の途中で黎乃は真道の後ろから襲ってきた男に気付いた。

「真道、後ろっ」

 その直後にガンッ、と音がしたが倒れたのは男の方だった。

「ったく、魔力を集中させてない防壁魔法すら破れないなんて、お粗末な魔法にも程があるぜ」

 真道はそう言ったが、黎乃には男が一体どんな魔法を使ったのかは分からなかった。

 おそらく真道は男の魔力を見たのだろう。

 真道は倒れた男を一瞥した後、黎乃の方に向き直った。

「さて、周りの奴らは片付いたし、警備隊が来る前に逃げるか」

 真道は何事もなかったかのように、あっけらかんとそう言うと歩き出した。

「あ、ちょっと待ってよ」

 黎乃は慌ててそれを追いかける。

「いや、ていうか逃げるって言っときながら歩くのおかしくない?」

「ああ、大丈夫大丈夫。いざとなりゃ飛んで逃げるから」

 飛んで逃げる、というのは浮遊魔法を使うということだろう。

 お気楽で頼りなさそうな真道だが、黎乃は真道が来てくれたことで大きな安心感を全身で感じていた。

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