鉄の男編IV 小さな戦いの終わり
魔暦523年 6/7(水) シブヤ区画警備署内署長室
小山輝と対峙した黎乃はアーマースーツの中でひとつ深呼吸をした。
今ここで一番恐れている事は小山が自殺を図る事だ。
それだけはさせてはならない。それでは小山に下された死刑と何の変わりもない。
小山を死に追いやる者が政府から黎乃にすげ変わるだけの事だ。
スーツのエネルギー残量は小山を取り押さえるぐらいなら問題ないはずだ。
黎乃はゆっくりと歩を進める。
その時前方から撃鉄を起こす音が聞こえた。
小山が拳銃の銃口を黎乃に向けている。
「...さっきから言っている。今の僕には通用しない。そんな物は脅しにすらならない」
黎乃は努めて落ち着いた口調でそう諭す。
小山はそれでも拳銃を下ろさない。
二人の間に重い沈黙が流れる。
(まずいな...このまま時間を稼がれると、スレイヤーズが、もしくは警備隊が出張ってくる可能性もある。早く小山を取り押さえないと...)
黎乃は頭の中で様々なパターンの状況を想定する。
一番困るのは警備隊が突入してきた場合だ。
恐らく小山は殺されるだろうし、スーツを装着している黎乃もどうなるか分からない。
現在のエネルギー残量では、恐らく警備隊から逃げきる事はできないだろう。
黎乃はもう一度エネルギー残量を確認する。
(あと一発ならいけるか...?)
黎乃はその考えからほんの一瞬のうちに右腕のウェポンに少量のエネルギーを回し、小山に右腕を向けた。
それを見た瞬間小山は引き金を引いた。
黎乃もほぼ同時に衝撃砲を発射した。
小山と初めて対峙したあの時と同じ状況。
パンという破裂音と、ウォンという機械音。
あの時と同じように小山は呻き声を上げ後ろに吹き飛んだ。
ただ黎乃は前と違った。衝撃砲の反動に耐え、しっかりと立っていた。
銃弾はやはり衝撃波に弾かれたらしく、黎乃から少し離れたところに転がっている。
小山が持っていた拳銃は小山の手を離れていた。
黎乃は倒れている小山の側に来た。
黎乃が小山に手を差し伸べる。
だが、その手を小山が掴む気配はない。気絶しているのだろうか?
黎乃がそう思った時、微かに小山の口が動いた。
黎乃は耳をすます。
「......だよ」
小山が何か呟いた。
黎乃は何も言葉を発さずただ小山の前に佇んでいる。
「...分かってたんだよ。無意味だなんて事。スレイヤーズの一員になった時から」
小山は絞り出すように話す。
「こんな事続けていても世界は変わらない。もっと根本的な何かを変えねえと意味なんかないって。でも...それでもよぉ」
小山は涙を流しながら今までより声を大きくして言い放った。
「その何かが分かればこんな事してねえんだよ!俺だって真っ当に生きたかった!テロなんかしたくなかった!普通に!ただ普通に!親がいて、友達がいて、恩師がいて、好きな人がいて...そんな...そんな風に生きたかった」
黎乃は声をかけようとするがうまく言葉が出てこない。結局そのまま俯くだけだった。
「俺が間違ってたのか?魔法が使えないってだけで生まれた時から白い目で見られて、親父を殺されて、母親が消えて、頼れる人間なんかいなくて......最初スレイヤーズに入ったのだって食ってくためだったんだ。人を殺すつもりなんかなかったんだ。なんで...なんで......」
小山はそう言ったきり黙り込んでしまった。
黎乃は考えを巡らせる。
小山に対抗する気配がない以上、今ここで警備隊が来ても殺されることはないはずだ。
しかし連行されてしまえばどの道、刑が執行されてしまう。
今の状態の小山なら黎乃が説得にかかることも可能だろう。
だが、警備隊に引き渡せないとなると小山を匿う必要が出てくる。
しかし黎乃にそれは出来なかった。罪を犯した者を情で許すことが出来なかった。
小山を警備隊に引き渡したあと、減刑を求めることが可能だろうか。
最初に捕まった時ならまだしも、こんな大事件になってしまった今それも難しいだろう。
(クソッ、こうしている間にも警備隊が来るかもしれないのに...)
黎乃がそう思った瞬間、後方で銃声が聞こえた。
振り返ると先程装甲車に乗っていた男が立っていた。
小山は確か、ヤスキと呼んでいた。
その男が黎乃に向かって突進してくる。黎乃は拳を体の前に持ってきて、ファイティングポーズをとった。
しかし、男はその黎乃に向かって発煙手榴弾を投げつけてきた。
あたりは煙に包まれ、男がどこに行ったか分からない。
いや、恐らくは小山を救出しにきたのだろう。
ならば小山に触れておけばその目的は達成されない。
これから小山をどうするか整理がついたわけではないが、彼をみすみす敵に連れ去られるわけにはいかなかった。
黎乃は小山が倒れていた方向に向かって手を伸ばした。
しかし、人の体に触れた感覚がない。アーマースーツを着ているからではない。
なぜならアーマースーツと地面が触れ合ったときの、カチンという音が確かに聞こえたのだ。
黎乃は煙の中を少し移動する。だがそれでも小山と接触した感覚はなかった。
やがて煙幕は薄くなり辛うじて部屋の様子が分かる程度にはなってきた。
予想していたことではあるが黎乃は信じられなかった。
そこには小山も、ヤスキと呼ばれた男の姿もなかったのだ。




